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BASEMENT TIPS
作:奇之助


平日。
木曜の夜。
客の入りは7割強。
まあ、企画でもイベントでもないただのブッキングライブにしては、上々の入りだろう。
と、感じて、自分で自分のその感覚に、ちょっと待てと思い直す。
こういう感じ方ってのは、かなり危険じゃないのか?
志が低いというか、現状に満足するというか。そもそも今の現状って、本気でプロのミュージシャンになろうって輩からすると、どうなのよ?6メートル四方のハコに7割の客入りで悦に入ってるようじゃ、フリーターのまま腐れてくだけだっての。
「今日のところは、コレだけ入れば上等かな。」
ベースのナオが、そんな俺の弱気を後押しするようなことをほざくので、思い切り頭を叩いた。
「ってぇな、サダ。なんだよ急に。」
少し卑屈な声色でいじけるこの男に、更に怒りが湧き上がる。でもこれ以上苛めると、この男はすぐにテンション落としてライブでとちるので、何も返さずシカトした。
今年で25。
メジャーでもそろそろ、俺らよりも年下の連中がちらほらと目につきだした。
対バンの連中も、然り。
焦る訳さ。
なんていうか、やっぱり20代のうちに何とかしないと、このライブハウスのブッキングマネージャーみたいなヒガミオヤジに、俺もなりかねない。実際、年下の対バンを打ち上げで説教するようなシチュエーションも増え出してるし。ヤバイのよ、そろそろマジで。
「とりあえずここまではめぼしいの、いないな。」
ギターのユウジが、今日、このブッキングに参加した俺らの目的を思い出させてくれる。
そう。このところ自分らで仕切ったり誘われたりで、週末のイベントばかりに参加してた俺らが、平日のブッキングライブに名を連ねたのには、ちょっとした狙いがあった。

ライブハウスでプレイするアマチュアミュージシャンてのは今、危機的な状態にある。と、俺らは最近思うようになった。
その原因の最たるものが、パソコンの家電化だ。
一昔前まで、俺らみたいなアマチュアが自分らの曲をばら撒く手段は、カセットテープだった。カセットテープに手書きのジャケット。どう比べたって、ショップで売られてるようなメジャーの連中の作品とは天と地ほどの差があった。そもそもCDとカセットテープってメディアの差ってだけで、聴き手の食いつき加減が違う。
が、今はどうだ。
パソコンさえあれば誰だって簡単に、オリジナルのCDのプレスができる。デフレのおかげでプロもどきのエディティング機材を手に入れることも出来るし、ハードウェアを買わなくたって、パソコン上のソフトでいくらでも曲の編集が、楽にできる。最新のプリンタで、ショップで売られてる商品に引けをとらないジャケットを作ることも可能だ。
つまり、セルフプロデュースがとてつもなく安易になったってこと。世の中を席巻したIT化ってやつが、アマチュア音楽界にも及んで、ただカッコだけなら、誰でもプロミュージシャンモドキになれるようになったってワケ。
俺らより少し歳くったバンド仲間は、このアマチュア音楽界のIT化を、諸手を上げて無防備に喜んだ。俺らは俺らで、この世界に足を踏み入れた時点で、このテクノロジーが当たり前になってたから、慣習にならって当然のように自分らの自作CDをプレスしまくった。
んで、それだけでそれなりに、人気が出たわけさ。CDも売れたし。アマチュアレベルでは、ね。
「なんか違う気がする。」
と、言い出したのはユウジだった。少なくとも地元では、ぎりぎり赤を出さない程度に客を掴んできた頃だ。ま、客といっても、バンド仲間やらバイト先の友達やらってコネの世界だけど。でも、そんな身内でも、毎回ライブに呼べるってのは、俺らの才能が一役買ってるんだって、自信も持てるようになってた、そんな時だ。
「勘違いしてると思うのよ、俺ら。いっぱしの機材そろえて、シーケンスで編集して、CD焼いて、プロっぽい業界用語やら理論やら連呼してよ、そのわりに活動がルーチンになってきてるってゆーか、惰性でやってるとゆーか。結局パソコンだのなんだので飾った仮面で表面ばっかりカッコつけてよ、勘違いして中身スカスカになってきてねえか?」
ユウジの言ってる事は、判る。判ってた。でも、それを口に出すのが、実は俺は怖かった。
ITを駆使してプロモドキのアルバム作って、それがそれなりに売れる。
気持ちよかったんよ。
もう、本物のプロにでもなったようなシチュエーションが。
でも「本気でホンモノのプロになります!」モードに入ると、いろんなことを思い知らされそうな予感もあって、現状維持って甘露にひたってたかったってのが、本心。それじゃ駄目だと、ユウジの言うように思ってたのも、さらにその奥にあった、本心。手前の本心のがイージーに思えたから、そこに寄りかかってた。それを、ユウジが違うと戒めた瞬間だった。
で、カッコばかりじゃなくて、それなりに意義のある事を形にしようって出した結論が、コンピレーションアルバム、つまり、複数バンドの共同アルバムの製作。しかもいままで企画に呼んだり呼ばれたりしてた対バン連中じゃなくて、自分らとは少し畑の違う連中を集めた、いわゆるジャンルフリーのアルバルを作るって計画だ。
やっぱり音楽やるからにはメジャーいきたいわけ。で、メジャーに行くにはそれなりに万人に受け入れられるモノをつくらなくちゃならない。いわゆるエモ系と呼ばれる俺らのジャンル以外、例えばパンク、コア、ミクスチャ、ファンクロックだけじゃなく、古臭いメタル、グランジ、ドゥームなんかを聴く連中にも、コレは?と思わせるモノを作らなくちゃいけないと。で、ただ作るだけじゃなく聴かせなきゃなんないから、ジャンルフリーのアルバム作っていろんなヤツらに聴かす、というもくろみ。
そのラインナップを見出すため、世話になってるライブハウスのヒゲオヤジに、いつもと違う畑の連中とブッキングを組んでもらった。
それが、今夜。

3つのバンドが終ってここまで、収穫なし。
どいつもこいつも、「オレ、カッコイイ」系の自己陶酔バンドばっかだ。2バンド目なんか、かったるい演奏で客をドン引きさせといて、「お前ら、盛り上がれよ!」とか「聴く気ねえなら帰れ!」とか逆切れする始末。
イヤ、オマエラガモリアゲロヨ・・・。
ま、本番前のリハの時点で、どれもたいしたことなさそうなのは判ってたんだけどね。
どうにも、今日のブッキングを仕切ったヒゲオヤジが、俺らの目的を知ってて嫌がらせをしてるとしか思えないラインナップだった。
で、4バンド目。
「そういや、メシ食い行ってて、このバンドのリハ、見てないね。」
ドラムのタカアキが呟く。言われてみればそうだ。でも、こいつらのカッコを見ると、僅かな期待も薄れてく。
時代錯誤のパンタロンに、足元は裸足。4人全員がストンとストレートに落ちたロン毛。何とか言うホラー映画に出てきたバケモノ女のようなルックス。
トドメはイロモノ系ですか・・・。
「しょうがねえよ。良いバンドなんてそうそういやしないんだからよ。また懲りずにブッキング組んでもらうか。」
もう、今日のところは諦めました的発言が、溜め息と一緒にユウジの口から漏れた。俺ら全員の気持ちを代弁した台詞だった。
が、しかし。
やられた。
一発目のリフでいきなり俺らは、「持ってかれた」。
真新しくはない。ちょっと遅めで重めの、ドゥームをかじったようなスタイル。どことなく、「和」の匂いもする。それが、妙にはまっていた。
タカアキが足先でリズムを取る。ナオが口を半開きにしてアホ面をさらけ出す。
「すげえ・・・」
呟くように言ったユウジの声は爆音にかき消される。
今日のブッキング、アタリが一発だけ入ってた。

「イヤっス。カッコ悪いし。」
ぼそぼそと、うつむき加減に漏らしたそいつのその言葉に、俺はカチンときた。
打ち上げには出ないって言うから、ライブ後、楽屋で機材を運び出そうとしてた4番目のバンドのギターボーカルに声をかけた。コンピの話を切り出して、返ってきたのがこの台詞。
「カッコ悪いってのは、俺らがってことか?」
怒気を思いっきりこめて、俺は凄む。横に立ったタカアキと身を乗り出す。
「他に誰が?」
何様だ、コイツ。耳の裏が熱くなる。
飛び掛りかけた俺とタカアキを制したのは、ユウジだった。
「これでも俺ら結構客ついててさ、コンピ出せばそれなりに捌けると思うわけ。君らの曲、いろんな連中に聴かせるチャンスになるし、悪い話じゃないと思うんだよ。」
冷静を装って、ユウジが言う。でも俺には判る。こいつもドタマにきてる。その証拠に、声が少し上ずってて、少し早口だ。
正直、好かない連中だった。が、このコンピ計画には、こいつらみたいなメンツが絶対に要る。悔しいけど、それは間違いない。ユウジも判ってて、感情を抑えてる。
男は、ユウジの提案に首を傾げる。その仕草が、更に俺を苛立たせる。
「あの、なんか勘違いしてると思うんスよ。」
少し顔を上げて、気味の悪い上目遣いで男が俺らを見る。
「俺ら、あんた達みたいに世間に媚びる気はさらさら無いんス。姿勢がね、もうそうでしょう?あんたらの向いてる方向が、世間様だ。俺らは違うんス。自分らの内側を見て、曲作ってます。内向的とゆーか、根暗とゆーか、自分らが納得できればそれでいいっていう、わがままでオナニーチックな音が、俺らは好きなんス。自分大好きな人間なんス。それで、俺らが客に向くんじゃなくて、客が俺らを振り向くってのが理想なんス。」
「そんな甘かねえだろ。」
と、返したのは俺。
「客受けのいい曲ってのをそれなりに作れてナンボだろ?プロ目指すならよ。そりゃ俺らだって自分らの好き勝手やりてえよ。けど、そんなんじゃいつになってもアマチュアのまんまじゃねえか。自己満足だけでやってけるほど甘くねえだろうが。」
横で、ユウジが頷くのが気配で判る。
そうだ、そんな甘いもんじゃない。だから時々、曲から自分らの主張をさっぴく事がある。納得できなくても、少しくらい違和感があっても、この方がウケがいい、この方がノれる、みたいなな感じで。でもそれが、プロフェッショナルだろう?
「そこがカッコ悪いんス。」
男も、引かない。
「極端な話、あんたら客を札束だと思ってるでしょう?客が着く、アルバムが売れる、ライブがソールドアウトになる、結果、メシが食える。俺らはそういうの、嘘だと思うんス。プロとかアマとかいう価値観で音楽をやるのは、嘘だと思うんス。だからカッコ悪くみえるんス。」
「キレイ事だろう?それは。」ユウジが言う。
「キレイ事ス。紛れも無く。」すかさず男が返す。
「キレイ事でもなんでもいいんス。自分らがカッコ悪いと思った事はやらない。自分らのカッコイイと思うことだけを、やってく。これ、勇気だと思うんス。覚悟だと思うんス。あんたらと俺らと、どっちが正しいとか、間違ってるとかじゃなくて、この方向なら、俺らは納得いく。だから、この方向でやってく。それだけス。」
平行線だな、と、ユウジが呟いた。ですね、と男も呟く。
機材を担ぎ上げると、男は軽く頭を下げる。そして楽屋を出て行こうとドアの前に立ったところで、立ち止まった。
「カッコ悪いと言ったのは、あんたらの姿勢です。あんたらの音の根っこにあるモンは、嫌いじゃないス。むしろ、好きス。」
背を向けたままそれだけ言って、男は出て行った。
俺らは4人とも、暫く黙って男の出て行ったドアを見つめていた。
背骨がムズムズした。
どん底に叩き落しておいて、最後に持ち上げやがった、あの男。究極のマッチポンプじゃねぇか。でも、悪い気はしない。むしろ、あんな音を出す奴らにそう言われると、少し悔しいけど、救われた気分にもなった。
「ま、それなりに収穫はあったんじゃねえか。」
背後で突然声がした。振り向くと、ステージと楽屋を仕切る暗幕から、ライブハウスのヒゲオヤジが顔を覗かせていた。
また説教スか、と俺が言った。見たいなモン、とオヤジが返した。
「結局さ、あいつらのあの姿勢が、ロックなんだよな。」
「ふるくさっ。なんスかそのサムい台詞。」
言って、ナオがおどける。
「そこなんだよ、俺が言いたいのは。」
オヤジが、そんなナオを指差した。
「金になるとわかって、メディアが調子にのって安っぽく連呼し続けたから、ロックって言葉が死んだ。言葉と一緒にその本当の意味も、埋もれた。セールスにばかり気をとられた、ポップとロックの境界が曖昧なシロモノばかりが、代わりにロックと呼ばれるようになった。だから、ホンモノが好きな連中ほど、その言葉を口にするのが恥ずかしくなった。いや、ロックを定義することは出来ないよ。でも、ホンモノかニセモノかを感じる事はできるだろ。お前らはニセモノじゃないが、ホンモノでもない。じゃあ、あいつらの音がホンモノかといえば、それもまた微妙なトコだ。要は姿勢なんだよ。あいつらは自分らの向く方向が、常にホンモノであることを意識してる。作る音よりもまず、その姿勢が、大事なんじゃないかな。」
説教じみたことを言うだけ言って、オヤジは幕の向こうに消えた。
でもいつもみたいに、ハイハイわかったわかった、という心境には、なれなかった。
じゃあ、どうすりゃいいんだよ、俺らは。
答えなんて、でない。きっと、この先も。
出ないでいいと、思った。
この先ずっと、この答えの出ない、靄みたいな疑問を背負って生きてくのもわるくない、そう思った。
疑問を背負って作る俺らのこれからの曲なりパフォーマンスなりはきっと、今までに無かった何かを抱えてはじけられると、思った。
あの男のおかげと思うと悔しいが、その悔しさも奥歯で噛み潰すと、なんだかいい感じの苦味が口に広がる気がした。














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