柚子の写真
【ぺこりの花と共に素敵な時間を】
なんだか時計屋さんのコピーのようです。次から次へと思いつくポップの言葉をミチは、いつ考えているのでしょう?たぶん、思いつきです。
ぺこりのお客様に駅長さんと呼ばれる元気な初老の男性がいます。
駅長さんは、別に鉄道会社を引退した人ではなく、近くの写真屋さんのご隠居です。
今は店を息子さんに任せ、自分は趣味の鉄道写真を撮るために旅行ばかりしているのです。
若い頃から鉄道写真を撮ることが好きで、趣味が講じて銀行勤めから写真屋さんになったのです。
昔は、ぺこりに写真スタジオの小道具として花を買いに来ていました。
隠居生活をしている今は和美さんに鉄道写真を見せるために来ています。
特に和美さんが鉄道マニアでも写真愛好家でもないのですが、上手に話を聞いてあげるので、駅長さんもケーキやお菓子を持ってやってきます。
駅長さんの他にも、和美さんファンは多くぺこりの休憩室はいつもお菓子と話し声で賑わっています。
今日はどんなお菓子と写真を持ってきたのでしょう。
「和美さん、いい写真が撮れたから見せて上げようと思ってきたよ。」駅長さんはアルバムとシュークリームを両手に持って、やって来ました。
シュークリームは和美さんの手から直にミチに渡され、あっという間にテーブルに並べられました。
シュークリームを食べながらお茶をのみ、僕とミチも暫く鉄道写真の解説に付き合います。
テーブルに広げられたアルバムには閑散とした駅と無造作なススキの平原が広がる風景が何枚も貼られています。
今回の撮影旅行は、廃線になった駅がテーマのようです。
駅員さんも乗客も電車もないものを鉄道写真と呼べるのか疑問ですが、鉄道マニアの中には廃線の駅や線路をこよなく愛する人も居るようです。
僕には分からない奥の深い世界です。
「この駅は、私が生まれた場所なんだよ。」駅長さんは一枚の写真を指さして言いました。
「この駅の近くの出身なんでか?」和美さんが写真を眺めながら言いました。
「いいや。母親が買出しに行った先で産気づいて、駅の中で私を生み落としたのだよ。」駅長は嬉しそうに言いました。
駅長が生まれたのは戦争が終わってすぐの頃で、お金があっても物が買えない時代だったそうです。食料を手に入れるためには機関車に乗って郊外の農家から野菜を買うしかなかったのです。
駅長のお母さんも大きなお腹で溢れんばかりの人がのる機関車で、この駅に来たそうです。
駅に着くと予定よりも早く産気づき、駅にいた産婆さんの手で駅長はこの世に出てきたそうです。
「駅で生まれたから、こんなに鉄道が好きなのかね。」駅長は面白そうに自分の出生の時の話をしてくれました。
「この駅に行こうと思ったのには理由があるんだよ。」駅長さんは、廃線前に何度が撮影に行った出産した場所に改めて行った訳を話し始めました。
「実は、夢枕に死んだ母親が出てきてね。
「お前が生まれる時は大変だった。駅員さんにも産婆さんにも、お世話になった。死ぬ前にお礼が言いたかった。」
そう言って、私の肩を揺するんだよ。
目が覚めても、どうにも気になって仕方がない。
それで、今更その時の駅員さんや産婆さんを探すのは無理だろうけど、せめて写真でも撮ってこようかと思ってね」駅長さんは、しんみりと言いました。
僕は怪談話は苦手です。遊園地のお化け屋敷すら入りません。
僕が口をアングリと空けて駅長の話を聞いていると、ミチが突然、駅のホームにある植え込みの写真を指差して言いました。
「このセンリョウの後ろに何かが写ってるよ。」確かにミチの指差す所には赤い実をつけたセンリョウの植木が何本か並び、その後ろにボンヤリと何かが写ってる気がします。
「どれどれ。」駅長さんは改めて写真を覗き込みました。
「う〜ん。光の関係でも、なさそうだね。」不思議そうに駅長さんは首をひねりました。
「戻って、引き伸ばしてみるか。最近は、デジタルの写真も良くなったけど、やっぱり私は、このカメラとフィルムが好きだね。」そう言って古くて大きなカメラをポンッと叩いて帰って行きました。
和美さんは駅長の後ろ姿を見送ると、僕とミチに古いカメラの物語を聞かせてくれました。
この物語は、5年前に死んだ駅長さんの奥さんから聞いた話だそうです。
駅長さんと奥さんは、お見合いで結婚したそうです。その時には、駅長さんも銀行に勤めていたので堅い仕事の人だと安心して奥さんは結婚したそうです。
結婚した頃から、鉄道好きで写真好きだった駅長さんは休みになると、ひとりで鉄道の写真をとりに行ってしまいます。残された奥さんは、お姑さんと二人で掃除をしたり庭の手入れをしたりして過ごしていたそうです。
可愛そうに思った、お姑さんは駅長さんに何度も意見をしてくれたのですが、その時は謝っても次の休みには朝早くにカメラを抱えて浮き浮きと家を出ていってしまいます。
奥さんもお姑さんも、ついには諦めて休みの日には二人でお芝居に行ったり食事をしたりするようになったそうです。
真面目な駅長は、順調に出世し給料も年々増えていったそうです。給料と一緒に仕事も増え休みの日にも鉄道写真を撮りに行く暇が無くなってしまったのです。
時間のあるときは、鉄道の雑誌とカメラのカタログを見て我慢していたのです。
好きなことが出来なくなった駅長は、家でも無口になり元気も無くなってしまったそうです。
真面目に働く駅長さんを可哀想に思った奥さんは、内緒で時計の組み立ての内職を始めたそうです。
駅長さんが銀行に行っている時間や寝ている時間にせっせと内職をしたそうです。
見かねたお姑さんは、奥さんに預金通帳を渡し言ったそうです。
「生活が大変なら、この貯金も使っていいのよ。」
「いえ、お給料は充分に貰っています。」奥さんはビックリして言いました。
「寝る暇もなく内職をしているのは、何か欲しいものがあるの?」お姑さんは尋ねました。
お姑さんにも見つからないように内職をしていたのですが、最初から分かっていたようです。
「実は、カメラを買って上げたいのです。最近、元気がないから。」奥さんは、お姑さんに言ったそうです。
好きな写真を撮りに行くことも出来ずにいる駅長さんに、せめて欲しがっているカメラを買ってあげたいと思っていたのです。
それを聞いたお姑さんは、是非とも自分の貯金を使って欲しいと申し出てくれたのですが、奥さんは自分で働いたお金で買って上げたかったので、申し出を断ったそうです。
それでは、私にも内職を手伝わせて欲しいとお姑さんが言い、二人で内緒を始めたそうです。
もともと、手先の器用な二人だったので時計の組み立てはドンドンと進み1年後には高級なカメラを中古で買えるまでに、お金が貯まりました。
クリスマスイブの日に、お赤飯とケーキを準備して駅長さんの帰りを待っていたのですが、
夜中になっても駅長さんは、なかなか帰って来なかったそうです。
最終の電車が終わる頃に、やっと駅長さんは申し訳なさそうに帰って来たそうです。
両手に、柚子を抱えて。
駅長さんは、仕事帰りに少し離れた田舎の駅まで電車の写真を撮りに行ったそうです。その電車は、もうすぐ引退する古い型の電車で前々から写真を撮りに行きたくてウズウズしていたのです。
今日は、クリスマスイブで部下たちを早く帰して自分も早く帰るつもりだったのですが、どうにも我慢できず日頃から持ち歩いているカメラを片手に田舎の駅まで行ってしまったそうです。
写真を撮り終えると、家で待っている二人にも申し訳なくなり駅になっていた柚子を駅員さんに頼みこんでお土産として譲ってもらったそうです。
呆れるやら、可笑しいやらで奥さんとお姑さんは大笑いをしながら、プレゼントのカメラを渡したそうです。
大喜びした駅長さんは、その日は家中のフィルムで二人の写真を撮ってくれたそうです。
奥さんは、あまりに嬉しそうな駅長さんに、つい言ってしまったそうです。
「そんなに写真がすきなら、銀行を辞めて写真屋さんになれば。」
そして、駅長さんは銀行員から写真屋さんになったのです。
奥さんは柚子の季節になると、あの時の言葉が良かったのかどうか考えるそうです。
和美さんは、駅長さんの物語を話し終えると柚子茶を出してこう言いました。
「柚子の花言葉は、【汚れない人】なんとなく駅長さんと奥さんにピッタリでしょう。」
写真屋さんに今でも飾られている白黒の写真。
柚子を持って笑っている二人の女性の写真。
その意味を僕は、やっと分かりました。
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翌日に駅長さんは、引き伸ばした写真を持ってやって来ました。
写真には、やはり不思議な白い影が写っています。
駅長さんは、気になるが仕事の関係で暫くは行けそうにないそうです。
「代わりに行ってきましょうか?」写真を見ていたミチが言いました。
どうやら、オカルト系にも興味があるようです。
「それなら、お礼をするから是非、もう一度写真を撮って来てよ。」駅長さんは、ミチに頼みました。
「分かりました。日頃お世話になっている写真屋さんの、ご隠居の頼みとあっちゃ断れません。私とキクでお役目頂戴いたします。」
なんで、時代劇口調?なんで僕も?
断ろうとする僕のミゾオチにはミチの肘が一発入りました。
息が止まる・・・・声が出ない。 |