第21話 鍛冶師としての腕(3)
遅くなりまして申しわけありません。
ラインダム家訪問からちょうど一週間が経過した。
連絡があり、ラインダム一家が午後にエルグの工房にくると言うので、黒剣の微調整をしながら待つことにした。
「それにしても、おしいな。本当にうちに来るつもりはないのか?」
「あははは、ごめんなさい。もう自分の工房を手に入れているから無理かな」
ここに来るたびに繰り返される会話。
ここにいる人たちは、良くも悪くも職人だ。自分より腕の良い者なら、その人の性別や年齢なんて関係ない。ただその腕前を尊敬し、その域に達しようとするだけである。
逆を言えば、客でもなく弟子入りに来たわけでもないただの一般人には非常に厳しいということである。
「おら、邪魔だ。どけ!」
「ちょ、なに」
「そんな所に突っ立ってんじゃねえ」
「なに……って、真っ赤に焼けた鉄を突き付けんな」
「んじゃあ、そこからどけや、このアマ」
「ひ~~。ごめんなさ~~い」
職人たちの迫力に負けて隅っこの方に追いやられ、涙目で土下座している女性がいい例だろう。
「あ~、サラ。とりあえず、こっちなら安全だから早く来たら」
僕がそう声をかけると、職人たちの隙間を素早く駆け抜けてくる。
「うう、怖かったよ~」
幼児帰りでも起こしたのか、大の大人が僕にすがりついてくる。
「あ~よしよし。もう怖くないからね~」
と言って、頭をなでる。
対応を子ども用にしてみると、しばらく気持ちよさそうになでられていたが、すぐに我に返り、なでていた手をどけられた。
「はあ、来るんじゃなかったかも」
「来たいって言ったのは、そっちだろ。今更文句を言うな」
「こんな目に遭うとは、思わなかったのよ」
「始めに忠告したよな。『なにがあっても知らないぞ』と」
なぜサラがここにいるのか?
答えは簡単、伝説の冒険者銀線のアリア―依頼人ガルバさんの奥さん―に会いたいと言って無理についてきたのである。
三日前に仕事から戻ってきた悠久のメンバーと食事をしていた際、今回の依頼と依頼人の話しをしたのだ。
その話が出たとたん、サラがものすごい勢いで食いついてきたのだ。その勢いは、他のメンバーが引くぐらい凄いものだった。
『アリアって名前で、元冒険者? それってもしかして……やっぱりそうなんだ! あの伝説の……え? 話した? な、なにを? どんな内容の話をしたの! 事細かに、微細に、隅々まで教えなさい。いや、教えろ! 吐けーーー!!』
仕舞いには、僕の胸ぐらをつかんでがたがた揺らす始末。
脳みそがいい感じにシェイクされ、意識が飛びそうになったところで、我に返った他のメンバーが引き離して助けてくれたのだ。
その後も、未練がましくブツブツ言っていた。その様子があまりにもうっとうしく、他のメンバーからも冒険者稼業に支障が出ると相談されたため、今度紹介すると言ったのだった。
「ふふふふ。会える♪ 会える♪ 伝説に会える♪」
先ほど、職人たちにボロボロにされたくせにもう復活している。連絡があった朝の調子が戻ってきたようだ。正直うっとうしい。
微調整をしている黒剣を叩きつけてやりたい、という衝動を我慢しながら作業を続ける。
「ビリノア、客だぞ」
脳の血管が切れそうな時間を過ごしているところに、待ち望んでいた来客の知らせ。
「分かった。すぐ行く……お前は正気に戻れ」
「はっ」
すぐに返事をし、浮かれて歌いながら小躍りしているサラに軽く一撃を入れて正気に戻す。
刀身や握りの最終チェックをし、鞘に収め立ち上がる。
「ほら、行くぞ」
「あうあう」
正気に戻ったとたん、あこがれの人に会えるということを意識して緊張で固まるサラを無理矢理引きずって店舗スペースまで行く。
店舗スペースは、簡単な作りになっている。商品引き渡しのカウンターと、商談用にテーブルとイスが何脚か置いてあるだけの部屋になっている。
そのテーブルの一つに、ラインダム一家が座って待っていた。
「お待たせして、すいません」
「……」
カウンターから出て、そちらに向かう。
サラはと言うと、僕の後ろに隠れるようについてきている。女性としては大柄な方のサラが、女の子としても小柄な僕の後ろに隠れている姿は、ちょっとシュールかもしれない。
「いや、そう待っていないよ。所でそちらの女性は……」
「僕がお世話になっている冒険者パーティー悠久のメンバーの一人です」
「ささささサラです」
緊張のあまり、どもりまくりだな。
「そうか、ガルバ・ラインダムだ。隣にいるのが妻のアリアと孫のクリスティーナだ」
「よろしく」
「うふふふ、よろしく」
「ははははははい、よよよよよろしくお願いします」
憧れの人に声を掛けられたのが相当うれしかったのだろう、更にどもりが激しくなる。まあ、表情は恍惚としているのだが。
「……うふ♪」
その態度から何か感じ取ったのだろう、アリアさんが何かを思いついたように笑う。
「サラさん、少しお話しましょうか」
「はははははははい、よよよよよ喜んで!」
優雅に歩くアリアさんと、右手と右足が一緒に出てるぎこちない歩き方をしているサラが、店舗の外に出て行った。
「おばあさまは、どうしたんだろう?」
「アリアは、ああ言うのが好きだからな」
「あそこまで解り易ければ、なおさらと言うやつですか?」
「そうだな」
「??」
クリスは解っていないのか、頭に疑問符を浮かべている。
要するに、アリアさんは、自分を純粋に慕ってくれる人が好きなのだろう。その上で、自分追い付こうとしている人なら、なおさら好きなのだろう。手助けしたくなるほどに、だ。
「裏庭で稽古、ってところですかね」
「落ち着かせた後にね」
「そう言うこと……」
納得がいったところで、商談に入らせてもらいましょう。
「確認します。今回のご注文は、クリスティーナ様のお使いになる長剣・片手剣タイプ。材質は黒赤鋼でよろしかったですね」
「ああ。間違いない」
「では」
テーブルの上に鞘に入った剣を置く。
「お確かめください」
その言葉とともに、クリスがそっと剣を手に取り、鞘から抜くと、まっすぐな黒い刀身が現れる。
「……凄い」
歪みのない漆黒の刀身、これを作るのはかなり難しい。
黒赤鋼は、黒石鋼と赤石鋼を化合したものだが、完全に溶かす鋳造だと僅かに化合が弱くなり漆黒にならない。強度なども弱くなる。板にして、型抜きで作っても良いのだが、材料が無駄になる。錬金術師としては、そこは譲れないのです。
「品質を調べても?」
「どうぞ」
ガルバさんは、眼鏡のようなものを取り出して掛ける。鑑定を持っていない人が鑑定するときに使うマジックアイテムだ。
「……ランクA。確かにエルグが一番弟子より押すわけだ。この年でこれほどの物を作れるとは……」
「……」
感心するガルバさんと、刀身を見続けるクリス。
「そろそろいいですか」
いい加減話を進めたい。
「そうだったな。クリス、正気に戻れ」
そう言ってガルバさんは、クリスの頭を軽くたたき、正気に戻らせた。
「それで、クリスティーナさんどうですか? 何処か不都合なところとかないでしょうか」
「ない」
そう言って、クリスは店舗スペースの真ん中あたりで、軽く素振りをしていた。
「長さ、重さ、重心、全部が私の好みだ。もの凄く手になじむ。まるで長年使い続けたようだ」
嬉しそうに剣を振っていたが、ふと思い出したように外に出ていく。
多分だが、裏庭あたりで稽古しているアリアさんたちの所へ行ったのだろう。
「……まだ、あの剣は彼女のものではないはず……」
「……すまん。我慢できなくなったのだろう」
あそこまで言うのなら、細かい調整とかは要らないだろうから良いのだけど、もう少し常識をわきまえて欲しかったよ。
「そうだな、家に帰ったら、『スペシャル特訓ここは地獄の一丁目・世界常識編』にご招待してやらねばな」
笑うガルバさんが怖くて、二三歩引いてしまったのは、ここだけの話だ。
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