挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
白いしっぽと私の日常 作者:クロサキリク

本編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

78/94

73 白いしっぽと見えない私 前編


 目を開けると、白い世界が広がっていた。
 白い――草庵と荒れた庭を覆う雪景色が脳裏に浮かぶ。まだ夢の中にいるのだろうか。一度瞬きをして見上げれば、ぼやけた視界にひょいと人の顔が現れた。

「やあ、おはよう。気が付いたかい?」
「……夏貴さん?」

 聞き覚えのある柔らかな声は、義兄である大神夏貴おおがみ なつきのものとよく似ていた。
 目を凝らすと、優しげな垂れ目に泣き黒子、役者のように端正に整った顔が見える。夏貴さんの顔の向こうには白い天井があり、周囲は白いカーテンと壁で覆われていた。
 ……ここはどこで、なぜ夏貴さんがいるのだろうか。声で問わずとも視線でわかったのか、夏貴さんが安心させるように目元に笑みを浮かべる。

「気を失った君を、僕が病院に連れてきたんだ。君を助けるように義兄にいさん……達央たつひささんから頼まれてね」
「……兄さん、から?」

 兄の名前が出てきて、私は束の間混乱する。
 だが、すぐに電話越しの兄の声が蘇り、同時に、震える白いしっぽが瞼の裏にちらついた。
 気を失ったこと、その前に起こった出来事を思い出して、私は息を飲む。

「っ、ゆきお…!」
「急に起き上がったら駄目だよ。一応検査はしたけど、安静にしておかないと」

 勢いよく身を起こそうとする私を、夏貴さんが肩を押さえて制した。そうして寝かせたまま、ベッドを操作してリクライニングで上半身を起こしてくれる。

「すぐに呼んでくるから、大人しく待っていなさい」

 笑顔ながらも強い声で夏貴さんに言われて、私は渋々彼の背中を見送った。
 見下ろした自分の身体は、入院中に患者が着るような衣服を纏っていて、なんだか落ち着かない。

 私が気を失った後、何があったのだろう。
 雪尾は無事だろうか。なぜ側にいないのだろうか。

 考えることはたくさんあって、不安が募る。閉じられたドアを縋るように見つめていれば、忙しない足音が聞こえてきた。
 音も無くスライドしたドアの外にいたのは、灰色のコートを着た青年だ。見慣れたショート丈のダッフルコートと、コートの下からは黒いエプロンが覗いている。顔の造作ははっきりと見えなくとも、それが誰か分かった。

「……高階君、ですか?」

 どうして高階君がいるのか。また一つ疑問が増えるが、彼なら雪尾を見ることができるし、何か分かるかもしれない。勢い込んで、私は声を張り上げる。

「雪尾はっ……雪尾は、どこにいますか!?」

 必死の問いかけに、高階君は答えなかった。沈黙と共に空気が張り詰めていく中、彼の口元が開きかけて、きつく閉じられる。
 眼鏡が無いからはっきり見えないはずなのに、彼の目が私を――いや、正確には私の足元を見ていることが解った。

 そして、唐突に気づいた。

 ああ、もしかして――

 ゆっくりと正面を向いて、ベッドのシーツの上を見下ろす。
 少しだけ皺が寄った、何もない、白いシーツの上を。

 目は頼りなく揺らいで、ただでさえぼやけた視界が、余計にはっきりしなくなる。

 そこに、いるの?
 あなたは、いるの?

「……雪尾?」

 名を呼ぶ声は、震えていた。
 鈍くなっていた心が声に感化するように震えて、今頃になって強い波のように衝撃を与えてくる。どくどくと胸にせり上がるものが声を掻き消して、掠れた息が零れた。

「ゅ……」
「雪尾さんっ!」

 ほとんど息と同化した私の小さな声に、高階君の声が被さった。
 病室を突っ切ってきた彼はベッドの横のカーテンを開いて、窓の外を見る。さらには窓を開けて上半身を乗り出し、何かを探すように辺りを見回した。窓枠を掴む彼の手には力が籠り、横顔は何かを堪えるように強張っている。

「……俺、探しに行ってきます」

 そう言って、高階君はいきなり身を翻した。
 その後ろ姿を、私はただ見つめるだけしかできなかった。頭の中は麻痺したように考えることを拒否していて、何が起こっているのか、そして何が起こったのか、状況が把握できない。
 やがて、重い静寂に静かな声が響いた。

「……未緒みお

 名前を呼ばれて、はっと我に返る。
 声の方を見やると、兄の達央が真顔でベッドの脇に立っていた。切れ長の黒い目が、静かに私を見つめている。
 兄の顔を見た途端、様々な感情が湧き起こった。泣きたいような、怒りたいような、自分でも分からぬ感情がごちゃ混ぜになっている中で、不思議と冷たい雪に触れたときのような、すうっとした感覚が流れ込む。

 ――落ち着け。落ち着いて。
 泣くよりも怒るよりも先に、しなくちゃいけないことがある。

「っ……」

 ぐっと拳を握って堪え深呼吸を一つした後、私は兄を見上げた。

「……兄さん、ちゃんと説明して。全部教えて。私と、雪尾のことを」

 ぶつかった視線の先の黒い瞳は、揺らぐことなくしっかりと頷いた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ