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フラワーショップ ぺこり
作:晴天



雪ノ下ハウス


【ぺこりは、ただ今、旅行中】


ミチに頼まれたエステサロンの女性は、最近、再就職した恋人のオジサンとポップの張り替えをしているかな?


木村農園でチューリップのハウスや球根を見学した僕達は、越後湯沢に戻って足湯に入ります。


越後湯沢の駅から見える景色は、一面の雪山です。乗降客の半分もスキー客のようです。
熊のようなオカマと爆裂女子高生、そうして頼りなさそうな若い男と大人の美女。
この組み合わせは、人からどう見られるのでしょう?



足湯に、幸せ気分で浸かっているとスケッチブックを抱えた若い男性が一人でやってきました。
どうやら、足湯に浸りながら雪山の景色をスケッチするようです。
奇妙な4人組みしかいない足湯場で男性は、おもむろにスケッチブックを開き鉛筆でデッサンを始めました。

自称、天才画伯のミチとしては意見を言わないわけにはいきません。

「何を描いているですか?」遠慮なしにスケッチを覗き込みます。

「湯沢の町を描いています。湯沢の町をね。」男性はスケッチから目を上げることなく面倒臭そうに答えました。

「ふーん。湯沢の町って題名ですか?」ミチは男性の態度を気にすることなく頓珍漢なことを平気で聞いています。

僕は、何か嫌な予感が・・・・・予感が当たりました。

「邪魔をしないでくれるかな。
電車の時間までここで静かに絵を描いて居たいのだよ。
もう、2度と来ることのない湯沢の町をスケッチに留めておきたのだよ。」男性は、予感どおり怒ってしまいました。

「すいません。」男性にすかさず謝ったのは、やっぱり和美さんです。

ミチは和美さんに促され、不満顔で「ごめんなさい。」と小声で言いました。

「湯沢は、何度来てもいい所ですよ。2度と来ないなんて言わないで、また来て下さい。」観光協会の人のように店長は言いました。

「いえ、2度と来ません。来たら迷惑のかかる人がいますから。」男性は、シンミリと言いました。

「良かったら電車の時間まで、話でもしませんか?知らない人との出会いも旅の醍醐味ですから。」店長は、満面の笑みです。

店長の笑顔は、時々不思議な力をもって相手に伝わります。

僕も、あの笑顔で何度秘密を暴露させられたか。僕の場合は、借りてきたDVDのタイトルとか田舎で振られた話とかですが。

「旅の最後を、おかしな人達に僕の笑い話を聞いてもらうのもいいですね。」男性は、スケッチブックを閉じて話を始めました。



男性は、東京のデザイン会社に勤める29歳のデザイナーだそうです。デザインの内容は、主に雑誌などの広告にイラストを入れること。

そのデザイン会社に、湯沢町の観光協会からパンフレット製作の依頼があり、取材の為に初めて湯沢に来たのが4年前だそうです。
男性の作ったイラストは大変好評で、毎年のパンフレットに採用されることになったのです。

4年間、毎年冬の前に湯沢町を訪れ、観光協会の人と打ち合わせをして、冬になると個人的に旅行で来ています。

宿泊は、いつも同じ[雪ノ下ハウス]。
温泉旅館の多い湯沢町の中ではめずらしいログハウスのペンションです。
初めにそこに泊まったのは、旅館の和室が苦手でホテルが満室だったので、「まあ。ここでいいや」程度の気持ちだったそうです。

そこのオーナーは、東京からペンションをするために来た女性でした。
料理は下手。おしゃべりも下手。
ただ、ただ、明るくて掃除の好きな女性です。
そんなペンションですから、もちろん空いています。
一昨年、泊まった時の宿泊客は男性ひとりだったそうです。

「僕は、スキーをする訳でもないし、おいしい料理なら東京で食べられると思っているので空いていて干渉しない[雪ノ下ハウス]は居心地の良い宿泊先だったのです。

ノンビリ雪山を見ながらスケッチをしたり昼寝をしたりするには最高の宿です。

彼女も絵が好きで、僕がスケッチをしていると隣に来て自分も、いたずら書きをしていました。下手だけど一生懸命に絵を描く人でした。
僕の夕食を作るのを忘れるほどに一生懸命でした。

僕は、この人とずっとこんな時間が過ごせたら、どんなに幸せだろうと思いました。

それから、僕は春にも夏にも秋にも[雪ノ下ハウス]に泊まり彼女とスケッチをしたり話をしたりしました。もちろん、宿泊客とペンションのオーナーとしてですけど。

今年の夏、偶然、彼女に東京で会いました。

六本木のバーで中年の男性と食事をしている彼女の横顔が、いつもの陽気な彼女ではなく悲しそうだったので声をかけることが出来ませんでした。

僕は、クライアントの接待で、その店に来ていたのですが接待よりも彼女のことが気になって仕方がありませんでした。
彼女が店を出た後に、トイレに行く振りをして彼女の行方を店のドアの外で確認しました。

なんで、そんなことをしたのでしょうね。

後悔しました。

知らなくて良いこともあるのですよね。

彼女は、中年の男とホテル街に消えて行きました。」男性は、スケッチブックに描かれた彼女を見せてくれました。

大きな口を空けて陽気に笑っている彼女の絵が、何枚も描かれていました。


「そうして、僕は今年も[雪ノ下ハウス]に泊まりました。

彼女はいつもの陽気な笑顔で迎えてくれました。

彼女の笑顔が辛いと思ったのは初めてです。どうしてですかね。

僕は、六本木の夜のことを告げずに、彼女を東京に誘いました。

彼女は、小さく首を振って寂しそうに「東京にはもう行かない。」そう言うのです。

僕は、飲みました。[雪ノ下ハウス]にある酒を全部飲んでやろうと思いました。

飲んで、飲んで、飲んで、彼女に抱きつきました。

「東京には俺もいる。」気がついたら、そう叫んでました。

彼女は、黙っていました。

僕は、彼女から離れて部屋に戻りました。」男性は、スケッチブックを閉じると壁に掛かった時計に目をやりました。

「もう電車の時間ですか?」和美さんが駅の方に目をやりました。

「あれ、絵の人じゃない?」ミチが一人の女性を見つけて駆け出しました。

「あ!」男性は、それだけ言うと足湯から出て駅にゆっくりと向かいました。

男性は、女性の方を見ることなく改札を抜けて行きます。

その後ろを猛ダッシュでミチが走ります。改札を見事に飛び越えて男性に追いつきました。

ミチは、男性に小さな紙切れを渡して
「これから先は自分で頑張りな。
雪ノ下の花言葉は、耐える愛だよ」そう言いました。

男性は、紙切れを開いて小さく頷き、改札の外に居る女性に会釈をしました。

男性は出発のアナウンスに引っ張られ新幹線に乗り込みました。


男性に手を振るミチを追いかけて来たのは駅員さんです。

僕達は、駅長室でコンコンと説教をくらい、楽しみにしていた夕食は新幹線の弁当に変更です。

冷たい駅弁も悪くない。

僕も店長も和美さんも、そう思いました。

張本人のミチは弁当を2つ食べて満足顔で寝ています。

ミチが渡したのは、女性のメールアドレス。

今頃、東京と湯沢の間をメールが飛び交っているのでしょうか。







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