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フラワーショップ ぺこり
作:晴天



男爵とヒイラギ


【ぺこりの花は安心です】

ミチのポップは、ミチの何を表しているのか誰にも分かりません。


ぺこりの営業時間は深夜までなので、夜のお仕事の方も買いに来てくれます。
ホロ酔いのホステスさんや風俗と呼ばれる店の女性。
ホストやスナックのマスターなど様々な人が夜のぺこりには、訪れます。

そんな夜の常連さんの中に男爵と呼ばれる老バーテンダーがいました。
白髪をオールバックにして蝶ネクタイにシルクのベストを着た洒落た老人です。
何故、男爵と呼ばれているのか店長に聞いても和美さんに聞いてもわかりません。昔から、男爵と呼ばれていたそうです。しかも昔は、エロ男爵と呼ばれていたそうです。

僕は、エロ男爵の称号を授かる老バーテンダーに興味深々で、いつか由来を聞きたいと思っていました。
エロと聞いて、興味を示さない男を僕は信用出来ない気がします。

男爵と呼ばれる老バーテンダーの店が閉まるのは、深夜の12時です。でも、客足が途絶えてしまえば11時前でも閉めてしまいます。
店を早く閉めた日は、必ずぺこりに寄って花を買ってくれます。
今日は、11時に来ました。

「今日は、店の前にあるヒイラギを貰おうかな。イエスキリストの苦難を表すヒイラギだね。」そう言って静かにぺこりの中に入ってきました。
ヒイラギは、クリスマスリースに良く使われる、ギザギザの痛そうな葉色が赤や金色に変化する木です。
魔除けとして洋の東西で使われるようです。

「今日も寒いですね。奥でコーヒーでも如何ですか?今日は暇で退屈なんですよ。」僕は、思い切って男爵を誘ってみました。
これから、ぺこりの閉店まで僕一人です。

「そうだね。帰ってもやる事もないから、少しご馳走になって行こうかな。」男爵は、そう言って笑顔で僕の誘いに応じてくれました。
僕と老バーテンダーは、花の話やカクテルの話で一時間ほど盛り上がり、飲み物もコーヒーから男爵がポケットに入れていたウイスキーに変わりました。
ほどよく酔いが回ったところで、僕は思い切って聞いてみました。

「昔、エロ男爵と呼ばれていたそうですね。」

「ああ、そんな風に呼んでもらってた時もあったね」愉快そうに言いました。

「由来を聞いたらだめですか?」僕は、遠慮がちに聞いてみました。

「話は、昔、昔の話になるけどね。」そう言って男爵はウイスキーを美味しそうに喉に流し込みました。



老バーテンダーは関西のある財閥家の妾の子として、第二次戦争が始まる前に生まれたそうです。
財閥家は、明治維新の時に新政府に対し多大な寄付をしたことにより男爵の爵位を頂いたそうです。

老バーテンダーは、妾の子とはいえ贅沢な幼少期を過していたのです。
しかし、12歳の時に母親が病気で死んでしまい身寄りの無くなった彼は、父のいる本家に引き取られたそうです。

継母と母親の違う姉妹は、彼に挨拶さえすることは無かったそうです。
「おはようございます。」と彼が言っても、返事が帰って来たことはありません。
父親は、唯一の息子である彼を溺愛し映画館にもお芝居にも自分の背広を仕立てに行く時でさえ彼を連れて行ったそうです。
そんな優しかった父親も彼が本家に引き取られてから二年ほどして病気で入院してしまったのです。

それからの彼は、継母や姉妹から使用人のように扱われ部屋も陽の当たらないジメジメした所に移されました。
夕食に呼ばれなかったり、夜中に遠くまで、お使いに出されることも、度々あったそうです。
衣服も今までの上等な物はすべて取り上げられ、使用人の使ったボロボロのお下がりが与えられたそうです。

少年は、自分の服装を見るたびに
「着るものは品格を表す大切なもの、食べなくても着るものをケチってはいけない。」
仕立屋で父親が言った言葉を思い出し涙が溢れたそうです。

クリスマスイブ、暖かい家の中では継母と異母姉妹が楽しそうにケーキを食べプレゼントを貰っていたそうです。少年だった男爵は、こっそりと寒い街に出ていきました。

少年は電車を乗り継ぎ気がつくと、この街に辿りついたそうです。


この街の路上で、家を出るときに盗んだ母親と姉妹の衣類を売って生活を始めました。
高級な衣類がなかった頃のことだったのでドレスも靴下も下着も、この街の水商売をする女性達に高い値段で売れたそうです。

少年は、そのお金を元手に布を米軍の兵士から仕入れ戦争で親を無くした子供達に下着を作らせたそうです。出来るだけ派手なプリントで。
その頃からエロ男爵と呼ばれるようになったそうです。

男爵は、街のヤクザ達から親のいない子供達を守るためにバラックの建物に十字架を描いてキリスト教会に仕立て子供達を住まわせました。
インチキ教会には、米軍の牧師にお金を払い時々来てもらっていました。ヤクザも米軍の牧師に関係した場所には迂闊に手が出せません。

安全な教会の中で、下着を仕立てながら子供達は成長していったそうです。

クリスマスには、子供たちにお小遣いを渡し、自分の好きなものを買いに行かせたそうです。

お菓子を袋いっぱい買って帰って来る子。

古本を大事そうに抱えてくる子。

安い玩具を買って来て男爵に見せる子。

そんな中で、ひとりだけ何も買わない女の子がいたそうです。

男爵が理由を聞くと、その子は言ったそうです。

「お金を貯めて、おかあちゃんに手袋を買ってあげるの。」

母親は、工場での仕事が終わり帰ってくると、冷たい手で女の子の頬っぺたに手を当てて笑っていたそうです。

その女の子と両親は、空襲で逃げる途中で離れ離れになり、それっきり会えなくなってしまったそうです。

特別な日は、質素なご飯にゆで卵をつけてお祝いしたそうです。

さやかな贅沢でも、子供たちは大喜びしてくれたそうです。

卵が貴重な時代の話だそうです。

そして、男爵の商売は時代とともに順調に進み、大人になった時には仕立ての上手な洋服屋の主人として街の人達に愛されるようになりました。

親の居ない子供達も大人になり教会から巣立っていったそうです。


しかし、時代は古い仕立屋を飲み込みバラックの教会をマンションに変えました。


今の男爵は、教会で仕立てをしていた時の子供が経営しているバーでカクテルを作りながら変わってゆく街と一緒に暮らしているそうです。


エロ男爵の謎は、僕の期待を見事に裏切りました。
どんな期待かは、口に出して言えません。


男爵は、ヒイラギの鉢を抱えてホロ酔いの足取りで帰って行きました。

ヒイラギの花言葉は、確か【先見の明】。和美さんが教えてくれました。

この街の今を誰が予想していたでしょう。

そして、もうひとつの花言葉【あなたを守る】。男爵には、こっちが似合いそうです。


ぺこりも今日は閉店です。







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