酔いどれ姫のキリタンサス
【ぺこりの花は素直に育っています。】
いや、だから、素直とか意地悪とか花には無いと思うけど・・・・・・・
ミチのポップは、更に意味不明になって行きます。ネタが無いなら止めればいいのに。
今日も夕方に現われたのは、ホステスさんの麻衣さんです。夕方には、大人しいホステスさんなのですが、夜になると豹変するのです。
「こんにちは、この可愛い花は?」麻衣さんは黄色い小さな花を付けた鉢に顔を近づけて聞きました。
「これは・・・・・」僕が口篭っているとミチがマスクをして出てきました。
「キリタンサスですよ。ラッパのような花びらを見てください。上から見ると星の形がしているでしょう。小さくて頼りなげに俯いて咲いているので、花言葉は【恥かしがり屋】なんです。」
昨日まで、風邪で寝込んでいたミチは、いつもの勢いがありません。
「星の形をした花ね。私には似合わないかな。」麻衣さんは、美人なのですがホステスさんとしては暗い感じのする人です。
「花は似合う似合わないなんて、ないんです!ただ、花はそこにあるのみ。」ミチの言葉は、意味が深そうで、単なる思い付きです。
ただ、迫力に押されて納得することは多いです。
でも、今日のミチは風邪から復帰したばかりで、いまいち迫力に欠けます。
「ただ、そこにあるのみ・・・・。ねえ。私と同じね。ただ、そこに居るだけの女。」麻衣さんは、どこまでもネガテイブです。
「それで良いんです。ただ、そこに居るだけで良い女。ぺこりに、とっての私がそれです。」
嫌、絶対に違う。ミチは自ら前面に存在感を押し出しています。
「そうね。お店にとっての私は、花にもなっていないんだから。」麻衣さんの言葉は夕暮れの街とともにに、どんよりと暗くなります。
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深夜の閉店間近に麻衣さんが、また店を訪れました。いつものように酔っ払っています。
ベロンベロンにです。
僕と店長は密かに【酔いどれ姫】と命名しています。
姫と命名したのは、昼間の卑屈な程に謙虚な姿から、一変して横柄で横暴な態度は我がままで手の付けられない姫を連想させるからなのです。
「キク、キク、キーク。」姫のお呼びです。
「はい、姫。何でしょう?」麻衣さんは、姫と呼ばれると満足そうに頷きます。
昼間の謙虚さは、夕焼けとともに地球の反対側に沈んでしまうようです。
「あの黄色い花をおくれ!あの、俯いた情けない花に気合を入れてあげるから。」深夜は高校生のミチが居ないのが救いです。ミチが聞いたら絶対ひと悶着起きるのは必至です。
「キリタンサスですね。星を持つ花ですから姫にはお似合いかと。」僕は、すごすごとキリタンサスをもって麻衣さんに近づきます。酒臭い・・・。
「うむ。この星も夜空の星も私には適わない。そうでしょう?キク!」両手を挙げた様は宝塚歌劇団のようです。僕は、見たことはありませんが。
「よし、この俯いた花に星空を見せてあげよう。」そう言って麻衣さんは、花びらを掴み思い切り上を向けました。
上に向けて、引っ張ったのですから花びらは取れてしまいます。当然です。
僕は、どこかでミチが見ていないか心配になりキョロキョロと見回してしまいました。
「なんて弱い花なの!こんな花は、いらないはバラを頂戴。」麻衣さんは花びらの取れたキリタンサスを僕に押し返し、いつものようにバラを持って帰りました。
色んな花を見るのですが買うのは必ずバラです。
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翌朝、花びらのひとつ無くなったキリタンサスを見たミチは、激怒です。
「キク!これは何?」
「キリサスタンの花かと思われます。」
「そんなの見れば分かる!しまもキリサスタンじゃなくてキリタンサス!誰の仕業?」
「誰でしょうね。僕じゃないことだけは確かです。」
バシッ!ミチの回し蹴りでが僕の太ももを捕らえます。
僕が、次のパンチを避けるために少し後ろに下がってガードを固めていると、化粧をしていない顔色の悪い麻衣さんが現れました。
「すいません。朝起きたら、これが手の中にあって。」そう言って握り潰されたキリタンサスの小さな花びらを手の平に乗せて見せました。
「はあ?どういうことよ、キク!」僕は寸前の所でパンチを避けました。
僕は、昨日の深夜の様子をミチと、すっかり憶えていない麻衣さんに話しました。
麻衣さんは、ガッカリしたようにうな垂れてしまいました。その様子は、ただ失敗を仕出かした酔っ払いにしては深刻な感じです。
「麻衣さん。酒を飲んで酔っ払っても、ゲロを吐いても構いません。ただ、ぺこりに来るのは止めて下さい。花は、酔っ払いの客の相手をするものじゃありません。」ミチは毅然とした態度です。
「そうかしら、花は酔っ払いも酒を飲まない人も選ばないと思うわよ。」店長が奥からのっそりと現れました。
「麻衣ちゃん。飲んでも飲んでも辛かったら、いつでもぺこりの花に会いに来てね。」店長が、垂れている麻衣さんの頭を優しく撫でると、麻衣さんは泣き出して仕舞いました。
店長は、麻衣さんの肩を抱いて奥の休憩室に連れて行くのです。普通の男と女だったら、結構危険な光景です。
「私、何をやっても駄目な女なんです。今の仕事も向いていないの分かっているんです。
上手に話も出来ないし。
お客さんから、すすめられると断れずにドンドン飲んじゃうし。
この仕事の前は、事務の仕事とか販売員とか、いくつかしたんですけど上手く行かなくて。
結婚も3年で失敗しちゃったし。
小さいときから、親にも褒められたこともないし。」
麻衣さんは、いつにも増してイジイジと話を進めます。
「麻衣ちゃん。人間なんて花ほど違わないのよ。
花には、何万、何千と種類があって色も形の香りも違うの。
だけど、人間なんて目の数も鼻の穴も同じ。
せいぜい、少し肌の色や目の色が違うくらい。
綺麗だとかブサイクだとか、頭が良いとか悪いとか言ったって大して違わないのよ。
比べたって、ほんの少しの違い。
自慢したって大して違わないの。
力持ちでも像には勝てないし、足が速くたって馬には勝てないでしょう。
だから、人間に駄目も良いもないのよ。
ただ、人間ってこと。
それでいいじゃない。」店長は、ニッコリ笑いました。
店長の意味の良く分からない講釈が長かったせいか、麻衣さんは落ち着きを取り戻し涙を拭いて少しだけ笑顔を見せてくれました。
少し影のある大人の女性って感じです。
何故だか横でミチが「そうなんだよ。そうなんだよ。」頻りに酔っ払いのオヤジのように相槌を打っていたのが不思議でなりません。
その日の夜中にも【酔いどれ姫】は現れました。
「キク、キク、キーク。キリタンポを持ってこーい。」
「はいはい、秋田名物キリタンポですね。」僕は、そう言ってキリタンサスの鉢を持って行きました。
「キク!バラとキリタンタンと、どっちが綺麗だ。」
「バラとキリタンタンは違いますから比べるのは・・・・」
「じゃあ、私と山田優とどっちが綺麗だ。」
なんで山田優?僕は山田優の顔を重い浮かべながら言いました。
「どちらも、変わりません。人間ですから。」
酔いどれ姫はニンマリと笑って言いました。
「キリシタンを持って帰るから包め!」ついにキリシタンになってしまいました。
「はい!姫、ただいま。」
僕からキリタンサスの鉢を受け取ると、いつもより少し胸を張って歩いて行きました。
キリタンサスの花言葉は、「恥ずかしがり屋」そして「屈折した美」。
麻衣さんのスタイルの良い後ろ姿に見とれている僕の回りには、微かな大人の残り香が漂っています。 |