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第11話 移民のホーク

今回はアキバの街が舞台です。


今回のテーマは「移民の生活」

アキバの新たな住人たちにスポットを当てています。


アキバにはごまんとある、廃墟と化した建物の一室。

そこに置かれた大き目のベッドの上で、くすんだ金色の髪と尻尾を持つ

狐尾族の青年、ホークが辺りに漂う良い匂いに目を覚ましたのは、

夜明け前のまだ暗い時間だった。

「あ、アンちゃん、おはよ」

ホークが起き出すと同時に、部屋の隅に置いた料理用のストーブの前に

陣取った、綺麗な金髪と同色の尻尾をもつ妹、ツバメが笑顔で振り向き、言う。

「おはよう…今日は朝の当番か?」

確か一昨日も夜明け前に朝メシを食べたことを思い出しながら、ツバメにたずねる。

「うん。もう少ししたら朝の仕込みに行かなきゃいけないから、その前にね」

その言葉にツバメが返事を返しながら、

牛乳と卵で溶いた種を熱したフライパンに流し込む。

じゅう、と音を立てて甘い匂いがあたりに広がった。

「そっか…今日の朝メシは?」

その匂いにおそらくは店で分けてもらった高価な砂糖まで

入れてるなこりゃと思いながら、献立をたずねる。

「えっとね。この前アンちゃんがもらってきたカエル肉入れたスープと、パンケーキ」

そう言いながらストーブから下ろされ、湯気を立てている大なべを指さす。

その献立は去年までだったらとてつもないご馳走だった。

…もっとも、その頃だったらそもそも味は変わらないのだが。

「お。豪勢だな…前は麦粥しか作らなかったのに」

「だね。麦粥ばっかり食べてたころがちょっと懐かしいよ」

ホークの言葉にツバメは遠い眼をする。

あの、塩の味がかすかにするだけの、

手料理と呼ぶにはさびしすぎる味のどろどろの粥。

アキバに着たばかりの頃はその味に一切の疑問を感じなかったが、

アキバに住み着きはや3ヶ月、天秤祭りの一件もあった今となっては、

その食生活に戻れる気がしない。

「さ、できたよ」

そう言いながら粗末な木の器にスープを入れ、

何枚かのパンケーキを盛った木の大皿を、

小さなテーブルの上におく。

「よし、食うか」

テーブルにつき、匙を取ってスープに手をかける。

「あ、そうだ。朝になったらお隣りさんに大なべ、届けてくれる?

 あと、パンケーキも」

ツバメも同じく席につきながら、兄に届け物を頼む。

「ああ、わかった。いつものな」

妹の頼みに頷く。

ついこの前〈料理人〉の技量がLv20を越えたツバメの手料理は、

アキバの基準でもかなりうまい。

その腕前を利用して、兄妹は朝メシを多めにつくり、近くの“住人”に売っている。

ちょっとした副業だが、それでも材料を貰ってくることが多くて全体的に食費が

安く上がる兄妹にとっては、馬鹿にならないほどの収入を生んでいた。

「うん…あ、それとお昼はサンドイッチをアンちゃんの分も作っておいたから、

 持ってって」

「おう。ありがとな」

そんないつもの会話をしながら、2人は早速食べ始める。

明かりをつけない、真っ暗な中での食事。

幼い頃から訓練を積んでいて、夜闇でも表情を判別できるほど

夜目の利く2人ならでは光景だった。


『第11話 移民のホーク』



妹が出てってからおよそ一刻ほど経った頃。

にわかに隣りが騒がしくなる。

「っと。そろそろか」

商売道具をメンテナンスしつつ、朝の鍛錬をしていたホークはその気配に気づき、

冷めてしまったスープが入った、片手にバケツに近い形をした大なべの取っ手を、

もう片方の手に冷めたパンケーキを入れた籠を抱え、部屋を出る。

「すいませーん!リザさん!朝メシもって来ました!」

そして歩くこと、10歩。

となりの3部屋を占拠しているドワーフ一家に声をかける。

「あら!ホークさん!早速持ってきてくれたのね!」

ホークの腰辺りまでしかない、食べ盛りの子供を6人も抱えた大工の一家の母親が、

助かったとばかりに大なべを受け取る。

「いつも助かるわあ。はいこれ、5枚金貨ね!」

「いえ。俺と妹だけだと材料が余ってしまうので、こっちも助かってます。

 あ、あとこれ。ツバメが持ってけって。冷めちゃってて悪いんですけど」

くすんだ5枚金貨を受け取りながら、ホークはパンケーキを入れた籠を渡す。

「あら!?いいの!?ほんと、悪いわねぇ…

 これ、うちの子たちが大好物なのよねぇ」

それをしっかり受け取りながら、リザはホークたちの部屋にあるものより

だいぶ背丈の低いストーブの上に鍋を置き、ストーブに火種と薪を放り込んで

スープを温めなおす。


「母ちゃん!腹減った!」

「メシまだ!?」

「あ!パンケーキだ!ツバメ姉ちゃんのパンケーキがあるぞ!」

「やったあ!あたしこれ甘くて大好き!」

「あたしこのおっきいの!」

「こらこら。こういうのは父ちゃんがちゃんと公平にだな…」

「あ、ずっけえ!?父ちゃんが一番でっけえの取った!?」


リザがスープを温めだすと、その匂いをかぎつけて

ドワーフ一家が食卓に集まってくる。

「こら!あんたらメシの前にちゃんと下の井戸まで行って手と顔を洗ってきな!

 冒険者様も言ってるだろ!綺麗にしてないと病気になるって!」

がやがやと騒ぎ出す6人の子供と1人の親父にスープをかき混ぜながら

一家の肝っ玉母ちゃんが怒鳴る。

「じゃ、俺はこれで」

「ああ!あんがとね!鍋は洗って部屋に持って行っておくから!」

ここからは家族の団欒の時間。

それを早くに親を亡くしたホークは少しうらやましく思いながら、

挨拶をして部屋に戻る。

部屋を出ると、他の住人たちもそれぞれに起き出したらしく、

あちこちから朝のあわただしい音が聞こえ、

廃墟の窓中からストーブの煙が出て、空に昇っていく。

比較的良い状態で残った、アキバの廃墟。

そこを“購入”せずに占拠することでここの住人…

アキバの移民たちは住居としていた。


この廃墟には現在およそ50人ほどの移民が住み着いている。

一番大きいのはリザたちの一家8人家族。

他にも1人暮らしから3世代同居家族まで

様々な移民が部屋を占拠して住み着いている。

種族も狐尾から人間族までが同じ屋根の下で暮らしている、混沌とした場所だ。


その生活の営みの音に耳を揺らしながら、ホークは出かける準備をする。

「さてと…俺も仕事に行くか」

今日は多分“カエル狩り”の依頼が出ているだろうから、

それを受けようと思いながら。



アキバの外れ。

アメヤ街道のすぐそばにその建物はあった。


アキバ傭兵ギルド


冒険者の習慣に習い、ギルドと名乗るこの組合は

アキバの大地人傭兵たちの本拠地である。


「おはよう!なんかいい依頼ない?」

「お前か…そうだな。これなんかどうだい?ツクバまでの魔術師の護衛。

 アキバで買った技術書の輸送も兼ねてるし、本人もLv34の妖術師らしいぜ」


「念願の、氷蛇の剣を手に入れたぞ!」

「おま…ついに買ったのか。金貨2,000枚もする魔物武器を。

 …ったく、この前まで剣なんて切れればそれでよしっつってた奴とは思えんな」


「戦いは効率重視ですの!惨殺オーバーキルなんて

 ダメージの調整もできない素人の技!

 そう、ユーミルさまも仰ってましたもの!」

「そんなことありません!戦いはスピード重視!

 とにかく殺られる前に殺るのが基本です!

 その結果多少殺りすぎても問題なし!それが私とキリヤさんのスタイルです!」

「お前ら2人とも…こんなところで喧嘩するなよ…」


「お願いします!村を…救ってください!」

「まかしときな!うちの傭兵は精鋭揃いだ!

 依頼料は高いが、その分の仕事は保障するぜ!」


「いやー、ラグランダは強敵だったね!」

「だね。またLvも上がったし。今日はカエル狩りかな。実入りが良いって聞くし」


「ほっほっほ…ムサシ卿。実はひとつ面白い話があるんじゃが、聞くかの?」

「面白い話。うむ、聞こう。イースタル1の情報屋と言われた貴殿ならば、

 本当に面白い話であろうしな…無論、金になる話であろうな?」

「それはもう。うまく行けば斬鋼刀をもう1本買ってお釣りが来ますわい」


冬場、日の上りが遅いせいか、朝だと言うのに既に組合は活気に満ち溢れていた。

ホークも早速顔見知りの狐尾の移民がやっている受付に行き、尋ねる。


「おい、クレッセ。依頼を受けたいんだが…カエル狩りはあるか?」

その言葉に黒髪の狐尾族の少女が目を上げ、言う。

「カエル狩りね。出てるよ。依頼主はアメヤのミドリ…いつもの奴だね」

「そうか。じゃあそいつを受ける。処理を頼む」

「了解」

2人…妹のツバメも入れれば3人は3ヶ月の付き合いになる顔馴染みだ。

互いに手馴れたもので依頼を黙々と処理する。

「…処理は終わったよ。集合は建屋の表に30分後。

 狩りの場所はシノバズ沼で報酬はいつも通りね」

依頼に登録を終え、クレッセがホークに必要な分だけの依頼の情報を伝える。

「分かった…今度の休みにでも遊びに来いよ。ツバメも会いたがってた」

それに頷きながら、クレッセに言う。

「会いたがってたって…ああ、傭兵は廃業したんだっけ?

 下手したらアンタより強くなりそうだったあの娘がねえ。

 人生分からないもんだ…ま、考えとくよ」

そうなった経緯を思い出し、苦笑しながら、返事を返す。

「ああ、頼む」

承諾と受け取り、ホークは頷いて依頼の集合場所へと向かう。

カエル狩りはホークにとっては実入りの良い依頼だ。

これが終わったら少し休むのもありかなどと考えながら。



ウエノ盗賊城跡に程近い、シノバズ沼。

そこではいつものようにカエル狩りのために集まった一団がいた。

「それでは~、カエル狩りを始めます~。やることはいつも通り。

 森呪遣いの〈泣き茸の絶叫〉で動けなくなったカエルを~、

 さくっと殺っちゃってください。

 元気なのに手を出すと危険だから気をつけて~、毒はないけど、

 蹴られたら骨の1、2本はぽっきり逝っちゃうよ~。

 死んだら一応蘇生は試すけど、駄目だったら恨まないでくださいね~」

今回の狩りの代表である、アメヤ村の狼牙族の女が大きな声でいつもの説明をする。


カエル狩り。

1匹辺り金貨20枚が支払われる歩合制であるこの仕事は、

怪我をしたら治してもらえるなど、全体的に待遇が良く、

リスクが少ないため大地人の傭兵や魔物狩りに人気のある依頼である。


「じゃ、はじめま~す!みんな、お願いね」

「「「「「はい!」」」」」


代表の女に頼まれて、若い狼牙族の女たちが一斉に〈泣き茸の絶叫〉を展開する。


キャアアアアアアアアアアアア!!!!


早速あちこちで絶叫が響き渡るのを聞きながら、傭兵や魔物狩りが動き出す。


(よし…まずはコイツだな)

ホークも早速とばかりに駆け出し、絶叫の効果で

動けなくなっているカエルの前に立つ。

体長1mを越える、大人の豚ほどもある大きなカエル。

それが麻痺状態のためギョロリと目だけ動かしてホークをにらんだ。


君主蛙ロードフロッグ〉はその巨体を跳び上がらせることができる強靭な足と、

棍棒のように太く、鞭のようにしなる舌、そして伸縮性に富み、

なまくらな剣では傷ひとつつかない丈夫な革を持つ、

文字通りの意味でモンスターである。

LvはおよそLv26~28。

ともすれば訓練を受けて武装した正騎士ですら屠るそれの前に立ちながら、

ホークは手にした商売道具である棒手裏剣を手に精神を集中する。

必要なのは急所を見極める観察力と、そこを正確に貫く精密性。

「…食らえ。〈デッドリーピアス〉!」

厳しい訓練で身に着けたそれを生かしながら、

ホークは装甲の隙間を貫く『騎士殺し』の異名を持つ“暗殺者”の技を放つ。

正確無比な投擲。それはカエルの目を貫き、脳に達する。


ゲェェェェェ…


呻く様な声を上げて、カエルが絶命する。

「…よし、まずは一匹…いや二匹!」

それと同時に素早く元気なカエルの後ろに回りこみ、

暗殺者の最大の大技〈アサシネイト〉で仕留める。

「よし、もって行くか」

2匹とも完全に絶命していることを確認し、ホークは合計で50kgほどある

それを抱えあげた。


狐尾族最大の集落だったアイギアがウェストランデに反乱を起こし、

冒険者の手で滅亡してから20余年。

かつては村全体で教え込んでいた狐尾の『忍び』の技はホークやツバメのように

親から細々と受け継ぐものとなっていた。

それでも元上忍の家系の出である2人の技量は若手ながら間違いなく一流であり、

彼と妹が生きていくのに必要な糧を得る役に立っていた。



「おっ、流石はホーク。2匹同時か。やるな。俺の若い頃を思い出すぜ」

カエルを運び出すための荷車の前で、検分役と解体役を任されている

壮年の狼牙族武士、ガイがにやりと笑う。

「ほらよ。検分札。無くすなよ」

後で換金に使う木の札を2枚貰い懐にしまいこむ。

「お~い、おっちゃん。仕留めてきた。検分お願い」

「っていうか僕だけに運ばせるってどうよ?

 …あ、こっちが僕で、こっちがアヤメの分です」

その直後、狼牙族の若者たちがカエルを二匹、運んでくる。

その様子に、ガイが少しだけ顔をしかめて言う。

「おいおい。1匹ずつかよ。お前らあのタロジロどものガキだろ?情けねえ」

「え~、そりゃ気合入れれば5,6匹は狩れるけどさ、

 運ぶとなると重いんだもんこいつら」

そう言って口を尖らせるのは、アヤメと呼ばれている女のほう。

(…なるほど、言うだけはありそうだ)

彼らが運んできた死体を見て、この2人が相応の実力者であることを確認する。

運んできた死体は2つ。

1つは内部から内臓を完全に破壊された死体。

もう1つは恐ろしく鋭い刃物でのど笛を掻っ切られた死体。


どちらの死体にも相応の実力者が戦った痕跡が残っている。

恐らくこの2人は、自分と同等の実力があるだろうと見る。

「重いっつっても、これくらい、2人でやりゃあ5匹や6匹は担げるだろうよ。

ったく最近の若い奴ぁ…」

ぶつぶつ言いながら腰の小太刀を抜き、

カエルの革を剥いで、肉のたっぷりとついた腿を切り落とす。

普通にドロップ化するのを待つより、自分から解体した方が多くのものを得られる。

冒険者から学んだ、知恵であった。

「にしてもさー。カエルの革ばっかこんなに集めてどうすんの?」

なんとなく、横目で解体しているのを見ながら、アヤメがたずねる。

「しらねえのか?この革、アキバじゃあ滅茶苦茶良く使われてんぞ?」

2匹目の解体に取り掛かりながら、ガイがさらりと言う。

「え?そうなん?双頭犬の2人が言うには、魔物武器としては

 鞭が作れるくらいであまり良いもんじゃないって聞いたけど…」

「ちげえよ。武器に使うってんじゃない」

魔物から得られる素材の使い道は武器・防具だけじゃない。

それが分かってねえなと笑いながら、ガイは正解を言う。

「こいつはな、車輪に使うんだよ」

「車輪って、あの馬車とかについてる、車輪?」

その答えに首をかしげながら、アヤメがたずねる。

「おうよ。こいつの革からはな“タイヤ”っつう冒険者の発明品ができる。

 そいつをはめて作った車輪は木や鉄だけの車輪たあ揺れ方が違うってんで、

 お貴族様や商人たちから引っ張りだこなんだよ」

そして、そのアヤメにガイは簡単に説明をした。


馬車や荷車が陸送の中心であるヤマトでは、

車輪は武器や防具とは比べ物にならないほどの需要がある。

ゆえに、揺れ方が段違いに少なく、さらに丈夫なモンスターの革を使っているので

耐久性も段違いな『タイヤ付の車輪』は、多くの商人や貴族、

そして彼らから注文を受けて馬車や荷車を作る職人が求める、

アキバの主要な輸出品の1つとなっていた。


「へぇ…なるほど、車輪ねえ…」

「本当に色んな使い道があるんだな…」

「おっしゃ、行って来い。まだまだ日が暮れるにははええぞ」

冒険者の知恵にしきりと関心する2人に、ガイが促す。

(…っと、俺もだな)

その言葉に思わず話を聞きいってしまったホークもあわてて動き出す。

今日の目標はとりあえず20匹だな、などと思いながら。



日暮れ。


「は~い、今日はここまでにしま~す」

暗くなる前に戻れるであろう時間を見極めて、狼牙の女が終了を告げる。

「じゃあ、運ぶのお願いね~」

用意した荷馬車は2台。

1台にカエルの革、もう1台にカエルの腿肉を満載している。

「とりあえず、20匹以上仕留めた人には腿肉を1つずつ進呈で~」

「はい!」

帰る道すがら、代表の女が近くにいた狼牙の娘に告げる。

少し嬉しい、ボーナス。

無事目標を達成したホークもまた、貰う対象に含まれている。


君主蛙の腿肉は、アキバでは割と一般的な食材であり、

重さ5kgほどあるそれは1本で金貨20枚ほどする。


味は鶏肉に近いが、脂身がなくさっぱりしている。

燻製にすると結構いけるのだが、冒険者にはカエル肉はちょっと…

というものが多いため、消費の中心は大地人であり、

カエル狩りで多く手に入ることもあって、

貧しい移民の間では最近は肉と言ったらこれである。

(それでも肉が食えるだけマシというのが、一般的な移民の意見だったりする)


(さて…また貰ったが…)

ちらりと横目で見れば、あの狼牙族の2人も貰っており、少し困っていた。

それはホークも同じだった。

この前貰った分はツバメの手で燻製にされ、まだ半分以上を残して

台所に吊り下がっている。

(これ以上はあっても困るな…今日は肉屋に売るか…)

廃墟の近くに確か肉屋をやっている人間族の移民一家がいたことを思い出し、

それに売り渡すことにした。

そして、カエルの腿を1本抱え、肉屋に寄って家路へとつく。

ちなみに途中で寄った肉屋では。

「ほう!君主蛙の腿肉…へぇ、こりゃあよく締まったいい肉だ!

 こいつを燻製にして酒場にでも売れば80枚は行くな!」

ホークに渡されたのは特に質の良い肉だったらしく、金貨30枚で売れた。

計570枚。1日の収入としては破格の稼ぎだった。



「ただいま~」

夜になり、しばらくすると、妹が帰ってきた。

甘い匂いを漂わせ、手を後ろにまわして。

「お帰り。仕事、どうだった?」

「うん、ばっちりだったよ!一日中お客さんも多かったし!」

いつもの質問にいつもの回答。

だが、妹の満面の笑みがついてくるなら、良いのだろう。

「それにね…今日はねぇ…じゃーん!」

後ろに隠していたものを取り出す。

紙で作った箱。中からは甘い匂いが漂う。

「店長がね、今日は頑張ったからアンちゃんと一緒に食べてって、

 レアチーズとモンブランを1つずつくれたの!

 “なまもの”だから早く食べてって言ってたし、早速食べよう!」

よく見ると尻尾が狼牙族のごとく上下に揺れていることにホークは苦笑する。

「おいおい。そんなに楽しみだったのか…そのケーキが」

正直忍びとしては失格だが、妹として、

お菓子専門の料理人だという“ぱてしえ”志望としては問題ないのだろう。


ツバメは、冒険者の店で、給仕兼作り手をやっている。

店の名は…〈ダンステリア〉


最も難しい手料理と噂される高難易度料理、

ケーキを売ることを専門とした店である。


「ああ、早くあたしも作れるようになりたいなあ…ケーキ」

箱から取り出したモンブラン(兄に選択権はなかった)を眺めながら、

うっとりと言う。

それは熱病のごとく彼女の色々を変えていた。


ホークとツバメがこのケーキに出会ったのは、天秤祭のときである。

いや、それまでにも見かけてはいた。

だが、ナインテイル産の砂糖を初めとした数々の高級食材を必要とする

ケーキは移民の兄妹の手に出る値段ではなく、たまに冒険者や

大地人の貴族が食べているのを見かけるだけだった。


だが、天秤祭のとき、ダンステリアはとある企画を行った。

2人で8つ以上食べることと言う条件付だが無料でケーキを振舞ったのだ。

冒険者だけでなく、大地人にも同じように。

そのときは、食費を浮かせる一環。

たとえどんな食事でもある程度腹に収められるよう訓練は受けていたし、

量もそう多くはない、そう判断した結果だった。


恋人同士ではなく兄妹だったが、特に問題なく席に案内され、

早速“挑戦”が開始された。


それが、妹の、ツバメの運命すら変えた。


それまで、ロクな手料理を口にしたことがなかった兄妹にとって、

ケーキは衝撃だった。


山で取れる果物すら上回る甘み、それにアクセントを加える酸味や苦味、

そして沸き立つような香り…洗練の最先端にいきなり晒されたのだ。

そのときにはホークもずいぶん衝撃を受けたが、

ツバメが受けた衝撃は、文字通り人生をも塗り替えるほどだった。


2人の予選の結果は全部で20…うち12個が妹が食べた分。

それからというもの、妹は変わった。

駒を進めた本選では3位だったものの、実にホール2個半…

予選の時は2人がかりだった20個ものケーキをツバメは1人で完食した。

(その半分しか食べられなかったホークは完全に添え物だった。)

そして天秤祭が終わると同時にそれまで兄と一緒にやっていた

忍びの技を使った魔物狩りの仕事を捨てて〈ダンステリア〉に弟子入り…

もとい給仕として雇われ、働き出した。


Lvたったの3だった〈料理人〉技能は厳しい訓練で

あっという間に伸びだし、今ではLv20を越えた。

それもこれも少しでも早くケーキを自分で作れるようになりたいという、

執念の賜物だった。


「…アンちゃん、食べないの?」

たった2ヶ月で変わりすぎだなどと思っていたら、

ツバメに心配そうな声を掛けられた。

「いや…なんでもないが…半分味見するか?」

その視線が熱を持って兄に譲ったレアチーズに注がれていることを

見て取って苦笑しながら、ツバメにたずねる。

「ええ!?いや…そんな…悪いよ…」

そう思うならケーキを切り分ける手を止めろ。

7:3で切り分けるツバメの食い意地に内心突っ込みを入れながら、

ホークは小さいほうをフォークでさす。

「いいさ。甘いものは好きだが…ツバメほどじゃない」

そのまま食べる。酸味がやや強めのケーキだ。

だが、しっかりと甘くて…うまい。

「ああ、こっちもおいひい…」

大きいほうをうっとりと食べながら、ツバメがつぶやく。


その様子に、なんとなくホークは思う。


いつかツバメに子供ができたら…

叩き込まれるのは忍びの技でなく“ぱてしえ”の技なのだろうな。


それは、あまりにも平和すぎるこの街にいるが故の確信。

だが、それもまた、良いかと思い直す。

ここはアキバ。

足の踏み場もないくらいチャンスと栄光が転がる街。

妹はたまたまその1つを踏み抜いただけなのだろう。


(いつか、俺もそんな栄光を見つけるのだろうか…)


相変わらず幸せそうな妹に少し嫉妬しながら。

ホークはまた、苦笑した。

本日はここまで。


タイトルは傭兵でも良かったかも知れない。

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