フラワーショップ ぺこり(33/51)縦書き表示RDF






フラワーショップ ぺこり
作:晴天



大晦日の松


【ペコリで元気溌剌!】


ミチ。頼む。思いつきでも花屋らしい言葉を考えてくれ。ドラッグストアーは5軒隣だ。



ぺこりは、営業時間も長いが定休日の特にありません。当然、年末年始も休まず営業です。
そうして、今日の大晦日も深夜まで営業です。

店長は、僕に故郷に帰るように勧めてくれたのですが、ついつい億劫になり切符を取りそびれたので、この街でぺこりと供にお正月を過ごします。

きっと、故郷の同級生は居酒屋で飲んで初詣に行くのだろうな。
そんなことを思うと、ちょっと後悔しています。



「松の良いのが出来たかな?」ボンヤリと故郷に思いを馳せている僕に声をかけて来たのは、風呂屋のお爺さんです。

お爺さんのお風呂屋さんは、「松の湯」と言う60年以上続く由緒正しきお風呂屋さんだったのですが、来年の春にはスーパー銭湯「YU-YU館」となります。

お爺さんは、正月にお風呂屋さんに飾る松の盆栽を店長に頼んでいたのです。
店長は形の良い松に、お正月らしい飾りを付けた盆栽を店の奥から持って来ました。

「こんなので、良いかしらね。」直径が80センチほどある大きな盆栽の横に「松の湯」と小さな看板を立てています。

「立派な松だね。うんうん。」お爺さんは、満足げに松を見てしきりりに頷きます。

「この看板も今年で最後ね。春には、松の湯じゃないのよね。」店長が寂しげに小さい看板に目をやりました。

「息子にも言われたよ。これからは、ポップな感じでアミューズメント的に風呂を楽しいんでもらう時代だ。ってね。」お爺さんは舌を噛みそうになりながらカタカナをゆっくり発音しました。
意味は、分かっているのでしょうか?

「ポップでアニューズメント的ねえ。私は、富士山の絵のある銭湯も好きだけどね。」店長が、昔、昔流行った『神田川』と言う湿っぽい歌を歌いだしてので、僕は休憩室に行くことにしました。

店長は、恐るべき音痴です。

こんな時は、ジャンアンの歌を聴かされるスネオに少し同情します。

僕は、一度だけ店長に誘われて松の湯に行ったことがあります。
店長と一緒ということに不安を感じたのですが、部屋に戻ってシャワーを浴びるよりも大きな湯船に漬かりたい欲望に負けて同伴入浴をしてしまいました。



その時は、終わり湯だったので客は僕と店長と風呂屋のお爺さんだけでした。
お爺さんは、スーパー銭湯にすることに寂しさを感じているらしく、昔話を僕が茹で上がるまで聞かせてくれました。


松の湯が出来たのは、昭和の始めの頃でお爺さんは2代目だそうです。
若い時分には、番台に上がるのが嫌で仕方なかったそうで、お金を受け取ると顔も見ないでお釣を渡していたそうです。

そんな、お爺さんが客の顔や様子を見るようになったのは、ある母娘おやこのことがきっかけだったそうです。



「風呂屋は夕方4時ごろから夜の10時までが営業時間で、大晦日は9時に終わりにするつもりだったんだよ。
その親子は、9時頃に来てね「まだ、大丈夫ですか?」って言うから「ええ、ゆっくり最後の風呂に入って下さい。」って気楽に言ったんだよ。

すると「最後の風呂を頂きます。」って小さな声で言うのが気になって珍しく顔をマジマジと見てみると母親も娘も何日も風呂に入ってない様子で髪の毛はフケだらけ、爪の間は垢だらけで、年の最後に嫌なことが起きないと良いと思ったんだけどね。

店の暖簾を下ろして、誰も居ない男湯の掃除をしていると、女の子の笑い声と母親のすすり泣く声が聞こえて来たんだよ。
なんだか気になって仕方がないから、男湯から「どうですか?湯加減はよろしいですか?」そう声をかけたんだ。

女湯からは、「はい、こんなに気持ち良くお風呂に入れて頂いて有難うございます。」って母親の返事の後に「お父ちゃんも入ればいいのにね。」って女の子が無邪気に言うんだな。

「お父ちゃんは、家で留守番かい?」て聞くと「外で待ってるの」って女の子が言うから、父親はその辺で一杯やって待ってんだろうと思ったんだけどね。
でも、何日も風呂に入ってないような娘の父親がノンビリ酒なんか飲んでるのだろうか?
そう思ったら、嫌な勘が働いてね。

湯から上げってきた娘に「ちょっと早いけど、お年玉だよ。」って言って牛乳をご馳走してね。
娘が牛乳を飲んでいる間に「外は寒いね。これから暖かい家に帰るんですか?」そう母親に聞いたんだよ。

母親は何も言わずに俺の顔をじっと見るんだ。

なんだか、助けを求めてるみたいな気がしたから「変なことを考えてないだろうね?ここは縁起の良い「松」の湯なんだから、ここの湯に入れば来年は良い年になるよ。」

そんなことを言ったら、懐から小銭を出してね「風呂代に少し足りませんけど、これで外にいる主人にも湯を使わせてくれませんか?」って言うんだよ。

俺は、直に外に飛び出して父親を連れてきて、「男湯は終いにしたから、もう一度女湯に皆で入って来てください。」そう言って三人に風呂に入ってもらったんだ。
あれが、松の湯最初で最後の混浴だね。」

お爺さんは、少し抜けた歯を見せながら笑いました。

混浴かあ。僕は茹で上がりそうな頭で、女風呂に入る自分を想像してしまいました。
いい話を聞いているのに。

煩悩、煩悩。僕の煩悩は、DVDに支配され始めています。



「それから、近所の蕎麦屋に無理を言って年越し蕎麦を運んで貰ってね。親子と私と四人で蕎麦を食べながら除夜の鐘を聞いたよ。
「いち」「にい」「さん」て女の子と数えながらね。

百八っつ目数えた時に「年を越せたんですね。今年も越せたんだから来年も越せますね。」って母親が旦那に言うんだ。

旦那は、「そうだね。今年を越せたんだから、来年も三人で越そう。」そう言ってたっけ。

それから、毎年、女の子から年賀状が来るたびに「今年も越せたんだな。」って思うんだよ。
いろんな事があって、この歳まで生きてきた。」

ここまで聞いて僕は湯の中に沈みました。
完全にのぼせてしまったのです。

目を覚ますと、裸の僕の目の前に髭面の店長と歯の抜けた風呂屋の爺さんがいた時は、絶対に地獄に落ちたのだと思いました。




「キクちゃん。重いから盆栽を持って行ってあげて。」店長の言葉に従い、盆栽を持って風呂屋のお爺さんの後をついて行きました。

年老いたお爺さんの後姿を身ながら、松の花言葉が「長寿」の他に「慈悲」であることを前に和美さんに聞いたのを思い出しました。

故郷の父上、母上そして友よ。今年も僕は年を越せそうです。
年賀状は、書いてないけど。







携帯小説Ranking





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう