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番外編3(告知編) 高級家政婦のエリッサ

今回、下記の企画に参加させてもらうことになりました。


ままれアンソロ企画

https://sites.google.com/site/mmranthorogy/


と、言うわけで予告編と言うか、告知に合わせた特別編。

主人公は珍しく原作にいるキャラと言うわけで、

レイネシア姫のお世話役ことエリッサ嬢。


テーマは『メイド募集中』


それでは、どうぞ。



王侯貴族の世話を司る上位の技術職、エルダー・メイド。

そのエルダー・メイドには2種類のタイプがいる。


1つ目は、貴族の子女の行儀見習い。

彼女たちは将来の嫁ぎ先である貴族や騎士、

商人の妻として必要な技術を身に着けるべく、

領主などの高位貴族や高司祭、そして豪商の邸宅に、行儀見習いとして上がる。

この場合、大抵は12~15歳程度から結婚が決まるくらいまで続けて、

結婚と同時にやめることになる。

エルダー・メイドの大半がこちらのタイプであり、

こちらのタイプは長くても5~6年の間の手習いと言うこともあって、

高い技量を得ることはまず無い。


2つ目が、メイドマスター候補。

様々な要因から結婚の道を捨て、生涯をメイド道の研鑽に捧げることを選んだ求道者。

この道を選んだエルダー・メイドは、将来のメイド頭として厳しく躾けられる。

その技量は同齢の行儀見習いに負けることはまず無く、

更に年齢に比例してとてつもない技量に達する。


例えば灰姫城のメイド頭。


年齢と〈高級家政婦〉の技量が共に60を越えている彼女はかつて、

紅顔の美少年だったセルジアットの身の回りの世話をこなし、

更にはその娘サラリヤの“おしめ”を替えていたこともある女傑。

その手腕は灰姫城に無くてはならぬ存在として、

今もなお灰姫城のメイド達を取り仕切っている。


レイネシアの側仕えであるエルダー・メイド、エリッサはメイドマスター候補である。

理由は色々ある。

実家がエルフ系の下級貴族…

殆ど庶民と変わらないレベルの零細貴族だったこともあるし、

忌み子のハーフ・アルヴとして生まれたため、

ロクな嫁ぎ先が無いことが生まれた時点で確定していたこともある。

だが、彼女に言わせれば、それは些細な理由である。

彼女がメイドマスターの修羅道に踏み込んだ理由は、ただ一つ。


―――あたしがやんなきゃ、誰が姫様の世話をできるってんですか。


レイネシアが幼かった頃から世話を続けてきて身に染み付いてしまった矜持は

彼女に付き従いアキバに着てからも変わることなく、

現在もエリッサはエルダー・メイドのみで構成された水楓の館のメイドの中で、

その細腕を振るっている。


さて。

レイネシアの住まう邸宅としてアキバに用意されたコーウェン家の別宅、水楓の館。

そこでは現在およそ30人ほどのメイドが働いている。

その全てがマイハマの灰姫城から派遣された、エルダー・メイド…だった。

9月にアキバに水楓の館が建てられ、レイネシア姫が赴任して3ヶ月。

マイハマからやってきたエルダー・メイドの何人かが水楓の館より去っていた。


人一倍色恋沙汰を好んだ彼女は円卓会議11ギルドの1つ、

〈西風の旅団〉の当主に熱を上げすぎていることが実家にばれて連れ戻された。

修道院で癒しの術を学んだ貴重な癒し手であった彼女は1ヶ月程前に

マイハマから赴任してきた近衛騎士団の従軍司祭の話に感化され、

マイハマに戻り、従軍司祭見習いとして騎士団入りした。

その他、冒険者の街に置いておくのを嫌がった親に連れ戻されたり、

アキバの持つ魅力に惹かれて仕事が疎かになって暇を出されたり、色々である。


かくて手が足りなくなった水楓の館。

その補充を願い出たところ、返ってきた返答は。


―――補充要員はマイハマでは用意せず。アキバにて募集すべし。


…かくして水楓の館より一つの依頼が出された。


水楓の館にて働く、エルダー・メイドを若干名募集。

応募資格は即戦力たるLv20を越えるエルダー・メイドであること。

…そして何より、大地人であること。


冒険者を同僚に迎えるのは、採用担当を任されたエリッサとしても勘弁だった。

当初、貴重なエルダー・メイドが集まるかは疑問もあったが、それは杞憂に終わった。

あらゆるものが集う街、アキバでは、エルダー・メイドの大地人もそこそこいたのだ。

そして実際会う段になって問題が発覚した。


応募してきたのは3人…

かなりの技量を持つ貴重なエルダー・メイドは全員が人間族、エルフ族、

そしてドワーフ族の“旧き3種族”に属さぬ異種族だった。

その、異種族メイドの面々が、水楓の館に相応しいか見極めなければならない。

それはエリッサが初めて経験する類の試練だった。


『番外編3 高級家政婦のエリッサ』



「という次第なんですよ」

水楓の館の裏口に程近い使用人用の控え室で、エリッサは事情を説明し終えた。

「…それで、私がお手伝い、ですか?」

そう聞き返すのは、レイネシアが懇意にしている冒険者の騎士団、

〈D.D.D〉で働くエルダー・メイド…アルフェ。


「はい。前にマイハマから来た文官様が言っていたんですよ。

 困ったら、あなたに相談してみては、と」

マイハマでも屈指の切れ者と噂の文官は、胃の痛みに顔をしかめながら帰り際、

再度挨拶に来た時に言っていた。

アキバで困ることがあったら、〈D.D.D〉の狐尾族のエルダー・メイドに

頼って見ると良いと。

その忠告もあったし、何よりレイネシアと行き来が多い騎士団でも

貴重なエルダー・メイドである彼女のことはエリッサもよく知っている。

彼女は自分と同い年だと言う割に、頭の回転と知識の深さが段違いであり、

何かと相談事に乗ってもらっているのだ。

故に、今回も彼女に頼ることにしたのだった。


「それで、どのような方の面談を?」

「はい。3人ともLv20以上の実力を持つエルダー・メイドですし、実際の働きぶりも

 若い割にそこいらの貴族の娘さんとは比べ物にならないほど優秀らしいのですが…

 種族が」

「ええ、聞いています。狐尾族と狼牙族、それにハーフアルヴでしたっけ?」

「はい。そうなんですよ…いやね、ハーフアルヴはまあ、分かるんですよ。

 出はマイハマの名家の三女らしいんですが…忌み子ならよくあることですから」

自らの体験も含めて、実感を込めて言う。


「しかし…狐尾族と狼牙族と言いますと…

 どちらもイースタルでは余り見ない種族ですし…」

「…貴族様方の作法を知る種族には思えませんものね」

アルフェの手前、濁した言葉をアルフェは正確に察する。

「ええまあ…いえ、アルフェさんはそんなこと無いって分かってるんですがね…」

狐尾と狼牙、ついでに猫人…

善なる獣人種はイースタルでは蛮族の扱いであり、貴族はただの1人もいない。

それが家事だけで無く貴族の作法を知ることを求められるエルダー・メイドとは、

にわかに信じがたかった。

「なるほど…これならありえますね」

エリッサの話を聞きつつも、アルフェは事前に出されたメイドの経歴…出身地を見る。


「へ?そうなんですか?」

アルフェの意外な言葉に、エリッサは聞き返す。

「ええ。イースタルの出ならともかく、ウェストランデの狐尾族、

 エッゾの狼牙族らしいですから」

それにアルフェは頷きを返し、じっと経歴書を見る。

ウェストランデからの移民だと言う狐尾族と、エッゾから来た狼牙族。

その意味を正確に理解したのだ。

「まあ、詳しいことは会って見ないと分かりませんがね…」

アルフェが20年を越える経験で培った勘が言っている。

しっかりと検分する必要があると。



面接開始の1人目。

「おはようございます。エリッサ様。本日お招き頂いた、ホタルと申します」

入ってきて、かすかに微笑み、優雅に礼をしたのは

自前の冒険者用メイド服を着た少女だった。


経歴書によれば若くして技量が20どころか30を越えていると言う、

今回応募してきた3人の中では最も技量が高いエルダー・メイド。

流れる長い髪は白雪のような銀、目は空のような蒼。

キメ細やかな肌は透けるように白く、まだ育ちきっていない、

発達途中の肢体はまるで出来の良い人形のよう。

…そして、獣の耳も尻尾も見当たらぬ、どうみても人間族の少女だった。


「あれ?…っと本日はようこそ、水楓の館へ。私は姫の側仕えを勤めているエリッサ。

 そしてこちらが一緒に貴女がこちらに勤めるに足るかを見極める…」

「アルフェです。よろしくお願いします」

そのことに違和感を覚えるが、まずは挨拶をすべきだろう。

そう考えてエリッサは名乗り、アルフェを紹介する。


「なるほど、よろしくお願いします」

少女の方も慣れたもので冷静に言葉を返し、アルフェにも礼をする。

「…えっと、それで…その、狐尾族と聞いていたんですが…」

少しの間沈黙し、エリッサは言いにくそうに切り出す。

「…お見苦しいものをお見せするわけにはいかぬと思い隠したのですが、

 出した方がよろしいでしたら」

その言葉にほのかに微笑みながらホタルは冷静に返し、

先端だけが黒い銀色の耳と尻尾を出す。


「…え?あれって隠せるんですか?」

思わず隣のアルフェを見る。それに対しアルフェは当たり前のように言った。

「出来ますよ?ギルドでは隠さなくて良い…

 むしろ耳と尻尾が良いと言われてますので隠したりはしませんが」

そう言うとアルフェはさっと魔法のように

金色の毛で覆われた耳と尻尾を消してみせ、また出して言う。

「狐尾族は皆、耳と尻尾を隠す…“化ける”術を知っています。

 長時間隠したままだと疲れますけどね。

 ウェストランデの旧い貴族の家なら、大抵数人はいますよ。

 人間族の姿をした、狐尾族の使用人が」

すまして言う…なんのために、かはあえて言わなかったが。


「へぇぇ、ウェストランデの、とはそういう意味でしたか。ではホタルさんも?」

確かに狐尾族が人間族に“化ける”技を持っているなら、話は分かる。

思えば古王朝の歴史を受け継ぐウェストランデではイースタル以上に貴族の力が強く、

それに伴って貴族の礼儀を知るエルダー・メイドも数多い。

彼女もそうやって貴族に仕え、エルダー・メイドの技を身に着けたのだろう。

「はい。以前はウェストランデのさる貴族様のお屋敷で働かせて頂いておりました。

 そちらでお暇を頂き、アキバの噂を聞いて移ってきたところで

 折りよく募集がありましたので」

「なるほど、そういうことでしたか」

かくて、エリッサが納得し、合格させようとした、そのときだった。


「…私から、1つ質問しても?」

アルフェがポツリと、微笑んで尋ねる。

「はい?なんでしょう?」

相変わらずの微笑みを浮かべながら、ホタルはアルフェに尋ねる。

「では…貴女が仕える“主の名”を、今、ここで言って見て貰えませんか?」

それに頷き…ホタルにあわせたような微笑みを崩さず、アルフェは、その質問をした。

「へ?」

アルフェの、間の抜けた質問に、エリッサは思わず声を上げた。

主の名。そんなもの、レイネシア姫意外にありえない。だが。

「…っ!?」


ホタルは、言いよどんだ。


微笑みから初めて顔をしかめ、無意識のうちに右手を泳がせる。

「…言えませんか?となると、色々と困ったことになるんですがね…」

ホタルに再度問う…笑顔を崩さず、ただ静かに。

「や、まあそうですけど…」

アルフェの様子に、ぞわりと寒気を感じながら、エリッサは事態を掴みきれずに言う。

エルダー・メイドが、自らの主の名をいえぬなど、ありえぬ失態だ。

その一事で持って不合格となってもおかしくないほどの。

だが、ここの主が誰かなど、アキバでは子供でも知っている。

ホタルが知らぬとも思えない。


そして少しだけ時間が過ぎ…

「…我らの主の名は、レイネシア=エルアルテ=コーウェン。

 マイハマ領主、セルジアット公の、孫姫です」

ホタルは、その言葉を口にする。

「…本当に?」

「…今、このときより」

アルフェの確認に、頷く。その微笑みが消えた顔には、一筋の汗が流れていた。

「…良いでしょう。合格で良いと思います」

「え、ええ。そうですね…ホタルさん、貴女を水楓の館のメイドと認めます」

寒気が消えたことに安堵しながら、エリッサはホタルに合格を告げる。

「ありがとうございます」

それに深々と頭を下げ、ホタルは応接間を退出する。


「…なんてもの飼ってるのよ。アキバの円卓会議は」


去り際。その、恐れが篭ったごく小さな呟きは、

アルフェ以外の誰の耳にも入らずに、消えていった。



「どうも~、カズラです~」

そこはかとなく間延びした声で、その少女は挨拶をした。

きらきらとしたタレ気味で黒い目と白い紐でくくった

濡れた烏の羽のような色のまっすぐな黒髪。

幾分発達した女性的な体をエッゾの装束らしい変わった服で包んでいる。


カズラ。事前に出された経歴書に寄れば、元々ははるか北方、エッゾ帝国の生まれ。

1ヶ月ほど前、帝国からアキバのすぐ側に作られたアメヤの村に移り住んできた。

その後、アキバでは有名なホテルであるリバーサイドで働いていたが、

リバーサイドの支配人から今回の応募を紹介されたのを契機に応募したと言う。


挨拶もそこそこに済ませ、エリッサは早速尋ねる。

「さて…カズラさんは“癒し手”の技を持っていると聞きましたが」

今回、カズラがエリッサの目に止まったのはそこである。


冒険者が『回復職』と呼ぶ、癒し手の技術の持ち主。

以前館に勤めていた癒し手がいなくなった今、

女の園であるこの館では早急に用意する必要があった。


理由は簡単。

基本的に貴族の女性は『月のもの』に耐える生活をしていないのだ。

特に領主の血縁クラスの高貴な女性になると、

兆候が出ればすぐに癒しの魔術で痛みを止める。


先の姫様の『月のもの』の日にはマイハマから派遣されてきた

従軍司祭を前の癒し手がやめる原因を作ったとして緊急召集したが、

仮にも近衛騎士団に抜擢されるほどの実力者であり、

有力な法衣貴族の娘でもあるエリートを毎月そんなことで

呼び寄せるわけにもいかないのは、エリッサにも分かっていた。


それに、日常のちょっとした怪我や病気などの備えにも、

癒しの魔術の使い手がいるといないとでは大違い。

所詮は『ちょっとした怪我や病気』が治せれば良いので

余り高い技量はいらないが、やはり1人は欲しいもの。


そんなわけで、紹介状に癒しの魔術の使い手であると書かれていた

カズラが応募してきたとき、狼牙族という珍しい種族にも関わらず

すぐに面接することに決めたのだ。


「はい~。持ってますよ~。ウチは代々側仕えの家系ですので」

エリッサの問いに、カズラは先ほどのホタルとは対照的な

ふにゃりとした笑みで答える。

「側仕えの家系?誰か、お仕えするものが決まっている一族と言うことですか?」

その答えに、エリッサは首を傾げる。

帝国の事情には余り詳しく無いが、狼牙族を側仕えにするというのは、

少なくともイースタルでは聞いたことが無い。

最も逆に言えば、高貴な身分のものの側仕えの一族ならば、

エルダー・メイドであるのも納得だが。

「はい~。ウチの家系は代々お…村長様にお仕えする一族でして~」

「村長と言うと…ああ、あの方ですか」

カズラの答えでエリッサは思い出した。


狼牙族の村長ならば一度だけ会ったことがある。

短い銀髪で、女性とは思えぬほど強く堅い意思を秘めた女性。

女の身ながらアメヤの村長をすることになったと、

側仕えを2人連れて姫様の元に挨拶に来た。

そう思いながら見ればあの村長に着いてきた側仕えの片方と、

話し方や見た目がカズラは似ている。

姉妹なのかも知れない。

「はい。今はセンカ様ですね。お姉ちゃんがセンカ様の側仕えで、

 あたしはセンカ様の妹のマリカちゃ…さまにお仕えしてたんですけど、

 色々あってしばらくはお仕えできない状態になっちゃいまして、

 暇を出されたんですよ~。

 そういうわけすんで~、ウチの家の女は昔からずっと

 神祇官兼エルダー・メイドです」

エリッサの思いを裏づけするようにカズラはほわっと答える。

…少しだけ、聞き捨てならない言葉と共に。

「え?神祇官…ですか?」

エリッサは思わず聞き返した。意外そうに、かつ少しだけ不満げに。


神祇官は、結界作りの名手であり、街を守る大規模な結界の維持や、

大地人の貴人を戦場での暗殺、流れ弾から守る最後の盾として、

強力な結界術式を操る反面、純粋な癒しの力はやや低い。

技量が同等ならば癒しを得意とする施療神官や森呪遣い程の力は無い。

そして衛兵と冒険者という二重の防壁を持つアキバの街中においては、

神祇官の売りである結界の術は余り使いどころが無いのだ。


「まあまあ。神祇官と言ってもエッゾの狼牙族ですからね。

 …癒しの腕前は、どの程度でしょう?」

そんなエリッサの考えを読んで、アルフェはカズラに尋ねる。

「癒しの腕前ですか…う~ん、確かに癒しはあんまり得意じゃないかも~…です。

 魂返しも5回に1回位しか成功しませんし~」

だが、アルフェの質問に、少し困ったようにカズラは答えた。

カズラの家では戦場での結界の扱いをしっかり教える分、

癒しの術は余り詳しく教えなかった。

純粋な癒しの魔術なら、技量が同等なら森呪遣いの方が

どうやっても上だと分かっていたから。

「魂返し?」

一方のエリッサは、カズラの言った聞きなれぬ言葉に首を傾げる。

「はい~。あれ?こっちでは言いません?魂返し。

 うちらでは魂返しで死んだ男を蘇らせるのに成功したら、

 癒し手として一人前ってよく言うんですけど~」

その様子を見て、カズラは簡単に説明する。

「…え?それってまさか…蘇生魔法ですか!?」

カズラの説明を聞いて、聞きなれぬ言葉の正体を知ったエリッサが驚いた声を上げる。


蘇生魔法は、大地人にとってはよっぽどの好条件と、

癒し手の高い技量が揃わねば成功しないとされる文字通りの意味で奇跡の術だ。

マイハマでも戦場で使われて実際に成功した例はほとんど無いし、

成功させた経験を持つのも大抵は近衛騎士団に抜擢される程の技量を持った

高位の従軍司祭ばかりだ。


だが、そんなエリッサの驚きをよそに、カズラはマイペースに答える。

「はい~。私はまだまだ未熟なんであまり上手く行かないんですけど、

 お姉ちゃんなら状態がよければ3回に1回は成功させますよ~。たま…蘇生魔法」

「いや…蘇生魔法って普通成功しないと…ちなみにカズラさんの技量は?」

帝国の狼牙族はどうなってるのか。

そう思いながら、とりあえず技量を尋ねる。

もしかして、正規の騎士並の技量であるLv30を越えてるのかも知れないと思いながら。

「神祇官としてのレベルですか?えと、確か…この前41になりました~」

それだけにそれを更に上回る技量を何でもないことのように答えられて、

エリッサは思わず声を上げる。

「よ、よんじゅういち!?」

とてつもない技量。

傭兵でも優れていれば騎士団に入れてしまうマイハマでなら、

即従軍司祭として採用される程の技量だ。

…思わず隣のアルフェを見た。

「…エッゾの狼牙族は、帝国と戦える様、

 男女の区別無く戦の技を鍛えると聞きますからね。

 カズラさんぐらいの実力者もたまにいるんですよ」

アルフェは知ってたらしく、淡々と説明する。

ずいぶん昔、エッゾの狼牙族に危うく殺されかけたことを思い出したので、

ちょっとだけ表情がかたい。

「な、なるほど…」

つくづくアキバでは常識が通用しないななどと思いながら、エリッサは頷く。

「えっと~、それで…?」

そして、判定をカズラが尋ねる。

「あ、はい。採用で」

結果は癒し手としての実力は十二分。断る要素も無いので、採用。

「やったあ~」

その結果に、やっぱり気が抜けた言葉で、カズラは喜びをあらわにした。



「ほ、本日はお招きいただいて本当にありがとうございます。

 私は、ミューゼル=フォルベインと申します」

少しおどおどした様子の、仕立ては良いがごく普通のメイド服を着た少女が、

緊張しながら、スカートの裾を持ち上げて礼をする。

濃いダークブラウンの髪と、茶色い瞳、目立つ特徴は無いごく普通の少女だ。

紋様が刻まれているであろう舌さえ出さなければ完全にただの人間族にしか見えない。

「そんなに緊張なさらないで。ちょっとお話を聞きたいだけですから」

「は、はい!」

返事は返ってきたものの、やっぱり緊張している。

(初々しいですねぇ…と言ってももう大体合格なんですが)


他の特殊すぎる2人と違い、マイハマの出であるミューゼルについては

大体調べがついている。

ミューゼルはマイハマではそこそこ有力な貴族であるフォルベイン伯爵家の娘だ。

家の格を考えればエルダー・メイドを使う側だが、嫡男がちゃんといる家の三女で

なおかつ忌み子のハーフ・アルヴなら、エルダー・メイドを志すのもおかしくは無い。


現に前に働いていた貴族の家でも、評判は上々。

元々がかなりの名門貴族の娘だけあって礼儀作法はしっかり身についているし、

真面目な努力家で、Lvもずいぶん早くに20に到達したと言う。

よって、気になる点はただ1つ。


「それでは、1つだけ…何故、マイハマから移り住んでまで

 この水楓の館のエルダー・メイドを?」

安定しているマイハマの仕事先をやめ、わざわざ蒸気船まで使って

アキバに移って働こうとする動機である。

「え、えっとそれは…その……憧れてる、からです」

エリッサの問いかけに、ミューゼルは僅かに言い淀み、その答えを口にする。

「憧れてる…ああ、姫様にですか?」

その答えにエリッサがまず連想したのは、自分が仕える主人。


あの姫君はエリッサしかいない時はダメダメになるが、

それ以外の人の目があるときの外面は完璧である。

…最も最近は、近くにクラスティ殿しかいないときも

 普段のダメさとは違う意味でダメダメだが。

それはさておき実態を知らないものにはイースタルの冬薔薇とまで呼ばれる

その美しい美貌と立ち振る舞いは、同性の(嫉妬交じりの)羨望を

欲しいままにしている。


「ち、違います!」

だが、そのエリッサの答えはあっさりと否定される。

「違う?もしかして、誰か冒険者の方に?それはちょっと…」

その様子に、エリッサはちょっとだけ、心配をする。


アキバは冒険者の街で、冒険者が作る円卓会議が街を取り仕切っている。

それ故に、アキバでも有力かつ有名な冒険者ならば、

マイハマに住んでいたミューゼルの耳に入ってもおかしくはない。

そして、その憧れの対象が若い女性に人気のある、

〈D.D.D〉や〈西風の旅団〉の騎士団長であったとしたら、ちょっと厄介だ。


「ち、違うんです!」

が、それも違うらしい。

顔を真っ赤にしながら、ミューゼルはそれも否定する。

「え?じゃあ…誰なんですか?」

となると…思い当たる節が無い。


エリッサが首を傾げていると、ミューゼルがその答えを口にした。

「私が憧れてるのは…エリッサ様なんです!」

「へ…ええ!?なんでまた!?あたしゃ普通のエルダー・メイドですよ!?」

エリッサがその答えに、思わず聞き返した。

あのレイネシアの素顔を知ってるというのはそれはそれで特殊かも知れないが、

エリッサ自身は、自分を普通のエルダー・メイドだと思っている。

メイドとしての技量も『年の割りには高い』程度で、若くしてLv47とか、

そういうとてつもない領域に達していると言うわけではないし、

一応最低限の短剣の扱いは貴人である姫様を守るため教えられたが、

所詮は手習い程度でまともに戦えるような技ではない。


「そんなことありません!だって、エリッサ様は、その…

 こうしてアキバに移り住んでまで立派に姫様にお側仕えされてるではないですか!」

だが、ミューゼルにとってはそうではないらしい。

「いやいや、仮にも主君たる姫様が赴かれるのでしたら、

 そりゃあついていくのは当然でしょう」

エリッサがごく簡単に理由…本音の理由を述べたにも関わらず、

緊張を振り切ってミューゼルは首を振る。

「そんなことありません!私もマイハマのエルダー・メイドでしたから、

 噂は知ってます。最初はアキバに向かうエルダー・メイドを探すのも苦労したって」


今でこそアキバの街はヤマトでも屈指の大きな街として有名となり、

マイハマからもひっきりなしに大地人が訪れるようになったが、

レイネシアと共にエリッサたちが水楓の館へと赴任してきたばかりの頃は、

まだまだ謎に満ちた街であった。


得体の知れぬ冒険者の街に大切な娘をやるわけには行かぬと、

メイドの父親が止めたと言う例も少なくは無い。

屋敷を維持するのに必要な数のエルダー・メイドを揃えるのは、

マイハマの領主であるコーウェン家ですら相応に苦労したようだ。

(だからこそ、今回はアキバで探す様にと言われたのだ)

「でも、その中でもエリッサ様は姫様がアキバに赴任すると決まったら、

 すぐに行くと決めたとも伺いました!

 冒険者のことがまだ良く分かってない頃だったのに…それは凄いと思うんです」

「いや、まあそりゃあそうですが…」


エリッサは困惑した。

彼女にとって、アキバに来たのはあくまでも『レイネシアの世話を

完璧にこなせるのは自分くらい』と言う矜持があったためで、

別段勇気があるとかそういうものではなかった。

それに来た当初は、余りに考え方が違う冒険者たちや、

ヤマトのあちこちからアキバに集まってきた、

異種族を含む大地人移民の多さに随分と面食らったりもしたし、

マイハマが恋しく思えることもあった。

最近はこの街との付き合い方も分かってきたのでそうでもないが、

来た当初は色々と失敗したこともある。

そんなわけで、エリッサ自身は余り自分が凄いとは思っていない。


だが、ミューゼルにとってはそうではなかったらしい。

「お願いします!是非、エリッサ様のお側で働かせてください!

 お役に立って見せます!私…エリッサ様みたいになりたいんです!」

「いや。それは、その、光栄ですが…」

ミューゼルの熱血ぶりに、困惑しながら答える。

困ってアルフェの方を見てみたが。

「…ああ、なるほど」

何かに納得したように頷いた後は、黙って笑顔でエリッサを見ている。

(判断はまかせる。ってところですか…)

確かに自分では分からぬような特殊な事情を抱え込んでるわけでもない、

マイハマの出のエルダー・メイドならばアルフェの判断が必要な場面ではない。

ようするにエリッサの胸先三寸だ。

仕方なしにエリッサはミューゼルのほうを見て、言う。

「分かりました。貴女を水楓の館のメイドと認めます。

 これから、よろしくお願いします」

「は、はい!粉骨砕身の心持ちで頑張ります!本当に、ありがとうございます!」

緊張したのか場違いに大きな声でミューゼルが返事を返し、

水楓の館には新たに3人のエルダー・メイドが加わることとなった。



ようやく終わった。

ミューゼルが部屋を退出したのを見届けて、エリッサはどっかりと腰を下ろした。

「ふぅ~、なんとか、終わりましたか」

「お疲れ様です」

安堵と精神的な疲れからため息をついたエリッサに、

アルフェがそっと黒葉茶を差し出す。

「あ、どうもすいません…おお」

それを何気なく受け取って口に含み…その味に、アルフェの隠れた実力を感じる。

淹れ方の上手さも去ることながら砂糖とミルクの割合が完璧だ。

普段飲んでるよりも少しだけ甘く整えられた味が、疲れを癒す。

「ふふっ。お疲れでしょうから、少し甘めにしてみました」

「やりますね…本当に美味しいですよ、これ」

エリッサの普段の好みをちゃんと覚えておいて、なおかつ体調に合わせて調整する。

エリッサが普段レイネシアに対してやっている技だが、

自分がやられるとは思わなかった。

技量だけでは測れぬ、エルダー・メイドとしての技を

垣間見せられて、エリッサは笑う。

やっぱりこの人は、アキバ一の騎士団に居るだけのことはある

優れたエルダー・メイドだと。

「それにしても、先ほど、アルフェさんは何に納得していたのですか?」

面接を終え、気楽になった身で、エリッサはふと、疑問に思ったことを尋ねる。

先ほど、ミューゼルとの面談の時、アルフェは何かに納得した様子で

一言呟いただけで殆ど話をしなかった。

何に納得したのか、純粋に気になった。


そんなエリッサの様子に、アルフェは笑顔で言う。

「ミューゼルさんがエリッサ様に憧れた理由、ですかね」

「理由?…分かるんですか?」

アルフェの言った言葉に思わず身を乗り出す。

それにアルフェは笑って答える。

「はい。恐らくですが、ミューゼルさんがエリッサさんに憧れた理由は…

 種族ではないかと」

「種族というと…ハーフ・アルヴですか?」

その答えの意味を考えて、エリッサはアルフェに確認する。

確かに経歴書によればミューゼルはハーフ・アルヴだし、

エリッサ自身もハーフ・アルヴであることは、マイハマでは比較的知られている。

だが、それがすぐに憧れにつながるものだろうか?

微妙に納得していない様子のエリッサに、アルフェは説明する。

「はい。エリッサ様は、レイネシア姫の側仕えのエルダー・メイドとして、

 随分とご活躍なさっているでしょう?

 それが、同じハーフ・アルヴとして誇らしいのではないでしょうか?」

同じく少数種族である狐尾族のアルフェには、なんとなくわかる気がした。

彼女は、エリッサが『同族』であるが故に憧れているのだ。


「へ?いやいや。ハーフ・アルヴの凄い人なら他にもいるでしょう。

 シロエ様ですとか、大地人でもマリーナ様ですとか」

最も、エリッサ本人にはその自覚は無い。


エリッサがアキバでハーフ・アルヴの凄い人と言われて思いついた2人の名を上げる。

かたや、円卓会議1の頭脳と超一流の冒険者としての名声を併せ持つ評議委員。

かたや、アキバにいる料理人でもトップクラスの腕前の持ち主であり、

若くしてメイドとしても超一流である天才女将。

どちらもエリッサにとっては雲の上にも等しいほどの『凄い人物』だ。


「あら、今までアキバに住んでいないものが、それを知るのは難しいのでは

 ないでしょうか?ただでさえ、ハーフ・アルヴは、

 普通に見ただけでは見分けがつきませんもの」

エリッサの答えに、アルフェは苦笑する。

ハーフ・アルヴは、異種族の親から生まれてくる種族である。

その特徴は、紋様の刻まれた舌…ただそれのみ。

他は親の種族とまったく同じ姿であり、舌さえ見せなければ見分けるのは難しい。

更にハーフ・アルヴはある種の突然変異であり、種族としての繁殖力は低い。

例えハーフ・アルヴ同士の子供であっても、

ハーフ・アルヴとなることは滅多に無いのだ。

「それに、たとえお二人のことを知っていたとしても、

 彼女はきっとエリッサさんを一番尊敬すると思いますよ?

 やはりエルダー・メイドとしては、同じエルダー・メイドが

 一番目標にしやすいですから」

「はぁ…なるほど」

アルフェの説明を聞いて、エリッサも納得する。

なんだかこそばゆい。

今までハーフ・アルヴであることがプラスになった経験が余り無かったので余計に。


あんまり考えていると、余計にこそばゆくなりそうなので、

エリッサは気を取り直して今回のことを考える。

「それにしても…随分と変わったエルダー・メイドばかり集まりましたね」

ホタルにカズラ。そしてミューゼル。

全員が、普通のエルダー・メイドからは一味違う変わり者ばかりだ。

「まあ、それもアキバらしくて良いんじゃないでしょうか?」

エリッサの感想に、アルフェが苦笑して答え。

「…ですかね」

エリッサも苦笑で返した。

本日はここまで。


さて、ここでお知らせです。

冒頭で紹介した企画に、今回参加させていただきました。


内容は小説と言うわけで、お話を1つ。

ちなみにそちらも主人公は今回のお話と同じコンビだったり。


あ、勿論内容はまるっきり別物です。

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