宇宙のSAMURAI
最終話:壮絶、NINJAの罠!! 宇宙SAMURAI死す!?
首刈り兎座の主星クランシェム。
「二兎を追う者は首を刎ねられて死ね」の名言でおなじみの、銀河連邦の支配圏内でも辺境に属する惑星に今、二隻のスペースシップが大気圏突入を果たそうとしていた。
「いやはや助かりました、ご老公。船の修理だけでなく護衛までしていただけるとは」
「困った時はお互い様ですよ。どうかお気をつけて」
「ありがとうございます。それでは御先に重力を味わってきます」
空間モニターのむこうでぺこりと頭を下げる人の良さそうな商人に、甲板に杖を立てたミツクニは莞爾と笑って答える。
ミツクニは作務衣を着て、杖をついた老人である。
笑う度にもしゃっとした白ひげがもこもこ動くのがチャームポイントだ。
御年とって365歳。電脳義体最盛期の時代とはいえ、生身で宇宙空間に立つのは少々堪える年齢である。
「スケさんや、船の修理は終わりましたか?」
「はっ、滞りなく」
ミツクニの問いにはきはきと応えたのは側近のひとり、エグゾスケルトンのスケさんだ。
古代の全身鎧のような姿をした青年は、これまた兜のような表情を窺えない顔で頷く。
銀河に数多存在する種族の中でも、特に宇宙空間での作業に適したエグゾスケルトンだ。惑星の重力圏内にあろうとも、船の一隻修理するのはレンチひとつで事足りる。
「索敵の方はどうですか?」
『先ほどの宇宙スコールでレーダーが軒並み死んでいます。注意された方がよいでしょう』
船外通信で落ち着いた声音を発したのは皆さんご想像の通り、熱核融合人のカクさんだ。
これまた前時代の映像記録媒体にあるようなロボットそのものの外見をしたカクさんは、メカニックとしても機動戦士としても一角の人物としてミツクニの旅路を支えている。
「まったく。辺境とはいえ銀河連邦の傘下であるのに襲撃に備えねばならないとは――――」
そのとき、虚空から放たれたビーム手裏剣がミツクニの頬を掠って抜けた。
凄まじい精度だ。咄嗟に首を傾けていなければ直撃していた。
「カクさん!!」
『方位7-3-11。これは……NINJA艦隊です!!』
カクさんの声に続いて、何もないと思われた宇宙空間に艦隊が姿を現す。
光学迷彩。NINJAならば当然の顔して有している装備だ。
NINJA艦隊――宙間戦争に適応したNINJAによって組織された艦隊。
彼らは光学迷彩や宇宙まきびし、ビーム手裏剣といった多彩な装備で時の銀河連盟に敵対する組織である。
主君である帝国を喪ってもなお戦い続ける彼らこそ宇宙のレジスタンス。
旗艦および護衛艦、砲打撃艦含めその数、300隻。レジスタンスとしては大規模な艦隊と言えるだろう。
「NINJA艦隊!? まさかこのような場所で出くわすとは……」
「構いません。スケさん、カクさん、やっておしまいなさい!!」
「はッ!!」『承知いたしました』
ミツクニの号令一下、スケさんとカクさんが一切躊躇なく攻勢を開始する。
スケさんは全長13kmの対艦チェーンソーを振り回し、ギュインギュインと艦隊を削り落とし。
カクさんは内蔵する熱核融合炉から放たれるパルスを集束放射し、敵艦の電子系統を完膚なきまでに破壊していく。
両者ともに宇宙戦争を生き抜いた歴戦の猛者だ。偶発戦闘であろうとその手際は際立っている。
だが、敵もさるもの。
電子系統がやられたとみるや、NINJAたちは生身に風呂敷ひとつで宇宙空間に飛びだし、ミツクニへと殺到した。
しゅたっと音を立てて着地するは、広大なる宇宙と比べれば猫の額ほどの甲板上。
杖だけを恃みとするミツクニをNINJAの集団が十重二十重に包囲する。
「覚悟!!」
口上のひとつもなく四方八方から同時に放たれるビーム手裏剣。
ミツクニにこれを防ぐ術はない。
――彼がSAMURAIでなければ、だが。
バシュッと特徴的な起動音が響く。
刹那に斬り払われるビーム手裏剣。
おお、諸人よ顔をあげるがいい。ミツクニは健在である。
それもそのはず。ミツクニが手にする杖はその半ばから熱線を収束したライトカタナに変わっているではないか!!
「仕込み杖だと!? 謀ったな、ジジイ!!」
「語るに落ちましたな、NINJAよ。見かけで侮るなど愚の骨頂よ!!」
斬、と振るわれるライトカタナ。
その老いた外見からは考えられぬ剣閃が一瞬して数十のNINJAを斬り捨て爆発四散させる。
斬撃はさらに伸びて艦隊をまとめて両断し、無限の暗闇に無数の火花が散っては消える。
早くもNINJA艦隊はその総数を3割まで減らしていた。
これこそがSAMURAIの武技である。
頃合いと見たカクさんが広域通信にアクセスする。
『控え居ろう!! 控え居ろう!! こちらにおわす御方をどなたと心得る!!
先の銀河連邦艦隊副司令官、ミツクニ・ミトラ・イエローゲートにあらせられるぞ!!』
通信と同時に、船から照射された家紋型ビームが旗艦を貫く。
この紋所が目に入る(物理)。降伏勧告と制圧射撃を融合させた新時代の恫喝砲である。
並の海賊が相手ならこれで平伏させることも不可能ではないが――
「――戯言だ。そやつがミツクニ、最後の老侍であるハズがない」
拒絶の声はNINJA艦隊は旗艦、甲板に毅然と立つ男から放たれた。
今にも機関爆発を起こしそうな旗艦の上で、小揺るぎもせず腕を組むその昏き威容。
伝統的なNINJAの布装備に身を包んだ彼こそ、この艦隊の長であることをミツクニは本能で感じとった。
「NINJAよ、その心は?」
「知れたこと。大戦の最中、俺はたしかにミツクニの首をとった。そやつは偽物だ。
それとも、俺の顔を覚えているのか? 貴様の首を落としたこのハンゾウの顔を!!」
『バカな!!』
面頬で顔を隠したままぬけぬけと言い放つNINJAハンゾウ。
だが、ツッコミよりも先に、告げられた名にカクさんは反応した。
『ハンゾウだと!? マスターNINJAが何故こんな辺境に!?』
「すべてのSAMURAIを滅ぼすことこそ、我が使命なれば」
『なに!?』「こやつ!!」
傲然と放たれる宣言にスケさんとカクさんが色めき立つ。
しかし、ミツクニは違う。
ミツクニは、SAMURAIはただ頷いただけであった。
老いて錆びようとも、ミツクニはSAMURAIなのだ……最後のSAMURAIなのだ!!
「ならば良し。参られよ、ハンゾウ!!」
「その首何度でも落としてくれようぞ、ミツクニ!!」
NINJAとSAMURAIはどちらの方が強いのか。
それは古来より多くの学者が議論してきた永遠の命題である。
そして、いまだ結論は出ていない。
多くのSAMURAIがNINJAによって殺され、
多くのNINJAがSAMURAIに斬られてきた。
SAMURAIが大戦の光ならば、NINJAは影だ。
戦場でSAMURAIが敵戦艦を撃墜する裏で、首都でNINJAは要人を暗殺していた。
SAMURAIの所属していた銀河連邦は勝利し、NINJAを擁していた帝国は敗北したが、
NINJAはSAMURAIを最後の一人になるまで追い詰めた。
果たしてどちらが勝者であったのか。
そして今、最強のNINJAと最後のSAMURAIが相対している。
長きに渡る永遠の命題に答えをだすときがきたのだ!!
「トゥッ!!」
ハンゾウが旗艦を蹴って宇宙空間を駆け上がる。
恐るべしNINJAの歩法!! 無重力すら彼を捉えることはできない!!
そのまま、ハンゾウは水切り石の如き鮮やかな走りで天頂部へと駆け上がり、無重力を蹴り上げてムーンサルト。
上下逆さまの視界の中で標的を定める。
「――御命、頂戴!!」
放たれるは、頭頂からつま先まで一本筋を徹した逆落とし。
狙いはミツクニの首。避ければ大気圏突入の最中である商人の船を貫く軌道だ。
ミツクニがSAMURAIである限り、これを避けることは許されない!!
「キエエエエエエエッ!!」
加速する速度に応じ、面頬だけを残してNINJA装束が次々に脱げ落ちていく。
装束とは拘束だ。超高速世界に生きるNINJAが通常速度の世界で生きる者たちとコミュニケーションをとるために纏った制限に過ぎない。
そして、それはもう必要ない。彼が心と技を交わす存在はたったひとりに収束したのだ。
もはや火の玉となったNINJA逆落とし。
音を超え、風を超え、光すらも超える速度でハンゾウが迫る。
「見事也、マスターNINJA=ハンゾウ。であれば、私も本気を出しましょう」
対して、ミツクニのとった構えた異常であった。
熱線の刃を下に、柄を高く掲げたその構え。
まるで頭上にいる者に剣を捧げ渡すかのような構えにハンゾウは猜疑に見舞われる。
だが、次の瞬間、その疑念に答えが呈された。
ジーっと音を立ててミツクニの背中のジッパーが引き下ろされる。
中から出てきたのは――なんと全裸の少女ではないか!!
ポニーテールも眩しい美少女剣士!!
ミツクニはミツクニの皮を被ったミツクニちゃんだったのだ!!
昨今流行りの女体化である……女体化である!!
蛹を破り蝶が舞うが如く、脱皮を果たしたミツクニちゃんは宇宙空間にその身を晒す。
事この段に至ってその狙いは明白。
ミツクニがライトカタナを掲げ、ミツクニちゃんが抜き放つ居合の構え。
異形なる二者一対、一人二役の居合こそ彼女の本領なのだ。
互いに生まれたままの姿となり、閃光となった両者が交差する。
「ハッハッハ!! 敗れたり、ミツクニ=チャン!!」
彗星の如き光の中、ハンゾウは面頬の下で哄笑した。
居合とは後の先、迎撃の技であることに相違ない。
だが、それはあくまでNINJA以外の世界の話だ。
二階からパイルバンカー。宇宙戦艦の主砲を迎撃できようと、NINJAを迎撃できる謂われはない!!
そして、ハンゾウは躊躇なくその足裏でミツクニちゃんを粉砕する――――
――――直前に、その体を両断されていた。
数瞬、認識が現実に遅れる。
ごろごろと宇宙空間を転がっていく自分の下半身を阿呆のように見遣りながら、ハンゾウは言葉もなく瞠目していた。
通常、居合は右手で柄を、左手で鞘を持って行う技だ。
それに対し、ミツクニちゃんは両手で柄を握って2倍、ミツクニ(皮)が両手で鞘を握って2倍、通常よりも大きく跳んで2倍、そこに回転を加えてさらに2倍。
ゆえに、答えは明白。
合計16倍の瞬間出力で放たれた一刀はNINJA逆落としの破壊力諸共すべてを切り裂いたのだ。
「天晴……ッ!! 天晴也、ミツクニ=チャン!!」
自慢とする速度で敗れたハンゾウはしかし、どこか満足げであった。
「ハンゾウよ、今ならまだ治療も間に合う。我が軍門に下る気はないか?
おぬしになら、ヤシチの名を与えることもやぶさかではないぞ」
仕込みライトカタナを納めたミツクニちゃんが静かに問う。
だが、ハンゾウのいらえはゆるゆるとかぶりを振るのみであった。
考えるまでもなく、答えなどはじめから決まっていた。
「戯言だ、ミツクニ=チャン。NINJAの戦いは首を刎ねるか刎ねられるか。敗北と死は同義だ。
……俺を哀れと思うなら、この首を刎ね、銀河の彼方へ捨ててくれ」
「承知した」
次の瞬間、抜く手もみせずに放たれた仕込みライトカタナがハンゾウの首を落とした。
切断面は超高熱に焼き切られ、血の一滴すら流れることはなかった。
ついに物理法則に追いつかれたハンゾウの首がふわりと無重力空間に浮かびあがる。
その首をそっと抱きとめたミツクニちゃんは面頬を下ろすかわずかに迷った。
だが結局、素顔を暴くことはせず、ただ硬い面頬に触れるような口づけを落とすのみ。
それが彼女なりの別離のはなむけであった。
ミツクニちゃんはゆっくりと腕を回し始める。
回転する度に速度はいや増し、最高速に至ると同時にオーバースローでハンゾウの首を投げ放つ。
ひと筋の流れ星となったハンゾウは美しいスイングバイの軌道を描き、広大無辺なる虚空の彼方へと飛んでいった。
「ハンゾウ、お前もまた強敵だった……」
ミツクニちゃんがしんみりと呟く。
ハンゾウもミツクニちゃんも、共に生まれた時からその名を襲名するために己の名すら与えられぬまま育てられたのだ。そこに共感がないと言えば嘘になる。
少しだけセンチメンタルな気分になったミツクニちゃんであった。
なお、マーケティングのために言及しておくが、彼女はいまだ全裸である。
『……ミツクニ様、そろそろ大気圏突入シークエンスに移ります』
「わかりました」
空気を読んだカクさんがそう告げたときには、ミツクニちゃんはいつものテンションに戻っていた。
「スケさんや、っとと。スケさんも準備はいい?」
「問題ありません。……やはりジジくさい言葉は無理があるのでは?」
「なによー。形から入るのもひとつの手です、なんて言ったのはスケさんじゃないのよー」
傍らに侍るエグゾスケルトンに軽口を叩きながら、ミツクニちゃんは頬を膨らませた。
色々あったが、これからも彼女の旅は続く。
なお、収納し忘れたミツクニ(皮)が大気圏突入時に燃え尽きたことでひと騒動起きるのだが、それはまた別のお話である。
(完)