──暑い。
真夏の陽光が空から注がれ、肌をジリジリと焦がしていく。日を照り返してくるコンクリートはさながら鉄板のようだった。
そんななか、汗を全身からあますところなく放出して、夏服を濡らすのはこの俺。
まったく夏休みに登校なんて、夏休み本来の目的を忘れているだろうと声を張り上げて訴えたい。夏休みと言うのは、夏季の暑さで勉強に集中出来ないがために作られた大型休日であり、学生の充電期間なのだ。
……いやまあ、勉学に勤しみに行くわけではないのだけれど。
けして! けして補習などではない。それはギリギリで回避したからな。
では、何故エアコンの効いた部屋に閉じこもるではなく、この猛暑に耐えているのかというと……。
部活の呼び出しを喰らってしまったからだ。おっとそこ、俺の所属する部活は運動部系ではないからな。
物思いにふけり猛熱シャワーを頭から受けて、黒髪がありえないくらい熱したころ、俺は学校に到着した。
最近異常者が多いとかで、インターホンで職員室に連絡しないと、校門を抜けた先の扉が開かなくなっている。連絡はめんどくさいので開いてる窓から、中に入ることでやりすごした。いや、暑いからってこれじゃ意味なくないか?
などと、この学校の警備体制を心配しつつ、俺は来客用のスリップに履き替えて目的地へと向かった。
階段を三階分登り、奥の方へと入っていった。なんだか奥に入るにつれて廊下が薄暗くなっていく。いい加減電球を変えてくれ。使う人物が少ないに関わらず。
ペタペタとスリッパがリノリウムの床を鳴らしながら、薄暗いうえにカビ臭く、さらに不気味オーラを漂わせている廊下の最深部へと到達した。
目の前にある木製の引き戸からは如何にもなオーラが発せられているが、俺はそれを迷いなく開けた。
「あ、いっちゃん!」
中はさきほどまでの異質な空気が嘘なほどに普通だった。
窓からはキチンと日の光が入っているし、空気にはカビの臭いはない。はっきり言って、何の変哲もない部室だった。
「遅いぞ遅刻だ三分腹筋! いっちゃんてば、連絡したら一〇分で集合っていつも言ってるじゃん。って、聞いてますかメガネダー?」
「ああ聞こえてるから、ガミガミ言うなそれとメガネダーはキ○イダーみたいだからやめろ狙っているとしてもだ」
確かにメガネはしてるけどな。
部室には、ここの書類上の長──つまり部長がパイプイスに座って、手足をバタつかせていた。
ここは『オカルト大好き同好会』。部員が俺とコイツしかいないから同好会止まりだったりする。
「つーか、なんで部室集合なんだよ……」
思わず愚痴を漏らす。エアコンも付いてないこの部屋に猛暑のなか、エアコンの誘惑を断ち切ってくるのはハッキリ言って苦痛以外の何者でもない。
「だいたい俺かお前ん家でもいいだろ」
そう言うと、小柄な身体に似合う小動物のハムスターみたいに、ぷくぅと頬を膨らました。ああ、人差し指で挟んで空気をプシューと吐かせたい。
「やだよ、男の子の部屋入るのは。なにされるか分かんないもん」
ちょっとまて、誰が誰になにするって?
「それに女の子部屋に入ろうとするなんて、礼儀がなってないよ」
「だって俺たち、幼小中高と同じな珍し腐れ幼なじみだぞ。今更、なに恥ずかしがって……」
と、そこでストローの刺さったいちごミルクのパックが投げつけられた。手で受け止めたが、中に残ったいちごミルクがストローから放出して、手に少しかかった。気にするまでもなく、いちごミルクを舐めとる。うん、結構行けるな。そう頷いていると、何故かあいつ『牧原彩美』は、顔を赤らめていた。
「なんだ熱中症になりかけてんのか? なら早く医務室行っとけ」
俺の無難極まりない一言で彩の眉がつり上がった。なんだか知らんが、怒っている。
彩が立ち上がったところで、砂時計の角で殴打してくるのかと身構えるが、いちごミルクを奪って自席に戻っていった。わけわからんな。いつものことだけどさ。
「で、今日はなんのようだよ」
拗ねたように唇を尖らせながら、いちごミルクを飲んでいるあいつに尋ねた。
まあこの部室に呼ばれた時点で、十中八九俺にとっては不利益極まりないことだろうと、想像つくんだけど。
彩が……言い忘れてたが、俺は彩美ではなく彩と呼称している。いや彩美より良い感じだし、なにより呼びやすい。あいつが俺をいっちゃんと言うのと同じね。あだ名ってやつ。
自分の好きな話題になったからか、彩の機嫌の悪さはどこかへ飛んでいったようで、上機嫌で口を開いた。
「うん、それはね──」
次の言葉は俺でも想像出来やしなかった。いやさ、いくらオカルトでもあれは違うだろ。
「学校の裏庭にUFO観察しにいくの!」
それは超常現象だ。と、何故ツッコメないのか。きっとこいつは『UFO』もオカルトとするって言う説は知らないだろうし。いや、もしかしたら某地獄先生で知っているかもしれないけど。どっちにしろ、ここでツッコマないと経験上やっかいなことになると思うんだが、その行為ははばかられた。
だって自信満々に胸を反らせて、なんだか物凄いオーラがいろいろ出てるし。それに俺はそこより、
「裏庭ぁ!?」
こっちの方が問題だった。
「裏庭ってお前、あの? あれはもはや、裏庭でなく一種の樹海だ!」
「だから良いんでしょ。ほらほら今すぐれっつごーっ!」
すっかり元気を取り戻した彩は、自分より大きい俺をズルズルと引きずって歩き出した。……前途多難だな。
*
まあそんなこんなで、俺は今裏庭の入り口に彩と一緒に立ってるわけで。
目の前に広がる木々の群はもはや裏庭と言うちゃちな言葉では片付けられない。さらに大量の木々はそのまま森にも直結していたりするので、実質森なのだ。しかも磁場の影響かなんか知らんが、コンパスとかが使いものにならない。前に興味本位で足を踏み入れたときはビビった。
「マジで行くのか?」
最終確認として聞いておく。否定してほしいと言うのが俺の本音だけど。
「本気と書いてマジと読む!」
分かってたさ。俺の思いがこいつに伝わるわけはないと。
俺の気持ちは露知らず、彩はとっとと裏庭の中へ入っていってしまった。俺は陰鬱気味なため息をつきながら、彩に続いて樹海に足を踏み入れた。
*
日の光が入らない暗い森の中、柔らかい腐葉土を踏み固めるようにして進む。
さて、
「ここはどこだか教えてくれるか部長サン」
ギクリと、先頭を歩く彩の肩が跳ね上がった。もうお察しの通りだ。
俺たちは見事に道に迷ってしまったドチクショーが。
「えっと……どこだろうね」
「………」
彩の引きつった苦笑いだけが暗い森のなかを響き渡る。
空を見上げてみると草木の間から、僅かばかり空の様子がうかがえる。
俺は昼を少し過ぎたあたりに来たはずなんだが、空はすでに茜色に変わりつつあった。
「帰りてぇ……」
心の底から俺は嘆いた。こいつに付いてきたのが、そもそもの間違いだった。
「も、もうこの際だから、UFO見るまで帰らなくてもよくない?」
大前提にUFOを見るがある時点で帰れる気がしない。
ああ、オカルト同好会なんかふたりで作るんじゃなかったなぁ。規則で部活には絶対に参加しなきゃいけないから、サボれるだろうと打算を働かせなければよかった。今更後悔しても後の祭りか。
「あ、いっちゃん! あっちから日が見えるよ!」
彩が指差した方を見てみると、地面に朱色の光を受けている所があった。
俺が何かを言い出す前に彩は走りだしていた。こいつは俺の意見なんて端から聞く気ないんじゃないか?
そんなことを思いつつ、俺は彩の背中追い出した。
……結果的に言うと、そこは出口などではなく、不思議とここだけ木が生えていないだけだった。上から見れば、虫食いの後のように見えるかもしれない。
「出口かと思ったのになぁ……」
彩は心底残念そうに言った……気がする。なんだか少し楽しそうだ。
気楽な奴だな、と俺はため息をついて空を見上げた。
そこには茜色に染まった空だけが見えるはずだった。
だけど、本来なら有り得ない物が空にはあった。
「あ──」
文字通り絶句。口を間抜けに開けて、見上げているしかできない。
そんな要素の俺に首を傾げつつ、彩も空を見上げた。
「あ!」
どうやら彩も気づいたらしい。世紀の大発見をした科学者のようにくりくりとした目を輝かせていた。
それもそのはず。空にはなよなよと動く謎の物体があったのだから。
「UFOだっ!」
と、彩が叫ぶと、夕日に照らされて黒い影を作るそれは、何処かへと落ちていった。
そのあと、彩と一緒に落ちた物体を探し回ったけど、結局見つかることはなかった。少しばかり残念に思いながら肩を落とす俺とは違って彩は、
「きっとあそこだけ木がなかったのは、ミステリーサークルだからだよっ!」
と終始ご機嫌だった。お前はこれからどうやって帰るかを考えてくれ。
──後日、俺は裏庭の入り口にペットボトルロケットが落ちているのを見つけたが、彩には伝えなかった。だって俺たちにとって、あれは紛れもないUFOだったのだから。
おわり |