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白いしっぽと私の日常 作者:クロサキリク

本編

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08 白い狼と眼鏡の彼女(中編)

 二次試験の日はえらい目に遭ったものの、第一希望であった公立大学に無事合格できた。
 喜びと期待を胸に入学した日から、俺はキャンパスライフもそこそこに、入試のときに会った白い犬神を探した。
 あれだけ大きくて目立つ犬だ、すぐに見つかるに違いない――と思っていたのだが、楽観的な目論見は外れ、全く見つからなかった。
 食堂や大学図書館、サークル棟や他の学部の棟、ぐるりと構内一周をしたが、犬どころか白いしっぽの端すら見つけることは叶わない。
 ならば犬神と一緒にいた女性を捜そうとしたが、あのとき名乗らずに立ち去ってしまったので、名前もどの学部なのかもわからない。そもそも、学生だったのかどうかもわからない。もしかすると、入試に来ていた高校生の身内かもしれない。
 三ヶ月ほど諦めずに探したが、行き詰まってしまい途方に暮れた。

 もう、会えないのだろうか。
 いや、そもそも、本当にあの白い犬神はいたのだろうか――

 人が見えないモノを見てしまう己の目。
 幻と現実の区別が時々つかなくて、自分でも疑いとわずらわしさを抱くことがある。
 霊に憑かれて朦朧とした意識の中、都合のいい夢を見ただけなのかもしれない。

 それでも強烈に脳裏に焼き付いている、幻のように美しく青い目を思い出しながら、俺は溜息をついた。




**********




 図書館で勉強会しようぜ。

 言い出したのは、同じ学部に入学した、高校からの友人だった。後期の中間試験を一週間後に控えたときだったので、二つ返事で頷いた。
 てっきり大学の付属図書館に行くと思いきや、近くの市立図書館に行くらしい。この時期は付属図書館は学生でいっぱいになるので、市立図書館の方が空いているだろうという友人の意見だ。
 友人含めた男子数人と、なぜか見知らぬ女子数人で図書館に行くことになり、思わず友人を睨んだ。
 「いやだってお前いると女の子誘いやすいからさあ」と悪びれることなく言う友人に、がくりと肩を落としたものだ。
 どうやら、勉強会を建前にした、ちょっとした合コンみたいなものらしい。夜はみんなでファミレス行こうと、勉強そっちのけで盛り上がっている。



 自分の見た目が女の子に人気があるというのは、自覚している。
 自分で言うのもなんだが、容貌は整っている。母親似らしい。小学生の頃は女の子のような顔立ちと名前のせいで、しょっちゅうからかわれたものだ。
 もっとも、成長して背が伸び、体つきがしっかりしてくれば、女の子と間違われることは一切無くなった。むしろ、背が高くて細身なので何割か増しで格好良く見えるようだ。なので、中学生の頃からは、そこそこ女子にモテていた。
 お洒落には特にこだわっていないが、人前で見苦しくないよう清潔に、と母に躾られたので、服装には気を使っている。母の教えの中は、女性には優しくというのもあった。
それもモテ要因なのだと友人は冷静に分析していた。ついでに「天然モテ男め!」と詰られた。

 だが、俺は女性が苦手だった。



「ねえ、ここわからないんだけど~」

 言いながら、顔と身体を寄せてくる女子の周囲には、淀んだ黒い霧が滲んでいた。彼女の肩には手のようなモノが張り付いており、背中側には黒い影も見える。
 それを見やる他の女子は、笑顔のくせにどんよりと暗く鋭い光を目に宿しており不気味だった。
 何度も目にするものの一生見慣れそうにない光景に、若干引きそうになりながら、向かいに座っていた友人の名を呼ぶ。

「田島、この問題わかんないんだってさ。お前数学得意だろ?」
「あ?ああ」
「田島の教え方上手いよ。俺もいつも教えてもらってるから」

 笑顔でさりげなく言って、近づいてきた女子を田島の方へと押しやる。
 女子は不満そうであったが、何か言われる前に机の上に置いていた参考書を手に取って立ち上がった。

「ちょっと本探してくる」

 軽く言って、他の女子が席を立つ前に身を翻した。



 やはり女性は苦手だ、と本棚の間で息を吐く。
 霊よりも、パワーというか執念がすごい。
 中学生の頃にはあまり見えなかったが、高校生の頃からよく見えるようになった。
おそらくは、見栄や自慢、羨望や嫉妬といった感情が黒い影となって目に映るのだろう。
 もちろん黒い影の薄い女子もいたが、どうにも敬遠し、冷めた目で見てしまうようになっていた。
 こりゃ当分彼女はできないな、と苦笑をこぼす。
 気分を紛らわすように、専門書の棚を通り過ぎて、児童コーナーへと足を運んだ。
 特集の棚には、平置きされた絵本が数冊ある。ふと、一冊の本が目に付いた。

 小さい頃に読んだことがある。たしか、子ぎつねが手袋を買いに行くお話だ。
 表紙の母ぎつねと子ぎつねは、薄紫色の野原を背景に、ぼんやりと光る毛並みが幻想的ながらも、柔らく温かい。
 特に目がいったのは、母ぎつねの大きなしっぽだ。色合いは違うものの、こんな風だったな、とあのときの白いしっぽを思い浮かべる。

 思わず絵本を手に取り、口元を綻ばせたときだ。

「その本、好きなんですか?」

 声を掛けられて驚いた。
 はっと振り返れば、そこには緑のエプロンをつけた若い女性が立っている。彼女の胸には図書館の職員を示すカードホルダーが付いていた。
 女性は小柄で、自分よりも頭一つ分は背が低い。
 顎のあたりで切り揃えた黒髪に、丸みを帯びた幼さを残す頬。細い銀のフレームの眼鏡の奥では、円らな黒い目が瞬いている。

「あ、えっと…」
「あ……すみません。嬉しそうに笑っているから、好きなのかなと思ったんです。私もその絵本が好きで、つい声を掛けてしまいました」

 落ち着いた声で言うと、女性は頭を下げてもう一度謝り、その場を去ってしまう。
 図書館の職員であろう女性の後ろ姿を、ぽかんと見送りかけた時だ。

 視界の端に、白いものが過ぎった。

 はっと顔をそちらの方に向ければ、淡く光る白いしっぽがゆらゆらと揺れながら棚の間を進んでいるのが見えた。
 しっぽの根本には、もちろん胴体があり、脚があり、そして――

 視線に気づいたのか、足を止めた白い獣はゆっくりと振り返る。

 狼の様な凛々しい顔立ちのなか、氷のように冴え渡る青い眼差しは、確かにあのとき見た白い犬のものだった。
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