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第12話 料理人のマオ

今回は、色々設定が捏造されています。


なにぶんテーマがこのログ・ホライズンで最も特徴的と言っても

良い部分、料理に関わる部分。


そしてテーマを更に詳しく言うと…「ラーメン」

舞台は2度目の登場となる猫の街ロングコースト。


料理マンガのノリで、お楽しみ頂けると幸いです。


5月革命。


冒険者の間では〈大災害〉と呼ばれている、冒険者に発生した大規模な変化。

本来の住まいたる天界に帰れなくなった冒険者が、この世界に定住し、

大地人と肩を並べて暮らすようになり、同時に大地人など気にもかけなかった

冒険者が様々な形で大地人と関わるようになった事件。

しかし、もう一つ、その職業の間では、5月革命の後、それ以上の大事件が発生した。


6月革命。


その職業の間では“円卓革命”とも呼ばれる、

大地人社会を揺るがした、まさに革命とでも言うべき出来事。


それは〈手料理〉の出現


アキバで“発明”された〈手料理〉は、冒険者を通じてヤマト中に広まり、

大地人に『味』の愉悦を知らしめた。


無論、『味』の愉悦はこれまでまるで無かったわけではない。

果物や砂糖、蜂蜜の甘みは古くから珍重されていたし、

塩や香辛料、絞りたての乳と言った“素材”を口に含み『味』を

楽しむと言う趣向は貴族の間では知られたものだった。


しかし“作成メニューを使わずに手で料理する”と言う、

余りにも常識から外れたその手法によって作られる、

素材とは比べ物にならぬほど完成された味を持った〈手料理〉の出現は、

とある職業…〈料理人〉にとってはまさに革命とでもゆうべき事態をもたらした。


―――手料理出来ずば料理人にあらず


ウェストランデはキョウの大司祭、テイラー卿が言ったと言う

この言葉に代表されるとおり、料理人の技量はもはや手料理を

“作れる資格”を表すものにしか過ぎなくなった。

かつての、きらびやかで美しいが味は無い高位の料理など見向きもされず、

例え多少見格好が悪くとも味が優れてさえいれば人々はこぞってそれを求める。


高い技量レベルを持っている年老いた料理人が手料理を身につけられずに

貴族の屋敷を追われる一方、大した技量レベル知識レシピも持たない

農村生まれの若い家政婦が、(家事を司る職業は料理人ほどでは無いが

簡単な料理を作る能力を持っている)手料理がうまいと評判をとり、

名だたる貴族に高給で召抱えられる。

若き料理人にとっては栄光の、古き時代の料理人にとっては悪夢の時代。


無論、料理人とて黙って見ていたばかりではない。

塩を振って焼いただけの肉が、自らの技量を尽くして作った

最高の料理以上に…うまい。

その事実は恐怖すら伴い、料理人の間を駆け抜けた。


『手料理出来ずば料理人にあらず』を最も自覚したのは、他ならぬ料理人だった。


料理人たちは文字通り生き残りをかけて〈手料理〉を学び、作成メニューと

作成時に使うと成功率、効果を上げるだけであったアイテム『調理器具』、

そして冒険者の行動(6月以降,アキバに潜む密偵に求められた報告の8割が

手料理に関するものだったと言う)という僅かな手がかりから、

手探りで〈手料理〉を身につけて行った。


現在では、料理人はある程度の地位を回復することに成功している。

もはや本来の技量と無関係と言えど、食材を扱う知識レシピ

料理人ならではのもの。

そもそも手料理を作る資格すら持たぬ大地人や、

簡単なレシピしか知らぬ家政婦に負けない条件は整っていた。


故に彼らが恐れる存在はただ1つ…冒険者。


手料理を作れる冒険者は、料理人にとって魔物とでも呼ぶべき存在だった。

その神の如き技量は、あらゆる料理を可能とし、

その異形の知識は“そもそもレシピが無い”料理すら容易く生み出す。

まるで騎士が魔物と戦うように、大地人の料理人たちは店や厨房で

冒険者の料理人とその知識が生み出した料理との戦いを強いられた。


その1つに、ナインテイルで生まれ、大陸にまで

名を轟かせた手料理『白いスープ』がある。


これは、その『白いスープ』に挑んだ1人の男の記録である。


『第12話 料理人のマオ』



一頭の殺されたばかりの豚の死骸を前に、黒、茶、白の3色が混ざりあった

毛皮を持つ、猫人族の青年が立っていた。

「それでは、始めさせていただきますニャ」

今回、一番の賓客である、少し年嵩の、ほっそりとした黒い毛皮の猫人に一礼し、

彼は早速仕事に取り掛かった。

「行きますニャ…作成コマンド『解体』!」

瞬間的に豚の死骸が消滅し、その場にロース、ヒレ、あばら肉、肩肉、

ばら、ももと言った豚肉の塊が残る。

既に死骸となった動物から肉と言う素材を取り出す技術“解体”は

本来〈肉屋〉や〈開拓民〉、そして〈狩人〉の技であり、

〈料理人〉の身でやろうとすればLv30もの技量を必要とする大技。

それを容易く使いこなしてみせることで彼はまず己れが〈料理人〉として、

相応の技量を持つことを示して見せた。


家畜の解体、砂糖や塩の精製など、原料から素材を取り出すだけならば、

『味』は残る。ここまでは、今も昔も変わらない。


そして、スーシャンの新たなる当主、猫人料理人のマオの本領はここからだった。


包丁が舞い、様々な材料が音を立てて刻まれ、赤々と燃える炎で熱せられた

油を引いた鍋の上で手料理へと変貌する。

味付けにはあえて海の水を蒸発させて作ることで作成メニューから作ったものには

無い、複雑な旨みを持たせた高級な塩や大陸から輸入した香辛料、

ハーブの数々を惜しげもなく使う。

辺りには良い香りが立ち込め、客たちが唾を飲み込む音が聞こえる。

そして、大きな皿や深い鉢に満たされた、“再発見”に成功した

大陸風の手料理の数々が卓いっぱいに並べられ…


「お待たせしました!我輩ども四海飯店が手料理の数々、ご賞味くださいニャ!」


その言葉と共に一斉にフォークとスプーンがテーブルの上を踊り、

人々の顔に笑顔が浮かぶ。


「ほう。これは美味だ」

「流石は香島ホンタオにスーシャンの一族有り、と謡われた料理人の当主ですな。

 これほどの美味は冒険者とて容易くは作り出せないでしょう」

「いやまったく。これはうまい」

「とうちゃん!これ、滅茶苦茶うまいにゃ!」

「ルドルフ大兄。これもどうぞ。この薄い黄色の、酸味ある調味料が

肉厚の海老と合わさってえもいわれぬ美味ですにゃ」

「先代が手料理を苦手としていたときはどうなるのかにゃと思いましたが…

 これなら四海飯店も安心ですにゃ」


人間族と猫人族の有力者を招いた新当主のお披露目式。

一度は手料理に押され、消えていく運命にあるとされていた名門、

スーシャンが新たな当主と共に返り咲いたことを示すための式は

大成功の様相をしていた。


「どうですかニャ?ルドルフ小父上」

マオは黒い毛皮の猫人族…街の全ての猫人から『小父』あるいは『大兄』と呼ばれ

尊敬される、現在のロングコーストを生み出した大商人、ルドルフに尋ねる。

「いやあすごいすごい。若いのにやるね。キミ」

長年の苦労の末、完全に猫人訛りを失ってしまった流暢な言葉で、

その男は手を叩いてマオを賞賛する。

「ありがたいことですニャ。小父上に認められれば、我輩どもも安泰ですニャ」

それに一礼をしてマオは答える。その言葉には、

若さゆえの自信に満ち溢れていた。

「うんうん。いいねいいね。君なら『14代目』とも張り合えるかもね」

その様に面白そうに目を細め、アキバの大地人料理人、

引いてはヤマトの大地人料理人の最高峰とも噂される、

アキバの天才である若き女将を引き合いにルドルフは、

猫人料理人一族の若き俊英を褒め称える。


「当然ですニャ。我ら猫人こそ、料理の神に愛された種族。

 いつかは『始父』すら越えて見せますニャ」

それに対し、マオは自信と誇りを持って、宣言してみせる。

全ての根源たる料理人『始父』をも越える料理人になって見せると。


彼の6月革命を引き起こした手料理の発明者…始父。

彼のものが猫人族の料理人であり、冒険者の最高峰たる

Lv90の料理人であることは、料理人の間では有名な話だ。


マオにも分かっている。

マオが単純な技量で始父に追いつくことは生涯無いだろう。

Lv90とは、大地人を超越した存在、冒険者にのみ許された領域だ。


だが、手料理の腕でならば…分からない。

手料理が料理人の技量とは関係なく、Lvが30もあれば、

あらゆる美味を生み出すことが料理の神に許される以上、

あとは己の工夫と手料理の腕だけだ。

そのことをマオは身をもって知っていた。


マオの一族、スーシャン家は元は大陸の勢力圏に属する島、

香島ホンタオの出である。

彼らは8年ほど前、ナインテイルに現れた『猫の街』の噂を聞いて移り住み、

猫人街に華やかさで知られる大陸料理の店『四海飯店』を構えた、料理人の名家。

そこで厳しい修行を受けたため、マオは若さに見合わぬ技量を持ってはいる。

だが、所詮は上に3人も兄がいる末の息子。

本来ならば家督を継ぐ事など絶対に無い。

それを覆したのが、手料理の存在であった。


マオは、手料理の才能を持っていた。

味を見極める鋭い舌、豊富な家伝のレシピの数々から手料理を

“再発見”するための想像力、器用な手先の妙技、僅かな失敗も見逃さぬ嗅覚…

それらは全てマオの武器となった。


そしてその手料理で持ってLv60を越える達人であった長老、

Lv50の技量を持つ父である前当主、

そしてマオより長い時間の研鑽によりLv40代に達している兄達…

それら全てから認められ、マオは若くしてスーシャンの当主となった。

今の…手料理の時代を象徴する出来事である。


「うんうん。頼もしいね」

その言葉に頷きながら、わずかにルドルフは笑顔を崩さず、言う。

「う~ん、でもまあ一つだけ」

そう言って指差したのは、再発見した白湯スープの入っていた、器。

「これだけは、残念だったかなあ」

それを聞きとがめ、マオは思わず聞き返した。

「残念?どういうことですかニャ、小父上?

 この海の幸を煮込んだ白湯スープは我輩の自信作。それが残念とは…」

「うん、こっちのスープもあっさりしてて悪くは無いんだけどさ、面白みが無い。

 あっちの『白いスープ』はもっと面白かったかな」

そう言いながら、今、ロングコーストの中心街で噂になっている存在を

引き合いに出す。

「あっちの白いスープ…ですニャ?」

どうやら猫人街でひたすら研鑽に励んでいたマオは知らないらしい。

それを確認し、ルドルフはマオに教える。

「うん。小麦粉で作った細い麺が入った、本当に真っ白で濃厚なスープ。

 ナカスからロングコーストに流れてきた冒険者が出してるんだけど、知らない?」

「…冒険者の。すみません。我輩には分かりませんニャ」

その言葉に含まれた意味に、マオは気づいた。

冒険者。大地人の料理人にとって、最も手ごわい料理の作り手。

ナインテイルに置いてはナカスを本拠地とし、5月革命以降のロングコーストでは

余り見かけない存在。それの話をするということは…

「うん。気にしなくていいよ?さっきも言ったけどこのあっさりとしたスープも

 悪くないし、何より他の料理は充分にスーシャンの名に相応しい、

 美味しい料理だったから」

悪くは無い、その程度の評価。

ルドルフ小父は、マオのスープを誉めようとしない。

「…分かりましたニャ。小父上」

その意味をかみ締めながら、深々と頭を下げる、マオ。

その瞳には、煮えたぎるような炎が宿っていた。

(白いスープ…!)

彼は決意していた。

我輩こそ料理界の不死鳥の名門、スーシャンが当主。

その名に懸けて、必ず『冒険者の白いスープ』を越える手料理を編み出すと。



中心街から少し外れた場所、朽ちた巨人像の前の広場にそれはいた。

馬が繋がれ、車輪がついた小屋…アキバの冒険者の発明だと言う新型の屋台。

その入り口には『とんこつ 昇龍』と書かれた布の垂れ幕が引かれている。

白いタオルで頭を覆い、上は薄手の布の服1枚、下はエプロンとズボンと言う

ラフな格好をした髭面の妖術師…この店の主である冒険者が魔法の炎で、

噂の白いスープの入った大鍋を温めつつ、

もう1つの鍋いっぱいにお湯を沸かしている。


その日も、屋台は盛況だった。

その屋台にずらりと並ぶのは、100を越える人間と猫人たち。

彼らは、待っていた。ナカスからやってきた冒険者のもたらした、それを。

そして、合図代わりの昼の鐘がなる。

それを聞きながら、男が叫んだ。


「…さあ開店だ!昇龍の塩とんこつ昼の部、始めるぜ!」

ナカスからやってきた人間族の料理人、冒険者でもあるリュウイチが声を張り上げた。

歓声が上がる。

待ちに待った昼の時間だ。

ずらりと並んだ人々が一斉に注文する。


「待ってました!麺フツウで!」

「ひゃっはあ!我慢できねえ!ハリガネだ!」

「こんなうまいものが食えるなんて、長生きはするもんだにゃあ。ヤワメで」

「バリカタで。あと、替え玉をフツウでゆでて置いてくださる?」

「お嬢様…何もこんなところでお食事など…あ、私はフツウで」

「…カタメ。替え玉は3つ」


「はいよ!」


小気味良い返事を返し、煮立った湯を入れた大鍋に、

金属製のざるに取っ手をつけたものに入れた、自ら手打ちした生麺を入れる。

自らの魔法で微妙に火加減を調整しつつ、最後にゆで加減を見極めるのは長年の勘。


「っしゃ!上がったよ!」


茹で上げた麺を雇いの若い猫人の娘の手でよそわれたスープに入れる。

それに事前に刻んでおいた薬味と味付けした豚肉を乗せて…


「おまたせ!」


次々と客に手渡される。


「うめえ!やっぱこれだぜ!」

「ひゃっはあ!もういっちょハリガネだ!」

「ほほほ。やっぱりこの味は癖になるにゃあ」

「ああ、この味!やはりお昼はこれですわ!…替え玉を!」

「ちゃんとお屋敷で食べるべきですのに…あ、私もカタメで替え玉を」

「…おかわり」


立ったまま、自らの好みでリュウイチの手製である紅色のジンジャーを放り込み、

フォーク、あるいはこの店の標準であるハシ(これが使いこなせてこそ、

ツウである)で麺を手繰り、腹に収めていく。


「はいよ!混みあってるから他のお客さんもどんどん注文してくれ!

 麺とスープがなくなり次第営業終了だ!」


その言葉に我先にと注文が飛び交う。


ロングコーストは古くからユーレッド大陸とヤマトを結ぶ港町であり、

海運が盛んな町である。

代々の領主は新し物好きで知られ、その城下に住む民もその気風が強い。

10年前、領主の姫君の命を救った猫人族の商人ルドルフが繁華街である

デジマ地区から少し離れたところにある山の近くに店を開き、

そこを皮切りに猫人の居住区を作ったときも、古くからの商人は大分反発したが、

大半の住人は受け入れて共存に舵を取ったのも、

ルドルフが姫の命の恩人であることもあったが、

それ以上にその変化を愛する気風が為せる技だった。


そして、その好奇心が、彼らにそれを試させた。

冒険者の生み出す白いスープを。

そして彼らがその虜となるのに、そう時間は掛からなかった。

かくて、店は大繁盛し、ヤマト…否、セルデシアでも珍しい

『行列のできるラーメン屋』が、ナインテイルに誕生したのだった。



「くっ…確かにこれは…」

マオもまた、それを手繰りながら、顔をしかめた。

うまかった…悔しいが、海の幸を使った自分の白湯スープより。

澄んではいない…濃厚さ。これは、海の幸では出来なかった味だ。

細い麺にその白いスープが絡み、えもいわれぬ美味となる。

「…なるほど、恐るべきは冒険者、だニャ」

よく見れば、明らかに食べ方がおかしい客が何人もいる。

1本ずつ、麺を取り出して眺めているもの、麺や具、白湯などを一口食べるたびに

紙に何かを書いているもの、慎重に白湯を飲んで、じっと白湯を覗き込んでいるもの。

密かに腰に下げた皮袋に白湯を入れているもの。

どうやらスーシャンの跡を継ぐ騒ぎのせいで、マオは出遅れているらしい。

だが、それだけの料理人の群れを相手にしてなお、

冒険者料理の秘密は保たれていた。その理由は…

「一体、何を使えば、この味になるニャ?」

なるほど、ナカスの出の料理であるだけに魚の類は使っていないようだ。

白湯の基本は材料だ。

内臓を抜いた、丸焼きなどに使う鶏を丸ごと、スーシャン飯店でも使っている海塩。

ネギを中心とした幾つかの野菜、上に浮いているのは恐らくはにんにくを炒めた油…

そして『何か』


その『何か』…この白湯の根幹を為している『何か』が何なのかが、分からない。


「恐らくは…豚の『何か』」


わずかな匂いと香ばしい風味からそこまでは特定した。

だが、マオの舌の記憶を洗いざらい調べても、豚からこの白湯を取れる気がしない。

何度か麺をお代わりしながらマオは熱心に味を舌に覚えこませていた、

そのときだった。

「よう!兄さん!随分熱心だな!同業者かい?」

『本日、麺とスープが切れましたので、営業を終了します』の看板を担いだ

リュウイチが、マオに声をかける。

「ニャ!?」

バレた。そのことにマオは動揺し思わず声を上げ、警戒を込めてリュウイチを見る。

そのマオの様子に、リュウイチは肩をすくめて、言う。

「はは、驚くなよ。分かるよ。同業者だろ?別に気にするこたあない。

 俺も昔はあちこち食べ歩いて自分の味を模索したもんさ」

笑顔を浮かべながら、リュウイチは目の前の少年…であろう猫人の料理人に言う。

「俺はよ、本当なら教えても良いとは思ってる。

 だが…ただ、簡単に教えるつもりはねえ。

 最低限、根本的な部分くらいは解いて貰いたくてな。

 でなきゃ…俺のコピー止まりで終わっちまう」

教えられた通りにやってるだけでは、いずれ朽ちる。

そう考えてリュウイチはあえて秘密を貫いた。

冒険者ならば知っているであろう、秘密。

それはロングコーストには未だ冒険者はリュウイチ1人であったが故に

保たれていた。ここで開業して2週間、果たして何度言ったか。

未だにこの謎を解いた大地人の料理人は、いない。

「とりあえず、ヒントだけはやる…

 ここに来た料理人には全員に教えてるんだけどな」

それは仕方が無いことなのかも知れない。

大地人にとって料理とは、数ヶ月前に突然発生したものだ。

ならば、冒険者にとって半ば常識であることも、知らぬのも当然かもしれない。

「このスープは『解体』が出来ることが必須だ。

 もちろん肉屋や狩人にやってもらうのもありだけどな」

あえてヒント止まり。そう、大地人にとっての常識を覆えさぬ限り、

昇龍のとんこつには始まりにも立てない。

「解体?それは…嘘だニャ?解体ではこの白湯の味は出ないニャ」

なるほど。若いが優秀な料理人らしい。

教えた大地人の料理人が必ずぶち当たる『壁』に、

味わった時点でぶつかったらしい。

コイツならば。

そう思い、リュウイチは更に言葉をつむぐ。

「…ああ、アンタも腕の良い料理人なんだろうがね。勘違いしてる。

 解体では作れない。そう思っているうちはとんこつには決してたどり着けねえ。

 てめえも料理人なら、解いて見せろ。とんこつがなんなのかをな」

今度こそ、大地人が、先に進めることを祈って。



それから1週間。

「分からないニャ…」

マオは未だに謎の端っこでくすぶっていた。

「あばら肉。これが一番近かったニャ…」

あらゆる豚の部位の肉を使い、試した結果得た結論が、これだった。

しかし、足りない。あの、白いスープの濃厚さにはまるで届いていない。

あと少し、その予感はあるのだが…

そして、いつものように思考の袋小路にはまり込もうとしていた、そのときだった。

「マオ兄。マオ兄。少し休むにゃ」

声が掛けられる。鈴を転がすような声。

その声に、マオは振り向く。そこに立つのは。

「…リン?」

艶やかな三毛の毛並みが美しいと猫人の間で評判の娘。

末息子のマオにとってはただ1人の妹。

スーシャン一族の末姫は、愛嬌のある笑顔で、敬愛する兄に言う。

「にゃ。あんまし根を詰めると、身体に毒にゃ?」

リンは知っている。

この、年の近い兄は…料理のことになると、我を忘れると。

「…いや、料理で挑まれたのならば、我輩は引けない。

 受けるのが兄上達を差し置いて選ばれた我輩の務めニャ。

 白いスープの秘密、必ず暴いてみせるニャ…」

果たして兄は、予想通りのことを言った。

だが、その言葉にリンは首を傾げる。

「白いスープ?…ルドルフ小父上が言った奴かにゃ?」

兄らしいと思いながら、リンはマオの話を聞く。

「だニャ。あれは…豚のスープ。それは間違いないニャ」

一方のマオも考えを整理したくて、リンに簡単に話す。

「豚の…豚から作るにゃ?」

詳しい経緯は知らぬリンが、確認する。

「あの味は間違いないニャ…けど、何から作ったのかはわからないニャ」

そう、豚の何を使ってもあの味には、程遠い。

果たして…そして、再び思考に沈もうとしたそのときだった。

「マオ兄でも分からないにゃ?

 とにかく、白いスープなんだから、白いもので作るんじゃ無いかにゃ?」

リンの、何気ない一言。

それは、料理を学ばず、接客を担当する素人ならではの発言だった。

「白いスープなのだから、白いもので作る…!?」

その言葉がきっかけで様々なものが頭を駆け巡る!


―――作成コマンド『解体』!


―――恐らくは…豚の『何か』


―――解体では作れない。そう思っているうちはとんこつには決してたどり着けねえ。


―――とにかく、白いスープなんだから、白いもので作るんじゃ無いかにゃ?


これが、表す意味は…


「…やって、みるニャ!ありがとう、リン!」

「マオ兄!?いきなりどうしたニャ?」


一筋の光明を見たマオはリンに礼を言うと、早速動き出した!

愛用の包丁…その中で最も鋭く大きい肉斬り包丁を手にする。

そして、素材にする前の材料がまとめて置かれている倉庫に向かい…



それから、3週間後。


マオは、小さな壷と包みを抱えて、昇龍を訪れていた。

「よ、とんこつの謎は解けたか?兄さん」

昼の鐘が鳴ってから1刻。

毎日の日課となった『本日、麺とスープが切れましたので営業を終了します』の

看板を出しながら、マオに尋ねる。

「ああ、ようやく、分かったニャ。貴方の言っていた、その意味が」

頷くマオの手は、ボロボロになっていた。

あちこちに切り傷を作り、幾つもの豆が潰れた跡があった。

それを見ただけで、リュウイチはにやりと笑う。

「大変だったろう?解体は?」

「ああ、まさしく難関だったニャ。

 専門の〈肉屋〉や〈狩人〉ならば,もっと楽にできるのかも知れないけどニャ」

そう言いつつ、包みを開く。

「トンコツが何から作られた白湯スープか…答えは、豚の“骨”ニャ!」

そこに置かれていたのは…

「…ははっ!やるじゃねえか!ちゃんとげんこつを持ってきやがった!」

太い足の付け根の骨。

恐らく大地人どころか冒険者でも正確に知るものは少ない、

豚骨とんこつの素だった。

「…冒険者は“レシピの存在しない料理を作る”

 …ならば,“本来食材でないものを料理に使う”ことをも可能なのニャ!」

そう、それこそがこのスープの最大の特徴。

「ああ、作成メニューの『解体』は便利だが…残念ながら

 “食材じゃねえ”ってことになってる骨は残らねえ。

 麺の手打ちは最初っから身に着けてた俺の昇龍の開店が

 こんだけ遅れたのはそれが原因だったが…」

リュウイチの言葉に、マオは肩をすくめる。

「そうでもないニャ。最初の解体は、本当に酷いもんだったニャ。

 我輩も豚も血まみれで、骨どころか肉すらまともに食えたもんじゃ無かったニャ」 

結局満足行くところまで自らの手で『解体』出来るようになるまでには

1週間掛かった。

それから、様々な骨で湯を作り、煮込み時間と骨の種類と言う

正解に辿りつくまでに更に1週間。

そして残り1週間は…


「リュウイチ。我輩に少しだけ、屋台を貸して欲しいニャ。

 白湯は持ってきたから、それで“我輩の料理”を作るニャ」

「…いいぜ。好きに使いな。火も貸してやらあ…〈フレイム・バイパー〉」

屋台の中に作った竈に、炎の蛇がとぐろを巻いて、炎が燈る。

かくして料理の準備は整った。

「…感謝するニャ」

一礼し、そしてマオは一気に料理に取り掛かる!

壷に入れてきた白湯を鍋で温めるその間に、持参した麺を茹で、

更に自慢の包丁技で肉と野菜、そして海の幸を切り刻む!

小気味よい音をたてて刻まれたそれらを油を引いた鍋に入れ、

一気に火を通し、炒め上げる!

そして絶妙の温度に仕上げた白湯を丼によそい、リュウイチのものより

大分太い麺と、先ほど作った肉と野菜と海の幸の炒め物を乗せ…

「これが、我輩の白きスープ…白き骨の白湯スープを使った料理ニャ!」

そう言ってマオは、リュウイチの前に料理を置く。

それは、確かに白いスープを使いながら、リュウイチのそれとは似ても似つかぬ料理。

「白き骨のスープと、海鮮で取った白きスープ!

 それを併せ、上に魚貝と豚、そして野菜の炒め物を乗せたニャ!

 麺はリュウイチとは違い太いもの!これにスープを吸わせることで、

 より一掃の一体感を出し、さらに伸びるのを遅くしてじっくり味わえるニャ!

 これが…我輩の料理ニャ!」

その料理を見て、リュウイチが驚愕する!

「驚いた…こりゃあ、チャンポンじゃねえか!」

まさか、こちらで、自力であちらと同じ結論に達する大地人がいるとは

思っても見なかったから。

「ちゃんぽん?」

「いや、こっちの話だ。食ってみてもいいか?」

不思議そうに首を傾げるマオに、一言断り、リュウイチはハシを一膳取る。

「もちろん。そのために作ったニャ」

「じゃあ、さっそく…」

受け取り、深呼吸して匂いを胸いっぱいに吸い込む。

広がる香りを堪能しながらハシをつきたて…そのまま一気にすすりこむ!


ズゾゾゾゾゾ!


食べつくすのに要した時間は、およそ3分。

そしてスープを最後の一滴まで飲み干して、満足げにため息をついて…笑顔になる。


「…やるねえ!三毛猫の兄さん!ああ、そうさ。

 とんこつスープに海鮮と野菜、豚肉使ったちゃ…麺料理!

 海の幸が豊富なながさ…ロングコーストならこいつの方がピッタリだ!」

口の中に残る余韻が嬉しくて、思わず興奮する。

「当然だニャ…だが、良かったのかニャ?

 正直、解体のヒントが無ければ我輩とてここには辿り付けなかったニャ」

嬉しげなリュウイチにマオが尋ねる。

大地人の料理人にとって、レシピは何より大切なもの。

それが彼にのみ分かる貴重なものであれば、なおさらなのではないか?

「別にいいさ。俺はとんこつスープが好きなんだ。

 俺だけのもん、なんてケチ臭いこと言わない。

 こうして大地人が工夫できるって分かったからにゃあ

 むしろじゃんじゃん広めてやる。

 ナインテイルを、引いてはヤマトを醤油だのみそだのに負けねえ、

 一大とんこつ圏にしてやるぜ!」

リュウイチはとんこつベースに魚貝を組み合わせたそれに対し、

むしろ驚きと共に喜びを感じていた。

生まれたときからとんこつスープに親しみ、

とんこつ以外はラーメンと認めずはや30年。

根っからのとんこつ党だった身としては、とんこつ味なら大歓迎。

まして地元のものが作り、自分が作らぬ『ご当地』ならば、

真に地元に親しまれる原動力となる。


―――冒険者だけでなく、大地人といえど『ご当地』を生み出せる。


それは、リュウイチの野望にとって大きな前進だった。

「しかし、処理がまだまだ甘い。わずかだが豚の臭みが出ちまってる。

 それに野菜もまだまだやりようがある…後で俺の厨房に来いよ。

 しっかり教えてやる…いや、一緒にやろうぜ!よりうまいチャンポンをよ!」

それが分かれば、もはや出し惜しみなどする気はない。

むしろ積極的に広めて…発展させる。

それが、とんこつラーメンに10年以上食わせて貰って来た

自分の使命とすら考えていた。

「…ならば我輩は、再現した東坡肉の作り方を教えるニャ!

 この前小父上が仕入れてきたアキバのショウユを使って

 初めて作れるようになったニャ!

 濃厚で甘い味のアレはとんこつラーメンにはきっとあうはずニャ!」

一方のマオも、それを出す。

再現料理の中でも特に評判が良い、秘伝の味のものを。

「はは!そいつはありがてえ!角煮ラーメンが作れるようになる!

 それに噂には聞いてたがアキバの醤油か!

 これでチャーシューも煮卵も作れるぜ!」

「チャーシュー?煮卵?うまいのかニャ?」

「ああ、うめえぞ」

2人の料理人が、互いに言葉を交し合う。

それは、あらゆるものをのり越えてつむがれた、かけがえの無い友情。


今は手料理の時代。

作る“技量”ではなく、作り出せる“味”こそが料理人の価値を決める時代。

その味には、技量も、貴賎も、種族も、性別も、年齢も。

…そして冒険者か大地人かも関係ない。

ただうまいものを作れるものこそが、勝者となる。


だが、それは料理人たちが喧嘩をしなくてはいけないわけではない。

味の探求者として…手を取り合っても良い筈だ。



かくて、戦いは終わった。

ロングコーストにおいて、マオやマオを初めとした多数の料理人が

『白きスープ』改め『白き骨のスープ』の作り方を学び、マオが原形をつくり、

リュウイチと共に完成させた『チャンポン』は店ごとに様々な工夫が

こらされるようになり、街の住人と訪れる旅人たちに愛される、

ロングコーストの名物となった。


「次は…『タイピーエン』だな」

伝授を終えると、リュウイチはその一言を残し、

大いに惜しまれつつもヒゴへと旅立った。

彼もまた、新たな道を決めていた。

自分はこの世界の『とんこつ』の伝道者となろう。

知り合いの冒険者には作り方を教えたが、大地人にはまだ知られていない。

まずはナインテイル。その後はアキバか…いっそ大陸でも良いかも知れない。

そんなことを考えながら。


彼はまだ知らない。

『白き骨のスープ』の作り方はロングコーストの料理人の手で

アキバやミナミだけでなく、交易を通し、大陸の料理人たちに

広まり初めていることを。

本来食べられないものまで料理する、手料理の真髄、秘儀であるが故に。

うまいものに飢えていた大地人たち、そして冒険者たちは比較的どこでも

手に入る塩と家畜の骨、そして野菜から作れるそれを愛し、

その土地ならではの様々な変化を受けながらも

今も西へ西へと伝わり続けていることを。


そして、ユーレッドの西端にある冒険者の街、ヴィア・デ・フルールで、

牛の骨を使った奇跡の料理『赤き骨のスープ』を完成させた猫人族の冒険者が

かつて巴里の街で味わった『白き骨のスープ』を生み出した冒険者の存在を知り、

どちらがこの世界の手料理の覇者となるか、

雌雄を決するべくヤマトへと旅立つことを。


白き骨のスープ使いリュウイチと、赤き骨のスープ使いティーグル。

この2頭はやがてぶつかり合い、手料理にて戦うこととなるのだが…


それはまた、別の話。

本日はここまで。


ちなみに以下は捏造設定


・家事系統職は料理可能

これは、料理人しか料理が出来ないと、田舎の村とかどうすんだ?

と言うことから捏造しました。

基本的に各ご家庭の料理はその家の母親や娘が作るイメージ。


・解体コマンド


にゃん太班長普通に鹿捌いてましたが、

ゲームとして見たら捌くのは自力でやってくださいと言うのも

アレかなと。モンハンの剥ぎ取りナイフ的なスキル扱いです。

獣系のドロップの発生率が大幅に上昇します。


・骨は食材じゃありません


現実だと骨から出汁は割りと基本なんですけどね。

鳥だけは丸ごと使うので骨の出汁も結果的に取れると言う判定で。

(鶏がらのみにする場合は自力解体が必要です)

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