第13話 行商のクラウド
今回の舞台はウェストランデの外れにある村。
テーマは『商人』
一応第3話とは内容が被らないようにしております。
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行商人クラウド=ロレンツの幸運は、秋から始まった。
一枚の紹介状。
怪しげなとある商人との情報交換の折、持ちかけられた
詐欺まがいのそれが、運を切り開くきっかけとなった。
クラウドとてナインテイルでそこそこの経験を積んだ、行商人である。
普通ならば間違いなく金を出さない類の代物だった。
ただ、相手が良かった。
ロングコーストの交易商 ルドルフ。
猫人族でありながらナインテイルでも屈指の大商人である彼は、
施しこそしないが、面白いと思えば誰であってもチャンスを与える。
それに近づくチャンスと思えば安いもの。
そう思い、紹介状を手に入れて、ロクに知りもしない
大商人の伝手を辿ってきた間抜けの振りをして、ルドルフと会った。
結果は…まあ成功と言ってもいいだろう。
相手も常人離れした嗅覚と幸運を持ち、一代でのし上がった海千山千の大商人。
どうやらこちらの意図は見透かされはしていたようだが、
度胸を見込まれてアキバへの片道切符を買うことができた。
身一つで金貨1,000枚は正直かなりの出費だったが、
ナインテイルからアキバへ行ける船はそう多くない。
チャンスと割り切って長年連れ添った馬と馬車を処分して金を捻出し,
その金でロングコーストで香辛料を仕入れてルドルフの船に乗った。
アキバは本当に儲け話にあふれた街だった。
天秤祭りで己が身一つで持てる範囲で高価な品だった、
貴重な大陸産の香辛料を商って金を稼ぐと、
それを元手にびっくりするほど揺れが少ない、
タイヤとサスペンダーがついたアキバ製の幌馬車を馬つきで1台買い、
土地勘をつけるためにあちこちを行商して回った。
クラウドは他の商人には無い武器…名前と容姿を持っていた。
クラウド=ロレンツという名前とくすんだ灰色の髪、
それに冒険者に指摘されてから薄く伸ばして整えた顎ひげを加えると冒険者
…特に商人の冒険者に妙にウケが良かったのだ。
冒険者に聞いたところ、どうやらクラウドは冒険者に伝わる物語の主人公に
名前と容姿が似ているらしい。
英雄でも何でもない一介の行商人の物語なんてものがあるのには随分驚いたものだ。
聞き出したところに寄れば独特の訛りのある、狐尾族の少女(話を聞くに
狼牙族かとも思ったが耳と尻尾が常に出ている善の種族は狐尾だけだ)と
行商の旅をする話らしい。
それ以上は良く分からなかったが、とにかく使えるものがあるなら
とことん使うのが商人というもの。
クラウドは自らの容姿と名前を利用し、更に条件を満たしそうな
狐尾の傭兵を探し出して護衛に雇い、
その行商の主人公に“あやかる”ことで幾つかの冒険者の商店と馴染みとなり、
良い仕入先を手にした。
幌馬車であちこちを巡ること2ヶ月。
辺りの土地勘と商品の知識を手にし、アキバの交易品を積み、
彼はアキバを離れ西へと向かう。
危険な魔物が跋扈するこのヤマトでは、行商は命の危険と引き換えに金になる。
そしてアキバのものを売り、その土地のものを仕入れながら旅をしていくうちに、
彼は出会った。
1人の冒険者商人…“キギョウ”での戦いを極めし者『サラリーマン』の称号を
持つ男に。
「第13話 行商のクラウド」
1
昼下がり。あと2時間ほどで日も沈みだす時刻。
クラウドは馬車を走らせ、ウェストランデの端にある村を目指していた。
「ご主人!スリーサンズの村が見えてきたにゃ!
この速さならあと1時間ってとこゃ!」
大事な商品を積んだ幌馬車の上に軽々と上った護衛兼飯炊きのフィロが、
遥か遠くに見える村並みを捉え、酷い猫人訛りでクラウドに告げる。
「よし、今日はとりあえず布団で休めるな…フィロ!」
「分かってるにゃ!」
そう言って頷くと、フィロは狐尾族の特徴である焦げ茶の耳と尻尾を隠して
ぴょんと飛び降りて御者台の隣に座り並ぶ。
腰鎧も兼ねた魔物の革を使ったスカートと汗を良く吸うシャツに
厚手の毛皮のベストを重ね、腰には素早い動きを重視して選んだレイピア。
どう見てもただの護衛であり、間違っても一流の暗殺者には見えない姿であった。
狐尾族がウェストランデで大規模な反乱を起こしてから、二十余年。
ウェストランデでは狐尾族はお世辞にも好かれているとは言えぬ種族となった。
それゆえ、必要以上に自らが狐尾族であることを明かさぬことは、
生き残るのに必要な知恵。
それはロングコーストからルドルフの船で移民兼船の護衛としてアキバに流れてきた、
シノビの一族の娘であるフィロも良く知っており、耳と尻尾を隠し続けるのも
お手の物だ。
「これで大丈夫にゃ!あっちが狐尾だと見抜ける奴なんてまずいないにゃ!」
…代わりにロングコーストで染み付いた酷い猫人訛りだけはどうしようもなかったが。
それから1時間後。
スリーサンズの村で唯一の宿の部屋を借りたクラウドは、フィロに馬の世話を任せて
最近この辺りでも作られるようになったエールを飲みながら、
明日からのことを考えていた。
(とりあえず生活必需品は売れたが…)
宿屋に行く前に寄った町の商店では、持っていった商品を多少の儲けが出る価格で
売ることに成功した。だが、少し引っかかるのは…
(…まさか売れ残りまで欲しがるとはな)
幌馬車に少しだけ残っていた、アキバの交易品…
ウェストランデではまだ馴染みの薄い商品である『魔物武具』に
商店の主は随分と興味を示した。
(いや、確かにモノは良いんだが…)
クラウドが持っていた魔物武具は、斧とナイフ、そして弓矢。
どれも装備レベルは10と最下級のものだが、それでも普通の鉄製のものとは
出来が違うし、仕事用の道具として使っても丈夫で長持ちするので本職には便利だ。
(しかし、全部とはな…しかもほぼ入れ違いに武装した連中が入ってきた)
恐らくはこの村の自警団なのだろう。彼らは熱心に買いたての武器を調べていた。
…どれくらい、わずかでも優れているのかを、真剣に。
(武器や鎧はそうそう買い換えるものじゃない。なのに…)
なにやら少し嫌な気配を感じていた、そのときだった。
「よう!クラウド!奇遇だな!」
どっかりと、遠慮なくクラウドの隣の席に、1人の中年の男が腰を下ろす。
無精髭によれよれのコート、短く刈りそろえた黒髪に、きらきらした少年のような眼。
「うわ!?山本さん!?」
いきなりの知り合い…冒険者商人の登場にクラウドは驚いて声を上げる。
その直後。
「ご主人!大変にゃ!馬小屋に黒王号がいたにゃ!多分…あ」
山本の愛馬…恐ろしくでかいがとりあえず普通の馬(少なくとも脚が8本あったり
目が3つあったりはしないし、角や翼が生えていたりはしないし、
水の上を走ったりもしない)を見たフィロが酒場に飛び込んでくる。
「よう!フィロちゃんも一緒か!久しぶりだな!儲かってるか?」
唖然とする2人に、山本が気さくに声を掛ける。
「…ええまあ、それなりには」
「…にゃん。商売もうまく行ってるし、あっちも元気にゃ」
その山本に仕方なくクラウドとフィロが返答を返す。
「そうか!そいつぁ良かった!」
1人上機嫌でビールを飲みながら馬鹿笑いする山本。
山本はクラウドが知る限りではアキバに薬屋を持っていながら行商…
彼に言わせれば“エイギョウ”を続けているやり手の冒険者商人である。
相棒は黒くてでかい馬だけで、荷馬車は持っていない。
何でも馬につけた鞍鞄が魔女から貰った特別製で、荷馬車一台分くらい入るらしい。
ついでに恐ろしく腕が立つ…Lv90なだけに護衛も不要であり、
彼の行商の移動はクラウドから見るとかなり早い。
そんな山本は何故かクラウドとフィロのコンビを気に入ってるらしく、
時々会うとこうして好意的な様子を見せるし、
手土産代わりに良い儲け話を持ってくることが多い。
にも関わらずクラウドとフィロが彼を苦手にしている理由はただ1つ。
(…また、厄介ごとに巻き込まれなければ良いが…)
(いや、多分何かは分からないけど山本が来るならなんかがあるにゃ)
山本が現れた街では、大抵厄介ごとを抱えているのだ。
2
翌日。
一晩ゆっくりと休み、身支度を整えたクラウドはフィロと、
ついでに山本と共に村長の屋敷へと向かっていた。
今朝、山本が言い出したのだ。
「お前さん、今回は仕入れだろ?俺もだ。一緒に行かないか?」
山本はこのスリーサンズの売りが何かを知っていたらしい。
数日前、近隣の交易都市であるハママツでクラウドはアキバの商品をあらかた
捌き終え、アキバへ帰るときに積む交易品を調べた結果、スリーサンズに行き着いた。
ミカンと呼ばれる特殊なオレンジを栽培している辺境の村。
普通のオレンジと比べて甘みが強く、アキバではかなりの値段で取引される。
食糧…特に果実などの嗜好品に近い食糧はアキバへの交易品としてピッタリだ。
そう判断し、クラウドは確実に売れるが儲けは薄い生活必需品を仕入れて
スリーサンズを訪れたのだ。
(なんか…昨日は気づかなかったけど、やばい気配がするにゃ)
(…ああ)
山本の後ろを歩きながら、2人はひそひそと小声で会話しながら辺りを観察する。
村で仕事をする人々が皆、一様に表情が暗い。何かに怯えているように見える。
(おまけに山本付きにゃ。あっちたち、やばいタイミングで着ちまったみたいにゃ)
元々の種族特性なのかシノビの習性なのか、はたまたただの性格なのか、
フィロはこういうときの勘は鋭い。
(そうだな。最も…)
ちらりと前を歩く山本の背中を見る。
(こうなると山本さんが居たのは幸運だったか)
(だにゃん)
どうも山本はこの手のトラブルをわざわざ探してやってきてるように見える。
そして、山本が来るとき…それは。
(山本さんなら、何とかするだろうしな)
その厄介ごとを払い飛ばすときなのだから。
3
「なるほど…ミカンの買い付けにアキバから」
「はい。こちらのミカンは随分と評判がよろしいようでしてね。
1つ、儲けさせて頂きたいなと。私は旅の商人でクラウドと申します」
通された屋敷で客人を出迎える村長にクラウドは丁寧に挨拶をする。
ここでしっかり話を通しておかないと、いつ揉め事に繋がるか分かったもんじゃない。
「なるほどなるほど。クラウドさんですか。
私はこの村の長をしております、ブライアンと申します。
アンドリューから話は聞いております。
昨日、商店に良い武器を持ち込んで下さったとか」
「おや、耳が早くていらっしゃる。正直助かりましたよ。
あの手の物は欲しがる人が限られてますからね。
それだけに売れれば結構な儲けになるんですが、少し仕入れを欲張り過ぎました」
苦笑しながら、談笑する。
(よし。とりあえずはこれで良いだろう)
その会話に手ごたえを感じながら、一旦会話を打ち切る。あとは。
「さて、クラウドさんが買い付けにいらっしゃったと言うことは、
そちらの方も…?」
クラウドとの会話がひと段落し、ブライアンもう1人の商人らしき中年の男を見る。
小綺麗にしているクラウドとは対照的に、よれよれのコートを着た、男。
商人というよりはごろつきや傭兵と言った方がよさそうな感じの男だ。
「はい。私、アキバから参りましたもので、こういうものです」
男、山本は落ち着き払って、いつもの動作をする。
一枚の小さな紙を取り出し、そっとテーブルの上におく。
そこに書かれた文字は…
「第8商店街所属、薬屋ヤマモトヒロシ代表、山本…?薬屋、ですか?」
「ええまあ。つっても薬だけじゃなくて色々やってますがね」
困惑気味の村長に対して、山本は不敵に笑う。
そして会話を始めようとした、そのときだった。
「ご主人!大変にゃ!今村の入り口に亜人どもが来てるにゃ!」
ガタリッ
村の様子を調べていたフィロがもたらしたその言葉だけで、
村長は慌てて立ち上がり、家を飛び出す。
「クソ!やっぱり山本が着たのはそういうわけか!」
それについて行くようにクラウドも屋敷を飛び出す。
「ご主人!」
それを追って、フィロも屋敷から去る。
「…やっぱりか。なぁんかキナ臭えもん見ちまったと思ったらな」
そして最後。旅の道中で見た胸糞の悪いものを思い出しながら、
山本も立ち上がり村長の後を追った。
4
牛の頭を持つ化物がいた。
馬鹿でかい戦斧を持った、牛の頭を持つ亜人…〈牛頭亜人〉。
小型の巨人にも匹敵する大きさを持つ、亜人の中でも高位の戦闘能力を
持つモンスター。
その背丈は大人3人分にもおよび、青い牛の頭からだらだらと涎をこぼす。
手にした戦斧もクラウドの背丈以上の大きさの“手斧”であり、
片手で振るだけで、人間どころか小屋を吹っ飛ばせそうだ。
ピギュィィィィ!
その足元には、取り巻きなのか豚の頭を持つ亜人…醜豚亜人が数匹。
下品な鳴き声を上げながら、辺りを見回している。
彼らの前には、食糧が積まれた荷馬車。それは村人が用意したもの。
「…〈醜豚亜人〉の“徴税”部隊か!」
その姿に、長年ナインテイルで行商をしていたクラウドは、すぐに正体を見破った。
それが行商人の“天敵”であるが故に。
陸の商人にとって最も恐れるべきモンスターは亜人種族である。
本能のままに動く獣系のモンスターは、彼らの縄張りさえ侵さなければ
襲ってくることはないし、行商が旅で出会う彷徨う死者の類は大抵野生動物以下の
知能しか持たず動きも遅いので、事前に察せれば逃げるのはそう難しくない。
しかし亜人は違う。亜人は人間並みの知能を持ち、徒党を組んで襲う。
しかもタチが悪いことに旅する商人が金や食糧、そして各種商品を
持ち運んでいることを知っており、行商や隊商は彼らの格好の的となる。
行商や隊商が襲われて死ぬとき、それは大抵亜人による略奪に護衛が
敗北したときなのだ。
そして、その中でも知能が回る〈醜豚亜人〉はたまにこういう行為に出る。
徴税。このまま略奪に入るまで、村の物資を奪い続ける行為。
酷いものになると、何年も弱い辺境の村人たちを“奴隷化”する、
残虐な〈醜豚亜人〉独特の方法である。
(…フィロ、お前、何とかできそうか?)
一応尋ねたクラウドの問いかけに、フィロは顔を真っ青にしてブンブンと首を振る。
(バカ言っちゃいけないにゃ。アレは雌狐様でもなきゃ
手を出したらいけない相手にゃ)
(…だろうな)
フィロの言葉にクラウドも頷く。
何しろ相手はクラウドの背丈より大きい巨大戦斧を軽々と振り回す亜人だ。
あんなものに勝てる大地人などまずいない。
…そう、大地人なら。
この危機的状況にあって、クラウドとフィロはこの場でただ2人、落ち着いていた。
(仕方ない。山本さんを待つか)
(賛成にゃ!この手の事件はほっといても山本がなんとかするにゃ)
(だな。何しろ相手は…サラリーマン、だ)
クラウドはかつて2度ほど似たような事態に巻き込まれたことがあるため
知っている。山本が自称する“サラリーマン”とは、恐るべき力を秘めた
冒険者商人の称号であること。
そして、こういうときこそ、山本が“もう一つの肩書き”の本領を発揮することを。
予想通り、その場に着いた山本が動き出す。
「おお!なんてこったい!?つくづく化け物に縁があるな、俺」
鞄から取り出した、両手剣を入れた鞘を担ぎ、よれよれのコートを着た山本が、
芝居っ気たっぷりに牛頭亜人の前に躍り出た。
真っ赤に燃える凶眼が、その、自分から見ると随分小さな男を捕らえる。
取り巻きの醜豚亜人たちが、1人飛び出したバカな男に嘲笑を浴びせる。
「お、おい!?アンタ、逆らうと危ないぞ!?」
恐ろしい化物の前に立った山本に、遠巻きに見ていた村人が声をかける。
「分かってますよ。安心してください。危険に首突っ込むなぁ俺の仕事ですから」
そんな言葉をどこ吹く風で山本は牛頭亜人を見据える。
「…レベルたったの50。ゴミめ…なんてな」
そう、呟いた瞬間。
ブモオオオオオ!
牛頭亜人が凄まじい勢いで戦斧を振り下ろす!
「うお!?アブね!?」
その一撃を…あっさり山本はかわした。
周囲が常識外れの動きを見せた山本にみながどよめく。
「ふざけてる場合じゃあねえな、うん!」
そう言うと背負っていた鞘から愛用の両手剣を抜く。
その様に訪れたのは…沈黙。
亜人たちも含めてクラウドとフィロを除く皆が息を呑んだ。山本が手にした剣に。
それは、剣と呼ぶには余りに常識を外れた代物だった。
その美しさは一国の王が持っていてもおかしくない…
否、王でも手にできるか怪しいほどの凄烈な美しさを持っていた。
刀身から漏れるのは村で呪い師を営む老婆が腰を抜かすほどの強大な魔力。
赤竜の鱗と蒼龍の牙、そして雷竜の瞳で作られた、逸品。
一介の行商人風情が持っていてはいけない…魔剣。
アキバで金貨15万枚もの値がつく、装備Lv90の高位製作級両手剣〈三竜殺し〉
行商を始める直前、山本がヤマモトヒロシでの儲けをつぎ込んだ、愛剣であった。
「いくぜ…〈絶命の一閃〉!」
気合と共に一閃…そして一撃必殺。
その一撃は受け太刀をしようとした斧ごと牛頭亜人を両断する。
Lv90の暗殺者が、最高の武器で放つ奥伝の一撃。
ただの一撃で牛頭亜人は袈裟懸けに叩き割られてどうと倒れた。
ブヒィィィィ!?
予想外の事態に、醜豚亜人が泡を喰って逃げ出す。
それを見届けて、山本は剣を再び鞘に収めた。
「ふぅ…皆さん、大丈夫ですか~!?
牛の化けモンはほれこの通り、片付きましたよ~!」
〈牛頭亜人〉が絶命し、〈醜豚亜人〉が逃げ出したのを確認し、
剣を鞘にしまいこんで辺りに無事を知らせる。
辺りは静寂に包まれたままだった。
「あ、貴方様は一体…?」
やがて、村長が意を決し、代表して皆の疑問を山本に尋ねる。
山本はそれに飄々と答えた。
「一体も何も、さっき名刺をお渡しした通り第8商店街の…
あれ?もしかして伝わってませんでした?」
ボリボリと頭を掻く。それもまた、演出。
「そうだったそうだった。もう1つの名刺、お渡ししてませんでしたね。
いやすみません」
わざとらしく、もう1つの肩書きがついた名刺を取り出す。そこに書かれているのは。
―――アキバ円卓会議公認 クエスト斡旋業 山本
「このとおり、アキバの冒険者に依頼紹介する仕事を副業でやっておりまして。
ま、俺自身も一応、冒険者ですがね」
「ぼ、冒険者…!?」
受け取った村長がその称号に息を呑む。
村に訪れたことなど数えるほどしかない、異能の超人。
それが目の前に立っているなどにわかに信じられなかったのだ。
(やれやれ…また、始まったな)
(だにゃん)
目の前で繰り広げられる光景。それはクライヴには見慣れたものだった。
山本。暗殺者として、一撃必殺の技“だけ”鍛えぬいた彼の剣は、
大抵の魔物を一撃で屠る。
その技で、魔物の脅威に怯える大地人に取り入ると、彼はこう言い出す。
「ええ。冒険者です…っつっても所詮は商人なんで、大して強くないんですがね」
「あ、あれで強くないと!?」
泡を喰って叫ぶ村長に山本はおもむろに頷いて返す。
「もちろん。本職の騎士様はもっと凄いですよ。俺はただの斡旋人ですから。
…で、お困りのこと、ありませんか?さっきの豚人間どものこととか。
アキバの冒険者が力になりますよ?もちろん相応の対価を頂きますがね」
その言葉に、村長が頷くのに、そう時間は掛からなかった。
5
「なるほど…ここから少しはなれたところに、オークの巣が」
「はい。何日か前に近くにあった村が滅ぼされ、そこに居ついてしまったのです。
しかもただの豚の亜人だけでは無い、あのような牛の亜人も何匹かいる、
数百規模の連中です」
村長の家に、山本とその従者であろうクラウドを通し、村長は説明を始めた。
「それは、大変でしたね…つまりそのオークの巣を潰して欲しいってことで?」
「…お願いできますか?」
「できますよ。冒険者を何人か派遣すりゃあ何とかなるでしょう…で、報酬ですが」
いよいよ本題。村長は身を正す。
亜人の退治は絶対に必要だが、かと言って徴税に晒されてた
村の蓄えの残りはそう多くない。
果たして、オークの巣の退治に足るだけの金になるか…
「ま、村の蓄えで金貨で2万は出せますが、それ以上は…」
今のところ、金貨で用意できるのは2万ほど。それでも小さな村では充分大金だ。
だが、それで果たして領主様ですら騎士団を出すのを躊躇するほどの
強さを持つ亜人を倒す報酬足りえるか…
しばし悩み、村長は追加の報酬を思いつく。
「…代わりに村の若い娘を差し上げます!齢は16で…」
この前、オークの巣となった村で1人生き残り、天蓋孤独となった娘。
それで何とか値切ろうと言う村長の意図は、完膚なきまでに破壊された。
「…村長さん、一つだけ、言っておきます」
山本の、低く座った声で。
「は、はい…?」
戦いなど縁の無い村長だったが、山本が発した殺気を悪寒として感じ取り、
目を白黒させながら山本に尋ねる。
そして山本は、その言葉を口にする。
「アキバじゃあ人身売買は重罪でしてね…女子供は、報酬にしちゃいけねえんですよ」
彼にとって譲れない一線を。
「そ、そうなのですか…?」
「ええ。今回は聞かなかったことにしますが…次は無いと思ってください」
それを破るのなら…自分は仕事をする気は無い。
それは商人として…否、人としての最低限守るべきものであると考えるが故に。
「わ、分かりました」
その本気を感じ取ったのだろう。村長が慌てて頷く。
それを確認すると、山本はまた笑顔になって言う。
「それに、報酬なら問題ありません。2万しか出せねえっつうんなら仕方ない。
金貨2万で手を打ちましょう」
「よろしいのですか!?」
一転、村長が思わぬ朗報に身を乗り出す。
「ええ。と言ってもやるのは俺じゃなくて、別の冒険者ですがね。
3日ほどください。それで片つけますんで」
その村長の手をがっしりと取り、山本も笑みを浮かべたまま、言う。
「み、3日!?わずかそれだけで!?」
「ええ、早い、安い、お仕事確実がウチのモットーでしてね」
問題ない。今までの自分の武器を使えば充分可能だ。
そう、山本が考えながら、契約を結んだ。
ハママツのオーク退治が正式に円卓会議公認のクエストとなった瞬間だった。
6
帰り道。
「良かったんですか?」
2人の間で会話を黙って聞いていたクラウドが、山本に尋ねた。
「ああ?報酬か?」
「ええ。私から見ても随分と安いと思うんですが」
オークの巣の退治。冒険者にしかこなせぬ仕事だし、
如何に冒険者と言えど10人程度は必要な仕事だろう。
それで報酬は全部で2万。人数で割れば2,000枚前後。
大地人には大金だが、冒険者にとってはそれなりの値段でしかない。
そんなロレンスに自分には無い若さを感じながら、山本は頭をボリボリ掻いて言う。
「いいんだよ。差分は“商品”をお買い上げ頂いた代金だからな」
山本は知っている。これはサラリーマンにとって、これはある種の“戦争”なのだ。
「…商品?」
「ま、終わったら教えてやるよ」
そう言ってクラウドとの会話を打ち切ると、山本は右手をそっと耳に当てる。
左手で喉を揉み、あーあー、と発声を確かめる。
その様子に、クラウドは黙り込んだ…山本が準備に入ったことを悟ったのだ。
百戦錬磨の“サラリーマン”の秘儀が今、繰り出される。
「…おう!ハナちゃんか?俺だ、山本だ。
実はよ、ひとっ走りクエスト発行所行って依頼出しといて欲しいんだよ。
クエスト内容はオークの巣の殲滅。推奨はLv60以上の2パーティー。
報酬は全員で金貨3万。ドロップその他持ち帰りOK。
興味ある方は生産ギルド街のヤマモトヒロシまで。な?頼むよ。
ハナちゃんの欲しがってたあれ、今度仕入れてきて社員割引で売るからさ」
まず1つ。さらりと報酬を上乗せしながら、部下に依頼を出させる。
それだけならば、肩書きを考えれば普通のこと。だが、山本の本領はここからだった。
「…あ、どもども。山本です。鳥丸ちゃん、元気?
いや、実はさ、明日か明後日に、一つ頼まれて欲しいんだよ。
ハママツの近く。スリーサンズって村にさ、冒険者乗せて来て欲しいんだ。
な、頼む…OKか。助かる。今度俺の店によってよ鳥丸ちゃん。
婆さん用の軟膏、鳥丸ちゃんには儲け0で譲っちゃうからさ俺」
「…おう。拓ちゃんか?俺だ。実は、頼みたいことがあるんだ。
今、俺静岡にいるんだけどさ…知ってた?静岡って茶だけじゃなくて
蜜柑取れるんだよ。それでさ、蜜柑の良い栽培方法、調べといてくれないか?
今からやっときゃ来年の秋には実りも良くなりそうだしさ。
…いや悪いな。ほんと助かる。あ、迷惑ついでに、もう1つ、
頼まれちゃくれないか?
いや実はさ、アキバで子供服とか作ってるギルドと知り合ったんだけど、
孤児院の子供らに着て貰いたいんだと。
拓ちゃんとこの孤児院なら色んな人が来るから良い宣伝になるんだとさ。
…え?それは喜んで引き受けるけどそれとは別に大人の女の人向けの服?
はは、なんだよ拓ちゃん色気づいちゃって。モテる男は憎いね。
分かった分かった。頼んでおく」
「こんちは。ユリアさんですか?どもども、山本です。
ええ、実は前に頼まれてた子供服のモデル、見つけましたよ。
マイハマの孤児院の子供達なんですが…あ、大歓迎。良かった良かった。
あ、それとちょいと大人向けの服も頼まれちゃくれませんかね?
金髪エルフの20代半ばの女の人だから、ちょっと落ち着いた…
あんまり露出が無い、清楚な感じの服で頼みます。
お洒落とかと縁がなさそうな人なんで、見立ては任せます。ではでは」
矢継ぎ早に繰り出される言葉。
山本は冒険者の魔法で遠くに離れた冒険者と言葉を交わし、
次々と約束を取り付けて行く。
オークの巣の殲滅と言う一つのクエストだけで幾つもの話を転がしていく。
それこそが冒険者でも珍しい“サラリーマン”を自称する山本の秘儀だった。
7
5日後。
全てを終え、大量に買い付けた蜜柑を鞍袋に詰め込み、
アキバへと帰る山本の馬に並走しながらクラウドは尋ねた。
「しかし、随分と大判振る舞いでしたね」
事件の解決までに3日。それから勝利の記念の宴に丸1日。
その間、山本は村の用心棒がてら、蜜柑の栽培について冒険者の手法を伝授し、
更に持っていた薬品類も安値…
アキバのヤマモトヒロシで買うのと同じ値段で売りさばいていた。
そして、宴の翌日、未だ寝ている依頼解決に来た冒険者を置いて
(後で鳥丸という冒険者商人が回収しに来る手はずになっているらしい)
随分と惜しまれながら一足先に村を出た。
「報酬も山本さんが上乗せしてましたし、割引された蜜柑の売却益を考えても、
運が悪ければ赤字では?」
山本の売買にちゃっかり相乗りしたクラウドは予想より儲けを出せる
目算が立っているだけに、余計にこの知り合いが損をするのが気になった。しかし。
「いや、しっかり黒字だぜ?俺にとっては」
そのクラウドの問いに山本は首を振り、自分の考えを述べる。
「こういっちゃなんだがよ。俺はこっちじゃあ金にはそこまで拘ってねえんだ。
金稼ぐだけなら、アキバで店の経営に専念してた方がよっぽど儲かるしな」
薄利多売を標榜し、誰に対してもグランデール並みの安さで売る
ヤマモトヒロシの儲けは大きい。
長年のサラリーマン生活と独立に向けての研究の成果を駆使した“本気”の店なのだ。
そう簡単に学生なんぞに負けては居られない。
その理念を持って経営しているヤマモトヒロシの儲けは一介の冒険者が稼ぐには
些か大きすぎる金を稼ぎ出す。
金は充分。そう判断したからこそ、山本は今の副業を始めた。
「俺が欲しいのは…信用なんだよ」
この世界において、更なる高みを目指すために。
「信用?どういうことにゃ?」
フィロが山本に尋ねる。
それに山本は教師が生徒に教えるように、答える。
「例えばよ、俺はスリーサンズじゃあもうちょっとした顔役だぜ?
俺が頼めばある程度ならしてくれるし…冒険者が着ても嫌な顔はしねえだろ」
アキバに篭っていては、決して目指せぬ場所がある。
「世の中、嫌われたらおしまいだからな。金があってもてめえにゃ売らねえって
なったらどうしようもない。奪うのもダメだ。農業は素人の俺らじゃあ
最初の1年は良くても後が続かねえ。餅は餅屋。農業は百姓。
プロに作ってもらって、ちゃんと金払って円滑に取引。
その方がお互いのためだろ?」
それは例えば同じ第8商店街の商人が、ハツシマ島に一番乗りして手にしたもの。
供給元の確保。それこそが山本がわざわざ営業に出てまで求めたものだ。
「なるほど。確かに」
山本の話にクラウドは納得する。
ナインテイルでの8年の行商生活では、何年かかけて誠実な取引をして得た信用は
色々と助けになった。目の前の男が欲しがっているのはそういうものなのだろう。
(つまり“冒険者の戦闘能力”を商品とし、それと交換で信用を買ったというわけか)
それならば納得できる。自分が誠実であること…
利用価値があることを示すために、山本は一見安売りとも見える値段で
取引をして見せたのだ。そしてそれは…
「来年以降、実を結ぶと言うわけですか。蜜柑の買い付けにおいて」
来年以降、きっとあの村の人間は他の冒険者や貴族の誰よりも山本を信用する。
それは去年の恩の分があるうちは特に。
そして彼が信用を紡ぐ努力を怠らぬ限りずっと。
「ああ、俺がきっちりプロデュースしてやりゃあ、あそこはもっともっと伸びるぜ。
蜜柑との産地ってだけじゃねえ…ミナミとのシェアの最前線だからな」
「シェア…?」
聞きなれぬ言葉にクラウドが話の続きを促す。
「シェアってのはどこの勢力の息が掛かってるか…
ま、ようするにどこと仲良くしてっか、だな。
アキバより東の方は、もう完全にアキバが取り込んでる。
夏のアレもあったし、イースタルの英雄様がドサ回りして
恩の大安売りしてっからな。
最近じゃ格闘家ってだけで扱いが良くなるってくらいだ。
こっちはよっぽどヘマしなきゃゆらがねえ」
そこで一旦きり、話を続ける。ここからが大事なのを強調するように。
「けど西はまだ微妙なんだよ。上の方はミナミが取り込んでっけど、
下はまだどっちの息も掛かってない」
「なるほど…それで、シェア、ですか」
アキバでの噂は聞いている。
個々人ではともかく、街全体ではアキバとミナミの仲は余りよろしくないし、
ナインテイルで、ミナミがナカスを潰してナカスにいた冒険者を取り込んだ
という話は、噂で聞いて知っている。
ナカスと違い、互いに互角の勢力圏だけに、被害を考えると直接ぶつかりあうことは
まずしないだろうが、ちょっとした衝突なら充分に考えられる。
「おう。こっから先、何があるかは分からないけどよ、今のうちにシェア…
こっちでの顔をでかくしとくのは、悪い手じゃねえ。
エンタクもそこは分かってるんだろうな。
第8の若旦那通して肩書きだけくれって頼んだらあっさり許可下りたし」
アキバの支配者、円卓会議の公認。それは名前だけでも相当な力となる。
肩書きと言うのは馬鹿に出来ないと、長年のサラリーマン生活で山本は知っている。
「確かに、ウェストランデにアキバ寄りの村は貴重ですからね。価値はありそうだ」
山本の意見にクラウドも頷く。
スリーサンズと仲良くしておけば、近くの交易都市であるハママツにも影響がある。
ハツシマ島に近いアタミの街がアキバとの交流が盛んなのと同じように。
東と西の合流点をどちらが押さえるか。商売一つとってもそれは重要なことなのだ。
無論、そんなきな臭い話だけではない。
「ま、単純に蜜柑の仕入れ先押さえられたってのも商売としてはでけえけどな。
熊本はナインテイルで遠いし和歌山はウェストランデのど真ん中。
愛媛に至っては作ってるのかすら怪しい。黒猫のおっさんくらいだろ。
他の蜜柑仕入れて来んの」
あの大地人の交易商人は長年大地人相手の商売やってるだけあって売れるものの
見極めには強いが、如何せん来るのは月に2度程度…
何かに特化して運んで着たのは6月の砂糖キビだけだ。
なればこそ、蜜柑はアキバでは供給不足で、高く売れる。
冬に蜜柑を欲しがる冒険者は多いのだ。
「つうわけだからよ。馬車に積んだそいつと俺の鞄の中のもんは、高く売れるぜ」
「ええ、でしょうね」
商売は情報が命。
アキバが蜜柑を求めていて、持ち帰れば結構な儲けが出るのは、
クラウドとて分かっていた。
だからこそ、ウェストランデの端までこうして馬車で買い付けに来たのだ。
「ま、とりあえず今回は…」
「お互いよくやったな」
冒険者と大地人。それはある意味別の生き物と言っても良いくらい、違う。
だが、商人同士ならば、互いにある程度、理解しあえる。
そういうものだと考えながら、クラウドと山本は、それぞれ馬を走らせる。
それぞれに、明日を夢見て。
本日はここまで。
ちなみに山本さんは前に少しだけ出てきたことがあったり。