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フラワーショップ ぺこり
作:晴天



啓介さんはチューリップ


【フラワーショップぺこり 本日休業 探さないでね。】


1泊2日の社員旅行は、夕方には目的地の富山に無事到着です。
ミチは、電車の中で散々食べた挙句に「腹が減った。」と言い張ります。

「富山の鱒寿司を食わせろ〜」駅からタクシー乗り場に向う道の途中でしゃがみ込んで動かないミチに鱒寿司弁当を買い与え、やっとタクシーに乗ることが出来ました。
目指すのは、チューリップ農家の木村農園。

店長と農園主の木村章介さんとは昔からの友人で、毎冬に日本海の美味しい魚で一杯やるのが二人の楽しみになっているそうです。


「ようこそ、ようこそ。早速さっそく、奥で一杯やりましょう。」章介さんの陽気な出迎えで夕食はスタートです。

食卓に並べられた日本海の新鮮な海の幸、ときとき鍋という寒ぶり、ズワイカニを入れた贅沢鍋。そして地元の日本酒をお腹一杯ご馳走になりました。

ミチは、旅のハシャギ疲れと食べ疲れでグーグー鼾をかいて寝てしまい、僕もつられるようにウトウトとしてしまいました。

和美さんは、先にお風呂に入りに行き、店長と章介さんはゆっくりと杯を交わしています。





「章介ちゃん。そろそろ、お嫁さんにしても、いいんじゃない。」店長が章介さんの猪口に日本酒を注ぎながら言いました。

「今更なあ。」章介さんは諦めるように言いました。

「もう何年?弟さんが死んでから。」

「来年、13回忌だよ。
早いもんだね。
あの日のことは、絶対に忘れないよ。」

「章介ちゃんの責任じゃないでしょう。運命だったのよ。
弟さんの魂は安らかに眠ってるわよ。
もしも、成仏出来てないとすれば、章介ちゃんと正恵まさえさんのことが気になっているのよ。」


章介さんと仲のよい弟の啓介さんは夜釣りに行き、そこで啓介さんは足を滑らして海に落ちて帰らぬ人となったのです。

寒い冬の日本海、しかも夜のことです。
海に落ちた啓介さんは、バシャバシャと水音を立てたかと思うと、黒い海の中に吸い込まれていきました。
章介さんも、慌てて飛び込みましたが荒れた冬の日本海では自分が流されないようにするのが精一杯で、啓介さんを救いだす事など出来ません。


正恵さんは、死んだ啓介さんのお嫁さんです。

正恵さんは、啓介さんの死後、一旦は実家に帰ったのですが、お兄さんのお嫁さんと上手くいかずに、木村家に戻って来たのです。

「正恵は、木村の嫁に来たんだ。
木村の家族になったんだから、遠慮なくここに居ればいい。
誰かと結婚する時は、木村の家から嫁に出してやる。」
そう言って正恵さんの為に離れをつくり、チユーリップ栽培の仕事をしてもらう事にしたのは章介さんです。

「章介ちゃんは、啓介ちゃんと結婚する前から正恵さんを好きだったじゃない。
幼馴染みで、昔から三人で遊んでいた頃からでしょう。
今でも好きだから、誰とも結婚しないでいるんでしょう。
啓介ちゃんだって、章介ちゃんと結婚してくれるのを願ってるわよ。
燃え上がる愛ばかりが愛じゃないでしょう。
支え合う想いで結婚したって良いじゃない。」

店長は、章介さんのお酌を受けながら言いました。

二人とも、随分酔いが回ってきたようです。

「あの時、啓介に無理にでもライフジャケットを着させていれば。
あの時、落ちたのが俺だったら。
あの時。あの時。
いつまで経っても、あの時から逃げられないんだよ。

それは、正恵だって同じだと思う。

そんな気持ちで、正恵と幸せになるなんて考えられないよ。」

悲しい過去に縛られる男と熊のようなオカマの酒盛りは終わりそうにありません。
僕は、さっきからトイレに行きたいのですが起きて話の腰を折ることが出来ずに我慢しています。

そろそろ爆発寸前・・・。

「おしっこ」ミチが、眠そうに起き上がりました。
ラッキー。今だ!
「あーよく寝た。」僕はミチの声で起きたかのように伸びをしました。

「トイレは?」ミチは章介さんに寝呆けた声で聞きます。

「その奥だよ。」章介さんは廊下の奥の暗闇を指差しました。

「僕も行くよ。」そう言うと、ミチは「ひとりじゃ恐いんでしょう?」とニヤリと笑いました。

図星ずぼしです。


「ほんじゃ先にね。」ミチはトイレを済ますと僕を置いて先に戻ってしまいました。

「えー」僕はトイレの中でびびっています。

夜中に知らない家のトイレに入るのって怖くないですか?怖いですよね。
便器の中から何か出てきたらどうしますか?

幸いにも、便器からは何も出て来ませんでしたが部屋に戻る途中で何にかと、すれ違った気がしました。

部屋の方から来て、スーと僕の体を抜けて行った気がします。
気がします。気のせいです。絶対に。

そう思ったら、またトイレに行きたくなりましたが、朝まで我慢する決意をしました。



部屋に戻ると、酔いつぶれた男達に和美さんは蒲団をかけていました。

「ミチちゃん。私たちも部屋に戻って休みましょう。キクちゃんは、ここで酔っ払いと寝てね。」

「さっき、お化けが出たみたいだぞ。気をつけろよキク。」ミチは不気味なことを言って和美さんと部屋を出て行きました。

僕は、店長が完全に寝ているのを確認して、少し離れて眠りました。


***********


翌朝は、正恵さんが朝食を作りに来てくれました。

「正恵。昨日、啓介の夢を見たよ。」章介さんは、ご飯を運んできた正恵さんに言いました。

「不思議なことに私も見たのよ。」店長も言いました。

「私のところにも来てくれましたよ。」正恵さんは嬉しそうに言いました。

「啓介は、天国で幸せに暮らしているんだね。」章介さんは正恵さんに言いました。

「そうですね。私に申し訳ないって言ってました。自分だけ幸せになって。」

「死んでまで、俺たちのことを思いやって出てきやがった。生意気な弟だよ。」

「死んでも優しい人なんですよ。
啓介さんは、チューリップの花言葉が大好きな人でしたから。」


チューリップの花言葉は【思いやり】です。




「正恵。結婚しないか。」章介さんは、正恵さんを見ないで言いました。

「はい。」正恵さんも章介さんを見ないで返事をしました。



「冬の北陸がこんなに熱いとは思わなかったわ。おー恥ずかしい」店長が章介さんを正恵さんの方に向き直させました。

「外の雪も上がっていい天気。」ミチも二人を、からかうように言いました。

北陸の冬には珍しい、太陽の見える朝です。

雪の結晶がキラキラと輝き、風に舞い上げられた雪の結晶は空に戻って行くように見えました。







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