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第16話 本屋のコジロウ

本日は、アキバの街を舞台にしています。


テーマは「本屋」


とある老人の話です。



午前5時になると、コジロウは自然に目が覚める。

伸びをして、万年灯の覆いを外して辺りを照らし、

水差しで顔を洗って眼鏡をかけ、着替える。

孫が買ってきた、甘い味がついたパンをもそもそと食べ、

黒葉茶で流し込むと、髪をポマードで整える。

人様の前に出られる格好になったところでギシギシと音を立てる階段を下りて、

店へと向かう。

それがこの40年間、供贄の一族が運営するマーケットの1つ、

書き物を専門に扱う『秋葉書堂』の店主として、たゆまず続けてきた変わらぬ日常。


…もっともそれは、たった半年前とは比べ物にならないくらい変わってしまったが。


店に行ったところで、ため息をつく。

(そう言えば今日は月曜日だったか…)

店頭に山積みにされた店一番の“売れ筋”と、その1冊を手に取り、

熱心に読む、息子夫婦の忘れ形見の孫を見て、コジロウはため息をつく。


目の前の本を見ると、つくづく時代が変わったことを思わせる。

(まったく、そんなもんのどこがいいんだか…)

そう思ってしまうのも年寄りになった証。

そんな自覚はあるので口には出さず、孫に注意だけすることにする。


「…お前はまぁた売り物に手を出し取るのか」

「ひゃ!?じ、爺ちゃん…」

ビクリと肩を震わせ、振り返る。

良いところだったのか、少しにやけている。

もう結婚してもおかしくない年頃の娘だと言うのにまだまだ幼く感じるのは、

ついついアキバ一のしっかりものと噂の、幼馴染の孫と比べてしまうからだろうか。


「その、爺ちゃん…おはよ」

慌てて売り場に本を戻し、孫が愛想笑いを浮かべる。

その笑顔は愛らしく、近所の年頃の男連中やら冒険者の客になら効果は抜群。

ただし、コジロウには通用しない。

「いっつも言うとろうに。それは売り物だから、勝手に読むでないと」

険しい顔で、いつもの説教をかまそうとする。だが。


「すいません。アキバください!」


説教を始める前に、朝も早くから、早起きの冒険者が早速とばかりに買いに来る。

まだ若い。恐らくは孫と同じくらい…冒険者には比較的多い年代の少年だ。


「ほ、ほら爺ちゃん客だよ!」

「…いらっしゃいませ」


マーケットを司るものは、決して客を…冒険者を待たせてはならない。

供贄の一族に古くから伝わる教えに背くわけにも行かず、

笑顔を作って客のほうを向く。

「週刊少年アキバですな?金貨200枚となります」

コジロウたちマーケットの民には値引きと言うものは存在しない。

最初から決まった値段を告げる。

大地人なら5人家族が1週間は楽に暮らせるくらいの金額。

売ってくれと頼まれた金額そのものだし、店の昔の売り物筆頭だった

技能書の類よりは安いが、何せ技能書と違い使う意味のあるものではないので、

やはり高いように思う。

「はい!じゃあこれで」

だが、冒険者はそれを別段気にすることなく金を置いていく。

普通の大地人では手にすることは滅多に無い、

最高位の100枚金貨を無造作に2枚。

冒険者は基本金持ちであると言うのは知っているが、

やはり100枚金貨をポンと出せる辺り、

冒険者の金に対する意識は大地人とはまるで違うのであろうなと、コジロウは思う。

「…はい。ありがとうございます」

そんなことを思いつつも、代わりに本を1冊手渡す。

「あんがと!じゃあまた来るよ!」

それを受け取って嬉しそうに、冒険者が去っていく。

見送って、気を取り直して再び孫の方に振り向いて、コジロウは気づいた。

「何度でも言うがな…あ?」

接客をしてる間に、孫の姿は消えていた。

パタパタと、階段を上る音。

「…逃げおった」

「ちぃーっす。アキバ、ある?」

普段なら追いかけて説教するくらいの時間はあるのだが、如何せん月曜日である。

公式発売日は、そんなに暇ではない。

「…はい。金貨200枚になります」

アキバの街には、発売日の朝となると同時に買いに来る客が結構多いのだ。


『第16話 本屋のコジロウ』



それから3時間ほど、コジロウは本を売るのに追われ続けた。

「ふぅ…ようやく、少し客が途切れたか」

山積みにされていた本も、半分くらいは売れてなくなった。

「相変わらず、凄まじい売り上げだの」

代わりに残った、100枚金貨の山に思わずため息をつく。


本日の朝の売り上げはざっと200冊…実に金貨4万枚。

それが朝だけの売り上げである。夜までには数倍に増えているだろう。

勿論、この金の大半は本を持ち込んだ冒険者に渡され、

コジロウたちが得られるのはほんの一部だが、

それでも暮らし向きが変わるくらいには稼ぎをもたらしている。

「しっかし…これのどこがいいのか」

手持ち無沙汰に、朝から大いに売れた本を手に取り、眺める。


滑らかで書き味の良さそうな、冒険者の筆写師が作る紙で出来た本。

裏表両方に絵を描いた、300枚近い紙を閉じこんで作られたその本の名は…

『週刊少年アキバ』

冒険者の小さな家門『少年アキバ編集部』が作ってコジロウにおろしている

『マンガ』書である。


中に書いてある内容は、小さな絵と文字が大量に書かれた、絵物語。

独特の絵柄で物語が描かれている。

内容は、正直コジロウには良く分からない。


冒険者が描く物語は大半が神代の時代の物語だと言う。


パラパラと眺めて見たことがあるが、

全員が冒険者風の装束を纏った『コウコウ』と言う場所で男に迫る

破廉恥な女を描いたものだったり、

同じくコウコウで男同士がサッカーとか言う球遊びで競い合うものだったり、

『ジュウ』とか言う武器らしきものを使う役人が悪人と戦うものだったり、

冒険者が最近発明した麻雀と言うゲームに興じる話だったり、

神代の時代の街で淡々と大地人が暮らす様を描いたものだったりして

ごく普通の英雄譚…冒険者が『ファンタジー』と称する物語はほとんど無い。


そんな代物にも関わらず、冒険者の間では大人気で、

アキバでは毎週千冊以上出回る上に、

ウェストランデの交易商人も数百冊ほど買っていく。

(西の冒険者の街、ミナミでは更に数倍の値が付くらしい)

最近では一部、孫も含めたアキバに住む大地人にも受けているらしく、

一つの物語をまとめた初めての単行本(半分ほどの大きさのくせに

金貨500枚もした)発売の折には、自由都市同盟と冒険者を結ぶ

水楓の館からも注文が入りコジロウも随分と驚いたものだ。


「すいやせん。ここぁ冒険者の書を扱う本屋ですかね?」


そんなことを考えていると、また1人、客が訪れる。

(…ふむ。大地人)

入ってきたのが壮年の武士であったことから、コジロウは大地人と検討をつける。

冒険者に、年かさの男女は極めて少ない。

大抵は実際の年齢に関わらず若い姿をしている。


最も、これは当然なのだろう。

不老不死かつ、自在に姿を変える薬を作れるような存在が、

好き好んで老いた姿をするわけが無い。

壮年の姿をしたものは基本的に大地人。そう考えて間違いない。


「…いらっしゃいませ。何をお探しですかな?」

コジロウが尋ねると、その壮年の武士はキョロキョロと店を見渡しながら、答える。

「へぇ。地図が欲しいんですがね、飛竜山までの地図ってのは、ありますかね?」

「はい。ございますとも」

供贄の一族の掟に、大地人にモノを売ってはならないと言うものは無い。

きちんと金を払えば大地人に冒険者の品を売っても良いことになっている。

コジロウは束になった地図の山から慣れた手つきで一枚の地図を取り出し、

男の前に置く。

「こちらが、アキバから飛竜山の麓の村までの地図です」

「へぇ…こりゃ驚いた。魔物の棲みかまで」

地図に、男が驚く。まさかここまで詳しい代物が出てくるとは

思わなかったのだろう。


彼の大災害の後、しばらくたって夏になった頃から、

冒険者は己が知識を本にまとめるようになった。


特に地図はおおよそ方角があってれば上等とされる大地人の作る地図とは

一線を画し、地形だけでなくその地域の魔物の住む場所と種類、

お勧めのルートなどが記されていて、商人や傭兵、吟遊詩人など旅をする

大地人にとっては今や無くてはならぬモノとなっている。


「お買いになりますか?」

「もちろんでさあ」

どうやら男はアキバ式の地図を一発で気に入ったらしい。

気前よく金を払い、男は地図を手にする。

「…ちなみにザントリーフの地図ってのも売ってるんですかい?」

「もちろんありますよ。冒険者の作るイースタルの地図は大体揃ってますので」

ザントリーフ…マイハマにほど近い周辺を気にする辺り、

この男はもしかしたらマイハマの騎士なのかもしれない。

そんなことを考えながら、コジロウは男を見送った。



昼時。

普段ならばそろそろ置きだすであろう孫に買いに行かせるか

孫に店番を任せて適当に何かを買ってくるのだが、

今日は珍しい差し入れがあったので、それを食べることにする。

胡椒がきいた辛目のスープに、薄切りの肉とチーズ、

レタスを挟んだふんわりとしたパン。

果実を絞って作った甘酸っぱいジュースに、味付けされた生野菜のサラダ。

本格的な手料理の詰め込まれたバスケットに舌鼓を打つ。

「ほお、こりゃ旨い。マリーナ、やっぱりお前さんは凄いな」

笑顔で差し入れを持ってきた幼馴染を誉める。

「まぁね。いっくら引退したっつっても孫に負けっぱなしじゃあ、悔しいからね」

コジロウの賞賛に『マリーナの宿』の元女将である12代目マリーナは、

相変わらずの歳を感じさせぬ美しい笑顔を見せた。


マリーナが20年勤めた宿屋の女将の座を娘に譲り、街中に住むようになったのは、

今からざっと20年ほど前のことである。

宿屋の方も更に月日が流れ、今では娘の子である孫の時代を迎えている。

娘が宿屋をやっていた頃は隠居の身ながら色々相談にも乗ったものだが、

宿のことに口出ししていいのは次の代までという慣わしに従い、

今では宿屋には一切口出しをしていない。その代わり。


「それにほら、ウチは食べ盛りを何人か抱えてるからね。

 しっかりしたもん食わせてやらないとならない。そりゃ、勉強もするさ」

まだまだ衰えていないマリーナは、円卓会議が出来た頃から

手料理を身に着けて賄いつきの下宿屋を始めた。

元々住んでいた街中の屋敷の何部屋かに手を入れて、

それを朝晩手製の料理をつけて月幾らで貸す。

その商売はそこそこ当たり、マリーナは冒険者や大地人の下宿人を

何人か抱えるようになっていた。

「なるほどな…マリーナの一族の精進好きって奴か」

思えばこの幼馴染もその娘も、やたら自分を鍛えるのが好きだった。

色々あって余り面識は無いマリーナの孫も、

宿屋の盛況振りを見る限りではそうなのだろう。

そして、そのことからコジロウは、なんとなくマリーナの要件を察する。

「もしかして、冒険者の料理書の類が欲しいのか?」

「やっぱり分かるか。伊達に本屋でメシ食っちゃいないね」

正解らしい。マリーナがにやりと笑い、注文をつける。

「どうせなら、難しい手料理が良いんだけど、そういうのに心当たりは無いかい?」

「…わざわざ難しいのに手を出すか」

簡単に作れて美味しい手料理をまとめた本なら、結構色々出回っているのだが、

逆に高度な技術を必要とする手料理となると、確かにほとんど無い。

…コジロウにも1冊しか心当たりが無かった。

「こいつでどうだね?」

その1冊を取り出して、置く。

「…なるほど。ケーキか。あれはうまいね」

マリーナはコジロウの答えに頷く。


ケーキは冒険者の手料理の中でも最も難しいとされる。

何人もの貴族抱えの料理人や移民料理人がその秘術を学ぼうと

冒険者に“弟子入り”し、研鑽しているが、

正確な計量や火加減の調整、盛り付けなどが難しく、

美味しいものを作れる大地人は未だに数えられるほどしかいない。


「確かに、アタシでも身に着けるのは難しそうだ」

精密な画家の絵が大量に使われたその本をざっと見ながら、マリーナは笑った。

弟子入りすらせず、本だけの独学で、ケーキ作りを身に着ける。

女将を極めたマリーナであってもかなり難しいだろう。

「面白い。この本貰うよ。いくらだい?」

財布を取り出して、コジロウに尋ねる。

それはまるで、新しい玩具を手にした子供のような表情。

本を購入し、マリーナは笑顔で言う。

「ちょっと待ってな。まともなもん作れるようになったら、差し入れてやるよ」

「楽しみにしとるよ」

この幼馴染なら割とすぐにものにするのであろうな。

そう考えながら、上機嫌のマリーナを見送った。



料理書を手に、マリーナが帰ってしばらくは、いつもどおりの月曜日だった。

週刊少年アキバを買いに来た客に売り渡したり、冒険者の客に技能書を売ったりする。

その中で、少し珍しい客がやってきたのは、昼過ぎの鐘がなった頃だった。


「サイトさん、アヤメさん、ここです。ごめんください」

「ここって…供贄の一族がやってる店だよね?」

「へぇ。ここがねえ。冒険者の作った本を専門で扱う店なんだっけ?」


騒々しく会話をしながら入ってくるのは、若い男女。

1人はここ最近よく訪ねてくる短い髪の娘と、その知り合いらしき男女。

男女の方は傭兵なのか、冒険者が使うような装備で武装をしている。

種族は…全員、狼牙族。ここ半年で一気に増えた手合い…新たなる民である。


かつて、アキバの街に住む大地人は、基本的には盟約を持つ、

特殊な一族たちのみだった。

時折、流れの行商が訪れることはあったし、

稀にはよその街から婚姻などでアキバに住みつくものはいたが、

冒険者という特殊な存在が主役の街であり、

他の街とは違う独特の慣わしに縛られたアキバは

普通の大地人にとって住みやすい街とは言い難く、居つくものは殆どいなかった。


しかし、時代は変わった。あの大災害によって。

円卓会議が出来た辺りから、アキバには異常と言ってもいい勢いで、

大地人の移民が増えた。

世界一の安全と、巨万の富、そして何より弱者にも平等に与えられるチャンス。

それは蜜のように甘く、蟻のように移民を引きつけ、アキバは彼等移民により、

大地人と冒険者が交じり合う混沌の街と化した。


コジロウたち、古くからのアキバの民が密かに「新たなる民」と呼んでいる

アキバの住人は、このアキバの古い慣わしを知らない。

この街の外で広がる世界の『大地人の常識』に従って暮らしており、

新たな商売を平気で始めるし、冒険者に平気で深く関わる。

また、多くが元いた場所を捨てようと思うくらいの暮らしをしていたこともあって

生きることへの執着の強さは、世界一安全な街に住んでいるために1度として

危険に晒された経験の無いコジロウたち古くからの民とは比べ物にならない。


それは今来た客の少女もそれは例外ではなく、大地人で狼牙族、

そして女でありながら、姉と2人で主に大地人を相手にした武器屋を経営し、

相応に稼いで暮らしている。


「ここです…さてと」

慣れた足取りで少女はそこに向かい、物色を始める。

「…攻略本コーナー?」

「何の本なの?似たような本をまとめてるみたいだけど」

「この辺りは、冒険者の知識をまとめた本が売っています。

 お二人向けの本も幾つか売っていますよ」

冒険者の手製の本の中から、目的の本を取り出しながら、少女が2人に説明する。

「すみません。これ、おいくらですか?」

多めに金貨を入れてきたのか、重そうな財布を取り出しながら、少女が尋ねる。

「ウェポンカタログの3巻。それでしたら金貨300枚になります」

それにコジロウは本を眺め、即座に値段を答える。


「あ、これ、傭兵ギルドに置いてある魔物図鑑じゃん。

 っていうかこれって売ってたんだね」

「便利だけど、いっつも誰かが見てて中々使えないんだよね」


後ろの、傭兵の2人も、本を取り出しては眺めている。

どうやら攻略本が売れそうな気配である。


カタログや辞書、そして地図…冒険者の知識をまとめた本は、

冒険者の間では『攻略本』と称されている。

それをまとめた一角が今丁度少女達がいる辺りである。

これらの本は、基本的には冒険者が冒険者のために作った本だが、

最近は(冒険者にとっての)低レベル冒険者向けの幾つかの本は、

他所から流れてきた大地人の傭兵や騎士、魔術師などが買っていくことも多い。


「すみません。これ、幾らですか?」


コジロウは男が手にした本が魔物図鑑の上巻…

下位の魔物たちをまとめた本だと見極めコジロウは値を告げる。

「魔物図鑑の上巻ですか?それでしたら、金貨80枚ですな」

「…あれ?結構安くない?」

その値段に首を傾げる女に、軽く解説する。

「ええ。冒険者の“初心者支援”とやらの一環でして、

 駆け出しの冒険者向けの本は、安く売るように申し付けられています。

 その分、高レベルの冒険者向けの本は高くなりますがね」

「へぇ…じゃあさ」

「半分ずつ出して、買うか」

即断即決。2人は顔を見合わせると、それぞれに5枚金貨を8枚ずつ出して、

カウンターに置く。

「…まいどあり」

本を手渡しながら、カウンターの上の金貨を受け取る。


「あ、これ、パパが言ってた奴だ。分厚いな、やっぱ」

「スキルガイドブックだっけ?

 …1冊で金貨1,000枚位するって叔父さんが言ってた奴だよね?」

「そうそう」

「…アーマーカタログも揃えたほうが良いのでしょうか?

 よく防具についても聞かれますし」


本を買った後も騒々しく3人は攻略本をネタに会話を続けている。

(…騒々しいな)

これもまた、昔と違う点。

少しうんざりしながら、コジロウは店番を続けた。



夕刻。

(そろそろ孫と交代の時間か)

長年の勘を使い、外の暗さで大まかな時間を割り出しながら、

コジロウは店番を変わる準備を始める。

万年灯の覆いを取り、煌々と店を照らす。

日が陰り、暗くなりかけていた店内が橙色に染まり、

本を探すのに苦労しない程度の明るさとなる。


古くから、マーケットを司る民は、昼夜を問わず店を開き続けなくてはならぬ

決まりがある。

それは、冒険者が疲れも眠りも知らず、昼夜を問わずに尋ねて来たがためである…

のだが。


(もっとも、それも儂の世代で終わりかも知れんな)


最近はもう、昼だけで良いような気もしている。

大災害以降、大半の冒険者が“夜は眠る”ようになった。

無論、冒険者には今なお夜に活動するものはいるし、

大地人の新たな民にも、夜の商売で生活の糧を得るものはいるので、

まったく客がいないわけではない。

だが、やはりその数は少なく、最近では変わらないのは、衛兵の一族くらいで、

若いマーケットの民の中には夜は店を閉めてしまうところまであるほどだ。


(これも時代か…)


聞けば新たなる民は大災害を『革命』と称しているという。

なるほど、言いえて妙だと思わなくも無い。

大災害からたった半年で、これだけ様変わりした街を見せられれば、

これは『革命』だと呼びたくもなる。


「すまない。奥伝の技術書を頂きたい」


そんなことをつらつらと考えていると、声が掛けられる。

求められたのは、昔ながらの技術書…冒険者の技能の奥伝の書。

「はい。どのような…ムサシ様?」

昔ながらの売り物を求められ、客を見て、

コジロウはまたもや時代が変わったことを思い知らされた。


「うむ。飯綱斬りの奥伝書が欲しいのだが、扱っているか?」

そう尋ねるのは、コジロウより更に老いた、ハゲかけた頭の武士。

…完全に大地人。

それも、アキバの姫君と並んである意味新たなる民の代表とでも言うべき人物である。


老人の名はムサシ。大地人最強と称される武士。

若き頃から天才と称された剣の才能を50年かけて磨きぬいた剣豪で、

円卓会議が出来た頃にナインテイルからこちらに移り住んで来た。

その技量はLv60を越えれば“極めた”とされる大地人の身でありながら、

更に一段高い領域であるLv70を越えていると言う

半ば生きる伝説と化した凄まじい存在である。


…そして更に恐ろしいことには。

「心配するな。金ならばある。迷宮の財宝を手にしたからな」

ムサシは未だに更なる研鑽を諦めていない。

その技量を生かして様々な仕事をこなしたり迷宮へと潜ったりして金を稼ぎ、

それを自らを強くするために惜しげもなく使っているのだ。


「飯綱斬りの奥伝書となりますと、その、金貨13,200枚となりますが…」

冒険者の奥伝書。冒険者が自らの持つ技に磨きをかけるのに使う、昔ながらの本。

その値段は恐ろしく高く、金貨1万枚を越えるものも少なくない。

「うむ。貰おう。数えてくれ」

そんな高価な書を、ムサシはあっさりと購入する。

100枚金貨が詰められた金袋をドンとカウンターに置き、促す。

「は、はい…確かに100枚金貨を132枚頂きました。こちらです。どうぞ」

その袋の中身の半分を取り出し、本と一緒に返す。

「…うむ。よき店だ。またいずれ世話になる」

懐に金袋と書をしまい込み、悠々と去っていくムサシを見送る。


「…やれやれ。この街は一体何処まで変わっていくのか」


その後、孫に夜の店番を引き継ぎながら、コジロウはポロリとこぼす。


「ん?爺ちゃんどったの?しみじみと」

「なぁに。儂が本当に隠居する頃には、アキバはどうなっとるのかとおもうてな」


孫が婿を取ったら引退するつもりであり、歳を考えればそれはあと数年以内。

今までだったら、大して変わらなかったであろう。

だが、半年でここまで変わるとなれば、数年立ったらどうなってるのかなど、

まるで分からない。


「アキバが?…う~ん、確かにもっと面白くなってるかも」


その、コジロウの考えに、孫はあっけらかんと楽しんで答えを返す。


(…やれやれ)


その反応に、若さを大いに感じながら、改めて歳をとったと感じ、

コジロウはまた、ため息をついた。

本日はここまで。


ちなみに週刊少年アキバの値段は、原稿料と筆写師の技術料、

量産に使う紙代などがかさんでえらい価格になっています。

金稼ぐのが簡単な冒険者向けならではの価格ってことでひとつ。

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