second episode2 始まる会・・・
21、閉店の会の準備は整い、いざ・・・。
ウィリアムは、夜中近くにワインセラーに入った。 なるべく、日中の暑い空気を入れたくなかったからだ。
流石は、色々なお客を相手にして来たジェリーの父親は、ワインにも幅広い種類を揃えて対応していた。 料理に使うワインには、かなり拘っていたらしい。 だが、飲み手に薦めるのは上手では無かったとか。
ウィリアムは、セラーの中にストックされたボトルを眺め、コクの深いワインが中心で。 若いワインが少ないのに唸る。
(う~ん・・・少し買うか。 高級ワインも有るから、種類は要らないけど。 舌の肥えた人には、ワインは誤魔化し効かないからなぁ~。 かと言って、呑みやすいワインも少ない・・ワインに弱い人には対応しきれない)
ウィリアムを地下倉庫の入り口から見るスティールは、独特の暗さと秋の終りの様な肌寒さに白っぽい息を吐き。
「さみい・・・マジで、此処は冬だ・・」
降る階段は急で、深い底に降りる様な印象を受ける。 壁全体が黒い石で囲まれ、何故かカビの匂いがする。
「お~い、ウィリアム。 ジェリーは送って来たぞ」
ウィリアムは、ワインを見ながら。
「良く手を出さずに送って来ましたね。 エライエライ」
スティールは、返って来た言葉にムスっとして。
「うるへえっ!! 出せる相手じゃ無いだろうがっ!!! キスでもしたらアンリに殴られるぅ」
「アンリさんも?」
「おうよ。 明日の朝、ジェリーを連れてくるってさ」
ウィリアムは、暗い中でワインを見つめていた視線をフッと上げ。
「そう言えば、今日はセーラさんは来ませんでしたね」
スティールは、真顔に変わって声を低くして。
「ジェリーの予想じゃ、来ないってさ・・。 今日、店は休みなのに、“忙しい”って・・」
ウィリアムは、また静かに別のワインを棚から取り出して。
「ジェリーさんは、手伝って欲しい訳ではありません。 ただ、許して欲しいだけです。 セーラさんが来ないなら、それは仕方ありませんね」
「ウィリアム、それはそうかもしれないが・・。 来ないが、許した事に成るのか?」
ウィリアムは、その呼びかけに答えなかった。 内心に。
(やっぱりか。 この短期間で、セーラさんの決心は変わるかどうか解らないよな・・・)
スティールは、返答の無いウィリアムに力が抜けて、店の方に戻った。
すると・・・。
「あ・・・」
閉まった大窓の外に、黒く汚れたシミを付けた皮製の前掛けを胸辺りから足元まで垂らした中年の男性が立っている。 スティールは、歩みを速めてドアの前に歩いて行く。 男性は、店内を窺っていた。
「あの、ジェリーのお知り合いですか?」
ガラス戸を押し開いてスティールが声を掛けると、潮風に乗って、微かに血の匂いがする。
中年の男性は、何処か暗い言い方でスティールを見て。
「あの・・・お嬢さんは?」
スティール、剣は外しているが少し警戒の気持ちを引き締めて。
「もう、帰ったよ。 明日も、朝から準備する為に来ると思うけど」
良く見れば、男性は色黒で疲れ切った様な印象で、彫りの深い男性だ。 何処か、陰の有る感じがする。
「あの、私はセテルと云います。 もし、親方の閉店の会やるなら、肉は俺が用意したいとお嬢さんに伝えて下さい。 この先六つ目の道を曲がって、真っ直ぐ行った所の肉屋で働いています」
スティールは、“親方”と聞いて。
「アンタ、元・・この店で働いていたのか?」
“セテル”と名乗った男性は、静かに頷いて。
「もし、宜しければで・・・いいですから」
「解った。 伝えておくよ」
「すいません・・・」
男性は、そのまま波の音がする夜の闇に消えて行く。
(随分、弟子が居るなぁ)
スティールは、何か陰気なセテルと云う人物に曰くが有りそうな気がした。
「どうしました? スティールさん、話し声がしてましたが?」
地下から上がって来たウィリアムが、入り口に佇むスティールに声を掛ける。
「あ・・ああ・・ウィリアム、上がって来たのか?」
スティールは、今居たセテルの話を。
「なるほど、明日にでもジェリーさんに聞いて見ましょうか」
「うんだな~」
二人、厨房の奥にある狭い住み込みスペースに寝泊りした。
次の日。
「曇りか・・・ふあぁ~・・・」
スティールが、店の入り口を開いて微妙に雲が多い朝の空に向かって大欠伸。
ウィリアムは、早くも掃除をしている。
「おいおい、もうか」
呆れるスティールは、腹の辺りをボリボリ。
「店の掃除は、この業界では朝の挨拶ほどに重要ですよ。 お客は、他人の家に来る様なもので、店内の清潔感を気にします。 ジェリーさんに聞けば、お父さんも毎日やっていたとか。 当然ですがね」
「さ~すがは彼方此方で働いてただけありますな~」
少しして、アンリに連れられてジェリーが来た。 スティールが驚いたのは、杖を着いた姿がシャンとしていた事だ。
「ジェリー、腰が・・・伸びたな」
笑うジェリーがウィリアムを見て。
「薬が効いているみたいです。 寝つきも目覚めも良くて、疲れが残ってません」
掃除をしていたウィリアムは、モップの柄に顎を乗せながら。
「ジェリーさん、まだ若いですからね。 肉体の活性化能力が柔軟なんですよ。 でも、昨日で結構動いてますから。 筋肉痛はありますね」
「あ・・・確かに」
ジェリーは、痛む足を見た。
アンリは、ジェリーごと店に入って。
「今日は、どうするの?」
ウィリアムは、直ぐに反応。
「とにかく、食材の調達が先でしょうね。 俺は、ワインを買ってきます。 少し、若いワインが欲しいんで」
スティールは、ジェリーをカウンター席の一つに座らせ。 ジェリーを見つめて。
「じゃ、俺達はジェリーに聞いて食材集めか」
アンリは、直ぐに拳を鳴らして。
「仲良く行こうよ。 ヘンタイおに~さん」
「おいおい・・・仲良く行けるか? その音・・・」
すると、ジェリーは、離れた海上倉庫から聴こえてくる人の声を遠くに見て。
「父の仕入れ先から当りましょう」
その時だ。 パッとスティールが昨夜の来客を思い出して。
「ジェリー、昨日の夜に知り合い来てたぜ」
「え? 誰ですか?」
「ああ・・“セテル”って言う肉屋みたいな男だ」
名前を出すと、ジェリーとアンリが驚いて見合う。
ウィリアムは、二人を見て何やら有りそうな予感がする。
「知ってるみたいですね」
ジェリーは、少し俯いて。
「セーラに・・・恋した人です」
納得のスティール。 セーラは、確かに美人だから在りそうな事と思うのだが・・・。
アンリが、俄にイライラした顔に変わり。
「クズ男だよ・・・アイツ」
ウィリアムとスティールは、何やら随分な言われ様だろうと目を交す。
ジェリーの話では、セテルの家は街でも有数の卸し肉屋で。 今は、グルメブームで相当な羽振りだそうだ。 今から五年前。 まだ、ジェリーの父親が生きていた頃。 セテルは料理人修行に来ていた弟子の一人だったらしい。 だが、セーラに恋したセテルは、性格も控えめで物をハッキリ言わない反面、何かと父親を頼って事を成そうとする傾向にあった。
ある日、ジェリーの父親が倒れた後だ。 セテルの父親が何時もの卸しを断ってきた。 料理人として、腕の信用の無いジェリーや他の料理人に肉は卸せないと。 卸す条件は、セーラとセテルの結婚、そしてセテルが店の後継者に成る事だ。
呆れ顔のウィリアムは、スティールを見ながら。
「完全な脅しですね」
「んだな」
当時を知るアンリが、ワナワナした顔で。
「あんのヘンタイ男め・・。 ま~た何か条件付けるに決まってるっ。 未だに、セーラの事狙って、セーラの働く店の近くをウロウロしてるの見た事あるし」
ウィリアムは、俯くジェリーに。
「どうやら、そのお店の肉は必要な物らしいですね」
アンリとスティール、ジェリーに目を移した。
「そうなのか?」
「はい・・。 実は、母から教わった伝統料理の中で、あるお肉が必要なんです。 首都の方で飼われている古い種類の牛です。 脂が非常に少ないのに、とても柔らかいんです。 ですが、最近は脂のさしの多いものが持て囃されます。 ですから、扱う店がセテルさんの店だけなんです」
スティールは、昨日の弱弱しいセテルを見ているだけに。
「駄目元で行って見たらどうだい。 なんか、随分と控えめに言ってきたぜ。 使って欲しいみたく」
「はい・・」
ジェリーは、浮かない顔だった。
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ジェリーを連れたスティールは、仕入先でジェリーの身体に染み付いた職人の記憶を見た。
果物店に来て、ジェリーは、直ぐに勧められたオレンジや無花果が安い輸入物と看破した。 何せ、店を開けるのは一日限りで、お金は有る。 なるべく父親と同じ物を求めて、店主と静かに攻防を繰り広げる彼女。
買い付けが終わって、店主はジェリーを見て。
「なんだよぉ~、オヤジさん以上だな。 凄い鼻の利きだ。 まさか、安物を全部言い当てられるとは。 デザート用に、メロンと瓜を差し入れるよ。 ジェリーちゃん、一日だなんてもったいねえ。 こんな張り合いのある駆け引きは久方だ。 もっとお店開いておくれよ」
商売人にこう言わせるジェリーには、やはり父親とやって来た経験が内在しているのだろう。
スパイスを買いに行っても、同様だ。 キツイ味のスパイスでジェリーを誤魔化そうとした商売人だが。 全く惑わされない。 柔らかく、広がる匂いを頼りに、ジェリーはスパイスを選ぶ。
野菜を買いに行けば、ゴリラに似た小太りの店主が、カバの様な奥さんを呼びつけて、ジェリーが父親の猿真似しに来たと馬鹿にする。 だが、怒るアンリを他所に。 ジェリーは、匂いと見た目を頼りに味を確かめて食材を買い付ける。
特に、店主夫婦が驚いたのが。
「ジェリーちゃん、これがお父さんの使ってた茸だ」
と、高級茸を出すと・・。
「いえ、コレは要りません。 其方の小さい種類を」
奥さんが、茸を見て。
「コッチは、安いよ」
「はい。 これでいいんです。 高い茸の種類は、旬が冬から春ですよね? 今は、火に通すと匂いが消えちゃいます。 此方の茸は、初夏が旬で香りが素晴らしいです。 値段では無く、食材の旬を弁えれば、安い食材でもいい味は出ます。 それから・・・」
その姿を見ていたスティールとアンリは、ジェリーが持てる能力を開花している気がする。
店主の男も、ジェリーが父親に負けない嗅覚を持っているのに顔付きが変わった。
「ジェリーちゃんが其処までの目利きに育ってるとは思わなかった。 どれ、おじさんも全力でいい品を明日に仕入れるよ。 明日の閉店の会、絶対に遣りきっておくれ」
と、値段を値引きしてくれた。
スティールは、買い終わってジェリーを見て。
「かっこいいねぇ~」
アンリも。
「マジ、格好良かったぁ~」
褒められるジェリーは、二人に照れる。
魚の買い付けは、幾分楽だった。 ジェリーの顔を見て、店主が話を聞けば、気風のいい返事で了承してくれたからだ。
さて、問題は肉だ。 ジェリーの父親は、鳥・猪・牛・蛙・熊・蛇の肉を使っていた。 それぞれに味の拘りがあり。 全ての肉が集うのがセテルの店だという。 ジェリーの顔にも、幾分疲れが見えていた。
アンリは、“午後にしたら?”と言ったが。 ジェリーは、“行く”と言う。
ジェリーは、スティールに背負られるのも嫌がった。 どうやら、身体の動きが良くなって気持ちが出てきたようだが。 蒸し暑い中を歩くのも結構大変だ。 しかも、今日は今の所は風が強かったり弱かったりしている。 風が弱いと、何とも蒸し暑く感じる。
さて、最も人通りの激しい交差点の一つにやって来た。 人の往来も激しいなら、荷物を運ぶ労働者も引っ切り無しに見かける。
「ん・・・生物の匂いがしないな・・・」
スティールは、目的の大きな肉屋に来て思った。 街角に有り、通りに面した曲がり角がそのまま店の一階だ。 窓の枠も壁も無く、店と通りと吹き抜けた店の内側に、丈の低い食器の棚の様なショウケースのガラス箱に肉の名前を書いて入れてある。 その前に、下働きの男達が威勢の良い声を上げて客目を惹いていた。
ジェリーは、引っ切り無しで入れ替わる客の量が、少しももショウケースから少なくなる事の無い店舗前を見て。
「セテルさんのお店は、二年前に画期的な方法でお店を始めたんです」
「画期・・的?」
「はい。 冷凍の魔法が掛かった冷凍箱を、ガラスのケースに入れて肉を新鮮に保って販売する事です。 父が、セテルさんに進言したんですよ・・。 先代のセテルさんのお父さんは、金が掛かるから反対したらしいんですが・・。 肉も野菜も捌いてから、ドンドン鮮度は落ちます。 特に肉や魚は、塩や香辛料に漬けて醗酵させたり、塩分で腐敗の進行を遅くしたりして長持ちさせますが。 それでは、元来の味を楽しめません。 ですから、この方法は画期的なんですよ。 多分、今では料理業界に肉を卸す最大手でしょう」
「へえぇ~・・・。 腐る手前なら、焼けばなんとかなるって時代はもう遅れか・・。 田舎じゃ有り得ない」
ジェリーは、スティールの話に笑って。
「そうですね。 ウチのお父さんの店にある魔法の箱で十・・・何万もするんですから。 あの、セテルさんの店にある魔法の箱は、全部合わせると桁外れですね」
アンリは、流石に驚き。
「ひえぇ~。 凄いっ」
だが、スティールは、それを聞くと。
「哀れみか、それとも恩返しか、確かに手伝うと言われても・・チョット不気味だの」
アンリも、細めた目で思い切り。
「スンゴイ不気味」
三人は、店を訪ねた。 客を捌く下働きの若く威勢の良い男性が。
「あぁ~・・若旦那か。 奥で、肉を捌いてると思います。 呼んで来ますよ」
ジェリーは、それを聞いて感心した。
「セテルさん、変わりましたね。 前なら、臭い肉を捌くの嫌がってたのに・・・」
若い働き手は、笑って。
「ええ、先代が亡くなって、半年は毎日飲み歩いていたからど~なるかと思いましたが。 色々あって、今じゃ誰よりも仕事しますよ」
と、店の奥に歩いて行く。
中年の奥様達が、ワイワイガヤガヤと肉を見てアレコレ話し合っている。 物珍しいと云うような会話ではなく、新鮮な肉の料理の立ち話だ。
スティールは、少しだけ実家が恋しくなった。
さて、若い下働きの男性と一緒に、昨日の夜遅くに店に来たセテルと名乗った中年男性が現れた。 血に染まった皮の前掛け姿のセテルだが、ジェリーを見て静かに頭を下げた。
「これは、お嬢さん。 ご足労、ありがとうございます」
「いえ、すみません。 営業中に・・」
「いいですよ。 さ、奥にどうぞ」
セテルは、ジェリーを進めてから、アンリを見て。
「アンリお嬢さん、その節は迷惑お掛けしました」
アンリは、予想外の対応に目が点になり。
「あ・・・いえ・・・」
スティールを見るセテルは、薄く笑って。
「ありがとう。 連れて来てくれて」
スティールは、何か一皮向けて働く人間に成っているセテルが職人に見えて安心した。
三人が通されたのは、労働者達の休憩場の様な土間の上にテーブルと椅子を置いた簡素な場所だった。
「どうぞ、汚い所ですが座ってください」
セテルは、肉を加工している方に消えてゆく。
「どう・・なってるのよ」
アンリが驚くと、スティールがしみじみと。
「皆、それぞれに時間が流れたんだ。 色々あって、変わらざる得ない事態があったんだろうよ。 いい顔してる、職人の顔だ」
スティールも、坑道で働く父親や抗夫を見てきている。 何より、アクトルがそうだった。
別棟の肉を加工する現場から、セテルが前掛けを外した厚手のズボンに汚れたシャツ姿で紅茶を低いカップに入れて持ってきた。
「矢継ぎ早で、これしかありませんが。 砂糖だけは有りますんで、飲んでください」
疲れたジェリーには、何よりも有り難い紅茶だった。
お礼を述べる三人。
紅茶を配って、肉の匂いが漂う場所ながら、風が出てきたのか気に成らない中で。
「お嬢さん、閉店の会の事は聞きました。 是非、ウチの肉を使ってください。 御代は、要りません。 代わりに、先代の親方の無念を是非やり抜いてください」
ジェリーは驚いた。 ちゃんと御代は払う気だった。
だが、静かに語るセテルの話は、流石に数年の時の流れの押し寄せた苦労の話だった。
ジェリーの父親が死ぬ時、店を辞めて父親の跡継ぎとして戻ったセテルの毎日は堕落に染まった日々だったらしい。 だが、ジェリーの父親の死後半年で、暴飲暴食の限りでセテルの父親も死んだ。
急に新しい店の主に成ったセテルは、経営の責任に押しつぶされて、神経質に成って不眠症を患い、呑んだ暮れの毎日だった。 慣れない付き合いや、取引先との付き合いだ。 だが、元々身体の強くないセテルは、数ヶ月で身体を壊して大病を患った。 医者には、もう飲酒は駄目だと言い渡されたらしい。 何も出来ないまま、安穏とセテルが病気の快方に向かう中で見たのは、自分の店を潰さないようにと踏ん張る働き手達だったらしい。
“みんな、俺の飲み代を稼ぐ為に働いてる訳じゃ無い・・。 生きるのに必死なんだな・・。 親方も・・・奥さんも・・最後まで店に立ってたな・・・”
ある日情けない気持ちで、今ジェリー達が座っている場所に腰を降ろしたセテル。 だが、店で忙しく動く働き手達は、情けない自分に気を向けてくれる。 初めて、まだ自分が必要とされているのをセテルは実感したらしい。 やり手で、強引な遣り方のセテルの父親でも、仕事人としては認められていた。 セテルは、死ぬ前の親方(ジェリーの父)に勧められた販売法を思い出した。
“売り手が、新鮮な肉を卸してくれりゃ。 料理人も幅の広い料理を提供出来る。 遣って見る価値は在ると思うぞ”
身体の良くなったセテルは、直ぐに肉の解体を覚えた。 そして、気持ちが一丸と成った働き手達を集めて、新しい商売法を相談した。 恐らく、店の残っている現金資産は全て使い果たし。 借金も出来る覚悟でだ。
誠心誠意を持って、働き手達を前にして説明したセテルの姿が職人達を黙らせたのだ。 無論、皆が若き社長の気持ちに賛同し、異論は無かった。
こうして、冷凍魔法の掛かった箱を利用して、新鮮な半氷の肉を売れる様に・・・。 料理屋との取引が爆発的に伸び。 買い物客も前の倍に増えた。 もう、借金は返したらしい。
セテルは、ジェリーを見て。
「この繁盛も、親方の御蔭です。 それに、お嬢さん・・・俺もそんなには長生き出来ない身体に成りました。 後、十年・・二十年生きたら御の字でしょう。 心残りは、親方の出来なかった“閉店の会”だ。 親方が、俺にお嬢さんの手助けを頼んだのに・・・俺は前に逃げ出した。 無謀にも、セーラお嬢さんの気持ちも考えずに・・・。 だから、今回は罪滅ぼしと恩返しです。 どうか、お手伝いさせてください」
声を乱さず、淡々と話す中に隠した贖罪の念が見える。
ジェリーは、自分の身体の事を語り。
「ありがとうございます。 父のお弟子さんだった皆さんが力を貸してくれるので。 なんとか出来そうな気がしてます」
ジェリーは、食材に使う肉の種類をセテル伝えると。
「全て、揃います。 夕方、一番新しい肉を凍らせて少量納めます。 試作して、味を確かめて下さい」
ジェリーは、了解して店に戻った。
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ウィリアムは、ボトルワインを二十本ほど買ってきた。
アンリの父親が昼前から来て、皿の手入れや、竈にくべる薪の用意をしている中で。 ワインセラーの地下室から出てきたウィリアムに。
「お前さん、ワインの味なんか解るのか?」
ウィリアムは、薄く微笑み。
「まぁ、そこそこ」
「そうか。 ま、魚に白、肉に赤、食前酒に発砲ワインを勧めれば殆ど問題は無いな。 後は、銘柄を覚えれば大丈夫だ」
「そうですね」
クベラ、この言い方を後で何度悔やんだ事か解らない。 ウィリアムは、三大陸から集まるワインを知り尽くしたワインテーラーなのだから。
すると、突然。
「失礼」
低い通りの良い男の声がする。
「ん?」
クベラとウィリアムが見ると、黒い貴族風の礼服にシルクの赤いネクタイスカーフをした長身のハンサムな中年男性が立っている。
クベラは、顔を驚かせて。
「マリシュ・・・どうして・・・」
オールバックの髪型に似合う高い鼻、鋭い目つきは確かに風格ある男性だ。
ウィリアムは、出た名前で直ぐに思い出す。
(この人か・・ジェリーさんのお父さんの最高の弟子って人は・・・)
「久しいな、クベラ。 ジェリーさんが閉店の会を遣ると聞いたのでな。 お祝いにワインを持ってきた」
ウィリアムは、マリシュに進み出て。
「ジェリーさん達は、まだ買い付けに出ています。 ワインは、私がお預かりいたします。 地下のワインセラーに保管します」
マリシュと云う男は、頷いてウィリアムにワインを渡した。
ウィリアムは、紙のラベルがもう色褪せてインクが滲んで文字が判らないと思われるのに。
「凄い・・・アンチグーロック・・ヴィンテージ四十年物だ・・・」
クベラ・マリシュは、ハッとウィリアムを見る。
ウィリアムを見つめるマリシュは、少し驚いて。
「判るのか?」
ウィリアムは、黒いボトルの注ぎ口近くの表面を撫でて。
「逆さブドウの模様が入ったこのボトルです・・。 水の国ウオッシュレールで、最高に格式高いシャトーの最高級銘柄・・・。 ある昔、味は素晴らしいが病気に弱いと云う理由で他の畑で捨てられた古種のブドウを、この生産者の先祖が長年に掛けて品種改良して作り上げた赤ワインです。 ラベルに薄っすらと見えるブドウの蔓の絵の重なりが、樽で寝かせた年月。 実を付けた蔦が三本で、三十年。 付けてない蔦が、五年を差します。 しかも、このラベルの色褪せの仕方は、湿度の高い低温の蔵でしょうか・・・。 何年も置かないと、こうは成りません。 薄く付着する湿気が、少しずつ色褪せさせる。 しかも、このワインは、寝かせた年月の下一桁が0か五の時に開けるのが縁起がいいとされますからね。 想像で、四十年と・・・」
マリシュは、毒気を抜かれた驚きの顔でウィリアムを見る。
「君の言う通りだ・・。 君は?」
「あ・・・あぁ・・。 俺は冒険者で、ジェリーさんと事件絡みで知り合いましたウィリアムと申します」
マリシュは、マジマジとウィリアムを見つめ。
「何処でワインの勉強を?」
「コンコース島ですよ。 あそこには、世界のワインが流れてきますからね」
「ワインテーラーか?」
「資格は持ってませんが、勉強はしました。 市民権が無いと、資格は取れないんですよ。 スラムの出身なんで、無理でした」
「そうか・・・。 いい目利きだ」
マリシュは、そう褒める。
「いえいえ、カウンターに座ってください。 紅茶を煎れますから」
「では、席を失礼するよ」
マリシュは、ウィリアムに何か惹かれながら席に着いた。
ウィリアムは、熾きの出来てる竈に向かって。
「クベラさん、お湯を沸かしてください」
「ああ、直ぐ沸くよ」
水を少なくヤカン入れて沸かせば直ぐである。
ウィリアムは、ワインセラーに降りていった。
クベラは小声で。
「アイツの言った事は当ってたのか?」
マリシュは、ウィリアムの降りていったワインセラーのドアを見ながら。
「ああ・・・親方の欲しがったワインだったから・・・。 だが、試飲もしないで持って当てるとは・・・驚いた」
マリシュは、それからクベラを見て。
「お前、手伝う気なのか?」
クベラは、少し顔色を悪くして。
「お前には悪い・・。 だが、ジェリーさんは、親方と奥さんの両方を受け継いでいる。 俺等と一緒に幼い頃から修行した感覚は、病気を患った今でも薄れちゃいない。 寧ろ、ジェリーさんだけの新しい味が出来上がってる。 冷めたテリーヌ食べて、親方と奥さんを思い出しちまった・・。 もう、悔いだけは残したくないんだ」
マリシュも俯いて。
「そうか・・・。 じゃ、親方のレシピも?」
「ああ、包丁もだ。 スィーツナイフが・・・無いがな」
マリシュが、ピクリと反応した。
「そうか・・・。 レシピも・・包丁も・・・」
クベラは、カウンターの内側の厨房内で、ヤカンの湯気を見ながら。
「皮肉だよな。 親方は、俺達に自分の料理では無く。 料理の基本と感覚を教えてくれてたんだ。 親方の料理を教えてくれてた訳じゃないんだ。 なのに、俺達は親方の後を継ぐ事ばかり考えて、親方の言葉に耳を傾けなかった・・・。 目の前に居た、最も優秀な後継者が目に入って居なかった」
マリシュは、フッと笑ってクベラの背中に顔を向けて。
「クベラ・・・お前、本気で言ってるのか?」
マリシュに振り返ったクベラは、悪党の様なゴツイ顔をしんみりさせて。
「当たり前だ。 お前も俺も、自分の味は作れた。 でも・・・親方の・・・奥さんの・・・この店の味では無い。 ジェリーさんの料理は、確かにこの店の味なんだ・・。 それなのに、親方には無い何か、奥さんにも無かった何かが有る。 あの柔らかく大まかでは決して無い味の緩やかな広がりは、俺もお前も作れない。 だから、俺は手伝う。 少しでも、今一度学びたい。 今度は、ジェリーさんからな」
鋭い目のマリシュだが、今は目が陰りを見せて緩んでいる。
「お湯、沸きました? 紅茶煎れますね」
ウィリアムが、ワインセラーから戻って来た。
マリシュ・クベラの見ている前で、ウィリアムはティーポットを出して、缶に入っている紅茶を取り出すと・・。
「あ・・・」
クベラが小さく声を出す。
茶葉を入れる前に、なんと少量の水を入れたのだ。 其処に、茶葉を入れて水に浸し。 その上から、熱湯のヤカンを傾ける。 しかも、一気に入れるのでは無く。 段階的に、少しずつお湯を足して温度を上げる。
マリシュは、淡々と。
「変わった煎れ方だね」
ウィリアムは、穏やかに笑って。
「茶葉が、北の凍土近くで生産される高い茶葉なんですよ。 乾燥させるのに冷たい凍える空気を使ってるんで、煮出すときに熱湯を入れるとエグ味まで直ぐ出てしまいます。 ですが、茶葉の一番硬い芯に香りが残っているので。 こうして煎れるんです」
「・・・・」
ウィリアムは、熱湯まで温度が上がりきったかどうか程度の湯気でヤカンを置き。 優雅な手つきで高い位置から静かに紅茶をカップに注ぐ。
「どうぞ」
出されたカップを見つめるマリシュとクベラ。
「いい匂いだ・・。 丸でイチゴの様な匂いがする」
一口飲んだマリシュの感想。 仄かに濃く香る甘い爽やかな匂いに、自然と目を瞑った。
ウィリアムは、カップに口を着けてから。
「このお茶の葉って、摘み立てがとても硬いんです。 ですから、柔らかく茹でる為に北の固有種の野苺の茎を一緒に入れるんだそうで。 その匂いが、この甘い香りですよ」
マリシュもクベラも、初めて味わう茶葉の味わいに沈黙を漂わせた。 外の海の音、紅茶の香りと味わい。 言葉の要らない贅沢な時間だった。
ウィリアム、紅茶を飲み終える頃に。
「帰ってきましたね」
マリシュ・クベラが、透明なガラス越しにジェリー・アンリ・スティールを見る。
マリシュを見たジェリーは、驚きの顔である。
「まぁ・・・マリシュさん・・・」
マリシュは、席から立ち上がり。
「お久しぶりです、お嬢さん。 閉店の会のお話を聞いて、ささやかながらお祝いを持ってきました」
「え・・・あっ」
戸惑うジェリーに、ウィリアムが。
「とても高い高級ヴィンテージワインです」
「あ・ありがとうございます」
ジェリーは、頭を下げる。
マリシュも、頭を下げる。
「お嬢さん、私にも手伝わせて下さいませんか」
空気が、止まった。
「マ・・・マリシュさん」
ジェリーには、信じられない光景だ。 自分の父を罵り、もう父を超えたと宣言した男が頭を下げているのだから。
「お嬢さん、これを・・・返しに来ました」
マリシュは、上着の懐から何かを取り出した。
ジェリーは、その差し出された赤い柄の短いナイフを見て・・・身体が震えた。
「こっ・・コレは・・・母の・・フルーツナイフ・・・」
紙に包まれた刃から先に見えている柄に、“セリーナ”の名前が彫られていた。
アンリは、マリシュに踏み込んだ。
「アンタが・・・アンタが盗んだのか?」
マリシュは、アンリに言われて昔を思い出す。 そう・・思い上がった。 貴族の金持ち達に踊らされ、店を勝手にオープンして独立した。 当時、他に三人いたジェリーの父親の弟子を引き抜いて・・・。 美しい創作料理を並べ、新進気鋭の若きシェフとして有名に成り上がった。 マリシュは、何時かこのフルーツナイフを遣える時が来ると疑わなかった。 自分が、ジェリーの父親の後を継ぐと確信していたから盗んだのである。
ジェリーは、マリシュを見て。
「何故、どうして今に成って返すんですか? 父は、“このナイフは無くなった”と・・。 新しいナイフをくれました。 どうして・・どうして今頃・・」
マリシュは、顔を苦渋に染めて。
「親方は・・・私が盗んだのを知っていました。 何時か取り返しに来る・・・何時か店に来ると思い上がっていました。 ですが、一度として・・・来てはくれませんでした」
アンリは、ムカっと来た顔をそのままに。
「当たり前だっ!!! そんな卑怯な奴に・・・なんで態々出向かなくちゃいけないんだっ!!!」
マリシュの顔が、更にギュっと歪んだ。
「・・・その・・通りだ。 親方は、ジェリーさんに包丁も・・レシピも託した。 なのに、このナイフの事を語らなかったのは・・。 私の事を軽蔑したからだろう・・・コレを持つ資格は私に無かった・・・だから返しに来ました」
ジェリー、頭を下げ続けるマリシュを見て。
「マリシュさん・・・父が死んで・・・悩んだんですね。 返す相手が消えて・・・目標が消えて・・・謝る相手が消えて・・・許される相手が・・・」
マリシュの身体の震えが、固まった様に止まる。
ジェリーは、ナイフを見て笑った。
「そのナイフは、マリシュさんに差し上げます。 私には、父のナイフが有りますから」
マリシュは、恐る恐るの面持ちでジェリーを見ると、笑顔にぶつかる。
「お嬢さん・・・しかし・・・」
「形見分けです。 閉店の会が終わったら、包丁はクベラさんとセテルさんに分けようと思ってましたから。 私には、父と母の残したレシピが在りますし。 十六の時に、父に送られた私の包丁もあります。 良い道具は、使い続けられていればいいんですよ。 錆らせるくらいなら、その方が・・・」
「お嬢さん・・・」
マリシュは、自分が張ってきた意地が全て崩れる気がした。 囚われて、悩んでいた全てが、自由になる気がする。
ジェリーは、少し困った顔で。
「ですが、手伝うと言われても・・・私の補助になりますよ。 もう、押しも押されもしない一流シェフのマリシュさんが、此処で働けばお名前に傷が・・・・」
そう言われても、マリシュの顔は普段の平静に戻る。
「そんな事はありません。 親方の跡継ぎである新代のジェリーさんに従うなら。 一番弟子のクベラも、二番弟子の私も文句は有りません。 それに・・」
マリシュはウィリアムを見て。
「一人、此処に集まる料理人に負けない舌と嗅覚を持った人物も居る。 皆でやれば、明日の閉店の会は成功します。 いや・・・させます。 今一度、私も原点に帰って、親方に罪滅ぼしを・・・したいです」
ウィリアムは、秘かに買ってきた白いYシャツとズボンを見返し。
「あらま~。 スペアで買った制服のが・・・丁度ピッタリになりましたね。 もう一揃い買ってこないと」
スティールは、笑って。
「お前、用意がいいねぇ~」
ジェリーは、それに笑って。
「明日は、朝から早いですよ」
と、マリシュを見る。
マリシュの恐縮した一礼が交された。
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ウェイター役のウィリアムが。
「いらっしゃいませ」
夕方、店の中で練習が始まっていた。
「お一人様ですか、お席はカウンターと二人席からに成りますが」
「カウンターで」
クベラが客役だ。
「畏まりました。 では、空いているお好きな席にどうぞ」
笑顔・言葉・立ち回り・礼儀・・ウィリアムは、流石に彼方此方で働いて居ただけあった。 クベラもマリシュも文句が無い。 寧ろ、アンリはマリシュには無愛想、クベラには親子丸出し。
「お前なあ、ちゃんとヤレっ!!」
「フン、客の顔が悪い」
スティールとジェリーは苦笑である。 この二人も、練習に忙しい。
「スティールさん、赤い岩塩を砕いて下さい」
「了解」
「終わったら、白い丸皿を用意して下さいね」
「はいよ」
スティールは、何もかもが初めての作業で忙しい。
だが、マリシュもクベラも、見ていてスティールの要領の良さは頷ける。 言われる回数の多い物を近くにしたり。 クベラが洗い磨いた皿の動きも見ている。 直ぐ買ってきた食材と、今しがた、セテルの遣いが持ち込んだ肉と骨で料理を作るジェリーは、短時間で大粒の汗を流していた。
客の役を入れ替わりでやる中で、気付いた事は話し合う。 丸で、新しい店のオープンの前夜のようである。
ジェリーの代わりに、野菜や付け合せの下処理をするマリシュの手並みも確かだった。 動きも早く、無駄が無い。 下処理やデザートは、ジェリーはマリシュに任せる事にした。
少しでも成功に導く練習は夜まで続き。 終わって、ジェリーの疲れた身体をスティールとアンリが送る頃はもう夜。 飲食店街の酒場では、どこも客が入り最も最高潮に近づく時間だった。
厨房を掃除するマリシュとクベラ。 客席を掃除するウィリアムが手を止めて、
「そろそろ出てきたらどうですか。 さっきから、ず~っと其処に居て。 蚊に刺されてますでしょ?」
マリシュもクベラも何事かと思うと・・・。
「あ・・・」
「セーラお嬢さん・・・」
二人の料理人が、驚いて固まった。 店の入り口にセーラが立っていた。 セーラの気の強さは、幼い頃からの物だったからだ。
「どうして・・この二人が居るのよ」
セーラは、マリシュとクベラを睨む。
ウィリアムは、穏やかに。
「ジェリーさんが許したからですよ。 それ以外に、無いでしょう?」
セーラは、店の入り口でウィリアムに向かって。
「何でそこまで協力するのよ・・。 姉を・・どうする気?」
ウィリアムは、呆れた笑いを見せて。
「どうもこうも無いですよ。 セーラさんも、いい加減に決めたほうがいいですよ。 明日以降は、俺もスティールさんも居ないです。 お姉さんの事を、どうするか」
セーラは、グッと目を細めて。
「どうゆう意味よ・・・それ」
ウィリアムは、掃除の手を止めてテーブルに腰を預けて。
「いいですか。 軍医の女医さんが言った告知の意味は、あの日以降・・・昨日も今日も、ジェリーさんの身体に何時異変が起きて、事態が急変してもおかしくないと言っているんです。 つまり、何時死んでもおかしくない。 余命の宣告も出来ない程だとね・・・。 半年と云う余命宣告は、哀れみ・・・いやとても短いと云う意味を柔らかく云っただけです」
マリシュ・クベラ・セーラはギョっとした。
セーラは、店内に踏み込みウィリアムの前に来て。
「貴方っ!! 知ってて姉を動かしている訳っ?!!! 殺そうとしてるのっ?!!」
ウィリアムは、ただただ穏やかな顔で。
「いいえ、この全てをやりたいと言っているのは他ならぬジェリーさんです。 止めても、後悔と苦悩で彼女は苦しみますよ。 俺がしてるのは、薬師として。 後悔だけは、心だけは救ってやりたいのと・・。 僅かな望みに賭けているからです」
「の・・望み? 姉が助かるとでも言うのっ?!!」
「さあ、それは解りません」
セーラは、その掴み所の無い言い方にイライラを爆発させた。
「意味が解んないのよっ!!!!! ちゃんと説明してよっ!!!!!」
涙を浮かべた赤い目を、ウィリアムに鋭く向けるセーラ。
「今まで、ほんの一握りの助かった事例があります。 感染症・・・からね」
セーラは、聞いた事も無い傷病名だ。
「なにその・・・感染症って・・・」
「ジェリーさんの腰の痛み、片目の失明、傷の直りの遅速・・。 体力と免疫が著しく弱まり、この空気中にいる微弱な細菌にすら抵抗力を発揮できなくなった証です。 もう、身体中に菌の繁殖が始まっています。 身体の部分部分に、その兆候が見受けられます」
セーラは、不治の病が原因では無くなっていたのに驚いた。
「多分、事件の中で、自分に向けられた疑惑・言い訳すら聞いて貰えない中での極限の緊張・不安・絶望が引き金ですね。 しかも、汚い牢屋に放り込まれていたのですから・・。 病院でも、手術や投薬の跡に起る怖い病気です。 ジェリーさんの場合は、一時期としても持ち直しましたが・・・普通なら死んでいました。 神が与えたのか、ジェリーさんの意思がそうさせたのか解りませんが。 持ち直すだけで奇跡ですよ」
セーラは、ウィリアムににじり寄って。
「助かる方法は? ・・どっ・・どうすればいいのよ・・・」
「今は、薬で免疫作用の活性化を促す物と、滋養強壮効果の薬を混ぜて飲ませてます。 後は、奇跡しかない」
マリシュは、ジェリーの命の事なだけに、直ぐに声を荒げて。
「解る様に言えっ!!!!」
ウィリアムは、店の中の全員を見回してから。
「本当に稀ですが・・・、生きる気力が、時としてその病気の進行を止める時があります。 癌に然り、死病に然り、時として神が奇跡を与えた様に・・・数年だけ進行が止まるんです。 医者の中では、“気力の奇跡”と言われています。 死ぬ前に、どうしてもと絵を描き始めたある男性は、不思議と五年も生きました。 別の女性は、服を・・・機織を孫に教えようとして三年以上生きました。 何れも、余命数ヶ月の人だった・・。 今のジェリーさんは、生きようとする気持ちに溢れている。 料理を続けようとする意志が、奇跡を起こす可能性があります。 ですから、それに賭けています」
クベラは、調理台の白い石に手を付いて。
「そんな・・・お嬢さんはそんなに・・・悪かったのか・・・。 何で・・何でもっと早く理解してやれなかったんだろう・・・。 ああ・・・親方・・・済まない・・・」
セーラは、裏切った二人に向かって涙を流した目で睨み。
「都合のいい言い訳しないでよっ!!!」
だが、ウィリアムは寧ろセーラに言う。
「二人を責めても、もう解決しませんよ。 ジェリーさんは、その先に向かってる。 セーラさんも、自分の中で答えは決めておくべきですね」
「どうゆう事よっ?!! 一々解らない事ばかりっ!!!!」
だが、ウィリアムの静かな言い方は変わらずに。
「閉店の会をしようが、しまいが、ジェリーさんの命は奇跡でも起きない限りは短い。 多分、一度でも急激な胸の発作が起ったら・・・死にます。 それは、今夜かもしれな。 明日かも、それとももっと以降かもしれない。 でも、遠からずやって来るべき事に、妹として向き合うのか。 拒否するのか」
「・・・・」
セーラは、蒼褪めた顔で俯き黙る。 一番避けていた事である。
ウィリアムは、引導を渡す気で。
「大丈夫、明日が成功すればジェリーさんに心残りは無くなります。 貴女が無視しても何も言わないでしょう。 ただ、それでいいのか・・。 それで心残りが貴女に残らないかは別な話です」
セーラは、泣き出してその場に崩れる。
「うぅ・・・どうして・・・どうしてアタシだけ残されるのよ・・・」
ウィリアムには、それは呆れた言葉だろう。
「逆に言うなら、残れて良かったですね」
クベラもマリシュも、その冷たい言葉に驚いた。
「おっ・・おいっ」
マリシュの声もウィリアムは無視し。
「まだ健康で、まだ生きれて、顔も容姿も悪くなくて、自由に行動出来るのに。 そしてしてるのに、勝手に一人ぼっちですか。 ジェリーさんは、まだ生きてますよ。 貴女を残して逝かなければならないお姉さんは、どれだけ悩んでるか・・。 それを知ってて、貴女は同じ時間を過ごそうとしない。 その痛みを引きずるジェリーさんを放置してる。 もし、俺やスティールさんが居なかったら? マリシュさんやアンリさんやクベラさんが居なかったら? お姉さんは今頃どうなっていたか。 いい加減、目を醒まして下さいよ。 お父さんとお母さんのこのお店との告別でもある閉店の会を・・・ジェリーさんが貴女を除いてやっても、本当の成功とは言えないでしょう?」
セーラは、大声を上げて泣き喚く。
見下ろすウィリアムは、虚しい顔で。
「泣きたいなら、お姉さんの前で泣けば良かったのに。 歪んだ甘えじゃなくて、本当に甘えればいいのに・・。 コレを渡しておきます」
ウィリアムは、着替えた何時ものズボンのポケットから、一折の薬を閉じた包み紙をセーラに差し出す。
目を涙でグシャグシャにするセーラは、ぐずり呻きながらその包み紙を見る。
「あああ・・な・・なに・・よおおお・・・」
「麻薬と神経鎮痛剤を合せた痛み止めですよ」
「へ・・え・・?」
セーラは、薬の成分を聞いて涙顔のままに固まる。
マリシュやクベラですら、顔が蒼褪めた。
「国のお役人から貰って作りました。 ジェリーさんの最後は、全身から破裂するような激痛が襲います。 せめて、その時は楽にしてあげないと。 苦しみ歪むお姉さんの顔を見てられますか? これほどの薬でないと・・・抑えられない痛みなんですよ・・。 薬は、コレ一つだけです」
「あっ・ああっ・・・そんな・・・そんあに・・・姉さん・・・姉さんっ・・わあああああっ!!!!」
セーラは、完全に床に泣き崩れ伏した。
マリシュもクベラも、何も言葉が出なかった。
泣き抜いたセーラは、ぼんやり薬を受け取る。
ウィリアムは、奥のスティールと寝ている住み込みの入り口を指差し。
「ジェリーさんの希望で、貴女の分の服も買って置きました。 開店は正午。 もし、気持ちが決まったら、手伝うなら来て下さい。 俺が出来るのは此処まで・・。 後は、運命しかありません」
セーラは、生気が抜けたように頷く。 出てゆく彼女を、マリシュが送った。
クベラは、ウィリアムを見て。
「キツイ言い方するな・・」
ウィリアムは、薄く弱弱しく笑って。
「是非・・・セーラさんにも参加して欲しいんで。 ジェリーさんを助ける上でも・・駄目だったとしても・・その方がいい」
「・・・そうか・・あえて、悪者か・・」
「憎たらしく思われるのも慣れてますから・・」
クベラは、このウィリアムと云う青年が、若さに似合わない苦労をしていると解った
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「はいよっ、コレとコレと・・・これだっ!!!」
朝、早朝の競り市が終わって、野菜や果物が涼しい内にと運ばれてきた。
「おお~、すげ~量だな」
スティールは、大きな木箱から出される小箱に分けられた野菜の数々に驚く。
「一日分では、もっと必要かもしれませんね」
と、運び込むウィリアム。
野菜の店のオヤジが。
「一応、コレが仕入れの六割だ。 昼の競りにも顔出して。 夕方にもう一度納入するよ。 ガンバレよ」
まだ、ジェリーがアンリと来ていない中で、言われるウィリアムは笑った。
「任せなさ~い」
スティールは、軽口を叩く。
店内の掃除と、下準備をする二人。 直ぐに、注文した魚屋が鮮魚を持って来たりと、早朝から忙しい。
陽が上がり働く人々が、仕事場に向かうために商業区市内に出て来ると。
「おう、朝早くからご苦労さん」
と、船員らしい男が顔を出す。
「どうも~」
スティールが言えば。
「おう、昼に顔出すから。 何か美味いもん頼むぜ」
ウィリアムは微笑み。
「是非、味は保障しますよ」
今日の“閉店の会”の噂は広まっていた。 何せ、あの事件の被害者で、助け出されたヒロインのジェリーに注目が集まっていただけに。 口コミの噂が広まっているようなのだ。
何人かの挨拶を受けている内に、ジェリーとアンリがやって来た。
「おっ、働いているなぁー。 よろしい~」
偉そうなアンリ。
「手伝え」
スティールがボヤク。
陽が高くなれば、マリシュもクベラも来た。
食材のチェックをして、ウィリアムとアンリは接客の練習をする。 セテルが時間を考えて。 肉の状態の良い物を運んでくる。
「おいおい、ひ弱の坊ちゃんがご登場じゃ~ないか」
笑うクベラ。
苦笑いのセテル。
其処に。
「クベラ、それはもう通用しないぞ。 今や、この都市一番の精肉店の主だ。 新しい保存法で、新鮮な肉を提供する異端児だぞ」
と、贔屓にするマリシュが煽てる。
「全く、修行時代のままに褒められてるみたいでなんか変だよ・・」
セテルは、兄弟子に困った笑い顔。
見ているジェリーが懐かしむ目を潤ませていた。
さて、野菜などの下準備を終えるマリシュ。 お湯を沸かして、出汁やスープのベースの準備を終えるクベラ。 スティールと最終の打ち合わせをするジェリーは、何か安心し切った感じの顔だ。
其処に、彼女が訪れた。
「姉さん・・・」
妹の声に、カウンターの窓から見るジェリーは驚いた。 目を赤く腫らせて、少しやつれたセーラだった。
「セーラっ、どうしたのっ?」
アンリもマリシュもクベラも、セーラの登場に笑みが消える。
セーラは、ノソノソとカウンター前に来ると。
「姉さん・・・あっ・・アダシも・・手伝う・・。 ずっと・・なぁなやんでだけど・・・見えない所で姉さんが倒れるのイヤだから・・・手伝う・・・」
セーラは、ウィリアムが渡した薬が無いままで、もし姉に発作が起ったらと思うと。 手伝わずには居られなかった。
「セーラったら・・そんなに泣いて・・・。 何でお姉ちゃんの所に来ないの・・。 一人で泣いても、悲しいだけでしょ?」
優しいジェリーの言葉に、グズってセーラは頷くだけだった。
「コレで、面子が揃いましたね」
ウィリアム、スティールに小声で言う。
「お前の読み通りだな」
スティールは、呆れた。
アンリとジェリーがセーラを連れて住み込みの奥間に入って行く。
ウィリアムはスティールと一緒に、店先に立てる小さい黒板にお勧めメニューを書いて出した。
セーラが、アンリと短い丈のタイトな黒スカート、フリルの襟の白い半袖シャツを着て現れた。 覗ける生足の伸び麗しく、若々しい女性二人は容姿がいいだけに人目も動く。
「う~ん・・・・見た目は中々・・・中身が気に成りますなぁ~」
と、スティール。 二人、容姿が良い分だけ本当に良く似合う。
ウィリアム、横目に。
「従業員に手を付けたら罰金でっせ」
アンリが、ギラギラと睨み。
「そこっ、何を喋っとるかっ!!!!」
スティールは、小声で。
「服の中身意外は期待出来んな・・・」
「聴こえてるんだよーーーーーーーっ!!!!」
アンリが吼えた。
昼に成った。 青い快晴の空の下。 船乗り三人、労働者五人が尋ねてくる。
「もうやってるかい?」
「入っていいかい?」
ジェリーが笑顔で、
「どうぞ、いらっしゃいませっ」
と、厨房に入る。
「どうぞ、窓側の席と、奥の席がございますが・・・」
ウィリアムが、三人に近づき。
「五名様はこちらにどうぞ~」
アンリがもう一方のお客に対応した。
遂に、止まれない閉店の会が始まった・・・。
次号、予告。
遂に始まった“閉店の会”成功は出来るのか。 そして、ジェリーの運命は?
次号、【運命は赴くままに】おたのしみに^^
どうも、騎龍です^^
本日は、2話続けての掲載と致します^^。 長いので、お時間のある時にどうぞ^^
ご愛読、ありがとうございます^人^
+注意+
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