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白いしっぽと私の日常 作者:クロサキリク

本編

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72 白いしっぽと見えない彼女 後編


 ようやく落ち着いてきた頃、目の前にハンカチが差し出された。綺麗にアイロンのかかったそれを、少し躊躇った後に「すみません」と受け取る。

『手巾一枚気にするな。何だったらもっと良いものをせがんでも構わぬぞ。思う存分、達央にたかってやれ』
「あのな、白姫……」

 澄ました声の白姫さんに、達央さんががくりと肩を落とす。
 二人のやり取りに、俯いたままの俺はふっと息を吐いた。泣いたことを大げさに慰められることもなく、さらりと流してくれたことが有難かった。
 和らいだ空気の中で、目元と鼻を拭いてから顔を上げる。その目に、達央さんが柔らかく握る青い球体が映った。

「……あの、お兄さん」
「何だい?」
「『目』は、雪尾さんを見る力は、ちゃんと白瀬さんに戻りますか?」

 尋ねると、達央さんは少し眉根を寄せて、しばらく考え込むように目を伏せた。やがて、ゆっくりと言葉を選びながら答える。

「力を戻すこと自体はできると思うが……元々、妹の力は少なかった。戻った後で、力が馴染むまでに時間はかかるだろうし、以前のように雪尾を見ることができるかどうかは、わからない。それに……」

 達央さんが視線を落として言葉を濁す。
 辛そうに細められた目の先にいるのは、小さくなった雪尾さんだ。

「昔……その大きさの雪尾を、妹は見ることができなかった」
『……雪尾は、相応の力を使ったのだ。己の姿を大きくし、尾に力を貯めて常に放出することで、目の弱い主に気づいてもらえるようにな。だが、また力を使えば……あやつの寿命は、さらに短くなるだろう』
「そんな……っ」

 達央さんと白姫さんの説明に、俺は言葉を失った。
 二人を繋ぐ糸である、白いしっぽすら見えなくなったらどうなるのだろう。白瀬さんは、雪尾さんは――。
 ハンカチを握った手に力が籠った矢先、白姫さんが静かに声を紡いだ。

『……一つ、方法が有らんでもない』
「え…?」
『あやつが今持っている力は、生まれたときに得た力のみ。足りぬなら、外から力を得ればよい。我らと同じようにな』

 白姫さんの言葉に、達央さんはピンと来たのだろう。はっと切れ長の目を見開いて、戸惑いの色を浮かべる。

「白姫。だが、それは……」

 達央さんが言いかけた時だった。
 俺の膝の上で、ぴくりと小さな耳が動く。かと思えば、雪尾さんが勢いよく頭を上げた。
 しかし勢いが良過ぎたせいか、それとも頭が重かったせいか、バランスを崩して膝から落ちそうになる。咄嗟に身体を抱えたが、雪尾さんはもがいて四肢をばたつかせた。

「ちょ、雪尾さっ……」

 身体を捩らせて俺の手から逃れた雪尾さんは、そのまま床にべしゃりと落ちる。
 きゅっ、と小さな鳴き声を上げたのは、顔から床に落ちたせいだろう。痛かったのか、しばらく蹲って短いしっぽをふるふると震わせていたが、こちらが手を触れる前によろりと立ち上がった。

「雪尾さん……」

 小さくなった身体は、走るのに慣れていないのだろうか。雪尾さんはひょこひょこと跳ねるようにしてロビーを駆け出す。時折床で滑って転びそうになる雪尾さんを、俺達は慌てて立ち上がって追いかけた。
 雪尾さんを追って階段を駆け上がり、三階の廊下に出れば、ばったりと人に出くわす。白瀬さんに付き添っているはずの大神さんだった。

「あれ、高階君?ちょうど今呼びに行こうと――」

 そう言いかけた大神さんの足元を、小さな犬神が走り抜ける。薄暗い廊下を駆ける、白く淡く光る小さな塊に、大神さんは「元気だねぇ」と呑気に言った。

「飼い主に呼応しているのかな。ついさっき、目を覚ましたんだよ」
「白瀬さん、気が付いたんですか?」
「うん。だから呼びに行こうと思ったけど、手間が省けた」

 白瀬さんの無事にほっとする反面、じりじりとした焦燥に駆られる。
 明かりの点いた病室の一つに、雪尾さんは滑って転びながらも、戸に体当たりしてすり抜けて入っていく。あれが、白瀬さんの運ばれた病室なのだろう。
 急いで追いかけて、ノックも無しに扉を開く。
 すると、奥にあるベッドに上半身を起こした人物が、驚いたようにこちらを見てきた。入院着を纏い、きょとんと目を丸くしているのは、間違いなく白瀬さんだ。

「……高階君、ですか?どうしてここに……」

 眼鏡が無いせいか、目を細めながら尋ねてきた白瀬さんだったが、はっと顔色を変えた。

「あのっ、高階君!雪尾はっ……雪尾は、どこにいますか!?」

 白瀬さんが、勢い込んで尋ねてくる。
 しかし俺は、咄嗟に答えることができなかった。

 白瀬さんのいるベッドの上に。
 白瀬さんの膝の上に。

 白瀬さんの、すぐ目の前に。

 雪尾さんが、いるのに――

「っ……」

 唇を引き結ぶ俺の目線の先で、白い小さなしっぽが、震えた。
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