桃太郎と消えたサル
最後の鬼を倒し、みんなが安堵の表情になったのも束の間、息を吹き返した鬼の金棒が桃太郎の後頭部めがけて振り下ろされた。
「危ない! 桃太郎!」
目を覚ますと、そこはおじいさん、おばあさんの家だった。
「また怖い夢でも見たのかい? 桃太郎」
「心配しないでください。桃太郎は大丈夫です。桃太郎は生きています」
鬼ヶ島から帰ってきてから毎晩あの日の夢を見る。あの日の出来事は僕に大きな傷跡を残した。確かに悪い鬼は退治した。宝物も持ち帰った。でも、僕が失ったものはそれに釣り合うほどの対価だっただろうか?
あぁ、あの時、僕が代わりに死んでいればよかったんだ……
――鬼ヶ島から帰り、イヌとキジと別れる時、それぞれが失った大切な仲間のことを考えていた。
「俺はいつまでも桃太郎の家来のつもりだぜ。必要な時はいつでも呼んでくれ。すぐに駆けつけるぜ」
「……あぁ」
「落ち込んだ顔をしてると、おじいさん、おばあさんが心配しちゃうよ。さぁ、笑って。おいらも時々様子を見に来るからさ」
「……」
「さぁ、俺たちはここまでだ。おじいさん、おばあさんと、うまくやってくれ」
「……イヌもキジも元気でな」
僕は気持ちを切り替えることにした。おじいさん、おばあさんを悲しませてはいけない。サルは最初から居なかったことにするんだ。
ある日、おじいさんが話を切り出してきた。
「なぁ、桃太郎。私たちに構うことなく、お前はお前の人生を生きればいいんだよ」
「いけません。僕はおじいさん、おばあさんを幸せにする義務があるのです。それは約束なのです」
「なぁ、桃太郎。お前が何に囚われているのかは分からない。鬼ヶ島のことを詳しく話してくれないのも同じことだろう。でも、想像はつく。私たちは、もう気づいているんだよ」
「……」
「桃太郎は、そんなに毛深くはなかったんだよ」
「!」
おじいさん、おばあさんは、僕の猿芝居なんて当に見破っていたんだ。
桃太郎は鬼ヶ島で死んでしまった。僕は桃太郎を守れなかった。家来失格だ。
『おじいさんと、おばあさんを頼む……』
桃太郎の最後の言葉。おじいさんとおばあさんを悲しませてはいけない。僕は考えた。無い知恵を絞って考えた。出した答えは僕が桃太郎の代わりを努めること。しかし、僕がサルだとバレた以上、もう一緒には暮らせない。僕は山へ帰ることにした。
「おじいさん、おばあさん、お世話になりました」
「いつでも帰ってきていいんだよ。ここはお前の家なんだから。お前も私たちの自慢の息子の一人だ」
「おじいさん……」
「道中、お腹が空いたらこれをお食べ」
「おばあさん……」
おばあさんの渡してくれたキビダンゴはズシリと重たかった。
二人に見送られ僕は山へと旅立った。
――昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おばあさんは川へ洗濯に、おじいさんは山へ芝刈りに行きました。サルは山の木の上から二人を見守っていました。