第34話 危機(開戦)
ギリギリ投稿
「状況は?」
走る勢いそのままに、指揮室に飛び込んできた僕を、部屋の中にいた人たちは驚いたように見つめてきたが、すぐに壁に映されている戦場の様子に目をやる。
「第一段階……といったところじゃな」
ガルバさんの答えに、何とか間に合ったと胸をなでおろす。
「はあ、はあ、はあ、早すぎ、ですわ。ビリノアさん」
全力で走ってきたのだろう、少し遅れてフランがフラフラになりながら部屋に入ってきた。
「フランか……避難しろと言っておいたはずだが……」
映像から目を離さないまま、ブリジット伯がフランに声をかける。
「嫌ですわ」
父親の提案を、バッサリと切って捨てるフラン。
ちなみに、ブリジット伯爵家には、フランの他に夫人と男の子が一人、女の子が二人いるのだが、ブリジット伯が説き伏せて避難させた。
「私は、貴族ですわ。貴族というものは、人の上に立つことが許されている者。では、なぜ人の上に立つことを許されているのか? 理由は簡単、己の下にいる者たちを外敵から守って差し上げるからですわ。ですから、私は、ここから逃げるわけにはいきませんわ!」
「くっくっく、逃げた奴らに聞かせてやりたいな……」
フランの啖呵を聞いて、薄く笑いながら、ブリジット伯がつぶやく。
実は、カーシャ女男爵を筆頭に、旧市街地に住んでいた貴族たちは、一部を除き会議の次の日には全財産をまとめ逃げ出していたのだ。
……まあ、威張っているだけの貴族連中など、いない方がいいと思ったのは、ここだけの話。
「良いだろう、ここにいるがいい。ただし……」
「分かっていますわ。危なくなったら皆と一緒に逃げますわ」
話がまとまったところで映像に目をやると、夜魔たちが引いて行くところが映っていた。
「あら? 引き揚げ? あと、何なのですの? この画像」
「引き揚げではなく、再突貫の準備でしょう。そして、この画像は『天空の瞳』を使ったものです」
フランの質問に、僕は答える。
天空の瞳とは、ゲーム内にあったアイテムでこの世界にもある、ダンジョンのマップを表示させるアイテムだ。このアイテムは、もう一つの特性を持っており、町やフィールドで使うと上からの映像、鳥観図を映し出すことが出来るのだ。今回は、その機能を使い戦場の様子を見ているのだ。
解説している間に準備が整ったのだろう、夜魔たちが物凄い勢いで突撃してくる。万単位の夜魔の突撃だ。その勢いは凄まじく、大地を揺るがすようであった。
が、しかし――
「……吹っ飛びましたわ……」
ある位置に差し掛かった時、轟音と共に最前列を走っていた夜魔が、爆発に巻き込まれ吹っ飛んでいった。
「なんなのですの? あれ……」
「連続式爆発罠」
町を囲むように設置してある罠の名前だ。
これも同じく、ゲーム内アイテムで、この世界にもあるものである。
設置式の罠で、魔法の力で動かすものである。対象を指定――今回は夜魔――して、その対象がその罠の中に踏み込むと爆発を起こす、一種の地雷である。しかも、使いきりタイプではなく、連続使用が可能なものであり、魔力が供給される限り何度でも使えるという代物である。欠点は、消費魔力が結構大きいことだ。
「大丈夫ですの?」
「対策は取ってあります」
簡単なことだ。
設置した者でなくとも、魔力を送れば罠は作動するのだ。
それならば、ある一定時間毎に魔力を送る者を交代させればいい。
今回は、三重に設置しており、交代するタイミングをずらしているため、交代の隙を突くことが出来ないようにしている。
さらに、交代要員を多くするため、魔力増幅陣を使い一人で多数の罠に魔力を送るということも実行している。その上、魔力回復陣も完備している。
飛び越えるということも仮定して、広い範囲にびっしりと仕掛けてあり、更に城壁の上から辺境騎士団と冒険者の方々が、弓と魔法を使い攻撃している。
「後、走り抜けられることも仮定して、落とし穴の罠も仕掛けてあります」
「……考えられていますけど、騎士の戦いじゃありませんわ」
正々堂々と言うのが理想なのだろう、フランはそう言うが、今回はそんなこと言っていられない。
彼我戦力差は、こちらの五倍以上なのだ。正面からぶつかっても、勝てない。ならば、卑怯と言われても罠を仕掛け、小細工を弄して勝ちを引き寄せるべきである。
「まあ、良いですわ。この方法が効果的なことは、私にも分かっていますわ。問題は、この後どうするかですわ」
その通り、相手も馬鹿じゃない。何らかの手段を取ってくるはずだ。
「そこが狙い目ですね。何らかの方法で、連絡を取ってもらえれば、相手の中心が分かります。そこに雷光球を撃ち込む予定なのですが……」
「……さっきから、突撃ばかりのような気がしますわ」
フランの言葉通り、これで七度目となる突撃が敢行される。そして同じように吹っ飛ばされていく夜魔達。
王の学習能力が低いのだろうか?
「とは言え、ちょっとこれは不味いかも……」
いくら交代制を使っているとはいえ、こうも突撃を繰り返されると、こちらの魔力が持たない可能性がある。牽制目的で射かけている矢や、魔法も限りがある。
落とし穴だけでは、防ぎきれないし……
「あら? 今までとは違った動きをしていますわ」
考え事をしていたときに聞こえてきたフランの声で我に返り、画像に目をやる。
すると、ある一か所に夜魔たちが集まりつつあった。
「団長! 投石機用意!! 方向は――」
すぐさまカードを使い、エンリコさんに連絡を入れる。
画像をにらみながら、一番効果的なタイミングを見計らう。
「今だ!」
『放て!』
カードを通じて、エンリコさんの声が聞こえる。
一拍置いた次の瞬間――
「きゃあーーーー」
「ぐぅっ!」
「どわぁぁ」
轟音とともに、全員が床に投げ出されるほどの激しい揺れが館を襲った。
「……くぅ」
ようやく揺れが収まったので、戦場の様子を見ると、そこには直径十メートル程のクレーターが出来ていた。
「……シャレにならん威力じゃな」
「……そうですわね」
起き上がったガルバさんとフランが、口々にそう言う。
と言うか、雷光球の威力じゃないだろう。
「あー、団長? 追撃できますか?」
画像には、逃げていく夜魔たちが映っている。
『無理だな。今の音とかで、馬たちが怯えている。馬無しでは、夜魔に追い付けんよ』
「そうですか……仕方ないですね」
そう答えた後、最も聞きたいことを尋ねて見る。
「王は殺れたと思いますか?」
『いや、生き残っている可能性が高い』
聞くところによると、雷光球は夜魔たちが集まっているところから、少し外れたところに着弾したらしい。その為、多くの夜魔を巻き込んだものの、王を殺るには至らなかった可能性の方が高いとのことだ。
「そうですか……」
『戻る所は、本拠地としているあの山だ。早急に山狩りをせねばならんな』
「そうですね、早めにやりましょうか、山狩り」
夜魔王による襲撃は、これでほぼ終わった。周囲をだいぶ削り、引き揚げる途中で脱落する者もいるだろうから、山狩りはそう難しいものにはならないはずだ。
そう思いながらブリジット伯に説明をしていると、横からフランが声をかけてきた。
「お父様」
……何となく言いたいことが分かった。
「私も、山狩りに参加しますわ!」
……どうやら、僕の仕事は延長が決定したらしい。
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