第22話 簡単(?)な依頼の行方(1)
「なんだこれ?」
冒険者ギルドの掲示板に張られた依頼書の一つを見て、思わず僕はそう呟いていた。
「どうした、ビリノア。何か気になるものでもあったか?」
「あ、アレス。これなんだけど……」
僕が指差した依頼書には、こう書かれていた。
『求む、魚の運搬。条件、魔術師二人以上』
事の発端は、冒険者規約に在る。
規約には、一定期間冒険者活動を行わなかった場合、冒険者資格をはく奪すると言った物がある。
冒険者生活と言うものにはあまり興味はないが、便利な冒険者カードは欲しい。
その為、工房を手に入れるための交渉がひと段落したので、依頼を受けようと悠久のメンバーとともに、ギルドに顔を出したのだ。
「魚の運搬依頼は、この時期になると時々出てくるものです」
掲示板の前では邪魔なので、テーブルに移って説明を求めると、代表してダイさんがしてくれる。他のメンバーは、掲示板の前でまだ依頼書を見ている。
「この辺りは海から遠く、馬を飛ばしても三日間はかかります」
なるほど、荷馬車となればさらに時間がかかるということか。寒い時期ならともかく、今のように暖かい時期では、魚がダメになる可能性は多いな。
「基本この辺りで、魚と言うと干物、もしくは川魚なのだが、上流階級の人たち―特に王都から来た人たちは、それが我慢できないと言う人がいてね……」
「それで、こんな依頼が……」
「仕事の内容は、簡単だ。魚の入った箱に冷却魔法をかけるだけ」
確かに、氷系の人たちにとっては簡単だろう。冷却魔法は基本だし……ん?
「なぜ、二人以上?」
冷却魔法をかけるだけなら、一人で十分のはず。
「冷却魔法をかけるのは簡単です。しかし、持続力はあまり高くありません」
まあ、使っているのは木の箱だからだろう。
断熱材として使えそうなものに、スライムと言うのがある。これは主に衝撃吸収材として使われるものだ。断熱効果は高いのだが、食品搬送には使えない。なぜかというと、スライムが中の食品を食べてしまうのだ。
「使えないな」
「ませんね~」
スライムの評価をした後、更に説明が続く。
「昼夜問わず、ある一定時間枚に魔法をかけることは、かなりの負担になります。その為二人で時間を決めて魔法をかけることによって、負担を減らそうということなのですよ」
鮮度の高い魚の方が高く売れるため、多少金がかかっても二人魔術師を雇うことにしているらしい。
「期間としては、往復で二週間。仕入れ等を合わせると、二週間半と言ったところです」
長いな。ここからあんまり離れるわけにもいかないから、今回は諦めるか。
「これって、魚を凍らせて持ってきちゃいかんのか?」
「凍らせる? 魚を?」
受けないことは決めたけど、疑問に思ったことは聞いてみる。
「凍結魔法で、魚を凍らせて持ってくるということですか?」
「そうだけど」
「それはちょっと難しいですね。凍結魔法は、対象が一人であって、全体ではないのです。使うにしても、一匹二匹ならともかく何十匹となると手に負えません。さらに、効果時間が極端に短いため、すぐに解凍してしまいますよ」
一匹一匹凍らせるのは手間か。すぐ溶けるんじゃ意味がないし……
「水に凍結魔法をかけるとどうなる?」
「水に、ですか? 普通に凍りますが……」
ならば……
「凍った水って、すぐに水に戻りますか?」
「いや、氷のままだが」
いける。
「魚を水の中に入れて、凍りつかせて運んだらいけないのかな?」
「は?」
「魚を水ごと凍らせて運べないか? と聞いたんだが」
僕の言葉に、ダイさんは一瞬呆けた表情を見せたが、すぐにまじめな顔になる。
「試す価値がありそうですね。氷の解ける時間とかの問題はありそうですが、上手くいけば一般家庭でも新鮮な魚が手に入る可能性が出てきますね」
本格的に話し合ってみましょうか、と言うダイさんに、話し合いには参加するけど、実際に現地に行くことは出来ないことを伝える。
「そう言えば、工房の件がありましたっけ。解りました、実証とかはほかの人にでも任せることにしますよ」
依頼主に、興味があるなら連絡してくれるように頼んできますよと、ダイさんは依頼書を持ってカウンターへと向かって行った。
「ふむ、依頼主が乗り気なら、実証の前に実験をしないといけないな」
さて、どうするかと、考えを巡らせて……あ。
「仕事を受けにここに来たんだっけ」
魚談議に真剣になってしまったが、本来の目的は冒険者として仕事を受けに来たのだったことに気付く。
「簡単に出来る、雑務依頼でも受けるか~」
さて、今回の依頼は、『庭のレイアウトを変えたい』と言うもので、依頼主は、商家のご隠居夫婦だ。仕事内容は、庭石の運搬―力仕事ってことだろう。
本来は、何人かで協力してやる依頼なのだが、今回は僕一人だ。男の人ならともかく、女の子のやる仕事じゃない。実際、受付のおねーさんは一瞬顔をしかめた後、考え直すように言ってきたしな。
「本当に大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。魔術師なので、魔法を使えば何とかなります」
依頼人であるお爺さんが心配そうに言ってきたが、チートボディを持っている僕にとって問題はない。
「そうかい、じゃあ頼むとするかな」
さっそくと庭に案内されたのだが、その庭を見て僕は固まってしまった。
「この岩をどうにかしてほしかったのだが……」
庭のど真ん中に鎮座する岩を叩きながら、おじいさんが言う。
大の男の人が二抱えするぐらいの大きさの岩を見ながら、気になった事をお爺さんに尋ねる。
「この岩は、いつからある物ですか?」
「ん? なんでも、この家を建てる前からあった物らしいぞ。結構な大きさだから、そのまま残しておいたらしいが……」
「……なんで記録が残ってないんだよ……」
おそらく、この岩は要石であろう。
微量ではあるが、魔力が感じられることから推測できる。
何かを封じるために置かれていると思うのだが、普通こういうところに在るはずの記録と言う物が残っていないのだろう。民家を平気で建てるということからも分かる。
「な、なんと! そ、そんな危険な物が……」
「はい。記録がないので詳細は解りかねますが、微力ながら魔力を感じますので何かあると推測されます」
「う、む。ならば動かすのは得策ではないということか……」
「そうですね。対応策としては、このままにしておくというものがあります。ただし、それ相応の管理と言う物が必要となります。もう一つは、封じられている物を取り除くというものですが、どっちを選ぶにしても、これが何であるかを調べなければ先に進めません」
そうなると、自然にBクラス以上の依頼になるが、調べるだけなら僕がやっても問題なかろう。
「う、うむ。どちらの方法を取るかは決められんが、調べることを引き受けてくれぬか?」
「解りました。引き受けましょう」
なんというか、簡単な依頼のはずが、大騒動に発展しそうな予感がビシビシする
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