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白いしっぽと私の日常 作者:クロサキリク

番外編・後日談

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10 白い犬神と甘酒と約束(中編1)


 奈緒なお様が大神の家に嫁がれて三か月が過ぎた頃のこと。

 わたくし夏貴なつき様に使役する犬神として、彼と行動を共にするようになっていた。その日は三回目の『仕事』の日であり、寒風厳しい冬の最中であった。

「――吹雪、どうしたの?」

 車に戻る際、商店街にある露店の前を通りかかったとき、私はあるものを思わず目で追いかけていた。隣を歩いていた夏貴様に声を掛けられ、私ははっとして目線を前へと戻す。

『何でもございません』
「ふぅん?」

 平静を装った私に、声を掛けてきた夏貴様は不思議そうに語尾を上げる。
 そうして、目敏く気づくのだ。私がわずかに目線を向けていた先にあるものに。

「もしかして、君、甘酒が好きなの?」
『……いいえ、別に』

 甘酒と書かれた白い旗が揺れる様を横目で見ながら、私は素っ気無く答えた。
 すると、「ふぅん」とまた呟いた夏貴様は、何を思われたのか白い旗の方へと足を進める。私は慌てて彼の後を追った。

『夏貴様、どうなされたのですか?』
「んー?寒いから、なんか温かくて甘いものが飲みたくなっちゃってさ」

 そう言った夏貴様は、露店に立つ年配の店員に「甘酒一つ」と注文する。
 店員が鍋の中をお玉でぐるりと混ぜて、小さな紙コップに白い甘酒を注ぐ。ふわりと漂ってくる独特の甘い香りに、私のしっぽは無意識に揺れてしまった。



 ――甘酒は、私の好きなものの一つだ。

 初めて甘酒の味を知ったのは、十五年程前。奈緒様が中学生になられた春先のことだ。
 白瀬の御家族皆さまで花見に行き、露店で売っていた甘酒に莉緒りお様が興味を持たれた。
 当時、御兄妹の中では、白い飲み物や食べ物が密かに流行っていた。流行を作ったのは莉緒様である。きっかけとなったのは、私の弟分である雪尾が牛乳を好んで飲んだこと。
 以来、何かと白い飲み物食べ物を莉緒様は持ってきては、「これ好き?」「これはどう?」と私や白姫の姉様あねさま銀司ぎんじ様や氷雨ひさめ様にまで勧めるようになった。
 どうやら犬神の好物を探そうという試みらしいが、その度に奈緒様が注意なされたものだ。

 さて、その時も莉緒様は、祖母である芙紗子ふさこ様にねだって白い甘酒を買ってもらっていた。まずは御兄妹で甘酒を味見していたが、飲んだ後、皆様どうにも難しい顔をされている。
 未緒様の足元にいた雪尾が、さっそく甘酒のコップに鼻を突っ込んだものの、すぐに顔を出して、くしゃりと鼻先に皺を寄せた。莉緒様に抱えられていたショコラも、ふしゅっとくしゃみをした後に、前足で鼻を嫌そうに掻いていた。
 ……甘酒とやらは、あまり美味しくないのであろうか。しかし芙紗子様はにこにこと美味しそうに飲まれている。
 私がじっと見ていると、莉緒様が紙コップを差し出された。

「ふーちゃんも飲む?」

 奈緒様の視線を気にしながらも、興味を惹かれた私は、恐る恐る紙コップに鼻を近づけた。
 白い甘酒のほんのりと甘い香りは、砂糖や牛乳の甘さとはまた違うように思える。『酒』と付いているが、焼酎や日本酒などとも違うようである。
 舌先でちろりと水面を舐めて見れば、ほのかな甘みと香りが鼻と口の中で広がる。ぶわり、としっぽの毛が膨らんだ。
 初めての感覚に慌てて顔を引っ込めれば、莉緒様と奈緒様が心配そうに見てくる。

「ふーちゃん、これ嫌い?」
「吹雪、大丈夫?」
『……』

 答えることができずに、私は二人を見上げた。しかし目線は甘酒の紙コップをちらちらと追ってしまう。
 不覚にも、もう一口飲んでみたい、と思ってしまった。
 奈緒様はすぐに気づかれたようで、少し困り顔をしながらも、紙コップを差し出される。そうして結局、私は残った甘酒を全部飲んでしまった。

「吹雪ちゃんは甘酒が好きなのね」

 芙紗子様は微笑むと、生姜入りも美味しいのよ、と御自分が飲まれていた甘酒を下さったのだった――



 懐かしい日々を思い出していれば、夏貴様が「どうも」と甘酒を受け取った。露店の横に設置してあるベンチに腰掛ける。
 私がそわそわしている様子に気づいてはいるのだろう。夏貴様のさりげない視線を感じ取る。
 私が甘酒を好きなことを知っているのだろうか。
 もしや私の前で見せつけるように飲む気だろうか。だとしたら、なんて意地の悪い御人なのだろう。
 思った矢先、夏貴様が「あ、そうだ」と独り言ちた。

「僕、甘酒苦手だったんだ」

 そう言うと、傍らに甘酒のコップを置いて、にっこりと私を見下ろしてくる。

「良かったら飲む?」
『え……』
「僕はお汁粉にしようかなー」

 夏貴様はさっさと立ち上がると、店員に汁粉を注文しに行ってしまった。
 私は、ベンチに残された甘酒と、露店の前に佇む夏貴様を交互に見やる。

 これは一体、どういうことか。
 気まぐれなのか、わざとなのか。試されているような気がする。
 私はどうするべきだろうか。ここで甘酒を飲めば、夏貴様に弱みを握られてしまうような。それにこっそり甘酒を飲んだと奈緒様に知られたら、申し訳も立たない。
 しかしせっかくの甘酒を残してしまうのは、とてもとても勿体ないことだ。

 迷った挙句、私は観念して好物の甘酒に口を付けたのだった。


長くなったので、中編を二つに分けます。
後半は夜に更新予定です。
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