8、全ては、光に帰る
8、全ては、光に帰る
(やややややややばばばばばいいいいいぃ!!!!!!!!!)
死に物狂いで慌てるラキームは、三階に居た。
あのロビーを横切って入った部屋を、クォシカに追われてボロボロの木や鉄屑の何かを蹴っ飛ばし、暗い中で二階への階段を見つけた。 後ろより、木屑や鉄くずを勢い凄まじく飛ばす音が迫る。
二階に上がったラキーム。 ポリア達の居た書庫に逃げ込んで、崩れた本の残骸を乗り越えてロビーを見下ろせる内廊下に出た。 下では、マルヴェリータが、大階段ではポリアとイルガが戦っている。 それを避けるように廊下を半周してガロン達が戦う観客席二階に出て、右往左往して走り回るうちに、三階の階段を発見して逃げ込んだ。
そして、今。 倒れ掛かった棚の下に入って息を殺して隠れるのだ。 真っ暗な中、此処は部屋であり。 ボロボロの木の塵が床一面に散らかっている。
ラキームの脳裏に、戦う気は無い。 ガロンも誰もどうでもいい、自分が助かればいいのでしかない。 クォシカの変わり果てた姿、無数のゾンビ、骸骨・・・怖くて怖くて、ラキームはズボンを濡らしていた。
―ズル・・ズル・・ズルズル・・・ズルズルズル・・・―
遠くでクォシカの蛇の胴体が、床を這う音がする。
(あわあわあわわわわわわわわわわ・・きききききたたたたたたたた)
怯えるラキームの耳に、クォシカの声がする。
「ラキーム・・・ラキーム・・・私の男・・・私の全て・・・ラキーム・・・何所っっっっ?!!!!!」
(あわわわわわわわああわわわわわ)
ラキームは、こっそりと大きな棚なので、木枠の中の引き出しに隠れた。
すると・・・“バキ・・バキバキバキっ!!”、と木の折れる音がしたり、壁に叩きつけられる棚の壊れる音が鳴り響く。 まだ音は、ずっと離れた場所だ。
「何所っ?! 何所に居るのラキームっ!!!」
クォシカの声が響いた。 ラキームは、こんなに叫ぶクォシカを見た事が無い。 脳裏では、別人じゃないかとすら思った。
だが、壊れる棚の音は、どんどんと近づいてくる。 震えるラキームの潜む棚まで、あと少しの距離に来ていた。
(死にたくないっ、死にたくないいいっ!!!、死にたくないいいいいいいっっっ!!!!!!)
思う中で、ラキームの居た棚が持ち上がった。
(ああああっ)
身体の存在感覚が浮くことで無くなり、思い切り飛ばされた。
“グワッシャーーーーーン!!!”
凄い音を立てて、
「うわああああっ!!!」
ラキームは壁に叩きつけられた。 ズルリと、逆さで壁伝えに床に落ちる。
「んっ?!! ラキームっ、其処にいるのねっ」
「あわわあわわわわあわわ・・・」
ラキームは、情けない声を出して這い、立ち上がって足を縺れながらも光の方へ。 行って見れば、ロビーを見下ろせる円形の内廊下に出た。
「たったたたすけてくれ~っ!!」
埃だらけの顔も、哀れな姿。 そして、クォシカが木の破片を蹴散らかして、
「待てっ、ラキームっ!!」
この時、一階ではまだKがアデオロシュを倒す前で、下ではポリア達が死にもの狂いの攻防で三階に居るラキームに気付く訳がなかった。
ラキームは、直ぐ近くの部屋に逃げ込んで、崩れた棚の上を越えて奥の暗い廊下に抜け、逃げ回る。
クォシカも、その後を追うが、何分に身体の蛇の胴体が太く、散乱したゴミなどを蹴散らす分に遅れてしまう。
ラキームは、その間に四階へに走り。 また、近くの部屋に逃げ込んだ。
この時だ。 クォシカは自分の身体に漲るラキームへの憎悪がやや薄れ、眩暈を覚えてハッとした。 身体から、力が抜ける感じを覚える。 追うのを止めて、上を見た。
「アデオロシュ様が・・・死んだ? そんな馬鹿な・・・」
ラキームも、ポリア達が活気付いて、
“Kが主を倒した”
の声に。
「倒した? ホントかっ?!! かっ帰れるのかっ?!!」
と、下に降りる道を探し始めた。
ラキームの声に反応したクォシカは、四階に向かう階段に入った。 クォシカの蛇の胴体が細まって、クォシカの胸部と同じ太さになっていた。 長さも、一メートル以上は、縮んだ。
逃げるラキームは、四階でクォシカに追い回されていながら、まだ下に向かう途中のスケルトンに出会ってはまた逃げ回り。 かくれんぼ、追いかけっこをしている中で、スケルトンの隙を見つけて・・・・。
「おわおあわああああ・・・」
と、情けない叫びを上げながら、廊下の手摺り前に来ていたスケルトンを突き落とす。
“カシャーーーーン!!!”
いきなり、シェラハの横にスケルトンが降ってきたものだから、
「きゃーーーーーっ!!!!」
シェラハは驚いて大階段の裏からロビーに現れた。
ポリアとイルガは、紅いスケルトンを三階の踊り場で追い詰め。 マルヴェリータとシスティアナは、ガロンの声に反応して、クォシカの崩した壁の瓦礫を魔法で取り払った為に、レヴナントのギーシンをロビーに出してしまった。
「コイツを浄化しろっ!!」
ギーシンと戦うガロンに、マルヴェリータが加勢し。 システィアナは、大怪我をした兵士の傷の治療をする為に、ガロンの落としたライトスタッフを手に、舞踏場に入って魔法を唱えていたから、シェラハの声は、驚きだった。
「シェラハっ、外へっ!!」
マルヴェリータは、魔法の集中時に襲ったアクシュデントに、気を逸らせて言った。 だから、魔力の制御が利かずに、
「衝撃の剣よっ、我が敵を打ち破れっ!!」
強引に魔法を・・・。 マルヴェリータの頭上に、マルヴェリータよりも大きい乳白色の半透明な剣が現れた。 マルヴェリータが、魔法を支え切れずに直ぐギーシンに杖を向け、魔法の剣を飛ばす。 疾風の勢いで宙を走る剣は、レヴナントを横から突き刺してふっ飛ばし、左側の部屋に壁を壊してレヴナントを部屋の中に。
ガロンが、崩れた壁が落ちきったときに近づこうとすると、“シュバーーン!!!”と、空気を振動させるほどの衝撃音が響く。
「おおっ」
驚くガロンに、
「は・・早く・・シェラハを・・・」
と、力の抜けて跪くマルヴェリータ。
だが、ガロンは見上げる上の四階から、
「ガローーーーーンっ!!!! ここだっ!!! 助けてくれっ!!!!」
と、ラキームの声。
息荒いマルヴェリータを、ガロンは見ずに。
「モンスターの討伐と、あの娘の護衛はお前達の仕事だ。 私は、ラキーム様を守らねば成らぬ」
と、冷徹な言葉を残す。
「くっ」
マルヴェリータは、朦朧とした眼差しで、大階段に向かうガロンを睨んだ。
シェラハは、スケルトンから逃げようとしたものの。 目の前をマルヴェリータの魔法を受けたレヴナントが飛んでいったのに驚いて、腰が抜けてしまった。
「あ・あああああ」
シェラハの後ろでは、“カシャ・カシャン”と音を立て、スケルトンが起き上がる。
「シェ・・シェラハっ・・に・逃げて・・・」
絞るような声で言うマルヴェリータに、シェラハはスケルトンから逃げるようにマルヴェリータに這って寄る。
「マ・・マルヴェリータさ・ささん・・」
ポリアは、紅いスケルトンの腕をヘシ折った所で、
「マルタっ!!! 二人で離れてっ!!!」
イルガが、紅いスケルトンの肋骨に槍を突き込んで動きを止めた。 刹那、走って来たガロンが、スケルトンの頭蓋骨を剣で切断した。
「ふん、半人前が」
ガロンは、そう言って四階の踊り場に走って行く。 ラキームも、内廊下をガロンに向かって走った。 クォシカが、その時初めて内廊下に出て、シェラハの存在を知る。
(あれは・・・シェラハっ?!)
一方、ポリアがロビーに走り降り。 ガロンから眼を離したイルガが走ろうとしていた。
そして、ロビーでは、スケルトンが階段影より飛び出して、シェラハとマルヴェリータに向かって歩き始めていた。
マルヴェリータは、自分に来たシェラハを逃がそうと。
「そ・・外に・・出な・さい・・」
と、押し退けようとするが、力が入らない。
しかもシェラハは、マルヴェリータを庇うように、
「ダメっ、犠牲は誰もいらないわっ」
と、マルヴェリータを立たせようと・・・。
しかし、この時に、舞踏場の兵士達が堪え切れなくなり。 紅いスケルトンと共にロビーに飛び出してきた。 紅いスケルトンに斬り込まれ、兵士二人は大階段のまん前まで後退する。 其処には、丁度降りて来たポリアの前だ。
「チョットっ!!!!」
進行を阻害され、ポリアは全身で怒ったが。
「ウルサイっ!!」
兵士達は、紅いスケルトンをポリアに預けるように、ガロンとラキームの声がする方に二人走る。
「え゛?!!」
ポリアは、いきなり紅いスケルトンが自分を向いたので、マルヴェリータとシェラハに向かえない。
「どいてっ!!!!」
と、斬りかかる時、落ちてきたスケルトンが剣を構えてシェラハに斬りかかろうと。
「シェラハっ!!!!」
渾身の力で叫んだマルヴェリータを、シェラハが庇ってスケルトンの前に立ちはだかった。
ガロンですら、見ていて“斬られる”と思った時である。
いきなりスケルトンの後ろに、クォシカが四階より蛇の尻尾を手摺りに絡ませながら降りて来たのであった。 “ドスン”と云う音に、スケルトンが後ろを向いた瞬間。 クォシカの両手のツメが剣のように10本伸びていて、凄まじい速さで振るった。
「あ゛っ!」
「なぬっ?」
剣を交えたポリア、見下ろしていたガロンが声を上げた。 スケルトンが、ツメに掬われて二階の廊下へと飛ばされたではないか。
シェラハは、クォシカと眼が合った。
「クォシカ・・・た・助けて・・・くれたの?」
クォシカの顔は、苦痛に歪んだ顔ながら。
「シェラハ・・・どうして此処に?」
泣きそうなシェラハは、クォシカに寄って。
「どうしてって・・・貴女を迎えに・・迎えに決まってるじゃない・・。 こ・こんな姿なんて・・・どうして、どうしてなんにも悪くない貴女がっ?!!!」
「シェラハ、私は・・、二ヶ月前にラキームの差し向けた人たちに捕まりそうになったの。 でも、なんとか必死に此処まで・・・。 でも、私は死んだ・・・。 そして、此処の主であるアデオロシュと云う人にモンスターにされたわ」
「ひ・・酷い・・」
シェラハの瞳から涙が落ちる。 クォシカの身の上を想像しただけで、涙が止まらない。
クォシカは、四階のラキームとガロンを見た。
「ラキームっ、ガロンっ・・・貴方達の差し向けた人達は、私を捕らえて辱めようとしたわっ!!!! おまけに、私を遠くの国に売り飛ばす気だった・・・。 激しく抵抗した私を、リーダーの男が殴りつけて、私は・・・胸に木の尖った先が刺さって死んだ。 全て、貴方達の所為っ」
やはり、事態はKの想像通りであった。
「何よコレ・・・最低じゃないよぉぉぉーーーーっ!!!!!」
紅いスケルトンを斬り飛ばしたポリアが、絶叫を上げてギリッと二人を見上げた。
ラキームは、ガロンの横でオロオロして、パニックのままに奇声を上げた。
「う・うるさいうるさいうるさいっ!!!! 俺は、クォシカを捕らえて来いと言ったんだっ!! そうだ、そそそそ・・そいつ等が勝手な事したのが悪いんだっ!!! 俺の責任じゃ無いっ!!」
ラキームの言動は、何所までも自分本位だった。 流石のポリアも、モンスターと一緒に斬り捨ててやりたくなった。
ガロンは、頷いて。
「哀れだが、運命だ。 世の中、死ぬ奴など腐るほどおる。 諦めて貰おうか」
イルガも、紅いスケルトンを槍と戟の間にて押し込みつつ。
「なんという事だ・・・それでも御主、主君を持つ役人かぁっっ!!! 恥を知れい!!」
汗と疲労の滲むイルガだが、あまりの汚らしさに怒りが湧き上がり、いつもにない大声を上げる。
クォシカは、ズルリ、ズルリと大階段に寄って。
「ラキーム、ガロン。 貴方達のお陰で、私は呪いを掛けられて、もう人に戻れない・・・。 それ以上に、アデオロシュを倒されたら、貴方達だけを呪う呪いが野蛮化して、人の全てを憎んで人としての思いも・・・思い出も無くすわ・・・だからっ!!!!」
と、階段をポリアの脇を通って上りだし。
「死になさいっ!!!! 私と一緒に死になさいっ!!!!」
シェラハは、その声にクォシカの慟哭を聞いた。
「こんな・・・こんな事って・・・」
マルヴェリータは、もう立てないながらにガロンとラキームを見て。
「二人して、クォシカに殺されればいいんだわ・・」
と、悲しい声を吐いた。
其処へ、システィアナがフラフラになって来た。 兵士の傷が予想以上に深かったのだ。 全力で魔法を遣ったのだろう。 唇が血色を失っていた。
「さいて~です~。 泣きたいですぅ・・・ケイさん~何所ですかぁ~」
「シ・・システィ・・」
マルヴェリータの横に来たシスティアナは、クォシカを見て。
「“復讐の女蛇”のノロイですぅ・・・呪術の下法で・・されたらもう元に戻せません」
「ホント・・なの?」
「はいぃ。 死んでも浄化されません・・永劫に呪いが魂をくるしめますぅぅ・・・・」
システィアナは、その悲しさを知る余りに涙で床に・・・。
マルヴェリータは、ガロンとラキームを見て。
「男なんて・・・男なんて最低よおおおっ・・・」
マルヴェリータの出ない低い声、自分の悔しさに連動してか、憎しみが篭っていた・・。
ポリアの眼にも、クォシカに対する同情が沸いて涙が溢れた。
ガロンと二人の兵士が、クォシカを迎え撃つ。
「死んでっ!!!! ラキームぅ!!!」
「させるかぁっ!!!」
ガロンが、左のツメを防いで。 右のツメは兵士二人掛りである。
ポリアは、怒りに気炎を発し。 見事、紅いスケルトンの頭蓋骨を斬り砕く。
「お見事っ!!」
イルガが、荒ぶる声で言う。
二人は、仲間の元に行った。
「マルタ、大丈夫?」
ポリアの見るマルヴェリータは、疲労がピークになって身体が言う事を利かない様だ。
「だ・だいじょう・・ぶよ」
マルヴェリータの見るポリアも、大粒の汗を落として肩で息をしている。 顔や衣服の腕、太股には細かい掠り傷や切り傷が・・。
「お嬢様、如何いたしますか?」
「イルガ、みんなを守って。 私、ケイを探して来る」
「はぁ? ケイを?」
ポリアは、真剣な眼差しで。
「ケイなら・・彼ならクォシカを助けられるかも・・・私達じゃ、クォシカを救えない」
システィアナも、涙ながらに。
「そ~ですぅ。 ケイさんなら〜なにかしってるかもです~」
その時。 マルヴェリータは息荒く、ポリアに。
「お・・男に出来るの? あ・・あん・・あんな目にしか、女を出来ない男たちに・・・」
「マルタ・・・」
だが、シェラハは、ポリアに訴えた。
「とにかく、探してくださいっ。 クォシカを・・・このままじゃ救えない・・」
苦しい思いながらにポリアは、頷いた。
だが・・・。
「ギャーーーっ!!!」
大階段から、クォシカの滾るような声が上がって、ポリア達が見た時。
「あ゛っ!!」
クォシカの身体が、大階段から転落して転がっていた。 階段に激しく身体を打ち付けて、ロビーまで落ちてくる。
「クォシカっ!!!」
シェラハがビックリして寄ろうとする。
しかし、クォシカは蛇の胴体で身体を持ち上げつつ尻尾をその間振り回し、シェラハを寄せ付けずに低い声で・・・。
「こっ、来ないで・・・」
「クォシカだってっ・・」
「来ないでっ!! ・・・もう、記憶が・・・消えそうなの・・・」
クォシカは、二段目の踊り場まで降りてきていたガロンを睨みつつ。
「わた・・し、しぇらは・・・ころし・・たくない・・・」
クォシカの声が、奇妙にブレた。 クォシカの綺麗な声では無い、不気味な声である。
ガロンは、何が起ったか解った。
「フン。 主が死んで制御する者を失った訳か。 望み通り殺してやる」
と、斬りかかる。
ラキームの居る所で、兵士一人が守り。 もう一人の兵士は、床に崩れている。 クォシカの尻尾の体当たりを喰らって立てないのだ。
クォシカの左手のツメが四本折られており、胴体にはガロンの斬った傷から青緑の血が流れていた。
「そらっ! はぁっ!!」
ガロンは、流石に腕が立つ。 クォシカの攻撃を避けては、胴体を更に斬り払う。 また血のような体液が飛び散り、クォシカが苦しそうに顔を歪める。
「やめてっ!! もうやめてっ!!!」
シェラハが泣き叫ぶ中で、ガロンはクォシカの尻尾を斬り。 痛みによろけて伸び上がったクォシカに走り寄り、彼女の胸部から下一メートルを残したところを掬い斜めに斬り上げた。
「ウギャアアアアアーーーーーっ!!!!!」
クォシカの斬り離れた身体が、ポリアの横に落ちて転がった。 離れた蛇の下の胴体と、尻尾がガロンの周りでバタバタと動き暴れて血を撒き散している。
その時だ、四階よりラキームが。
「ガロン、クォシカを殺せっ!! 化け物に用は無いわっ!! この先邪魔だ」
ガロンが、口元にニヤリと下衆な笑いを作り。
「心得ております」
と、クォシカを見た眼に、残虐な光が宿った。
クォシカは、苦しみに染まる顔で息を荒げて、人の姿のか細い腕で立ち上がろうと・・。
ポリアは、もう我慢の限界で、ガロンに斬り掛かろうと剣を握り締めた。
ガロンも、その殺気にポリアを睨んだ。
イルガも、ポリアに合わせるつもりで槍を握り絞めた。
その・・・全ての緊張がロビーに張り詰めた時・・・・。
「ふぅ~、間に合ったか?」
クォシカ以外、みんなの聞き覚えの在る声だった。
全員が、湖前の玄関口の左から出てきた包帯男を見た。
「ケイっ!!!!!!!」
ポリア、イルガ、マルヴェリータの声が、重なった。
ロビーに現れたKは、その腕にクォシカの亡骸を抱いていた。 素朴な桃色のワンピースの服は、埃と汚れで黒ずんでいる。 だが、顔を見る限りは腐敗も見れず。 まるで、気絶しているような感じである。
Kは、玄関前の脇にクォシカの遺体を置いて。
「いや~、魔方陣にモンスター住まわせやがって、面倒ばっかりだったぜ」
ガロンの眼が、立ち上がれないクォシカに向いた時。
「もういい、オッサン余計な事するな」
と、Kの声が走って来た。
(ハッ!!!!!!!)
ガロンは、言い知れぬ殺気にKを見直した。 今の言葉に、魂をギュっと掴まれた想いが恐怖となり、身体を痺れのような衝撃が走る。
「・・・」
Kは、クォシカの遺体を寝かせ終わった所であった。
「ガロンっ!!! 何をしているっ。 早く、早く殺さぬかっ!!!!」
ラキームが叫ぶ。
だが、ガロンは・・・。
(き・・・斬れぬ・・・俺の身体が・・・奴を怖がっているのか・・・・)
今さっきの一言を受けて、ガロンの心に恐怖が居座った。 完全に、クォシカに向けた気力が削ぎ落とされたのだ。
Kは、歩き出しながらラキームを見て。 床に手を付いたモンスターのクォシカに向かって歩きながら。
「お前、ウルサイよ」
と、指を指すような動きを。
ラキームは、一人怒り。
「ぬわ・・うぎゃっ!!!!!!!!!!!!!」
怒声を吐こうとした時、Kが投げた壁の破片が肩に当たって激痛が走ったのだ。 その場にうずくまり、痛みに悶えだす。
遣って来たKは、ガロンの肩にポンと手を乗せて。
「どけ、死にたいか?」
と、小声で・・・。
「わ・・解った・・・」
頷くガロン。
ポリアは、理解がいかなかった。 ガロンは、Kが現れるまで余裕さえあって、残虐味の宿る顔をした時、顔が黒ずんで怖いくらいだった・・。 なのに今は、顔中に冷汗を掻き始め、震えているのではないかと思える。
Kは、ラキームの元に戻るガロンを見てから、クォシカの前に近寄った。
「助けに来るのが遅くなった。 随分と斬られたな、大丈夫かい?」
と、彼女の目の前に屈む。
白い、蝋のようなクォシカの肌が、心なしか肌色に変わってきた。 クォシカは、怯えるというより、恥ずかしいような素振りで横を向き。
「来ないで・・・」
透かさずKは、スッと手を動かした。
「あ」
ポリア、マルヴェリータ、そして・・・クォシカの声が重なった。 クォシカの頬に、Kの左手が添えられて、自分に向かせたのである。
「恥じる必要は無い。 キミは、何も悪い事はしてないさ。 さ、両親の所に帰ろうか」
Kの声、ポリア達にも響く優しい声だった・・・。
「出来ない・・・出来ないわ・・・」
クォシカの瞳が、潤みだした。
「大丈夫さ、もう大丈夫。 遺体も持ってきたし。 後は、キミが天に召されないと」
Kの声に、クォシカは声を震わせて。
「無理・・・無理よ・・・呪いが・・この蛇の呪いがっ・・」
すると・・・・Kは、両手でクォシカの頬を触れて、顔を近づけた。 Kの優しい瞳と、クォシカの悲しみの瞳が逢う。
「クォシカ、キミは呪われちゃいない。 だから、大丈夫。 心の中のアデオロシュの言葉を消してごらん。 さ、どうだい?」
Kの言う事が、クォシカにはおろか、ポリア達ですら理解がいかない。
「ど・どうゆう・・こと?」
「“復讐の女蛇”ってのは、本来は死んだ時に誰かを憎み怨んだ魂にしか利かないんだ。 アデオロシュは、キミに中途半端な呪いを掛けた」
クォシカは、震えて小さく顔を左右に・・。
「で・・でもっ・・私・・・ラキームやガロンが・・」
Kは、クォシカを見て頷き。
「そう、アデオロシュは、キミに呪われた身体を与えて、見せて。 “憎しむしかない”と言った・・・違うかい?」
「う・・うん・・」
「でも、今は? どうだい、憎いかい?」
クォシカは、ガロンに斬られるまで憎かったのだから・・・と思うが・・・。
「え? ・・ど・どうして? ・・にくく・・ない?」
クォシカの心に広がっていた、怒りや憎しみの心。 今の今まで、狂うぐらいだった怒りが、スゥ~っと消えていた。
「だろう? アデオロシュは、キミに憎いと思わせて、呪いを成立させたんだ。 キミが、一瞬でも憎しみを忘れた時、呪いは呪いで無くなる。 さ、立とう」
Kは、クォシカの両腕を抱えた。
「たっ・立てないわっ」
クォシカは慌てた。 蛇の胴体は、ガロンに斬られた。 斬られて残る胴体は立てる長さが無い。
だが、Kは、気にもしていない。
「もう、蛇の身体は要らないさ。 キミの魂は開放されてる。 さ、ゆっくり、行くよ?」
優しい、ゆっくりとしたKの声に、クォシカは頷きながらも不安げな顔で頷く。
すると・・・。
「あ・・え? うそ・・・」
ポリアの見ている中、クォシカの身体が、蛇の胴体から抜け出た。 一糸纏わぬ産まれたままの姿のクォシカが、Kに支えられて立ち上がった。
「ほ・・ホント・・に・・」
自分の身体を見るクォシカは、美しく、キラキラと輝きだす。
「な、もう大丈夫さ」
クォシカは、Kを見て。 取り戻した宝石の様な優しい笑顔で、微笑む。
「ありがとう・・私・・私、憎くない・・誰も憎くないわっ」
Kは、頷く。
「ああ。 キミは、死ぬ時ですら、誰も呪わなかった。 だから、開放されてる。 遺体見た瞬間に、大丈夫と思った」
「え? どうして?」
Kは、クォシカの遺体を指指して。
「呪いの掛かった者は、呪いに応じた姿で遺体の顔が変わってしまう。 でも、キミの姿はそのまんまさ。 心が、呪いに掛かってなかった証さ」
クォシカは、自分の遺体を見てから、再びKを見て。
「ありがとう・・・ありがとう・・・」
その瞳から、涙が溢れる。
「さ、光に任せて、穏やかに」
と、Kが言うと。 クォシカは、Kに近寄る。
「貴方は?、お名前を教えてください・・」
「ケイ、つまらん冒険者さ」
クォシカは、Kの顔に両手を伸ばす。
「ケイさん、私の恩人ね・・・」
と、包帯の頬を摩る。 その手つきは、まるで愛おしい人を感じるようなものだ。
「醜い顔の恩人だな」
と、Kが口元を笑わせると。
「キレイ。 ケイさん瞳・・・凄く綺麗よ。 あぁ・・・生きて・・・・生きて逢いたかった・・」
クォシカが、Kに抱きついた。
Kは、静かに。
「ちょっと、遅かったな・・・。 済まない、生きて助けれずに」
クォシカを抱きしめてやる。
その姿、ポリアやマルヴェリータには、恋人のように見えた。 まるで、理想の・・・。
クォシカは、頷いてKの顔に顔を向ける。
「貴方・・・大切な人を・・・失ったのね・・・」
この言葉、ポリア達には聞き取れないくらいの小さな声。
Kの頷いた仕草は、ほのかに淋しいモノだった。
「可哀想に・・・」
Kの頬を撫でるクォシカ。
「ありがとう」
Kに、クォシカは笑いかけると。
「私が消えるまで・・・抱いていてくれますか?」
「あぁ、構わないよ・・・」
クォシカは、Kに軽くキスを・・・。
「ありがとう・・・・最後は・・・せめて、女として死にたかった・・・・」
クォシカは、Kに強く抱きつく。
「優しい・・・温かい・・・」
呟くクォシカの身体が更に強く光る。 そして、ポツリ・・ポツリ・・と、身体から光の粒が浮いては・・上に上って消えていく。
(悲しまないで、貴方はきっと大丈夫・・・貴方に幸せは訪れる。 でも私の・・世界で一番の王子様だから忘れないで・・・私の事・・・)
クォシカの声が、Kの心に響いてKは、笑った。
その瞬間。
「あっ!!」
ポリアの声。 クォシカの全身が光の粒になって、Kを包むように。 そして、天に向かって上がっては・・消えて行った・・・。
最後の光の粒が、Kの頭上で消えた時。 Kは、ゆっくりと瞳を開いた。
「キレイだった・・・」
と、言うと。 ポリアを見て、悪戯っ子のように口元を笑わせて。
「チェっ惜しかったな~。 生きてりゃ結婚だぜ? あの美人とさぁ~」
ポリアは、Kが凄く不思議な男に見えた。 呆れ笑いの顔で、
「バカ、一緒に行っちゃえば? あの世」
言ったポリアは、少しクォシカに嫉妬していたのかもしれない。
Kは、ガロンに。
「おい、終わったぜ。 テメエの仲間は自分で持って行けよ」
クォシカの遺体に向かうK。
立ち上がったマルヴェリータは、シェラハとポリアに支えられて。
「見せ付けててくれるわね、 美女四人も居る前で・・」
と、みんなを見る。 顔は、微笑みが浮んでいた。
「ですぅぅっ。 やぁ~っぱりケイさんすご~いですぅ」
システィアナは、嬉しそうに笑っていた。
ガロンは、ラキームが泣いて肩を摩っているのも無視して。
「ありゃ・・ホンモノだ・・・・やり合わなくて正解だ」
と。 こんな事態を解決してしまう冒険者など、そうそう居る者では無い。
全員で出た外は、夕方の晴れ空だ。 暗雲も晴れ、不気味だった紫の光が綺麗な茜空である。
「二ヶ月前に死んだのに・・キレイね」
ポリアが、Kの腕の中のクォシカを見る。
「呪いで、全ての時間が止まってたのさ。 だが、今日中に埋葬してやらないとな」
シェラハは、強く頷いて。
「任せて下さい。 全て、私が町に帰って手配します」
帰る景色は、来た時とは違っていた。 呪われた森も無く。 腐った湖も嘘のように綺麗で、結界が消えた所為か、公孫樹の新緑が夕日に照らされて、紅葉したように黄色く見えた。
クォシカが愛した、公孫樹の森の本来の姿だった。
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