友人が車をくれた。
次の車を買うから、古くて寿命がいつ終わるかわからん車でも良ければ、とのことだった。
前々から妻より車が欲しい車が欲しいと言われていたこともあり、新車を買うまでの繋ぎとして喜んでいただいた。
レンタカー暮らしから一転、中古とはいえマイカーを得た。そのことを離すと妻子もすごく喜んでいた。
私としても、一々レンカターを借りにいく手間が省けるのはうれしいことだった。
それから早速、私たち一家はドライブに出かけた。中古で貰い物とはいえ、マイカーというのは晴れがましいものだ。
妻もどこか子どもみたいにはしゃいでいるし、子は子でいつも以上に車の中で暴れている。
借り物だったから今まで我慢してくた鬱憤を存分に晴らして遊んでいるらしい。
いくら自分のものだからって、わざわざ壊すような真似をしたら駄目だぞ、と私は子を落ち着かせつつ、目的地へと急いだ。
ドライブ先は、とある自然公園だった。よく休みになるとこうして陽を浴びに家族でやってきている。
いつもより上機嫌だったうちの家族は、珍しく全員で身体を動かすようなことで、時間を費やした。
キャッチボールをしたり、駆けっこをしたり、鬼ごっこをしたり、いろいろと童心に帰るような遊びばかりをやった。
一番喜んでいたのは、子どもより私達、親の方かもしれなかった。
本当にこんなに楽しい日も久しぶりに思う。きっとこれもマイカーのおかげだ。日頃疲れているというのに身体を動かしても「良い汗」にしか感じない。
しかし、年には勝てず、私はいよいよフラフラしてきてしまった。快楽で押さえ込んでいた疲労を抑えきれなくなっていたらしい。
私は、妻子に「木陰で休む」と言って遊戯から離れた。妻も疲れているようだったが、若さ溢れる我が子の笑顔と催促に、もう一分張りしているようだった。
妻に軽く詫びを入れつつも、木陰に寝転がって私は緑に色づく木の葉を眺めた。
そして、気づけば私の意識も、緑の中に吸い込まれたのか、いつの間にか遠のいていた。
目が覚めると、妻と子どもが手を繋ぎながら、僕の前に立っていた。
私はもう夕方だと言われ、パッと飛び起きてみると、とっくに陽が暮れていた。
一体何時間寝ていたんだろうと、私は頭をかきながら家族にちゃんと詫びてから、他の家族に混ざって、愛しのマイカーへと戻っていった。
マイカーに戻ってみると猫が一匹、屋根の上でぐっすりと眠っていた。
雑種の三毛猫だった。きっと日向ぼっこしているうちに眠くなったんだろう。
これがもし新車だったら、今頃怒鳴り散らしているところだったけど、所詮は中古だ、僕は寛容な対応で、自然に猫を追い立てた。
帰り道、妻は久しぶりに子どもと遊び続けていた疲れから、寝息を立てて熟睡していたが、子どもはまだ元気だった。
私にもこれぐらいの若さが欲しい。そんなことを思ったけれど、今は今で充実しているものだってある。
帰路は行きとさほど変わらず混んでいなかったので、スムーズな調子で走ることが出来た。
子どもも、渋滞に苦しまされるより、疾走する車の窓を見ていたほうが楽しいのは当たり前で、終始騒いでいた。
あまりにも、車の中で飛び跳ねるので、私は叱ってやろうと思って、バックミラー越しに子どもを睨んだ。
しかし、それより先に、子どもはバックミラー越しに私を見ていた。いや、私を見ていたのではない。
子どもは違うところを見ていた。何かに強く惹きつけられたかのように、じっと見つめていたのだ。
一体何を見つめているのか気になって、私は少しミラーの角度を調節した。
猫がいた。車の後ろに猫が座っていた。
私は驚いて目をパチクリさせた。よく見ればその猫は、さっきの猫であった。
追い立てたはずの猫が、いつの間に乗り込んでいたのだろうか?
このまま走り続けていては、いずれ猫が落ちて車に轢かれてしまうかもしれない。私はすぐにパーキングエリアを探した。
子どもは、なおもバックミラーを眺め続けていた。猫のことを心配してるのだろう。私も出来る限り振り落とさないような運転をしなくては、とバックミラーを見た。
猫が増えていた。今度は一匹目のような三毛ではなく、黒猫だった。
私は目を疑った、先ほどまでたった一匹だった猫が、増えるなんてことがあるのだろうか?
それともさっき目落としていただけなのか、或いは目の錯覚か。
私は目をゴシゴシ擦ってから、後ろを見て確認した。
何もいなかった。バックミラーに映っていたはずの三毛も、黒猫も……。
一体どういうことなんだ? と、頭を抱えていると、子どもが未だにバックミラーに釘付けになっていることに気づいた。
しかも、子どもは小刻みに震えていた。まさか……と私は、恐怖に震えながらも、バックミラーを見た。
バックミラーとサイドミラーに、無数の猫が映っていた。ただじっとその猫達は、私達のことを眺めていた。
あまりの恐怖に、私は鏡という鏡から目を逸らした。鏡さえ見なければ、何もいないはずだったからだ。
しかし、後ろの席を見て、私は愕然とした。
さっきまで鏡だけの存在だった猫が、後ろの席やボンネットを制圧していた。
横の窓を見ても、窓に必死にへばりつく猫だらけだった。子どもの顔は恐怖のあまり青白くなり、妻もいつの間にか目が覚め、この状況に驚愕して動けていなかった。
猫達が鳴き始めた。一体私達が何をしたというんだ。私達は、猫を虐げた覚えは無い。
ニャー、ニャー、ニャー。猫の声は時間が経つにつれ、どんどん増え、大きくなっていった。
何かを訴えようとするような、悲しげな声……その悲痛な声に、私の恐怖心はいよいよ限界点に達する。
現実から目を逸らしたいと思って、私は助手席眺め見た。無駄だった。
助手席にも、いつの間にか猫がたくさん座っていた。何か重たいと思ったら、足元にも猫がびっしりといた。
しかも、アクセルにたくさん猫がしがみ付いているため、アクセルから足が離せない。
ブレーキも、猫がたくさん詰まって邪魔をした。私は狂い掛けて、猫ごとブレーキを踏んでやろうとした。
だが、その前に足に爪を立てられて出来なかった。これでこの車は止められない。
ふいに目の前のフロントガラスを見た。
そこには、まるで投げつけられたかのようにガラスに張り付く猫の死体と、夥しい量の血が、こびり付いていた。
私は、ついに耐え切れなくなって、絶叫した。
目が覚めた。家族全員で車の中にいた。ここはどこだろう? 私達は死んだのか。
辺りを見渡してみると、そこは家の庭だった。朝出発する時の状態で、私達は眠っていた。
外を見てみると、空は完全に暗くなっていて……つまり、既に夜になっていた。
つまり私達は……車の中で、休みの日を一日中寝て過ごした、ということだった。
とても不思議な現象に放心しながら、私はふと、後ろに座っていた自分の家族のことが気になった。
家族達も、目を覚ましていた。とても青白い顔だった。
何かこの世の者ではないものを見たような、とても青い顔……。
まさか。と私は、どんな夢を見ていたかを聞いていた。案の定、みんな猫に追い詰められる夢を見ていた。
――――ニャ〜ッ。
猫の鳴き声がして、私達は殺人鬼に追い詰められたかのように発狂して、車の中で逃げ惑った。
私が、急いで家族を連れて車の外に出ようとする。すると、トスッという音とともに、私の頭の上に何かが乗っかってきた。
それは近所の野良猫だった。別段、何ら変わった様子の無い、至って普通の野良猫であった。
野良猫は、私を嘲笑うかの如く、頭の上で大きなあくびしてから、頭からピョンと飛び降りて、何処かへ去っていった。
猫が去ると、家族一同は一気に力が抜けて、芝生の上に座り込んでしまった。
翌日、車に何か嫌なことがあったのかもしれないと、私は車をくれた友人のところに電話をかけた。
そうすると、すっかり弱り果てたような、か細い声をした、友人の妻の声が、早速届いてきた。
友人に話があるということを伝えると、彼女は動物のうめき声のような、悲痛な声をあげてから、こう言った。
主人は死にました、と。
死因は後頭部の強打。しかもその後頭部を打った理由が、私にとっては壮絶だった。
友人は、彼の妻と久しぶりに近所へ歩きで買い物の帰り道で、公園の階段に差し掛かった時、友人の前に猫が飛び出してきたのだという。
それに怯み、驚いた彼は、階段の段差に躓いて後ろに倒れ、頭を頭蓋骨が砕けるほどに打ってしまい、そこからゴロゴロと下の段まで落ちて全身も強打してしまった。
彼の妻は一目散に救急車を呼んだが、隊員が来た頃にはもう、死んでいたらしい。
翌日、告別式に向かった私は、友人の顔を見て驚いた。
階段をずり落ちた時についたのか、頬には三本の爪で引っかかれたような傷跡が残っていたのだ。
私は、帰ってからこのことを重く見て、庭に置きっぱなしになっていた車を眺めた。
あの猫の大群が、夢の中で私達の前に現れたのは、私達を殺そうとしたからではないと、そう思った。
いや……本当は殺そうとしていたのだろう。でもいってみたら車の所有者が変わって、そこに目標がいないとわかった彼等は、寛容に見逃してくれたのかもしれない。
もしくは、あの大群が私達に、勝利のファンファーレを、見せつけにきたのしもかれない。
だが、どんな理由で現れたにせよ、結局私の友人が猫に対して、一体どんなことをして、あんな惨い殺され方をするほど、猫の恨みを買ったのかは、最後までわからなかった。
あれから数ヶ月、私は車に憑く猫の霊達にいつも感謝と使うという意志を示してから、乗るようになった。
以降、猫達が私達のドライブをするとき、現れるようなことはほとんどなくなった。
たまに、たまにあの三毛猫が、私のことを穏やかな表情で眺めていてくれる時以外は。
私達に、見えない家族が増えたのだ。
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