第10話 対人戦闘(前)
「どうしてこうなった……」
「俺にきくな……」
ここは、村の広場。目の前には剣を構える男。どことなく疲れているように見えるが、それは僕も同じだろう。
そして――
「なんなんですか? このギャラリーの多さは……」
周りをぐるりと取り囲む大勢の人々。
「村人ほとんどが来ているような……」
この十日ほどで知り合った人の顔がちらほらと見受けられる。
「ま、娯楽の少ないところだからな」
僕と男の間に立っているギルドマスターの言葉に、僕は納得する。
「いい余興ってやつかい」
どうやら、目の前の男も理解したらしい。
「まあ、良いや。見極めてやるよ」
テンションを上げて構えなおす男に対し、僕はため息が出そうになるのを堪えて、武器を構えなおす。
ほんとどうしてこうなったんだろうな……
朝、ざわめきによって目が覚めた。
いつもは日の光で覚めるのだが、今日は、それよりもざわめきの方が大きかった。
朝も早い時間なのだが、村中が浮足立っているように感じられる。何かあるのだろうか?
「……ああ、今日あたりだったな……」
定期的に来る商隊が来るんだった。
周りに置いてあるクッションを、どけて立ち上がる。慣れたものだ。始めは、クッションにつまずいて転びそうになった事もあったが、今はもうない。無意識のうちでやってしまえる。
寝巻代わりにしているシャツを脱ぎ、着替える。以前、そのまま下に降りて行って、メアリさんとシリルさん二人がかりで、交互に半日説教された。以来、着替えてから下に降りている。
「あ、ビリノアちゃん。おはよ~」
「おはよ、リリアちゃん」
宿屋の娘であるこの子とも仲が良くなった。
リリアちゃんは、掃除やベッドメイキングを仕事としているのでよく会うのだ。あいさつを交わし、一言二言言葉を交わして行くうちに、お客様から友達にランクアップしたらしい。
「商隊が来るのって、今日?」
「うん、さっき先触れの人が来てたみたいだから」
「そっか、だから村中が浮足立ってるんだ」
「そうだよ。家も忙しくなるよ」
村唯一の宿屋じゃ仕方ないだろう。おしゃべりする時間も取れなくなるだろうことは、容易に察しが付く。
「じゃ、お仕事がんばってね」
「うん、ビリノアちゃんも」
掃除道具片手に、隣の部屋に入っていくリリアちゃんと別れ、裏庭の井戸に向かう。冷たい井戸水で顔を洗い、手ぬぐいでさっと水気を取る。
手ぬぐいを首にかけ、そのまま食堂に向かう。
「メアリさん、いつもの~」
「はいよ!」
パンの焼ける良いにおいの中、メアリさんが朝食を運んできてくれる。
「あ、ずるい」
「なんでその子だけ」
ほぼ満席の食堂内から、文句の声が上がる。朝は従業員が少ないため、普段はセルフサービスだ。
「うるさいよ! 食べに来ているあんたらには悪いけど、この子はVIPさんなんだよ」
うん、まあ、二日前にそうなった。
理由はパン。酵母とパンの作り方を教えたらこうなった。
自分の為だったので、お金などを取る気はなかったが、どうしてもお礼がしたいとのことで、宿代の割引をしてもらおうと思ったのだ。そしたら……
『宿代? よし、タダだ。いつ来ても良いように部屋も明けといてやる』
と言われまして、食堂にも僕の席が作られて、いつ来ても食事が出してもらえるようになったんですよ。
食事を終えて、部屋に戻り出かける用意をする。用意と言っても、カードを首から下げ、必要ないけれど護身用の短剣を腰に差すぐらいだ。
カウンターに座っているシリルさんに声をかけ、一路ギルドを目指す。商隊が来るのなら、護衛に混ぜてもらおうと思っているので、紹介をお願いしに行こうと思ったのだ。ダメなら、お金を払って客分として乗せていってもらおうと考えている。
「マスター、紹介してー」
ギルドに着くなり、なぜか、いつ来てもカウンターに座っているマスターに声をかける。
「……なにをだ?」
「今日、商隊が来ることになってますよね」
「ああ」
「その護衛として、県都までくっついていきたいので、紹介してほしい」
「そういうことか。紹介はしてやるが、雇うかどうかはあちらさんが決めることだぞ」
まあ、そんなことは百も承知だ。だが、個人的に売り込みに行くよりも、ギルドを通しての方がずっと雇われる可能性が高い。だから紹介を頼んだのだ。
「それは、判ってます。ダメなら客分としてついていこうかなと考えてますよ」
話していると、村の入り口辺りが騒がしくなった。
「お、来たか」
商隊の人たちだろう。
「まず、村長のところにあいさつに行くから、紹介するのは明日だな」
何日間か滞在するらしく、一日目は村長のところに行きあいさつ。その後は歓迎の宴会が開かれることになっているらしい。本格的に動き出すのは明日以降だとか。
「分かった。また明日だね」
そう言ってギルドを出ると、広場の方に何台かの荷馬車と護衛らしい武器を持った人たちが見える。
少し見ていたが、興味のわく物がなかったので、くるりと背を向ける。
暇になったから、鍛冶屋の爺さんのところに行こうかな。
宿屋に帰ってきたら、そこは戦場でした。
いや、普段から飲みに来て騒ぐ人はいるよ。騒ぐ人はいるけど、羽目をはずす人はいないのだ。理由としては、次の日も仕事があるからだ。しかし――
「がはははは」
「お~い、酒はまだか~」
「はいはい。ただいま~」
「俺は~、俺は~~」
いつもの倍以上騒がしい。働いている人も倍以上いるのだが、フル回転といった状態だ。
「あ、ビリノアちゃん。いつもの席空いてるよ」
前から働いているお姉さんに声をかけられ、カウンターの定位置に案内される。
「はいよ、いつもの」
即座に、メアリさんが夕食を出してくれる。メアリさん特製野菜たっぷりスープとステーキ、パン、デザートの旬のリンゴ、これがいつものメニュー、僕の中での最強組み合わせ。
「いただき――」
「ガキがこんなところに来てんじゃねーよ」
横から伸びてきた手が、ステーキ皿をかっさらって行きました。
「さっさとお家に帰りな」
冒険者の一人がビリノアちゃんにからみ、食べ物を奪ったのを見て、あたしはまずいと思った。
あの子は、食べ物にこだわる。あたしに酵母液の作り方を教えてくれた時も、自分の為って言ったことや、『メアリさんの料理とても美味しいので好きです』と、満面の笑みを浮かべて言ってきたことからも分かる。
そんな彼女が食べ物を取られたら、どんな反応をするか……
「めいわくになります。おもてにでなさい」
「てめー、ガキのくせに」
「でろ」
声が平たんになっている。こいつは本格的にまずいね。
「あー、ビリノアちゃん」
悲劇を防ぐため、声をかける。首だけを動かしてこっちを向いたビリノアちゃんの半眼に、多少ビビりながら言葉を繋ぐ。
「新しく用意するから、殺さない程度に手早くやってきな」
その言葉に、こくりとうなずくことで答えたビリノアちゃんは、男とともに外に出て行った。
ま、すぐに帰ってくるだろうから、作り直してやろうかね。置き去りにされていたスープ皿を回収しながら、そう考えていた。
昨日は最悪だった。
朝と昼は特にこれといったこともない、普通の日だった。
問題は夜。人のご飯をかっさらった上に、暴言まではかれたのだ。まあ、身の程を知らせてやったので、ベッドの上で後悔しているだろうが、そんなこと知った事じゃない。
いつまでもイライラしていても仕方ない。今日は、商隊の責任者に紹介してもらうのだ。気分を切り替えていこう。
そう思い、いつもの朝と同じように行動し、ギルドに向かいマスターに声をかける。
「マスター」
「お、来たか。じゃあ行くぞ」
すぐに連れてってもらい、商隊と冒険者の責任者を紹介されたのですが……
「お前、俺と戦え」
……はい?
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