ジークフリート王立空軍士官学校
◆◇◆◇◆◇◆◇
アルベルト=デュランダル
デュランダル伯爵家の四男坊であるアルベルト。ボサッとした銀髪、琥珀色の瞳でそこそこ整った容姿の15歳の少年である。今年、ジークフリート王立士官中学校を無事に卒業し、ジークフリート王立空軍士官学校へと入学をはたしたのだ。
アルベルトは、中学校時代から決して真面目ではなく、優秀でもなかった。何とか卒業できるレベルではあったが、一握りのエリートだけが進学する空軍士官学校へ入学できるとは、周囲の人々は全く考えていなかった。
このジークフリート王国には、士官学校が三つある。陸軍士官学校、海軍士官学校、そして空軍士官学校である。三つある士官学校の中でも特に入学が難しい空軍士官学校であるが、それは入学が難しいだけではなく、授業内容も厳しく、脱落せずに進学するだけでも相当厳しいことでも有名である。
さて、アルベルトが栄えある空軍士官学校に入学してから4ヶ月後のこと。
「お~い、アル~?どこ行った~?」
金髪碧眼、容姿端麗な美少年がどこか抜けた声でアルベルトを探していた。
「午後の実技始まるよ~!これ出ないと単位落としちゃうぞ~」
その呼び掛けに、高い木の上で昼寝をしていたアルベルトはムクッと起きる。
アルベルトが下を覗き見ると、癖がなく綺麗な金髪を振り乱した親友のレオンハルトの姿を発見した。そのまま、おもむろに身を乗り出すアルベルト。
地上、10メートルほどの高所から一気に地に飛び降りたアルベルト。いきなり目の前に何かが降ってきたことで、驚いて尻餅をついてしまったレオンハルト。
「レオ、サンキューな、おい、どうした?尻餅なんかついてないで走るぞ。そらっ!」
アルベルトはレオンハルトの手を引き起こすと、次の授業の場所である第三グラウンドまで走り出した。
「あっ、待ってよ~、速いよ~!」
雲一つなく青く澄み渡った夏の空のもと、少し抜けたレオンハルトの声がのどかに響くのであった。
アルベルトはここでも、落ちこぼれ寸前のギリギリの成績である。それに比べて、主席で入学をはたしたレオンハルト。周囲は何故、あのレオンハルトが落ちこぼれのアルベルトなんかと一緒にいるのか不思議でならないのであった。
当たり前だが空軍は、空をメインに活動する軍である。空を飛び回る手段は大きく二つあり、一つは、飛竜、獅子鷲、白天馬などの飛行可能な獣騎に騎乗すること。一つは浮遊銀円盾、浮遊魔法絨毯、竜の翼などの魔法具を利用することである。
飛行獣、魔法具それぞれにメリットもデメリットも存在する。
まず、飛行獣の場合、飛行するための原動力は飛行獣自身の力であり、騎獣者の魔力は必要としないこと。それによって騎獣者は己の魔力を全て戦闘に使用できる。デメリットは飛行獣との相性、阿吽の呼吸が必要であり、乗りこなすために長い年月が必要になること。飛行獣が死んだ場合、替わりの飛行獣を乗りこなすことにまた長い年月が必要になる。
次に魔法具の場合、メリットは飛行獣に比べると替わりが直ぐに用意できること。デメリットは飛行するために魔力が必要になること。己の魔力を使用するか、高価な魔結晶や魔石を使用する必要がある。
また、飛行獣にしても、魔法具にしても、それ自体は非常に高価なため、一生のうちに一度の乗り替えはあっても、二度以上の乗り替えは金銭的に厳しいのである。
メリット、デメリットはそれぞれに存在するのだが、空軍の花形は飛行獣であった。それでもアルベルト、レオンハルトは魔法具での飛行を選択している。
外には白い雪が降り積もるこの時期、屋外での飛行訓練は行わない代わりに、屋内での実技訓練を行っている。飛行獣クラスでは、飛行獣に設置する鞍や鐙の作り方や整備方法を学んでいる。魔法具クラスでは、簡易的な魔法具製作を学んでいる。
ある日の放課後、魔法具クラスの作業部屋に二人の生徒が居残りで製作を続けていた。
「この集中力、この情熱。これを他の授業にも向ければいいのに~」
「レオ、それは仕方ないだろ?他の授業は詰まらないからな。俺は飛行するための魔法具製作がしたくて、この学校に入ったから」
一心不乱に魔法具製作を続けるアルベルト。その技術力は並の魔法具製作者の技術レベルを遥かに上回っていた。
「レオ、見てくれよ。この流線形……この鋭い曲線……あぁ、美しい……」
「ちょっとアル~!こっちの世界に戻っておいで~!」
あちらの世界に旅立ってしまったアルベルトを揺さぶって必死に呼び戻すレオンハルト。
「はっ!危ないとこだったよ。助かったレオ」
「どういたしまして、もう馴れちゃったよ」
中学校時代から一緒につるんでいたアルベルトの奇行に馴れたレオンハルトは、いつも通りに対応するのであった。
「でも、なんで同じ様な魔法具を四つも作るの?」
「ふふふ……よくぞ聞いてくれたな、レオよ!」
アルベルトは長さ1.2メトル、幅0.2メトルで、中央が一番膨らんでおり、両端が鋭く尖っているものを四つ作っている。中央から両端にかけて流線形になっており、そこから鋭く尖ったレイピアのようである。
「まだ未完成だが、これはこうやって装備するんだ」
アルベルトは、まず二つを平行に床に置いて、両足にそれぞれ一つずつを固定する。次に残りの二つを肘から手首に沿って固定すると、両足を肩幅より少し広めに開き、肘を直角に曲げる。
「何だか正面に立つと、四つの先っちょに狙われてる感じがするよ」
レオンハルトの言う通り、四つの魔法具の先端は正面に向いている。
「この四つの魔法具からは、それぞれに風の盾の魔法が発動するんだ。四つが連動すると、俺を包み込むような流線形の風の層が出来上がる。これが飛行速度を上げる工夫の一つだ!」
アルベルトはどや顔で説明を締めくくる。
「風の盾か~、それなら矢で狙われてもある程度は防げそうだね!」
アルベルトの渾身の説明に対して、全く見当違いな所に関心を示すレオンハルト。アルベルトは小さな溜め息を漏らす。
「まぁ、それも狙いの一つではあるよ。他にも高所でも寒さから身を守れるってのもあるしね」
「そっか、色々と考えてるね~!流石、アルだね!」
「まぁな。それより、レオの製作はどうだ?」
アルベルトの金属的な魔法具に比べると、レオンハルトのそれは薄い布を多く使っていた。
「僕のは昔の飛行魔法具を真似てるだけだよ」
「むっ、それは天女の羽衣か?」
「え~違うよ~、風の外套なんだけどなぁ~。見えない?」
「外套にしては薄過ぎないか?」
「ふふっ、薄くしてるのには秘密があるんだ。聞きたい?」
「むっ、ちょっと待て、当ててやる」
こうして二人は冬の間は魔法具製作に打ち込むのであった。
ジークフリート王立空軍士官学校の二年生からは、学校に設けられた二年生、三年生と教官で組まれた8つの中隊に分かれて、実戦形式で学んでいく。
ここからは、アルベルト、レオンハルトはそれぞれの中隊に分かれることになるが、二年の半ばになると、それぞれが名を馳せて行くことになる。
元々、成績優秀でどの科目でも常に上位に位置していたレオンハルトは当然のことと周囲からも思われていたが、中学校時代から落ちこぼれの一歩手前であったアルベルトがここまで活躍することは誰もが予想していなかった。
第一中隊から第八中隊まであり、第一中隊から第五中隊は飛行獣で組まれた中隊。第六中隊は飛行獣と魔法具の混成中隊。第七中隊、第八中隊が魔法具のみの中隊である。
レオンハルトは第七中隊、アルベルトは第八中隊に属していた。
三年生が卒業する直前には、各中隊同士が戦う模擬戦トーナメント大会が行われる。各中隊は30名で構成されるが、このトーナメント大会には各中隊から8名が選抜され、団体戦で戦うことになるのだが、アルベルトもレオンハルトも三年生を押し退けて、その代表の8名に選ばれていた。
このトーナメント大会でも、二人の活躍が目立つ。それぞれの活躍により、第七中隊、第八中隊で決勝戦を行うこととなった。
近年、魔法具のみの中隊同士での決勝戦は行われたことがなかった。これも二人の天才の活躍によるものだった。
第七中隊を率いる天才は、中隊の先頭に位置し、相手を翻弄する【奇術士】と呼ばれるレオンハルト。異常な回避能力と幻覚によって相手を翻弄している内に仲間が手堅く攻め立てる作戦でこの決勝まで勝ち進んだのだ。
第八中隊の後方に位置する天才は、いつの間にか姿を消し、突如、空を切り裂き特攻する。他の7名が踏ん張り、攻めをその天才一人に頼る作戦でこの決勝まで勝ち進んだのだ。
決勝戦が始まると、序盤は第七中隊が優位に進めていた。しかし、第八中隊のアルベルトによる特攻で着実に一人ずつ削っていくと、中盤以降は完全に第八中隊の優位で進んでいく。最終的に第七中隊はレオンハルト一人になり、第八中隊はアルベルト含め五人が残る展開となった。
これで勝負はついたと誰もが予想したのだが、そこからレオンハルトが驚異の粘りを見せた。
アルベルトの特攻が決まらず、一人、また一人と第八中隊が数を減らしていくと、最後は第七中隊のレオンハルト対、第八中隊のアルベルトの一騎打ちとなった。
「レオ、大した粘りだな」
「そういうアルこそ。よくも仲間をやってくれたね~」
既にお互いに魔力切れ寸前である。宙に浮いていることが精一杯であり、満足に移動もできない。
「レオ、決着をつけるぞ!」
「勿論だよ、アル!」
お互いにゆっくりと距離を詰めていく。
レオンハルトは持ち味である回避能力も幻覚も使用できずにフラフラと接近する。
アルベルトも驚異的な高速移動は出来なくなり、宙をもがくように前に進んでいく。
お互いに魔法を撃つ余力はなく、武器に頼った戦いが始まる。レオンハルトの得物は槍であり、アルベルトの得物は左右の手に装備した飛行用の魔法具と両足に装備した飛行用の魔法具である。
射程範囲ではレオンハルトが有利であり、手数ではアルベルトが有利であった。
地上での一対一の戦闘訓練では、二年生の中ではレオンハルトがトップである。アルベルトは中の下あたりであった。
常に何事にも努力を怠らず、全力を捧げたレオンハルト。自分の興味のないことには最低限の努力しかしなかったアルベルト。
最終的には、その差だったのだろう。
この年は第七中隊が優勝を勝ち取った。
三年生になったアルベルトは、メキメキと成績を伸ばしていく。昨年度末のトーナメント大会の決勝で親友のレオンハルトに敗れたことが切っ掛けであった。
元々、最低限の努力しかしてこなかったアルベルトは、魔法学、戦闘訓練は勿論のこと、その他の科目でもひた向きに努力し、ついには学年で次席のところまで登ってきたのだった。
アルベルトの上は勿論、レオンハルトが健在であった。レオンハルトもアルベルトに触発され、今まで以上の異常な努力をしたのだった。
春の遠征から始まり、夏合宿、秋の遠征、冬合宿と常に二人は切磋琢磨し、第七中隊と第八中隊は常にトップを争い続けた。
そして、運命の模擬戦トーナメント大会の決勝で二人は再び戦うことになる。
奇しくも決勝戦の展開は昨年度と同じ様な展開となり、最後は二人の一対一となった。
前回と違うのは、二人ともに魔力は余力を残しており、フラフラであった前回の戦いとは驚くほどの差を見せた。
光学迷彩で姿を消し、遥か上空に登るアルベルトは、上空から滑空し、空を切り裂きながらレオンハルトを襲う。
レオンハルトは幻覚を使い、的を絞らせず、アルベルトの鋭い特攻を紙一重で回避すると、すれ違い様に風の刃を纏った槍を突き出す。
レオンハルトは全身に纏った風の盾で槍を防ぐと、再び光学迷彩を纏い姿を消す。
周囲の観戦者達は視認することも難しい一騎打ちを黙して観戦し続けた。
いつまでも続くかと思われた一騎打ちであったが、アルベルトの鋭い特攻を回避し損ねたレオンハルトの魔法具である【風の外套】が破れ、アルベルトが勝利を掴んだ。
後年まで語り継がれた二人の決勝は、空軍の在り方をも変えていった。
それまで、飛行獣が主であった空軍、空軍士官学校であったが、魔法具が注目され、徐々に魔法具が主力へと移り変わっていくのであった。
無事にジークフリート王立空軍士官学校を卒業したアルベルトとレオンハルトは、鳴り物入りで空軍へと入り、噂に違わぬ活躍を見せ、後々には英雄として語り継がれるのだが、それはまた別の物語である。
◆◇◆◇◆◇◆◇
-fin-