第8話 村にて(3)
村というより、ギルドにてのほうがよかったかも……
「食事の改善を要求します」
「藪から棒に、なんだ?」
説明を聞くために来た冒険者ギルドで、マスター相手にそんなことを言ってもしょうがないが、どうしても言いたかったのだ。
なぜ、そんなことを言いたくなったのか? それは昨日までさかのぼる。
ギルドでカードを受け取った後、もう遅いからという理由で詳しい説明を明日にしてもらうことにした僕は、その足で宿屋に向かった。
「いらっしゃい」
『南の夕日亭』という名前を持つ宿屋は、酒場も兼ねており、仕事帰りに飲みに来た客でいっぱいだった。
「お泊りですか?」
入ってすぐのところにあるカウンターの中から、にこやかな笑顔で女性が訪ねる。
「え~っと、神人用の部屋ってありますか?」
神人用の部屋というのは、神人用のベッドが置いてある部屋のことである。神人は、羽があるという関係上、他の種族のように横になって眠るということが出来ない。その為、専用寝台でシーツを肩から掛けて座って寝るというスタイルを取る。通称、鳥の巣というものだ。
「申し訳ありません」
謝るってことは、ないってことだろう。大量のクッションとシーツで代用できるので、頼んでおく。
「一泊、銅貨20ですが、何泊しますか」
「とりあえず10泊で」
十日後に、商会の商人たちがくるそうなので、それに便乗して県都まで行くつもりなのだ。
さっそくカードを使って支払いを終え、二階にある部屋に向かう。部屋自体は、ホテルのシングルルームといった感じの部屋だ。寝起きするだけならこれくらいで構わないだろう。お風呂はないが、村の中に共同浴場はあるとのことだ。
「お待たせしました」
部屋のチェックをしていると、ここの娘だろうか、12、3歳くらいの女の子が、シーツに包まれた大量のクッションを運んできた。
「これだけあれば、足りますか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
「どういたしまして、食事の準備が出来ているので、下まで来てください」
笑顔でお礼を言うと、女の子も笑顔で答えてくれた。
うん。感謝の言葉と笑顔は、コミュニケーションを円滑にしてくれるな。
「そのまま荷物を置いて、食事に行ったんですよ」
「口に合わなかったのか? メアリさんの料理は絶品だと思うが……」
メアリさんというのは、『南の夕日亭』のおかみさんで、宿を切り盛りしている豪快なお母さんだ。ちなみに、入口のカウンターにいた女の人は、メアリさんの長女シリルさん(19)、クッションを運んでくれたのは次女のリリアちゃん(11)だ。後旦那さんと息子さんがいるらしい。
「美味しかったよ。今まで食べた料理でも五指に入るね」
料理は実にすばらしかった。グルメではないものの、食事にこだわりがある僕としては満足いくものだった。ただ塩で焼いただけの肉がなんであんなにうまいのか? 時間をかけて、丁寧に煮込まれたスープだとか、とても普通の宿屋の食事とは思えない。
だが、問題はそこではない。
「問題は、パンです」
「パン? メアリさんのパンは、村随一のうまさだぞ」
こちらのパンは、イースト菌なんかで発酵させたものでなく、硬くて水気がなくぼそぼそしている。スープにつけて食べるのが基本だそうだ。発酵させたパンとは大違いだ。
「あのパンか、普通なんですか?」
「? 他にどんなパンがある? 貴族たちのは知らんが、普通だと思うぞ」
あのパンが普通だとすると、今後どこへ行っても同じ物しか出てこない可能性が高い。慣れればいいかもしれないが、食に対してこだわりがある僕としては、元の世界のパンが食べたい。この体は食が細いので、なるべく美味しい物を食べたいのだ。
「う~ん、自分で……しかし、……菌って、う~ん」
「おい、ギルドの説明は良いのか?」
マスターの声で、本来の目的を思い出す。
「すいません。お願いします」
「あーっと、昨日はどこまで話たか?」
「えーっと、聞いたのはギルドの成り立ちと、カードについてですね」
「そうか。後は、依頼の受け方とランクのみだな」
おおよそ予想はついていたが、ほぼその通りだった。
依頼は、討伐・採集・雑務の三種類に分かれている。
討伐は、その名のとおり、魔物を倒してくれという依頼である。報酬と評価は高いが、危険性が最も高いものだ。国からの依頼も結構あり、もしかしたら出世できるチャンスになりうるため、冒険者の人気が高い。
採集は、森に生える薬草や、鉱山にある鉱石などを取ってくるというものだ。依頼によって、報酬や評価、危険度が変わってくるもので、少し慣れた冒険者がよく利用するらしい。
雑務は、その他諸々である。要するに街の中でやる雑用というもので、危険度はほとんどないが、報酬は低い。ただ、受けることによって、ギルドの好感度が上がるため、ギルド内評価は結構高い。しかし、冒険者からの評価は低い。
「護衛は、やっていないのですか」
今度来る商会の護衛として県都まで行こうと思っているのだが……
「雑務依頼の一つだ。雑務の中で最も人気のある依頼だな」
依頼の受け方は簡単で、ギルドにある掲示板に張り出されているのを、はがしてカウンターに持ってくるだけ。後は、カードと依頼書を渡し、カードに依頼を受けたことを読み込ませて完了。
「掲示板に?」
ギルドの隅に掲示板はあったが、そこには何も張られていない。
「ま、こんな田舎だとギルドに依頼を出さなくても、自分たちでなんでもやってしまうからな……」
時折、討伐の依頼がくるそうだが、採集や雑務系の依頼はほぼ来ないそうだ。
続いて、ギルドランクについて。
ギルド員は、それぞれS~Fのランク付けがしてあり、依頼の達成状況や評価から、ランクの上下が下される。Fが最低で、Sが最高位だ。
「ま、Sランクなんて、数えるほどしかいないがな」
実際、片手で数えられるくらいしかいないとのこと。一番多いランクはDで、全体の6割を占めるそうだ。
ランクは、依頼を受けるときの目安として使われるのだが、依頼自体にランク制限はしていないらしい。
「してないんですか? じゃあ、いきなりSランク依頼とかでも受けられるんですか?」
「ああ、依頼者が制限してなければな」
ほとんどの高ランク依頼は、制限がしてあるのから、安心するようにと言われた。制限してないやつは、ギルドが出したフェイク依頼だという。
なぜこんな風になっているかというと、自分の実力も分からない人、お断りということらしい。
ギルドとしては、なるべく信頼の下がる依頼の失敗をなくしたいのだ。
だが、冒険者の中には、自信過剰な奴がおり、自分の手に負えない依頼を受け失敗、最悪命を落とすといったことが起こるのだ。過去に、それによって引き起こされた最悪の事件があってから、高ランク依頼のフェイクを用意し、自信過剰な冒険者の鼻をへし折るといったことをやっているのだ。
「そんなこと僕に話していいんですか」
ギルドの重要な機密というやつでは……
「良いだろ。嬢ちゃんは無茶するようなタイプに見えんよ」
まあ、のんびり楽しく過ごしたいと思っていますから。ぶっちゃけ、ギルド員になったのも、旅するのに必要だと思っただけで、無理にランクを上げようだとかは思っていない。
「適度に依頼をこなさないと、ギルドカードは取り上げになるぞ」
義務をこなさないやつに、権利を渡さないというものですね。それじゃあ、さっそく依頼を……って、なにもないんでしたっけ。
そのあとすぐ、ギルドを追い出された。なんでも、『嬢ちゃんみたいなやつが捕まったら大変なことになる』人が出勤してくる前に出て行ってくれとのこと。
いい加減なように見えても、ギルドマスター。ちゃんといろんなことを考えているようだ。
さてと、今日は村を回ってみようかな。武器や防具の店はないと思うけど、道具屋はあるだろう。旅に必要な道具を見つくろって、ついでに服とかも見て回ろうかな。
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