第17話 錬金術師としての腕(2)
ギリギリ完成
「ふう」
もはや、ため息しか出ない状況だ。
「偶には、違う人の作業を見るのも良いだろう。勉強させてもらいなさい」
スパルクが、にやにやと笑いながらそう言う。
魂胆が透けて見える。
今回、精錬するのは神鉄鉱石。僕があいさつの手土産として持ってきたものだ。
すなわち、成功すれば労せず神鉄が手に入り、失敗しても自分に損はなく、相手に恥をかかせ弱みを握ることが出来る、と言うわけだ。
「何か質問があったら、彼女にどんどんしなさい」
止めてほしい。
集中を乱すような行為を平然とするように言うなんて、こいつほんとに錬金術師か?
しかたない。
「今回行うのは、神鉄鉱石の精錬です。どういう作業をするか、解っていますね?」
教えるつもりで話し始めると、馬鹿にしたような返事が返ってくる。
「簡単だろ、融かして不純物を取り除いて、固めれば完成だ」
「……半分正解」
スパルクを含め、全員がうなずいているのを見て、思わずため息が出そうになる。
鉄や銅などの他の金属ならともかく、神鉄の精錬だぞ。出来ないこともないが、無駄が多すぎる。
「どういうことだ?」
「神鉄には、変な特性があります。硬く、高温にも低温にも耐えられますが、融かした場合融けると同時に気化していくというものがあります」
その為、普通の金属と同じようにやると、出来る量が鉱石の量の三分の一以下になってしまうのだ。下手すると、消滅してしまうということになりかねない。
まあ、見極めは簡単に出来るから、こちらの方法を取る人は結構いる。まあ、ほとんどが駆け出しの人たちだが……
「そこで、もう一つの特性を生かした精錬法を使います」
こちらも変な特性だ。ある一定の熱で、ある一定時間熱した後叩くと、不純物が表面に出てくる。それを再び熱すると表面に在る不純物がはがれる。この行為を何度か繰り返すことで、純度が100パーセントに近い神鉄が出来る。
「石の大きさ、重さ、外の気温や湿度によって、温度や時間、たたく回数、何度繰り返すかと言うのが変わってくるので、かなり熟練の技が必要になってきます」
これが、神鉄の扱いにくさだ。
「……」
他の金属と同じようにすればいいとでも思っていたのだろう、スパルクは絶句しているようだ。
「この作業には、細心の注意が必要です。何か質問がある方は、今のうちか全て終わった後にしてください」
ざわざわしているが、質問はなさそうなので作業に入ろう。
正直驚いていた。
俺よりも年下、しかも女の子が錬金術師であるということと、ここにいる全員より腕が良いということに……
俺の名前は、ネマコル・ブリジット。名前から解るように、ここを治める領主の三男だ。
錬金術師になるために、去年まで王都にある学校に通っていた。卒業し、個人で錬金工房を開くため、経験を積むために何処かに弟子入りしようとしていた所、親父から連絡がありここに放り込まれた。後から聞いた話によると、話を聞いたスパルクが実家の権力を背景にごり押ししたんだそうだ。自分がこの県で一番だと宣伝したかった、といったところだろう。
ほとんど学ぶことのない一年間を過ごした。スパルクの言う自分の弟子は、十数人いるが、俺のほかにまともなのは僅か三人で、ほとんどの錬金依頼をこの四人で回していた。
その間自称師匠であるスパルクと自称兄弟子の他の弟子たちはどうしていたのか?
答えは簡単、なにもしていない。
ただ、貴族の集まるパーティーに出席したり、取り巻きと化している自称兄弟子たちを引き連れて、他の錬金工房の邪魔をしに行ったりしているだけである。
そんな生活に嫌気がさし、まともな人たちと辞めようと話し合っているときに、自称師匠であるスパルクから呼び出しがかかった。
集まった先にいたのは、小さな女の子。しかも、神鉄鉱石の精錬をやるという。
「ネマコル、お前出来るか?」
隣にいたまともな先輩が訊いてくる。
「あの大きさならなんとか」
見たことのない大きさの、あの鉱石なら駆け出しである俺でも、なんとかいけるだろう。見たところ新人であるあの子でも、やり方を知っていればかろうじて出来るだろう。
「うん、同感だ。あの子のお手並み拝見と行こうか。いざとなったら手を貸してやることとしよう」
この考えが、傲慢だということはすぐに知らされた。
以前学校で、一回だけ聞いたことのある神鉄の精錬法を、少女がすらすらと説明する。
その後の作業も圧巻だった。
ガンガンと力強い槌の音。しかもそのリズムは一定で寸分の狂いもない。炉に鉱石を出し入れするタイミングも時間も寸分の狂いもない。まさに教科書通りの、完璧な精錬といったものだろう。
「あれは、失敗する気がしないな」
「同感だ、あそこまで正確無比なのは見たことない」
周りの先輩たちが騒いでいる。
普段、まじめに錬金しているからすごさが分かる。
では、普段まじめにやっていない自称師匠と兄弟子たちはと言うと――
「叩く回数は、確認したか?」
「はい、ばっちりです」
「炉に入れていた時間は?」
「計測済みです」
「後は、何回出し入れするかだな」
そのまままねる気満々だな。
確かに、錬金の技術の習得は模倣から始まるのだが……
「そのまままねても、意味ないだろうに」
初めに少女が言ったことだ。
周りの環境によって変わると……
最後にもう一度炉内に入れて熱してから冷やせば、表面に浮いてきた不純物が取れ完成だな。そう判断し、鉱石を炉内に入れ一息つく。
神経を使うところは過ぎ、後は温度管理と時間だけをはかっておけばいい。
「……」
改めて、周りを見渡す。
どうやら、精錬に対しての反応は、二通りに分かれたようだ。
スパルクをはじめとする多数は、にやにやとした笑いを浮かべている。時間を計ったりしていたようだから、作業手順をまねようといったところだろう。まあ、良いけどね。精錬法は基本なので、普通に本に載っているし。
そして、ごく少数が驚嘆の表情で見ている。彼らが、比較的ましな人たちと言うことかな?
そうこう考えているうちに時間が来たので、炉内から神鉄を取り出す。
うん、良い出来だ。純度98,86パーセント、ランクAだ。どこに出してもおかしくない、いや、高級品と言える物が出来た。
「さてと、そろそろ質問を受け付けますよ」
ない方がいいな、早く帰りたい。
「それは、どれくらいのもので、どれ位の価値だ」
スパルクが質問してきた。
作業についてじゃなく、価値について聞くとは、ほんとに錬金術師かと思う。
「僕が言ったところで、信じないでしょう。これは、差し上げたものです。そちらで鑑定したらいいでしょう」
「ふん、ならそうさせてもらおう」
偉そうに言っているが、笑っているのは隠し切れていない。
神鉄は、低級品でも金貨10は下らないから、当然だろう。
ましてや、今回のものは最高級品に近いものだと自負できる。その価値は、推して知るべし。
そんな物をただで手に入れたのだ。笑いが止まらないのだろう。
「他に質問は」
「ない、帰っていいぞ」
数人が、何か聞きたそうにしていたが、スパルクは無視して帰れと言ってきた。
まあ良いけどね。
「それじゃあ、失礼します」
後片づけを押しつけて、その場を後にする。
帰り際、質問したそうにしていた人たちのそばを通り過ぎる時、その人たちだけに伝言を残した。
『質問があるなら、尋ねてきな』
今泊まっている宿の名前を添えておいたので、熱意があるなら尋ねてくるだろう。
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