第19話 鍛冶師としての腕(1)
やはり、ギリギリ投稿。
買い取った工房兼家(予定)の改装が始まってから少したったある日、僕は鍛冶師の顔役であるエルグに呼び出され工房に向かっていた。
改装が終わるまでは暇であるため、何度か手伝いに行っていたが、呼び出し、しかも緊急の、と言うのは初めてだ。
「何か問題でも起こったか? でも、何人もの優秀な弟子たちがいるから、たいていの問題は、解決できるはず……」
それなのに僕を呼んだということは、何か不測の事態が起こったと考えた方がいいかもしれんな。
そうこうしている間に、エルグの工房の前まで来た。
そして、いつものように裏に回り、裏口から工房内に入る。
「おう、来たか、ビリノア」
工房内には、主のエルグと見知らぬ老人がいた。
「お客さんですか? それと他の人は?」
広い工房内には、エルグと客(?)しかおらず、閑散としていた。
「うむ、別件でな。全員出払っている」
よく見れば、エルグ自身も出かける用意をしていた。
「エルグよ、本当にこの者に頼むのか?」
「ああ、俺の知っている中で一番の腕の持ち主だ」
……厄介事のにおいがしてきた。
「今日、呼び出したのは他でもない。こいつの依頼を受けてもらいたいと思ってな」
そう言って、隣にいた老人を指さす。
「エルグよ、人を指差すのは、あまりよくないぞ」
そう注意したのは隣に立っていた老人―とはいうものの、背はしっかりと伸びているし、白髪であるものの髪の毛はきちりとなでつけられており、着ている物も高級品である。
「初めまして、わしが今回の依頼人、ガルバ・ラインダムだ」
「初めまして、ビリノア・バクスターと言います」
とりあえず自己紹介から入る。
「それで、依頼とは?」
「うむ、わしの孫がこのたび騎士団に入ることになってな……」
ガルバさんは、元貴族だそうだ。自分の息子が一人前になったため、家督をあっさりと譲り妻とともに、ここに移り住んできたということだ。
その、家督を譲った息子には三人の子どもがおり、その一番下の子が騎士団に入ることが決定したのだという。
「王都にいたころ、剣の手ほどきをしてな、こちらに来てからもちょくちょく来てくれたのだよ」
そんなかわいい孫の為に、自分の知る限り最高の鍛冶師に最高の武器を作ってもらおうと依頼してきたのだという。
「俺が引き受けてやれりゃあ良かったんだが……」
ドワーフ一族の集まりがあり、一ヶ月は戻ってこられないとのことだ。
「でだ、俺の知る限り、最も腕の良い奴を紹介しようと思ってな」
「それが僕ですか……」
豪快に笑いながら、肩を叩いてくるエルグ。かなり痛いのでやめて欲しい。
「エルグ、本当にこの子どもが、お前に匹敵する腕を持っているのか?」
「おう、保証する」
「お前が保証するなら、信じないでもないが……」
それでも、まだ疑いの目を向けてくるガルバさん。
まあ、慣れたけどね。
「信用してくれて結構だ。で、頼まれてくれるか?」
「良いですよ。だいぶお世話になっていますし」
「おう、そうか。材料は好きなのを使え。炉はいつもの所のものを使ったらいい」
それじゃあ急ぐからと、エルグは出て行ってしまった。
残されたのは、僕と依頼人のガルバさんだけ。……鍵とかどうするんだ?
鍵の問題は解決した。あの後すぐに、弟子の一人が帰ってきたため、その人に後は頼んだ。
そして現在、迷風亭の食堂にて詳しい話を聞いているところです。
「では、改めて依頼の確認をします。依頼人はガルバさん。依頼内容は、騎士団に入団するお孫さんの武器の製作、でよろしいですね」
「ああ」
「武器と言うと、なにを製作しますか?」
騎士の持つ武器は、そう多くない。
馬上で使うランスと呼ばれる騎士槍、馬上でも、馬から降りた時でも使える長剣(その人によって種類は異なる)、牽制目的の投げナイフ、止め、自決用のナイフくらいか。
「長剣だ」
「解りました。後は、後日と言うことで、連絡先を教えてください。僕はここに泊ってますから」
「うむ、了解した」
話が早くてよかった。
前にも言ったかもしれんが、店に在る武器は規格が決まっており、どこで手に入れても大体同じようなものだ。
対して、オーダーの武器は、その人に合わせて微調整をしながら作るものなのだ。
今回の場合、依頼人が使うものではないため、具体的な話まで持っていけないのだ。
「二、三日後に来るという連絡があったから、その時に詳しい話をすることとしよう」
「分かりました。見本の剣を用意しておきます」
今日はここまでと言うことで、ガルバさんは帰って行った。
久しぶりの単独依頼、思いっきり楽しむかな。
二日後、ガルバさんから連絡があり、家の方まで来てほしいと言われたので、見本の剣を持って高級住宅街を歩き中。
場所を聞いて驚いたのだが、あのスパルクの悪趣味屋敷の真向かいだというのだ。分かりやすくて良いが、世の中は狭いと感じてしまった。
「たのもー」
周りと比べると幾分か小さめだが、品の良い家の門前で声をかける。
少し待っていると、鍵の開く音が聞こえ、戸の隙間から品の良さげなおばあさんが顔を出す。
「どなたですか」
「先日、依頼を受けた鍛冶師です」
「ああ、貴女が」
おばあさんの顔が、笑顔に彩られる。
「主人から話は聞いていますよ。どうぞ」
そう言って、門の鍵を開けてくれる。
いや、僕だからいいけど、もう少し警戒を持ってほしいと少し思ってしまったよ。
客間に通され、少し待っていると、ガルバさんとおばあさんがお茶を持って入ってきた。
「良く来てくれたな」
「いえ、仕事ですから。それで、お孫さんは?」
「支度に手間取っているようでな。茶でも飲んで待っててくれんか」
目の前に出されたお茶を一口飲む。うん、高級茶だ。
お茶を出してくれたおばあさんは、そのままガルバさんの隣に腰を下ろしている。先ほど、ガルバさんのことを『主人』と言っていてことから、奥さんなのだろう。
「それにしても、奥さんが自ら客の対応とは……」
「そのことか。わしも使用人を雇おうかと言ったのじゃが……」
「うふふふ。自分で出来ることは自分でやりたいのよ」
「と言って、訊かんのじゃ」
上品な外見に、芯のしっかりした性格ですか。なかなか優良物件だったようですな。
「そうじゃろ。わしの人生の中で、一番の大物じゃよ」
「もう」
赤くなって、ガルバさんのわき腹をつねる奥さん。
……砂はいてもいいですか?
「でも、奥さん自らの客対応はまずいと思いますけど……」
危害を加えようとしているやつがいたら、まずいとは思わないのか?
「大丈夫よ」
?
「うむ、大丈夫だな。我妻アリアは、元々冒険者だったのだよ」
なんと?
「銀線のアリアと呼ばれていて、当時その美貌と強さから周りから一目置かれていたのだよ」
「あなたと出会ったころね。懐かしいわ」
「そうだな、始めは敵だったのだがな……」
「剣を打ち合わせた時、はっきりと運命を感じたわ」
「うむ、わしもだ」
……もう砂糖はいていいですか?
と言うか帰りたいです。
いまだ新婚気分の二人のいちゃつきを見せつけられるのは、拷問に等しいです。
HPが、がんがん削られる空間に耐え切れなくなりそうになった時、ドアの開く音がして誰かが入ってくる。
「おお、来たか」
ちょうど、ドアに背を向けるように座っていたため姿は見えないが、ガルバさんの対応から、お孫さんだということは分かった。
挨拶をしようと立ち上がって振り向き、その姿を見て、僕は正直驚いた。
「貴女が、私の剣を作ってくれる鍛冶師さんね。初めまして、クリスティーナ・ラインダムと申します」
騎士服を着た、すらりと背の高い女性がそこにいた。
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