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白いしっぽと私の日常 作者:クロサキリク

本編

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06 白いしっぽと高階君

 返却された本を棚に戻す作業中、一冊だけ高い位置のものが残った。爪先立ちしてぎりぎり届くかという、一番上の棚の本だ。
 一冊だけだし、わざわざ重い脚立を取りに行くのも手間がかかる。腕を伸ばして本を戻そうとしたときだ。

「よかったら、戻しますよ」

 後ろから聞き覚えのある声がした。慌てて振り向けば、後ろに青年が一人立っている。
 頭一つ分高い位置から見下ろしてくる青年は、私の手から本を抜き取るとあっさりと所定の位置に戻してしまった。

「……ありがとう、ございます」
「どういたしまして」

 私が目を丸くしながらも礼を言えば、青年――高階恵たかしな めぐむは悪戯っぽく笑ってみせた。






「俺、市立図書館ここにはよく来るんです」

 市立図書館に隣接しているコーヒーショップで飲み物を買い、陽の当たる外のベンチに移動して、高階君は口を開く。
 高階君は、いつも着ている白シャツに黒いエプロンではなく、私服姿だ。まあ、彼の働く喫茶シリウスではないのだから当たり前なのだが。
 チェック柄のネルシャツに、ざっくり編まれたセーター、細身のブラックジーンズ。上着は灰色のショート丈のダッフルコートという、ラフだけどお洒落な格好だった。いつものモノトーンの落ち着きよりも若々しく見えて、いっそう大学生らしく見える。
 実際に、大学生らしい。近くの大学名をあげたので少し驚いた。私が卒業した大学だったのだ。後輩になるわけだが、私が卒業した後に入れ違いで入学したそうなので、直接会ったりすることはなかったようだ。

 高階君はコーヒーの紙コップを両手で持ち、ふうと息を吹きかけて冷ましながら言葉を続ける。

「大学の図書館も使うんですけど、こっちの方が本も多いし、静かだから」
「…そう、かな?」

 利用客の年齢層が幅広い市立図書館よりも、大学生がメインの大学図書館の方が静かなはずだが。私は首を傾げた。
 すると、高階君が整った顔に苦い笑みをのせる。

「いろいろ、見えてしまうから」
「……」

 ああ、そうか、と納得した。
 彼は、雪尾の姿を見ることができる。それはすなわち霊や異形を見る力があるということだ。
 たくさんの人に読まれた本や思いが込められた古い書物が収められ、尚且つ人が集う図書館には、そう言った類のものが集まりやすい。霊感が弱い私でも、光が当たらない棚の奥や地下の大書庫では、何らかの気配を感じ取ることがあった。
 ならば、彼にとって図書館は確かに騒がしい所だろう。

「だけど、ここは静かなんです。ほとんど見かけないし、声も聞こえない」

 ふと、高階君が私の隣の空間を見やる。
 白いしっぽが、ベンチの上でゆらゆらと動いていた。今日は足元じゃなくて、私と高階君の間に座っているようだ。

「雪尾さんのおかげだと思います」
「雪尾の?」
「雪尾さんがいると、いろいろなものが大人しくなるみたいで。……それに、一度助けてもらったこともあって」
「え?」

 初耳だ。
 ぽかんとして高階君を見やれば、彼は気恥ずかしそうに項を掻きながら頷く。

「はい。だから、実はけっこう前から雪尾さんと……あなたのことを知っていました」
「……そう、だったんですか」

 知らなかった。てっきり、喫茶店で会ったのが初対面だと思っていた。
 カウンター業務で来館者と対面することはあるが、人の顔を覚えるのが苦手なこともあり、全然彼に気づかなかった。申し訳なくなり、私は頭を下げる。

「あの、すみません、気付かなくて…」
「えっ、いえ、俺が一方的に知っていただけなので……こちらこそ、何だかすみません」
「そんな、高階君が謝ることじゃ…」
「いや、でも…」

 結局謝り合戦が始まってしまう。
 気まずいような、気恥ずかしいような。
 妙な空気が漂えば、雪尾の白いしっぽがぱたりぱたりと二人の間を行き来する。膝を叩かれて、はたと我に返った私と高階君はしばし顔を見合わせて、同時に苦笑を零した。





「――休み時間に付き合ってもらって、ありがとうございました」

 空になったコップを手にし、高階君が立ち上がった。
 私も立ち上がって、礼を言う。

「ううん。こっちこそ、いろいろ話せて楽しかったです。……話しついでに、少し聞いてもいいですか?」
「何ですか?」
「高階君は、雪尾の姿が見えているんですよね」
「はい」
「雪尾、どんな姿をしていますか?」
「…え?」

 彼の目がきょとんと瞬かれる。
 不思議そうに首を傾げるので、私は正直に自分のことを話した。

「私、霊を見る力がほとんど無くて。だから、雪尾のことはしっぽだけしか見えていないんです」
「……そうなんですか」

 高階君は少し驚いたようだったが、すぐに真剣な顔で私の隣をじっと見つめた。
 淡々と言葉を選びながら説明してくれる。

「シベリアンハスキーっぽいけど、それより細身で…狼みたいに見えます。でも、狼よりもかなり大きいです。目は水色…青かな。毛は白くて、ぼんやり光ってて、綺麗で……とても、かっこいいです」
「…そうなんだ」

 雪尾の姿を、ちゃんと見たことも聞いたことも無かった。両親や兄弟達に聞くのは、気が引けて聞きづらかったのだ。

 初めて知る雪尾の姿。
 大きくて白くて、狼みたいな犬。

 テレビで見た狼の姿を思い浮かべる。狼かぁ、かっこいいんだろうな、と私は口元を綻ばせた。
 想像しながら、雪尾の頭があるであろう位置に手を出してみる。

「ええと、このくらいかな?」

 太腿くらいの高さに上げて示すと、「もう少し上で…」と言いかけた高階君が、急に口を押さえた。思わずと言ったように吹き出した彼は、小さく肩を震わせている。

「……高階君?」
「す、すみません、その…」

 高階君の口元は、何かを堪えるように引き結ばれ、震えている。
 どうしたんだろう、と首を傾げると、高階君が「うわっ」と声を上げてよろめいた。
 見ると、高階君の足元で白いしっぽが高い位置で揺れている。なぜか臨戦態勢に入った雪尾に私が戸惑っている間にも、しっぽは高階君の脚をばしばしと叩き、ぐいぐいと強く押していく。

「わっ、ごめん、すみませんっ。雪尾さん、悪気はないんです」

 謝る高階君を、雪尾がしっぽを憤然と振り回し、追い立てていく。
 その様子を、私は呆気に取られながら見ていた。







 数日後、高階君からこっそり教えてもらった。
 私が示した手の高さは、雪尾の頭の高さよりも低かったらしい。
 すると雪尾はわざわざ頭を下げ、手の下に頭が来るようにしてから、上目づかいに窺うように私の方を見上げたそうだ。

『撫でてって言ってるみたいで。
 あんまり可愛いかったから、にやついてしまったんです』

 そうしたら雪尾さんを怒らせてしまった、と高階君は白状した。

 だけど、想像したら私もにやけてしまって。
 結局拗ねてしまった雪尾に、ばしりと足を叩かれることになってしまったのは、後の話である。
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