第26話 簡単(?)な依頼の行方(5)
「話を元に戻していいかな?」
「「イエス、マム!」」
言い合いをしていた二人が、床とテーブルの上で見事な敬礼をしながら答える。
二人とも少し焦げているが、まっすぐ立っていることから特に問題なさそうだ。
「何のご用でしょうか。マム」
「……」
軍隊口調でしゃべる少女に、敬礼したまま直立不動のクラウン。
……ちょっと脅しすぎたかな? まあ、いっか。
「えーっと、なんて呼べばいいのかな」
話をする前に、名前すら聞いてなかったことを思い出し、少女に対して問いかける。
「は、名前はありません。マム」
「……普通に喋っていいよ。クラウンも普通にしたらいい」
最敬礼しながら喋る女の子と、同じく最敬礼したままのクラウンに声をかける。
「う、うむ。そうさせてもらおう」
「あー、悪かったな。話の腰を折ったりして」
「妾も悪かったのじゃ。久々だからつい、のう」
「反省してるなら良いです。ないんですか? 名前」
「名のる必要はなかったからな。じゃが、今は必要じゃな」
そう言って、少女は少し考える。
「……石姫と呼んでくれ」
石から生まれた女の子(姫)ということからつけたのだろう。多少安直かもしれないが、少女だの幼女だの呼ぶよりはよっぽどいいだろう。
「それじゃあ、石姫ちゃん。質問するけど良いかな?」
「うむ、前にも言ったが、妾にこたえられることなら正直に答えよう。あと、ちゃん付けはやめてくれぬか?」
「大丈夫、訊きたいことは簡単なことだけだから。あと、それは無理」
僕の言葉に、がっくりと肩を落とす石姫。
「だはははは、ざまぁねえな。石姫ちゃん」
「汝に言われたくはないわ」
言いながら、石姫ちゃんは石を頭上に召還した。
「おもしれえ」
対してクラウンも、ナイフを取り出し構える。
「そんなもので妾に敵うとでも」
「お前程度ならこれで十分だ」
エキサイトし始めた二人に、軽く殺気を飛ばす。
「!」
「!」
凄い勢いでこっちを見る二人を、ハイライトを消した目で見返す。
「もう一回、頭冷やす?」
「「すいませんでしたー!!」」
即座に土下座して謝る二人に、呆れた表情を浮かべる。
「二度目。三度目はないと思うこと」
「「イエス。マム」」
とりあえず釘をさしておく。ここまで脱線されると、いくら僕でもいらいらする。
「面倒くさいから、単刀直入に聞く。あの岩は、いつからあそこに在った?」
「岩? 妾の本体のことか?」
「(本体? 元になったという意味か?)そうだが」
「いつと言われてものう……妾は、人が使うという暦というものは知らんから……」
予想していたので、スムーズに質問できる。
「なんど日が昇ったかということは?」
「む、正確とは言わんが、ざっとで良いのなら分かる」
「それで良いので言ってください」
紙とペンを取り出す。
「大体十一万回ほどじゃ」
「じゅ、十一万回~!!」
クラウンが驚いたように声を上げる。
これぐらいかなと、予想していたのとかなり差があったため、多少驚いたが落ち着いて計算を始める。
ここの暦は現実世界と同じで、一年を十二ヶ月で分けている。ただ、一ヶ月は正確に三十日となっており、一年間では三百六十日となっていることが現実との差異である。
「十一万を三百六十で割って……約三百年ってところか」
「三百年って事は……」
「邪神は関係ないな」
最悪の事態は、避けられるようだ。
「それじゃあ、次の質問。あの岩に何が封じられているのです?」
「精霊じゃ」
精霊―その生態は謎に包まれている。
まず、どこで生まれてくるかが分からない。精霊自身も分かっていないらしく、気付いたらそこに存在していたと答えてくるらしい。
寿命もまちまちで、意識を持ってすぐに消えてしまうものや、千年以上存在している物もいるとのことだ。
また、精霊といえば、火の精霊や水の精霊などの属性を持っているのだが、実はこの属性は後からつくもので、精霊自体のきまぐれで変えることも出来るということだ。
「でも、なんで……」
存在自体が滅茶苦茶で力の強い精霊が、三百年もの長い間封じられていたことが理解できない。人間がした封印なんて、十年持てばいい方だろう。
「ま、気まぐれと言うやつじゃな」
「……精霊の気がしれん」
「同感だ」
分からないことを考えても仕方ないので、次の質問に……
「ひとつ訊きたいことがあるんだが……」
移る前に、クラウンが僕に対して質問をしてきた。
「人間がした封印と言うのは、そんなに持たない物なのか?」
「ん、そんなことはないですよ」
多分邪神の封印や、欠片の封印が心配なのだろう。
「邪神の封印は、神の力を使って封じているものだから、そうそう破れる物ではないよ。欠片については、人間とかがした封印だけど、自然に解けるとしても、数百年単位で掛かるはずだよ」
「どうしてそこまで言い切れる」
「欠片は邪神の力と言うけれど、それそのものは只の力の塊でしかない。意識的なものがない力の塊なら、どんなに強かろうと封印は可能」
「逆に、意識のある物を封じるのは、弱いものだとしても難しいのじゃ。抵抗するからのう。同じような理由で長い間と言うのも無茶じゃの」
「そんなものか?」
「そんなものだよ」
「そんなものじゃな」
納得いっていないようだが、説明しだすと長くなるので切り上げさせてもらおう。
「最後の質問。あの岩って、動かしても問題ないのか?」
「問題ないぞ」
答えが、あっさりと帰ってくる。
「あの岩の中にいるのであって、下に抑えつけられている訳じゃないからのう」
それなら問題ないかな。
「ただ、あの岩を割ったり砕いたりするのは、なしじゃ。妾はあの岩のことを気にいっておるからのう」
「分かった……って、はい?」
思わず見返すと、そこには意地の悪い笑みを浮かべた石姫ちゃんがいた。
その後のことは、簡単に進んだ。
報告を受けて、邪神関連でないことから、国が係わってくることもなくなった。ギルドも、通常の雑務依頼として処理することを決めた。
それに従って、依頼人の方には僕が状況の説明をし、岩の移動を行った。砕く等のことをするのではなく、ただレイアウトを変えるために少し動かすだけだったので、その場ですぐに動かした。
そして――
「よろしく頼むぞ、わが主」
肩の上で笑いながらそう言ってくる小さな女の子―石姫改めラピスである。
彼女はもともと、あの岩にいた精霊が分離したものだったらしい。精霊の代弁としての役割を持っており、彼女の意見は精霊の意見と言うことであったということだ。
話し合いが終わり、精霊の方から元に戻るよう指示があったのだが、なにを思ったか僕に「妾を正式な使い魔にせんか」と言ってきたのだ。別に構わなかったので、大本の精霊に断りを入れて、許可をもらったらいいと返事をしたら、その場で了承を得られたらしい。条件として、定期的に連絡を入れろと言われたようだが……
本契約をして正式に使い魔とした時、仮名である石姫でなく正式に名前を着けてくれと頼まれたので、石と言う意味を持つ“ラピス”と名付けた。
「こちらこそよろしく頼む」
こうして、この街に来て初めて受けた簡単な依頼は、幕を閉じたのであった。
書いている内に長くなってしまった、簡単(?)な依頼がやっと終わりました。
次回は、依頼の中で触れた魚の運搬についてです。一話で終わらせようと思っています。
誤字、脱字、指摘、感想お待ちしています。