第31話 危機(一週間前)
遅くなりました。
それは、ある一つの連絡から始まった。
「は? 王都の王宮に出頭せよ? なんで?」
ここは、ラインダム家のリビング。前回のスパルク騒動からお世話になっている、ガルバさんの家のなかである。
「いえ、言い方が悪かったようです」
目の前でソファーに座って話しているのは、騎士服を着た男の人―エンリコ・ウィーティスと名のった―黒曜騎士団団長で、現在の騎士団のトップである。
「スパルクの起こした事件の裁判において、証言をしていただきたいとのことです」
「そう言うことですか。で? 何時です?」
「正確な日時は決まっておりません。その時に使いの者が行くことになっていますので、よろしくお願いします」
「解りました」
そう答えながら、疑問に思う。
「ふん、エンリコ。他に用事があるのだろう」
「おや? なぜ?」
「お前ほどの地位の奴が、そうホイホイとこんなところまで来られるか」
子供でも解るわ。と、ガルバさん。
そう、その点が疑問だったのだ。
黒曜騎士団は、国中の騎士のなかから選りすぐりの者たちが集められている騎士団で、主な任務は王の護衛である。要するに、王の親衛隊といえる騎士団なのである。
そんな騎士団の団長が、こんな辺境に裁判のお知らせを持ってくること自体おかしいのである。
「おっしゃる通り、裁判のことはついでです。本来の要件は、別にあります」
「それは、ワシに対してか?」
「はい」
ガルバさんに対する用件か……
「僕は、席を外しましょうか?」
「いえ、どうせ午後には全市民が知る話です。そのままでいいですよ」
そう言って、居住まいを正したエンリコさんは話し始めた。
「簡潔に言います。ジャバル山で、夜魔王が確認されました」
「なん、じゃと」
ガルバさんが、驚くのも無理はないだろう。
邪神の封印がなされている現在、人に対する脅威というものは魔物であるが、その中でも最悪なものが二つある。
一つは、暴走である。
これは、獣型の魔物が起こすものであり、その名の通り何百、酷い時には万単位の魔物が、なにがあろうとお構いなしに真っすぐ走り抜けるのである。魔物たちが通った後には、廃墟が残るのみといったありさまであるのだ。さらに、いつ、どこで、どの規模で起こるか予想がつかないので、厄介なことこの上ないのである。
もう一つが、今回起こっていること。すなわち、人型の魔物が起こす王による人への戦争である。
人型といえども魔物には、知性というものがほとんどない。本能に従い、人を襲う。しかし、ごく稀に知性を持った魔物が生まれることがある。その魔物は、王と呼ばれその種の魔物の中心的存在となるのだ。
王も魔物であるため、人を襲う本能が強い。しかし、知性があるため、闇雲に襲うことはしない。周りに居る同種の魔物たちを集めて、戦闘組織を作り人の住む町に攻めてくるのだ。
「幸い、今回は早期に発見できたため、近隣の村々の避難は間に合いそうですが……」
「攻めてくることを防げない……ということか」
「はい、王のみを狙って少数精鋭を送る段階は、すでに過ぎていました」
理由は解らないが、王が誕生するとそれに呼応するように同種の魔物が増えるのである。増えた同種の魔物は、王を守ろうと動くため、少数精鋭で王を狙うということが難しくなるのである。
「それにしても、良くこんなに早く見つけられたな」
それについては、同感だ。
王の出現は、暴走と同じく予想というものが出来ない。
予想できないため、準備が遅れてしまうといったことがほとんどである。過去には、全く準備が出来ていないところに攻め込まれ、国が滅びてしまったといったこともあったのだそうだ。
「それについては、彼女の手柄です」
そう言って、エンリコさんが僕の方を見る……って、え?
「は? 僕のですか?」
特に、何にもしていないのだが……
「冒険者ギルドに報告したでしょう。『山の浅い所で、夜魔に遭遇した』と」
「あ! ああ。あれのことですか。山の名前まで知らなかったので、ピンときませんでした」
以前、ダイさんとともに魔力石を取りに行った時の事だろう。
「その報告をもとに、調査したところ、確かに夜魔の数が増えていることが確認された。そして、魔法を使った探索で王の存在が確認されたのだ」
エンリコさんの説明が、ひと段落した所でガルバさんが止める。
「説明はもう良いだろう。本題に入ろうか」
「わかりました」
そう言うと、エンリコさんは姿勢を正し深々と頭を下げる。
「ガルバ団長、お願いします。力を貸してください」
「力を貸すのは良いが……。どういうことか説明せい。あと、わしはもう団長じゃないぞ」
「団長は、いつまでも団長ですよ」
そう言いきったエンリコさんの説明によると、戦力が足りないとのことだ。
今回、戦力の中心になるのは、黒曜騎士団千五百人と領主の私兵及び辺境騎士団二千人の合計三千五百人である。
民兵や冒険者ギルドの冒険者の協力があったとしても、五千行くか行かないかである。
対する夜魔たちは、現段階で五千。村とかから住民を逃がすために結界を使って一週間ほど閉じ込めているが、その間にもっと増えるだろう。
「籠城するのなら、三倍の戦力を相手にすることも出来るのですが……」
「籠城は悪手だな」
糧食や水などは転送陣からいくらでも手に入るが、刻一刻と増えていく敵から街を守りきることなど不可能に近い。
となると、大打撃を与えて撤退させる。その後、精鋭部隊を送り込み、王を討伐するといった方法になる。まあ、最初の打撃で王を葬れればラッキーというものだ。
「問題は、どうやって大打撃を与えるかです」
「正規兵だけでは難しいな。魔法部隊は来ていないのか?」
大軍を寡兵で破るとしたら、魔法の力が必要となる。
魔物たちの戦法は、基本力押しである。圧倒的な数の力で、押して押して押しまくるというものである。
勢いと圧力、そして魔物の本能に従った良い戦法といえるものだが、弱点はある。
本能に従っているため、ちょっとでも怯ませれば勢いが落ちる。そこに付け込んで追い打ちをかければ、簡単に崩れてしまうのだ。
まず怯ませるために、魔法というものは適しているのだが……
「少数ですが来ています。しかし、結界を張ることと、付近の村の守護に力を割いたため、実際に戦闘に役に立つものは極わずかしかいません」
「魔法が使えないか……。正直厳しいな」
「はい。ですから、少しでも戦力が欲しいのです」
「分かった、協力しよう。知り合いにも声をかけておいてやる」
「ありがとうございます」
ここは、僕も協力するべきだろう。
ここに住もうと住居を購入し、そこそこの期間いたことによって、お気に入りの場所や店、知り合いになった人たちもいる。それらを守るために、自分の力を振るうことは当たり前だろう。
闘いの中心になるであろう二人に協力すれば、少しやってみたいこともやらせてくれるかもしれない。
クックックック、面白いことになりそうだ。
後日、この時のことをガルバさんから聞いたのだが、『協力宣言はありがたかったが、悪だくみをする人のような笑いには、正直引いた』だそうだ。
そんなに悪い顔をしてたのかな?
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