第8話 偽冒険者のサイト
設定大捏造祭り開催。
今回は、最初から最後まで冒険者出ません(モブ除く)
テーマは「大地人から見たアキバと冒険者」
そして明かされるシスコンの正体。
例によって酷い話ですが、お付き合い願えれば幸いです。
0
最初にこの仕事に足を踏み入れた、僕たちの爺ちゃんは、
北にあるエッゾ帝国の生まれだったらしい。
らしい、と言うのは父さん達からのまた聞きだからだ。
「いやあ俺も本気を出せば王だって狙えたんだけどよ。
俺、寒いの嫌いだったから、こんなところで一生暮らせるか!
っつってこっち渡ってきたんだよなぁ。死んだ婆さんと一緒に」
と豪快に笑い飛ばしたという爺ちゃん。
父さん達と同じ凄腕の武士で、イースタルの傭兵の間では随分有名だったらしい。
父たちも20年前、もっと南に行って来ると言って旅立った後は、会ってないらしい。
多分、流石にもう死んでるだろうって、笑いながら言ってた。
ナインテイルの南の端の小さな村で、元気にサトウキビ畑を耕している、
狼牙族の武士だと言うじい様がいるなんてのは、多分悪い冗談だろうとも。
…遠すぎるのと、怖すぎるので、未だに確認はしていないらしい。
父さんと叔父さんは、爺ちゃんに仕込まれた、武士だった。
兄弟揃ってイースタルではかなり名が売れた武士で、
長年旅を続けてあちこちで仕事をしながら結婚して、僕等を作った。
父さんは、イースタルの狼牙族に多い格闘家の娘。
叔父さんは、僕等が生まれる何年か前から急にきな臭い依頼が
増えたのを嫌がって東に流れてきた、ウェストランデの盗剣士の娘。
僕たちは父さん達があちこちで出稼ぎしている間、
森の中に張ったテントで母さんたちから戦い方を教わった。
父さん達が教えなかったのは実に単純な理由で、
武士は装備にやたら金が掛かるから。
貧乏と死が隣り合わせに並んでいるこの仕事では、
いかに金をかけずに強くなれるかは、大事な要素だ。
そして、それぞれ長男と長女だった僕たちはこの春、
2人揃って森のテントを離れてひとり立ちした。
春から夏の間、イースタルのあちこちを
真新しいテントで野宿しながら旅をして、
行商の護衛の仕事とか〈緑小鬼〉とか倒しながら腕を磨き、
秋からは何度か死に掛ける目にあいながら、ギリギリで生き延びた。
…僕が黒髪で格闘家だと聞いた途端に、報酬が良い代わりに
危険な依頼ばっかり持ってくるのは、どうかと思う。
たった3ヶ月で20そこそこだったレベルが30を越えるとか、
ちょっとありえない。良く死ななかったなと、自分でも思う。
そして、もうすぐ冬。
僕たちは、普通に旅するだけで危険な冬の間くらいは、
街場で過ごすことにした。
向かう先は、アキバ。
今、ヤマトで最も面白いと、あちこちで噂になっている街。
僕たちは傭兵の変種。
不死身かつ万能の商売仇、冒険者が引き受けなかった、
モンスター退治の仕事を引き受けて生きる、
“偽冒険者”とか言われることもある大地人でも異端の存在。
最もモンスターとの戦いに通じた大地人。
それが、魔物狩りと呼ばれてる僕等だ。
『第8話 偽冒険者のサイト』
1
「あ、あれじゃない?」
手入れが今ひとつな、金色の長いぼさぼさ髪を揺らしながらアヤメはそれを指差した。
「おお。あれか~」
それに黒髪のサイトが同じくそれを見て、声を上げる。
遠くかすむアキバの手前にそれはあった。
「マジだよ。本当に村が出来てる。うっわ~」
そこにはほんの2ヶ月前まで存在しなかった、村が出来ていた。
遠目に見ても、ポツポツと残った遺跡は全て建物として使えるよう補修が
始まっており、あちこちに木で作った、移動には向かない定住前提の小屋が立ち並ぶ。
そこで動き回る、村と呼ぶには些か多すぎる人たちは皆、狼牙族。
噂どおりの存在が、2人の眼前に広がっていた。
ヤマトで最も新しく、最もアキバに近い狼牙族の村、アメヤ。
サイトたち狼牙族の間で、急速に広まっている噂だった。
それから10分後。
「へぇ…随分豊かそうじゃん」
青い瞳でくるくるとあちこちを見回す。
作りたての開拓村なんて、普通は何もなくて生きていくのがやっと位のもんなのだが、
ここの民はみな、飢えも感じていなさそうだし、服の手入れも行き届いていた。
「うん。それにこんだけ狼牙族だらけなのは始めて見た」
見渡す限り狼牙族だらけ。
半分以上がエッゾ独特の装束だが、サイトと同じイースタル系らしき
狼牙族も負けずに多いし、アヤメと同じウェストランデ系の狼牙族もそれなりにいる。
船で渡ってきたのか、どれでもない、恐らくはナインテイル系らしき
茶色い肌の狼牙族まで、ちらほらといた。
「さあさあお立会い!アキバから直接仕入れてきたカレー粉とソースだよ!
これさえあればどんなメシでも美味しく食べられる!さあ買った買った!」
「ちょっと!あれっぽっちしか移動してないのにこれっぽっちで
金貨30枚はぼったくりでしょ!?もっとまけなさいよ!」
「お~い。護衛してきた人間族の行商と話まとめて来たぞ!
荷馬車いっぱいの小麦、金貨1500で良いって!誰か金持ってきてくれ!」
「ほいきた!今もってくよ!」
「おう!戻ったぞ!途中ウエノの盗賊どもが襲ってきたが、全部斬った!
報酬にも色つけて貰えたし、戦利品は手に入るしで、笑いがとまらねえぜ!」
「お帰り!アンタ!しっかしそいつらもばっかだね~。
帝国兵でも敵わなかったエッゾ狼牙の護衛に喧嘩売るなんて。
まったく、アタシも身重じゃなかったら一緒に行ったんだけどねえ」
「いかがですか~。捌き立ての殺人兎の串焼き、いかがですか~。
1本で1枚。アキバのショウユで味付けした、逸品ですよ~」
「おいしいね!」「うん、殺人兎って、おいしいね!」
「で、それ、どうよ?モンスターの骨で出来た刀ってなあ、いいのかい?」
「おお!すげえぜ?丈夫で鋼で打った刀より斬れやがる!
ウエノの盗賊ごとき一刀両断よ!冒険者様直伝の魔物武器ってなあすげえなあ。
こりゃ双頭犬のお嬢ちゃんたちもしばらく色町には落ちそうにねえやな」
村には活気が溢れた言葉が舞い踊っている。
時々物騒な会話が混じるのも、この村らしい。
「さ~てと…宿屋は…」
「あんのかな?この村?」
2人してこれからを話していると。
「おい!そこのタイチ様の孫の2人!」
「あの~、サイトさんとアヤメさん…ですよね?」
「「はい?」」
突然声をかけられて、振り向く。
そこには。
「間違いないって!匂いが違うもん!腕も立ちそうだし!あ、アタシはモモね!」
「だよね~、えっと、どうも~ミドリと言います」
小柄な狼牙族の少女と、逆に女性らしい立ち姿の狼牙族の少女。
どちらもエッゾ系らしく、エッゾ独特の衣装を身に纏っている。
「あの、君たちは…?」
「つーか、誰?」
2人とも見覚えがなく、尋ねる。
それに小柄な方の少女…モモが元気良く言った。
「あたし達は、セン…もとい狼王、じゃなかったアメヤの村長の使いだよ!」
「村長が、タイチ様のお孫さんである2人のことを聞いてお会いしたいと言ってます。
これから、少しお付き合い願えますか?」
2
「アメヤの村長…狼王かぁ」
「やっぱり、伯父さんみたいな感じなのかな?」
村長の館…3階もの高さを持つ石造りの遺跡の2階に作られた客人の間。
そこで布張りの座布団に腰掛けながら、2人は訥々と話していた。
「こう、筋肉とか傷跡とか物凄くて、腰にでっかい刀2本下げてて、
鎧とかも豪華な感じでさ…」
「父さんを豪華にした感じか。普通にありそうだなあ、それ」
狼王。
そう聞いて2人がまっさきに思い浮かべたのは凄腕の武士コンビとして知られる
2人の兄弟でも特に肉体派だと言われているサイトの父親の姿である。
鎧なんぞに凝るのは金がもったいねえ。
その一言で鎧はごく普通の鋼で作った、腕前からすると大分見劣りする帷子だったが、
一方で武士の命だと言う刀はいつだったか冒険者でもないのに仲間の魔物狩りを連れて
ダンジョンに飛び込み、奥に居たモンスター斬り殺して奪ってきたと言う
魔法の宿った逸品と、ドワーフの刀匠に作ってもらった、金貨4,000枚もする
玉鋼の名刀を使っていた。
Lvが50を越える歴戦の武士は酔っ払って全裸になると、
凄まじい量の筋肉と全身にくまなく刻まれた傷跡があった。
…狼王と言えばエッゾの大地人狼牙族の中で最強の存在。
そういう想像になるのも無理は無かった。
よって、彼らの想像は大きく裏切られた。
「お待たせ!センカが準備できたって!」
その言葉と共に、2人の少女と共にその人が入ってきて。
「「え…?」」
思わず言葉を重ね合わせた。
「良く来てくれた。君たちがタイチの孫…サイトとアヤメか。
なるほど、齢16とは思えない実力を感じさせる良い目だ。
血の為せる技、だけでもないな…修羅場をくぐってきたか」
鋭く、茶色い瞳を向けながら、親しげに声を掛ける狼王は、若かった。
「うん、どうした…?随分と驚いているようだが」
纏っているのは複雑な刺繍の施された、豪奢なエッゾ狼牙の伝統衣装と、
帝国で使われている丈夫な軍靴。鎧はおろか刀の1本も下げていなかった。
「「えっと…その…」」
実力は確かに2人を遥かに上回るものを感じるが、
筋肉はまるでついていない。
むしろサイトの方が筋肉あるんじゃないかと言うくらい。
そして極めつけは…
「「…女の子?」」
女性的な肢体と、野性味溢れる肩口でばっさり切られた銀色の短めの髪。
元狼王、センカは整った美貌と容姿を持った…女の子だった。
「うん?それは違うぞ。私は今年で21になる。女の子は、無いだろう」
「「いやそこじゃなくて!?」」
微妙にずれた反応を返すセンカに、二人の突込みが入った。
「…うん?では、どこになるんだ?」
「…ぶはは!違うって!女が狼王なのにびっくりなんだって!」
とうとう耐え切れなくなったモモが吹き出した。
その言葉に、2人も思わず頷く。
「…ふむ?そうなのか?サイト」
「えっと…はい。正直びっくりです。狼王って女の子がなるのはありなんですか?」
女が長だと言う話は、普通の開拓村の村長ですらほとんど聞かない。
エッゾ最強にして数千に及ぶエッゾの狼牙族を従える、
狼王に女を据えるのがありと言うのは、不思議に見えた。
「うむ。ありだ…15年前からな」
「15年前?」
エッゾの事情に明るくない2人ならば、知らぬのも無理は無い。
そう思い、センカは簡単に事情を説明する。
「うむ、15年ほど前、当時の狼王が南方から来た狐尾の女に1対1での戦いを挑まれ、
完全武装して受けたにも関わらず敗れて死ぬという醜態を晒してな。
それから、狼王は男だろうと女だろうと強きものがなれと掟が改められた」
当時、一部からはその狐尾の女、彼らは女帝と呼んでいた彼女を
狼王にしようと言う意見まで飛び出した。
それは狼王を殺した直後に女帝が姿を消してしまったためにお流れになったが、
女がなってもよいと言う掟だけは残った。
「はぁ…けど、正直、狼王…」
「村長だ。呼び方はただのセンカでいい」
「えっとじゃあセンカは、刀とか使えるようには…」
見た限り筋肉もないし、掌にタコ一つ無い。
とても武器を使って扱えるようにみえない。
アヤメの疑問も当然だった。
「うむ。自慢ではないが、私は力も対して強くないし不器用だ。
刀どころか武器自体ほとんど触ったことも無い」
センカもそれに対して本当に自慢にならないことを堂々と言う。
「ああ~、多分アレだよ。エッゾ育ちじゃないから、エッゾの慣わし知らないんだよ」
アヤメとセンカのやりとりを聞いて、ミドリが真っ先に事情を察する。
センカもミドリのその言葉で、2人の疑問の理由に気づく。
「ふむ…アヤメ、エッゾの狼牙の慣わしは知っているか?」
「え?え~と、パパが言ってたんだけど、
『男は武士となり命に代えても女子供を守るべし』だっけ?」
その答えにセンカは頷く。
やはり、イースタル育ちの2人は、エッゾの狼牙族の慣わしには詳しくない。
「それでは半分だ。こう続く…
『女は男を支える術を学び、夫婦で持って完成と為すべし』とな」
「「夫婦?」」
不思議そうな2人に、詳しく説明する。
「そうだ。エッゾ狼牙の女はみな、母親から家事と共に代々何かしら
戦に役立つ術を学び、男と共に戦う。夫婦こそ、最も小さき群れなのだ。
一番多いのは森呪遣いだが、他にも幾つか、別の術を伝える家もある」
厳しい北の大地は、種族の半分しか戦う術を持たないと言う贅沢を許さなかった。
故に、男と女はそれぞれに役割は違えど戦う方法を学び互いを補う掟ができた。
「ちなみに私は神祇官の家系なんだよ~。センカを矢とか魔法から守れるし、
傷も治せる役ね。刀は使えなくも無いけど、あんまり得意じゃないなあ」
「あたしん家は吟遊詩人だった!あと、センカと違って武器も一通り扱えるよ!」
それはセンカの側仕えたる2人も同様で、2人とも女ながらかなりの使い手である。
「へぇ…じゃあ」
そこまで聞いて、サイトはなんとなく理解した。
恐らくセンカの持つ技は、武器を用いず戦え、かつ武士をも上回る破壊力を誇る職業。
「うむ。私の家に伝わっていた技は…妖術師の魔法だ」
幾多の狼牙武士を打ち破り王の座を力づくで奪った、
強力な攻撃魔法の使い手が肯定の頷きを返す。
「そうそう、凄かったよ~。代替わりのときもどうせ焼け石に水だからって今と同じ、
魔力を強くするって言うお母さんの形見のぺらっぺらの服だけで挑んで、
斬られて死に掛けながら魔法で倒しちゃって~」
「…昔の話だ。だいたい今は、狼王ですらないアメヤの村長だ」
ミドリを遮る。
センカとて3年前に王となってから幾多の試練を乗り越えてきた存在。
故に、悟った。
「既に力強きものが群れの長であるべき時代は終わったんだ。
この村が出来たときにな。これからは…知恵持つものが群れを率いる必要がある」
「へぇ?なんでまた?」
サイトが尋ねる。意外だった。
力強きモノの代名詞たる王自ら、自分の時代は終わったと言うことに。
「簡単な話だ。力では、冒険者という圧倒的過ぎる存在には決して勝てない」
「そうなんですか?」
その言葉に、サイトは首を傾げる。
もちろんサイトとて冒険者が大地人を遥かに超越する存在であることは知っていたし、
数万の〈緑小鬼〉の軍勢を僅か1,000と少しで打ち破ったと言う噂は聞いているが、
それは知識として持っているものにすぎなかった。
「ああ、そうだ。例えば私は、現在Lv57だ。
天賦の才に恵まれ、厳しい修行を重ね、この域に達した…
恐らく古来種を除けば大地人としては最高峰の使い手と言っても良いだろう」
「そうですね。父さんでもLvは50と少しですから…それ以上か…」
若くして父を越える技量を持つと言う、センカ。
確かに大地人の身としては最高の強さ…天才だと言っていいだろう。
「それでだ。アキバの冒険者のLvがどれくらいだか知っているか?」
「え?…もしかして、センカさんより強いんですか?」
いかに冒険者が常識外れにしても、同族の頂点、狼王。
かつ天才妖術師であるセンカならば、ある程度並び立つことも可能なのではないか。
「強いどころの話ではない。Lv90。それがアキバの冒険者の“普通”だ」
「「90!?」」
そう思っていた2人は驚愕した。
具体的に言われると、はっきりと異常な強さだった。
「そうだ。あの街には不死身かつLv90の技量を持つ冒険者が
万に届くほどいる…力で抗うのは、不可能だ」
「まぁ、そんだけ差があるとね」
アヤメも頷く。戦い方次第である程度までは技量の差は補えるが、
それにも限度と言うものはある。
一番強いセンカでLv57ではLv90の集団には絶対勝てない。
ましてや単純な数でも劣るのでは、どうしようもない。
そして、エッゾで暮らしていたセンカは知っている。
「そもそも、冒険者とて一枚岩ではない。
アキバは基本的に自由と平和を尊ぶ善の冒険者の勢力圏だが、
ススキノなどには邪悪な冒険者もいる。
ウェストランデの出のものによればミナミという街には、
アキバと比肩する規模の冒険者の軍勢もいる、らしい。
これからがどうなるかなど、私にも分からん」
そして、戦おうとすれば、手は冒険者だけと戦えばいいわけではないことを
センカは既に知っている…冒険者が、自らの力を分け与える秘儀を持つことを。
センカの脳裏には、1人の大地人の女が頭に浮かんでいた。
稀に、悪魔や死霊に魂を売り、その身をモンスターとすることで、
大地人の限界を越える大地人がいる。
それと同じようにススキノにいたとある冒険者に身と心を売ることで、
大地人でありながら僅かな期間で凄まじい力を手にした女がいた。
―――『ススキノの女悪魔』シオン
主より下賜されたという、悪魔のごとき扇情的な姿の戦装束を身に纏い、
血のように赤い2本の魔剣の使い手。
元は無名の傭兵だったと言うが、現在ではアキバの勢力圏にいる
大地人の中では、街中の衛兵を除けば五指に入る実力者だ。
基本的には現実主義の傭兵らしく無駄な戦いは一切しないし、
アキバでもシブヤでも問題を起こしたことは一度も無いが、
逆に依頼か必要があればたやすく冷酷に振舞うだろう。
更に彼女は大の狼牙族嫌いでも知られ、アメヤが出来ると
センカたちを嫌って主たる冒険者と共にアキバの勢力圏に位置する
もう1つの冒険者の街、シブヤに移り住んだ。
彼女の技量はセンカをも上回るLv62。
もし何かの拍子に牙を剥けば、センカが精鋭を直接率いたとしても、
仕留めるまでに数人は死人を出す覚悟を必要とする。
彼女のような秘儀を授けられた大地人が1000…
否、100でも現れれば、大変なことになる。
油断は、出来なかった。
「だからこそ私達にこれから求められるのは、知恵による自立と交渉なんだ。
ここはアキバの街の勢力圏。彼らは豊かで生きる糧を容易く分け与えてくれるが、
餌を主人からただ与えられるのを待つ犬に、そしてそれを当然と思う豚に堕すれば、
状況が変わったとき、何も出来ずに私達は滅ぶ。だからこそ、この村を作った。
すべての狼牙が、誇りを持って暮らせる、独立した故郷、私達の悲願の地をな」
狼とて生まれたときは母より乳と餌を貰って生きる子供だ。
今、アメヤがアキバに依存して成り立っているのは仕方が無い。
だが、一刻も早く自ら狩りができる若狼となってそれを脱する必要がある。
その上で、もはや一つの国と比肩しうる街である、アキバと付き合っていくのだ。
依存ではなく、出来うる限り、対等に。
それが、かつて王と言われた村長、センカの考えだった。
「うっわ…」
「すごい…」
2人も一歩間違えば誇大妄想に過ぎない、
だが、今現在進行形で行われているそれに、息を呑む。
圧倒された、彼女の大きさに。
そしていい話で終わろうとした、その時に。
「「―――ぷっー!」」
モモとミドリが思いっきり吹き出した。
「「え?」」
「…なんだ?」
「だって、センカがすっごいカッコいい言っててさ!
マリカちゃんのこと、ぜんっぜん言わないんだもん!」
マリカ。その名前が出た瞬間、センカはビクリと身体を振るわせた。
「マリカちゃん…?」
訝しげにサイトが尋ねると、笑いながら2人はマリカについて語る。
「そうそう。マリカちゃんって言うのはね~、センカの10歳も年下の妹で、
センカが目に入れても痛くないってくらい可愛がってるの」
「ずっこいよねー!次の世代の長は頭で決めるって言いながら、
ちゃっかりマイハマの賢者様の孤児院に留学させてんの!」
「そ~そ~。マイハマに行くって狼牙族がいるたびに
様子見てきてくれって頼むしね~」
「順調に勉学に励んでいるって聞いて後ろで尻尾出してブンブン振りながら
『…そうか』とかカッコつけてんの!」
「この前なんか、傑作だったよね~。
同じ孤児院にギン様のご子息がいて仲良くしてるって聞いて、
後で私達に『ま、マリカが子供を連れて帰ってきたらどうすればいい!?』とか
泣きそうになってるし。まだ11歳なのに幾らなんでも気が早過ぎだって」
「ね!そりゃマイハマの賢者様が直々に“妖術師の女”を守る訓練授けてるって
噂も聞いてるけどさ!」
「むしろいいよね~。ギン様のご子息なら将来絶対強くなりそうだし。
タダでさえ妖術師の女って夫婦になる男探すの大変なわけだしね~。
お陰で今だにセンカだけどくし…」
「ば、バカ!?それを言うな!」
ついに見過ごせなくなったセンカが大声を上げた。
そのまま調子に乗った幼馴染の側仕え2人(既婚かつ子持ち)に説教をしようとして…
唖然としている客人に気づいた。
咳払いを一つ。
「…あ~、なんだ。違うぞ?マリカは確かに孤児だ。
父上と母上は5年前にお亡くなりになった。
それにアメヤはまだまだ安定したとは言いがたいし…
その、マリカが孤児院に入るのもおかしくはないんだぞ?」
「うわ~、めっちゃいいわけ臭い」
「うぐっ!?」
アヤメに一刀両断され、センカは固まった。
「で、結局センカってあれ?妹が大好きなお姉ちゃんってわけ?」
「そうそう。冒険者が言う『しすこん』って奴!」
「へぇ。そっかあ…泣く子も黙る狼王さまがねえ」
ニヤニヤと意地悪い笑みでアヤメはセンカを見る。
家族の子供達の中では一番のいじめっ子だと弟妹に恐れられていた目で。
「…ま、まあその話はもういいだろう!
それより、今夜とまる宿はもう決めたか!?
決まってないならこの村の『淡雪』に泊まるといい!
あそこはアキバの宿屋で最近まで働いていた狼牙族の一家が
経営しているのだが、贔屓目なしにいい宿だ!」
「ごまかしに入りましたな~」
「ね~」
「ぐぅぅ…もういい、帰れ!」
そう言い残すと、きびすを返して部屋から出て行ってしまう。
いつの間にか尻尾と耳が出てて、しゅんと下がっているのが印象的だった。
「あちゃ~、やりすぎちゃった?」
「いいよいいよ。気にしなくて。センカってからかわれるといつもあんなもんだし。
割り切るのも早いし、次来るまでには機嫌も直ってるから。
それより、また遊びに来てよ!」
「うん、そのうちね」
いつの間にかモモたちとすっかり意気投合したらしいアヤメ。
一連の流れを見ていたサイトは。
(…なんていうか、可愛い人だなあ)
5歳も年上のセンカに、今まで感じたことのなかった、ときめき的なものを感じていた。
3
夕暮れ。村長のセンカの薦めに従い、2人は一軒の宿屋を訪れていた。
「ここが、村長の言ってた淡雪か…」
「なんか、小さくない?」
そこに立っているのは、どう見ても小さい掘っ立て小屋だった。
泊まるどころか、一家族暮らすのが精々にしか見えない。
とても村長直々に薦める宿とは思えなかった。
「いらっしゃいませ!お客様!淡雪へようこそ!
私はここで案内係をしております、エリと言います!
是非、お見知りおきを」
イースタル風の服を纏い、長い髪を後ろにしゅるりと尻尾のように結んだ、
成人するかどうか位の狼牙族の少女が、元気に挨拶をする。
「ああ、うん。その…村長に薦められてきたんだけど…」
「なんかつうかさー、その…本当に、ここ?」
その元気さに若干罪悪感を覚えながら、目の前の掘っ立て小屋を指差す。
それにエリは笑顔で首を振った。
「いえいえ。違いますよ。ここは私どもの家族が暮らすための管理小屋です。
小さな所帯でおまけに突貫で建てた、新しいだけが取り得の掘っ立て小屋。
とてもとてもお客様をお泊めできるような場所ではございません!」
「あ、そうなんだ?」
その答えにほっとした様子でアヤメが聞く。
どうやらここに泊まるわけでは無いらしい。
「ええ。私ども淡雪が自信を持ってお勧めする、お客様の泊まる場所は別にあります!
あ、少しだけ歩くんですけど、よろしいでしょうか?」
「あーうん。案内よろしく」
くるくると、流れるように説明をするエリに、道案内を頼む。
「はい!こちらです!」
そして、2人はエリについて、歩き出した。
そして5分後。
「え?…え?」
案内された場所に、サイトは絶句した。
そこは、建物は1つも無い広場だった。
夕暮れに照らされ、従業員らしき何人かの狼牙族が忙しく働き回っているのが見える。
真ん中に大きな焚き火が準備された丸く開かれた広い空き地と。
それを囲むように並ぶのは…
「て、テント…?」
サイトの声が引きつる。
サイトには見慣れた、エッゾ伝統の狼牙風テント。
普段サイトとアヤメが使っているテントを小さいものでも5~6人、
大きいものなら10人くらい入れるように大きくしたものだった。
「はい!今まであの寒いエッゾで長年使われてきたものですから、
丈夫さと温かさは保証つき!雨どころか雪が積もったって大丈夫です!」
エリは慣れたものでその反応にもめげずにセールストークを続ける。
エッゾで長年使われてきて年季の入った…平たく言うとぼろいテント。
それがアメヤの村の外れの広場に所狭しと並んでいた。
「…ないわー。流石にこれはないわー」
アヤメが首を振る。
何が悲しくて、野営の日々を過ごしながらアキバの街まで来て、
金払ってテントで過ごさにゃならんのか。
いくら町長のお勧めと言っても、限度があった。
「え~と、物凄く安いとか?」
「いえ、淡雪の泊まり賃はお一人様金貨15枚!少々値は張りますが、
お二人なら王直々のご推薦ですので、特別にお二人で金貨25枚でご提供します!」
一応の、サイトのフォローにもエリは笑顔で首を振る。
「うわ…普通の宿の3倍じゃん」
びっくりするほど、では無いが、結構する。
「えーと、その、ここはやっぱりなしで」
そして若干引き気味でサイトがそう言うと、エリは首を横に振る。
「まあまあ、焦らずに。これからちゃ~んと説明いたしますから。
ここが金貨15枚の価値がある宿だと!」
そして、流れるように淡雪の『売り』を語り始める。
今のところ、勝率は8割を越える、それを。
「まず、ここでは夜と朝の2回、お食事を提供しています!
もちろん味も素っ気も無い作成メニューなんて使ってない、
アキバ仕込みの手料理ですよ!
それが食べ放題!メニューは夜はパンとアメヤ名物の肉団子たっぷりのスープ、
そして更に今日は特別メニューの日なのでアキバの名物宿屋の女将直伝の
ピザも出します!
朝も、パンと村で育てている鶏から取った新鮮な卵をベーコンと一緒に焼いたもの、
それに旬の根菜を使ったスープ!
その辺の町の旅人宿ではまずお目にかかれない豪華さですよ!」
「へぇ…手料理でしかも食べ放題かあ…それはいいな」
「確かにそれ聞いたら腹減ってきた…」
その言葉に2人とも反応する。
普通の料理と区別するために〈手料理〉と大地人の間で呼ばれ始めた、
味のある食事は、旅暮らしの魔物狩りでは滅多に口に出来ないご馳走だ。
サイトもアヤメも料理の技術を持っていない以上、街場に寄ったときしか口に出来ず、
後は前よりはマシくらいの味しかしない保存食か生で食べられるもの、
そして昔ながらの、今のご時世では残念すぎる食糧を齧るしかない。
「更に、なりはテントでもここは宿屋です!お布団はアキバから特別に取り寄せた、
おろしたてを使っています!旅暮らし用の寝袋どころかその辺の宿の
せんべい布団なんて話にならないくらい、いいものです!」
「あ、それは嬉しいかも」
アヤメが同意する。
確かに清潔な布団で寝るのは、宿屋での楽しみの1つだ。
ましてや出来てから3ヶ月も経っていないアメヤの町の宿なら、
新品同様の布団なのも、道理だった。
「そしてとどめは、アメヤの村の公衆浴場を、ここのお客様は無料でご利用できます!
毎日入れる温かい風呂は、明日の活力!どうです?
これだけいい宿は、アキバまで行ったとしても、1泊で金貨50枚もする、
私が働いていたリバーサイドくらいですよ?」
両親と話し合ってパクッた…もとい参考にした宿の名を上げる。
汚いとか言ってはいけない。
トッキョもチョサクケンも無いこの世界では、
良いものは真似されるのが世の理である。
とにもかくにも、自信満々にお勧めするエリに、2人は顔を見合わせる。
「…うん。いいんじゃない?話聞いたら、良い宿な気がしてきた」
「だねえ。それに今からアキバまで行ったら夜になっちゃうしねー」
そんな話をしていた2人に、どんと止めが寄せられる。
「あ、あの!1回目のご飯の準備、出来ましたー!」
気弱そうな長身の狼牙族の少女が、広場の焚き火に大きな鍋を置き、大声を上げる。
そばには大量のパンが盛られた籠。
その途端、テントからゾロゾロと泊まり客…
狼牙族だけでなく、人間族の商人や吟遊詩人、果ては冒険者らしき人までが出てくる。
「おお!待ってました!」
「早くくれ!お腹と背中がくっ付きそうだ!」
「や~っぱアメヤっつったらこの宿だよな!」
「リバーサイドのサービスもいいが、値段まで考えたらここだろ」
「僕なんかこの前ツクバに言ったときに、ここを讃える歌を謡ったよ。
結構評判良かった」
「ぴ、ピザは?ピザの食い放題はまだか!?」
「ばっかピザはあと30分はかかるよ…スープもうまいが調子にのって
腹いっぱいにするなよ?あとで後悔するぜ?」
口々にざわめきながら、列をなして鍋の前に並ぶ客たち。
「そ、それではごゆっくりお楽しみください!」
狼牙族の少女がそう言って鍋を開けた瞬間。
グゥゥゥゥ…
立ち込めたいい匂いに2人の腹が同時になった。
「うっわ。うっわあ…サイト、もういいじゃん。ここにしよ?ね?ね?」
興奮の余り耳と尻尾を丸出しにし…尻尾をブンブン振りながら、
アヤメがサイトに同意を求める。
「だね。すみません。今日泊めて貰えますか?」
サイトの方も即決だった。それほどに、あの匂いには抗い難かった。
「はい!よろこんで!それでは金貨25枚となります!」
「サイト!私の分も出しといて!後から払うから!」
そう言うとさっさと鍋の前の列に並んでしまうアヤメ。
「じゃあこれで!」
「はい!お預かりします!…はい。では、あの右の小さいテントをお使いください」
許可を降りるが早いか、サイトも慌てて駆け出した。
荷物を担いだまま、鍋の前に出来た行列に並ぶ。
「だ、大丈夫ですよ~!次の分もただいま作っている最中です!
それと、ピザはもうしばらくお待ちくださいー!」
気の早いものは既に2杯目に突入しているこの状況。
食い意地のはった2人にはそう言われても我慢できる状況ではなかった。
「もう食えない…」
「はぁ~、こんなに食ったのはマイハマで初めて手料理食ったとき以来だね」
膨れ上がったお腹を押さえながら、布団の中で2人は満足げに息を吐いていた。
「スープも美味しかったけど、あの後のアレは本当に凄かった」
「だねぇ。あれ、なんだっけ…ぴざ?」
「そうそう。ピザピザ。なんかこう、色んな味が混じっててさ…凄かった」
元々食べ放題なので、全員の腹が満たされるまで焼き続けるのだが、
焼きたてが食べたくて出てくるたびに争いになった。
ちなみに余った分は全て従業員一同が夕食として美味しく頂いたと言う。
とことん無駄の無い構成だった。
「風呂も久しぶりに入ったら気持ちよかったし、ほんと良い宿だわ、ここ」
「うん、人気あるのも分かる気がする」
4,5人用の若い家族用のものを2~3人で泊まるようにした
テントは立ち上がれるくらいの高さがあってゆったりと広く、
ベッドの上の清潔なシーツでくるまれたふかふかの布団は温かい。
部屋には顔を洗うための小さな水がめと丈夫そうなテーブルといす、
それと手入れのしっかりされた火の出ないランプが置かれ、
ランプの柔らかい光で照らしだされるエッゾ風の調度品で
飾られたテントの中は異国情緒を感じさせる。
移民する際に使われ、小屋が揃って盛大に余ったテントを利用して作った宿屋は、
アキバでも相応に有名となり、物見高い冒険者が時々訪れるほどだった。
「ふあああ…明日、どうする?」
「そうだなあ、あ、そうだ、食事係の人から聞いたあそこ行きたいかな?」
「あそこ?」
「うん、あの子、昼は肉団子の材料取ってくる仕事してる狩人らしいんだけど、
アキバで買った新しい弓がかなりいいものなんだってさ。
それ売ってる武器屋を聞いたんだ…」
「へぇ…いいかもねぇ…」
「だねぇ…ふわあ…」
生返事をしつつ、夢心地。
2人はランプに覆いをかけると布団に潜り込む。
それからいくばくもしないうちに寝息を立て始める。
明日は、アキバだ。
そう、思いながら。
4
アキバの街は、今日もにぎやかだった。
街を行きかう、たくさんの人々と荷馬車。
それらが冒険者と大地人がまるで区別なく交わりあっている。
廃墟は既に原形を辛うじて残す建物へと変貌しており、
その建物から溢れて道端まで無数の掘っ立て商店や露店が立ち並ぶ。
外縁は現在も拡大を続け、ひっきりなしにやってくる移民が、住人を増やし続ける。
この街で手に入らないものは無いと言われ、溢れる金が凄まじいまでの豊かさを産む。
日々新たなものが“発明”され、3日離れればもう今までとは別の街に変わっている。
そして、王族、貴族、騎士、商人、傭兵、平民、移民、放浪の民…
果てはとうの冒険者までが平等だと言われ、どんなに酷い生まれでも生きていける。
このヤマトで、いや、もしかしたらこの世界で最も活気のある街。
それが、独立都市にしてイースタル自由都市同盟と肩を並べるヤマト最小の独立国家。
15,000人に及ぶ冒険者が自力で打ち立てた自由と平和を手に入れた奇跡の街にして国、
冒険者の聖地アキバであった。
「すっげ~…こりゃ確かに面白いって言われるわ」
おのぼりさん丸出しでキョロキョロと辺りを見回すアヤメ。
目に映るのは見たことも無いものだらけ。
…むしろ見たことがあるものの方が少ないと言ってもいいくらいだ。
「って言うか人ってこんなにいたんだなあ、マイハマより下手したら多いよ、これ」
行きかう人々は全ての善の種族が揃っている。
それもあらゆるヤマトの民の特徴を揃えた、ヤマト人の見本市と言ってもいい。
それどころか、明らかにヤマトの生まれですらない人々まで、ちらほら見える。
「んで、どうすんの?」
辺りを一通り見渡した後、アヤメが尋ねる。
それにサイトは頷き、言う。
「ああ、昨日言ったところ行こうかなって思う」
「昨日?なんか言ってたっけ?」
「あれ?言わなかったっけ?武器屋行くって」
昨日はお腹いっぱいで寝ぼけて話していたので、2人ともうろ覚えだった。
「武器屋か…確かにあたしのダガーも刃こぼれ酷いんだよね。
この前斬ったモンスターがやたら硬かったせいで。で、どこ?」
「ああうん…確か、生産ギルド街にある『双頭犬』だって」
まずはその生産ギルド街がどこにあるのか、からなのだが。
5
生産ギルド街。
冒険者や大地人が経営する無数の商店が所狭しと並ぶこの一角にそれはあった。
「うん?ここ?」
あちこちを冷やかしながら、3時間かけてたどり着いたそこに、アヤメは首をかしげた。
目の前には一軒の店があった。
看板には双頭犬の文字と、首が2本生えた犬の絵。
それ自体はおかしくは無い。
武器屋の名前に強いモンスターの名を使うのは普通のことだ。
だが、店の名前の前についている言葉が、不思議だったのだ。
「…魔物武器専門店?」
通常の武器屋とどう違うのか?サイトも首を傾げる。
中には双子らしい若い狼牙族の少女たちが店番をしていた。
「…いらっしゃいまし~。どうぞ見て行ってくださいな」
ちらりと外を見て立ち上がった、髪の長い方(もう1人はかなり短い)が
店の前で立ち止まる、武装したサイトたちを客と見たのだろう。
満面の笑顔で声を掛ける。
「…どうぞ。外からではなく、店の中で、見て行ってください。
当店の魔物武器は、並の武器よりはるかに良いものですよ」
こちらは無表情に、髪の短い方。
無愛想だが、自信があるのか、はっきりと言い切っていた。
「うん、まあ」
「いこっか」
そして2人は扉を越えて店の中に入った。
「へぇ…なんか、変わった店だね」
店の中を見渡して、店中に置かれた武具を眺める。
「うん…」
違いはすぐに分かった。
鉄や木などごく普通の素材で作った武器がほとんど無い。
あるのは…
「この辺全部、骨とか牙とか、角で出来てる…あれ?これってモンスターの?」
「あ、でもこっちの剣は鉄が使われて…え?これって…〈鉄喰蜻蛉〉の羽…?」
2人は気づいた。それが、ある意味では見慣れたもので作られていることに。
「あら。お二人とも見ただけで分かりますのね。本職の魔物狩りの方ですか?」
2人してそんなことを話していると、店員が親しげに話しかけてくる。
「お二人とも、その通りです。この店の武具は、全てモンスターを素材としています」
もう1人の方も、肯定の意を表して頷いた。
「モンスターを!?うっわ、そんなんあるの?」
本職の魔物狩りにとっても予想外の話だった。
魔物を武器に加工すると言う話は。
だが、双子は揃って頷いて、言う。
「はい。冒険者の間ではかなり普及している、一般的なものだそうです。
もっとも冒険者の方々は“製作級”と呼んでいますが」
「それだと私たち大地人には分かりにくいでしょう?
魔物から作る武器だから、魔物武器。
そう、私たちは呼んでおりますわ」
双子もザントリーフで武器の行商をやっていた父を失い、
冒険者に助けられた折、冒険者がたまに修理のために持ち込む
異形の武器の正体を聞いたときは随分と驚いた。
そして、その話に手ごたえを感じ、商売の基本を習っていた姉と、
補修のために武器作りの技を習っていた妹の双子の姉妹は父の残した遺産を元手に、
アキバで主に大地人でも扱えるような比較的低レベルの魔物武器を扱う商売を始めた。
より良い性能の装備。ただし自分達が扱える範囲で。
それを求める気持ちは大地人とて同じである。
いやむしろ、装備の善し悪しが文字通り生死を分けることもある
傭兵などにとっては、冒険者よりその気持ちは強いかも知れない。
一般に冒険者用の武具の大半は余りに高い技量と金額を要求されるため、
大地人が実用品として購入することはほとんど無い。
(以前、美術品として購入した交易商人はいたらしいが)
だが、需要が無いわけではない。
それを証明するかのように、冒険者の基準では低レベルな魔物武器を揃えた店、
双頭犬は女2人がアキバで暮らしていける程度の利益を軽々と上げていた。
「へぇ~、それで魔物武器。そんなんあるんだ。知らなかった」
ドラゴンの鱗を使った剣だの鎧だのは吟遊詩人の歌の定番だが、
それが普通に売ってるとは夢にも思わなかったアヤメが、感心して声を上げる。
「あ、でも父さんが言ってた気がする。
蟻の殻を使った鎧が街の自警団に支給されてる街があるって」
「あー、言ってたなあ。革鎧の重さで鉄鎧並に硬いとかどうとか。
てっきりホラだと思ってたんだけど」
「それは恐らく〈鉄甲蟻〉の殻を使った〈アントメイル〉ですね。
うちでは取り扱っていませんが、〈鉄甲蟻〉は
Lv10程度のモンスターらしいので、その辺りに巣があれば群れから
はぐれたものを狩ってある程度安定供給も可能かと」
どこまでがホラでどこまでが本当かは全然分からない思い出話。
その一つが本当だと分かる。それもまた、旅の醍醐味だった。
「へぇ。そうだったのか…じゃあここは」
改めて見渡す。魔物から作った武器の宝庫を。
「ええ。私が〈武器職人〉なので姉さんが素材を仕入れて来て作ったり、
冒険者から魔物武器を直接仕入れて売ったりしています」
「マジで?そんなん成り立つの?」
「ええ。このアキバでなら。冒険者が毎日のように様々なモンスターを狩り、
素材を持ち帰ってきますし、武器自体は素材とレシピがあれば簡単に作れますから。
ちなみに私が知ってるレシピは、〈海洋機構〉で習いました。冒険者に混じって」
「たとえレシピを知っていても私たち大地人だと、まず素材を手に入れる段階で
躓きますから、大地人の間では広まっておりませんが、冒険者様の間では
昔から良く使われているそうですわ」
ごく弱い、野生動物のようなモンスターならば、
大地人でも狩る、と言う行為をすることもある。
だが、Lv10を越えるようなモンスターは、
基本的に命を賭けて“退治する”ものであり“狩る”と言う行為はしない。
自警団や傭兵ならばLv30までならば集団で挑めば倒せなくも無いだろう。
本職の騎士や魔物狩りならば錬度によっては少人数でLv30以上のモンスターも倒せる。
だが、彼らの手に負えぬようなモンスターなど、このヤマトには腐るほどいる。
そういうものを倒すどころか素材目当てで“狩れる”のは、もはや冒険者のみであろう。
冒険者の聖地アキバだからこそ成り立つ商売。それが魔物武器の店だった。
「じゃあ見せてもらおっかな。短剣が欲しいんだけど、試し切りはあり?」
「ええ、そちらの木の人型に切りつけていただいて結構です」
「じゃあ、さっそく」
そう言うと短剣を1本1本手に取り、重さなどを調べ、
店に置かれた試し切り用の的に斬りつけて見る。
(見ただけで性能を知るという技術は、一介の戦士には存在しない。
性能とは実際に使ってみて見極めるものだ)
「じゃあ、僕も。僕は格闘武器が欲しいんだけど…」
「ああ、それでしたらこちらに」
そう言って指差した一角には、爪や篭手、脚当てなどの格闘武器が置かれている。
サイトもそれを一つ一つつけてみては、実際に演舞を行って見て、性能を確かめる。
(う~ん…これは中々)
元々格闘家は武器は己の拳と脚なので、装備はさほど重視しないが、
それでも確かに付け心地が段違いで、更に幾つかは魔力らしきものまで感じさせる。
幾つか目星をつけようとしていた、そのときだった。
「サイト!すっごいよこのダガー!切れ味すっげえ良いのに、滅茶苦茶軽い!
っていうかこれ、何でできてんだろ?」
本当に良いものを見つけたらしいアヤメが、興奮してサイトに言う。
「あらお目が高い。そちらはあの恐ろしいメガロドンの牙から出来ておりますの。
この双頭犬の中でも、屈指の業物。お買い得ですわよ」
店にある中では最高級かつ、冒険者にも売れる人気商品である高性能武器であることに、
アヤメの見る目に関心しながら、店員がお勧めのトークを行う。
「へぇ~…なるほどね。で、メガロドンって、なに?」
かなり大きい、何かの牙で作られていることは分かるが、
それがどんなものなのかは、良く分からなかったので、素直に尋ねる。
ごく、何気なく。
「…それは」
「それは?」
「……それ…は」
そして、辺りに沈黙が舞い降りる。
店員が、笑顔で固まっていた…脂汗を流しながら。
「…どうかしましたか?姉さん」
「ああ、キョウ!大変ですわ!?私、良く考えましたら“メガロドン”が
何かも知らずに売れ筋と言うだけでダガーを売っておりましたの!
武器屋であるのにその武器の謂れも知らぬなど、所詮小娘のおままごとと、
軽蔑されてしまいますわ!そうしたらこの店ももう終わりですわ!?」
妹の言葉に反応して再起動した姉が一気にまくし立てる。
ややネガティブ思考なところがあるのか、変な方向に話が飛ぶ。
「大丈夫ですよ姉さん。私が把握していますから」
姉を落ち着かせると、こほんと息を吐いて、説明を始める。
「失礼しました。お客様。
〈船喰鮫〉(メガロドン)とはウェストランデにあるハツシマ島の海に生息する、
鮫のモンスターです。
私も本物を見たことはありませんが、とても巨大で船をも食べるとか。
そしてその牙は軽くて丈夫、かつ鉄よりも硬いことで知られており、
船喰鮫の牙で作ったダガー〈シャーク・ファング〉は上質な鋼のダガーに
軽さと切れ味の両方で勝ります。
このアキバでは〈船喰鮫〉の牙が時々ですがそれなりの数出回るので、
お手頃な値段となっているので、かなりお買い得かと」
「そ、そうですわ!それが言いたかったんですの!」
「…ふ~ん。ま、いっか。これ頂戴」
(あ、これ、やばいな~)
サイトはアヤメを見て思った。いつもの、いじめっ子の目をしている。
「はい。金貨1000枚になります。よろしいですか?」
それに気づかず、姉の方がとりあえずの価格を口にする。
普通はここから丁々発止の交渉が始まるのが普通だ。しかし。
「うん、いいよいいよ。これ2本で1000枚ならかなりお買い得だし」
アヤメはいきなり爆弾発言をかました。
「…はい?」
笑顔のまま硬直する店員に、アヤメは更に言葉をつないだ。
からかい半分で。
「あれ?違うの?おっかしいなー。すぐそこの店で、アキバでは1本買ったら
もう1本タダって聞いたんだけど?ほら、私って盗剣士だからさー、
同じ武器は2本欲しいんだよね。バランス悪くなるから」
案の定テンパッた店員が隣の妹の胸倉を掴んでガクガクと振り出した。
「キョ、キョウ!?どうしましょう!?うちではやっていないサービスですが、
確かに冒険者のやっているヤマモトヒロシではその様なサービスがありますわ!
ここでうちではやっていませんなんて言ってはサービスが悪い店と
悪い噂がたってしまいます!
しかしそんなサービスをやっては双頭犬は金貨200枚の大・赤・字!
仕入れ値以下で売っていてはあっという間に資金が底をつきますわ!
そうなれば力無き狼牙族の小娘などこの体を売るくらいしか道が無く、
私達は殿方の劣情に晒され、その肉壷を…」
「…姉さん、一体どこからそんな言葉仕入れてくるんですか?
大丈夫です。すぐそこのヤマモトヒロシは安価な回復薬を扱う薬屋です。
消耗品と武器で同じサービスをしなくても文句を言われることはありえません。
というか、さらっと仕入れ値をばらさないでください。そちらの方が問題ですよ」
相変わらず残念な姉を止めるべく、妹の方は勤めて冷静な態度で姉を諭した。
「そ、そうですわね…流石に2本で1000枚は安すぎますわよね」
「…お客様。そういうわけですので、2本ならば倍の金貨2000枚となります」
何とか冷静さを姉が取り戻したところで、妹の方が、交渉を始めた。
「う~ん。2000はちょっとなあ…1200で手をうたない?」
「お客様。ご冗談ですよね?儲け0ではお譲り出来ませんよ…1800ならば」
「けどさー、これ中々買う人いないでしょ?
使いこなすのに技量がLv30はいりそうだし…1300でどうよ?」
「そんなことはありません。確かに大地人の方が買おうとするのは珍しいですが、
うちは冒険者のお客様もいます。冒険者ならばLv30なんて本当にひよっこですよ。
彼らと私達では基準が違うんです…1700でどうです?」
「そっかー。けど、だったら逆に冒険者ならもっと凄い武器を使うんじゃないの?
腕が違うなら当然求める武器の基準も違うでしょ?…1400じゃあ?」
「…確かに、これの上位互換である万年牙製のダガーは必要な技量が
Lv70にもなるそうですが、普通に売れたと聞きますね…1600は欲しいですね」
「へぇ~。それはすごい。値段もすごいんじゃない?…1450!」
「ええ。アキバでも秋口に何本か出回った後はさっぱりだそうですからね。
聞くところによると、値段も金貨で最低でも1万枚以上すると…
ここは1550でいかがでしょう?」
「そりゃ凄い。やっぱり冒険者って規格外だね~…間とって1500!」
「…分かりました。その値段でお譲りします」
交渉成立。途中世間話になってた気もするが
とにかく丁度引き分けと言っても良い価格で折り合いがついた。
「…あ、終わった?」
「おう。1500でいいってさ」
暇そうにしていたサイトの問いかけに、アヤメが頷く。
「へぇ、まあまあじゃない?」
元の価格と、アヤメが気に入ったことを考えれば、妥当だろう。
そう考えながら頷いた、そのあとだった。
「だろ?だからさ、金貸してくれ」
さらっと、金を無心された。
「え?」
「え?じゃなくて。いや~、今財布に1100枚分しか入ってなくてさあ…」
「お前なあ、人の財布当てにして値段交渉始めるなよ…」
ため息をつきながら、財布を取り出し、聞く。
割といつものことである。
「いくら?」
「100枚金貨で10枚分」
「分かった…ってそれ僕の全財産じゃん!?
っていうか普段儲け折半してるんだから僕の財布の中身も大体は知ってるだろ!?」
ちなみに少し少ないのはアヤメに踏み倒された分である。昨日の宿代とか。
「え~、ダメ?」
「ダメ」
「けち~」
「けちじゃないって」
「出してくれたらハグしてやるから」
「だからダメだって。僕も篭手を新調したいし、冬用の外套も買う予定なんだから」
流石に全額渡したら今日から野宿である。
…ついでに自分の分の財布の中身はちゃっかり残そうとする辺り、抜け目ない。
「ったくしけてんなあ。じゃあ700枚分でいいよ」
「それでも多いんだけど…分かったよ、こりゃ篭手は諦めないといけないかなあ」
ため息をつきながら、100枚金貨5枚と10枚金貨を20枚ほどカウンターに置く。
「…ほい。これ」
続いてアヤメが残りを置く。
100枚金貨を7枚。10枚金貨を8枚。1枚金貨を20枚。
「…はい。確かに金貨1500枚分、お預かりしますわ」
流石に商売人なのか、姉のほうがすぐさま金貨を数え終え、
代金をカウンターにしまうと、ダガーを2本、カウンターに並べる。
「こちらになりますわ。ありがとうございました。
今後とも是非とも双頭犬をお引き立てくださいませ。
次回までにはそちらの殿方にぴったりな、よい篭手を仕入れておきますので」
「…あ、そういうのもやってくれるんだ」
「ええ、今後ともご贔屓に願いますわ」
何気に商売上手だなと思いながら、2人は店を後にした。
6
夕刻。
アキバ中を回りすっかり堪能した2人は宿を取り、くつろいでいた。
「いやー、やっぱ凄いわこの街。面白いものが、多すぎる」
「うん。冬の間、楽しく過ごせそう。それに…」
貰ってきた紙を幾つか見る。
「…依頼も豊富だしね」
そこには、Lv30までの依頼の数々が記されていた。
本来冒険者とは、世界最強のトラブルシューターでもある。
下はちょっとした護衛から、上は世界の危機まで。
冒険者はあらゆる危険な仕事をこなす。
それ故にこの街には様々な依頼が持ち込まれる。
そして大災害以降、新たな冒険者が誕生しなくなってから、
冒険者の平均Lvはあがり続けている。
故に、冒険者のLvに見合わぬ難易度の低い仕事は、
彼らのような大地人が受ける機会が増え、
アキバは密かに傭兵や魔物狩りの集う街ともなっていた。
「あ?これとかよくね?Lv25以上のラグランダに挑むメンバー若干名募集、だって。
チョウシまでは蒸気船が使えるってなってるし、丁度あたしらに向けた感じじゃん?」
そのうちの1つを指差して、アヤメが言う。
「でもこれ、冒険者向けってなってるよ?」
「大丈夫大丈夫。死ななきゃ一緒だし」
「ま、それもそっか。じゃあ、冬支度したら応募してみようか」
それをこなしたら、あるいはその前に小さい依頼をこなして金を稼ぎ、
また、双頭犬で新しい装備を見繕ってみるのもいいかも知れない。
彼女達に聞けば、魔物から作った防具を売ってる店も教えてもらえるかも。
どうやら今年の冬は、色々と忙しくなりそうだった。
魔物狩り…別名、偽冒険者。
偽物ゆえに、その本能は冒険者に、似る。
なお、魔物狩りの設定は、原作にはありません。
…まあ、多分いるんじゃないかな、と。
また、エッゾ狼牙族は、アイヌ民族っぽい格好が
伝統装束としています。
アイヌとバイキング(ヴィンラント・サガ仕様)と
薩摩隼人(ドリフターズ仕様)が混じった戦闘民族。
そんなイメージです。
そして、ヤマトの国の大地人におけるLv基準はこんな感じ。
Lv10未満 :一般人。町で暮らす普通の人々
Lv10~19 :訓練を受けた兵士や開拓民の自警団。ある程度自衛可能
Lv20~29 :本職の傭兵や騎士見習い。戦うことが本業の人々
Lv30~39 :本職の騎士や一流の傭兵。はっきりと強いとされる人々
ちなみにエッゾ狼牙の平均値もここ。
Lv40~49 :熟練の騎士や超一流の傭兵。努力の限界。
Lv50~60 :真に才能ある人のみ到達できる領域。
精鋭中の精鋭。若手なら天才と呼ばれる。
Lv61~ :大地人の限界を突破している人々。
~~~~~~~~~根本的な壁(約30レベル)~~~~~~~~~
Lv90~ :冒険者の半数以上がここだという。酷い話だ。
Lv100 :古来種専用。
ただし何年かしたら冒険者も到達するかも。