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コンビニ病棟
作:雛祭パペ彦


 肉まんは、気が狂っていた。それと同じように、あんまんも気が狂っていた。当然のごとく、ピザまんも、豚の角煮まんも、気が狂っていた。レジスター近くに設置されている保温器のなかで、中華まんたちは、みんな仲良く、気が狂っていた。
 なぜ自分たちが、このような目に合わなければいけないのか……中華まん一同は釈然としないまま、摂氏50度を超える蒸気がたちこめる保温器のなかで、互いに罵り合っていた。
「この際だから言っておくが、この中では、オレが一番エライのである。なぜなら、オレの値段が180円だからであり、おまえら130円以下の連中とは、格が違うのである」
 保温器のいちばん上のスペースにいた『豚の角煮まん』が、意味もなく威張りちらす。
「おまえはバカだな」
 130円のピザまんが、吐き捨てた。
「何を言っている。オレはバカなどではない。豚の角煮まんなのである。しかも、フカヒレ入りなのである」
 180円のプライドでもって、豚の角煮まんは自らの正統性を主張する。
「ケッ、本物なものか。フカヒレに見せかけた、糸コンニャクか何かに決まってる。実は『マロニーさん』であるという可能性も否定できない」
 100円の『あんまん』が、精一杯のイヤミを言ってみせる。
「中身の角煮にしたって、本当は何の肉だか、わかるもんか」
 あんまんに便乗して、120円の肉まんが、追い討ちをかける。
「まあ、すくなくとも豚の肉じゃないことは確かだろうな」
「そうだ! そうだ! このウソつき野郎!」
 ピザまんが野次を飛ばし、肉まん・あんまんも、それに便乗して一緒にはやしたてる。
「うるさい! うるさい!」
 3対1という不利な情勢に焦りを隠せない豚の角煮まんの表皮からは、うっすらと茶色のタレがにじみ始めていた。
「さしずめ、中国や韓国でおなじみの犬の肉か……それともニャン公の」
「……あ! ちょっと待て。こっちを見てる奴がいるぞ!」
 肉まんの言うとおり、高校生とおぼしき男子が、保温器のそばで立ち止まっていた。
「すいませーん。豚の角煮まんを1コください」
「はい。ありがとうございまーす」
 そう受け答えすると、店員は、自分の両手にアルコール噴霧をしたあと、中華まんの保温器の扉をひらいた。
「やった。売れるぞ。オレは、この中でいちばん高価な中華まんなのに、真っ先に売れるぞ。やはり、オレが一番エライのである。おまえらは、廃棄期限がくるまで売れ残っていればいいのである。そして、フニャフニャになればいいのである。オレには、フカヒレが入ってい――」
 ステンレス製のトングで、タレのしみだした巨体をはさまれ、豚の角煮まんは180円で買われていった。
 一方、同じ店内にいる三角おにぎり(昆布)も、気が狂っていた。弁当コーナーで、2日前から待機していたが、なかなか買っていく客がいなかった。
「なんで僕は売れないんだろう。2日前からここにいるのに、僕だけ売れ残っているのはなぜだろう。僕より1日遅れて来たやつは、真っ先に売れていったのに、なんで僕だけ売れないんだろう。なんで、僕を通り越して、僕の後ろに並んでいる奴から売れていくんだろう。もしかして、僕だけ体臭がひどいから、みんな僕を避けて、他の奴を買っていくのだろうか。確かに、僕はワキガだし、ここに来てから2日間のあいだ、シャワー浴びてないし、パンツも替えてない」
 三角おにぎり(昆布)の周りには、同じ120円で、同じ形をした三角おにぎり達がいた。中身の具によって区別してあり、縦一列に並んでいた。
「三角おにぎり(シーチキンマヨネーズ)の野郎は、入荷したらすぐ売れちゃったのに、なんで僕は売れないんだろう。僕は昆布だし、僕の後ろに並んでいる奴らも同じ昆布のはずなのに、なんで僕の頭を通り越して、僕の後ろに並んでいる奴らから先に売れていくんだろう。同じ三角おにぎり(昆布)なのに」
 そんなことを深く思い悩んでいるあいだにも、両隣にいた三角おにぎり(たらこ)や三角おにぎり(鮭)などが、次々と売れていく。同じ120円の商品である。
「あ、いま目と目が合った。若い女の人が、僕のことを見てる。なんかドキドキするなー。きれいな爪だなー。そうそう、そのまま僕を買ってください。あ、くすぐったい。そうそう、そのまま……え? 僕の背中なんて見てどうするつもりですか。糸クズでも付いてましたか? あれ、なんで棚に戻すんですか。ねえ、爪のきれいなお姉さん。あ、三角おにぎり(肉そぼろ)を買おうとしてますね、お姉さん。おいしくないですよ、肉そぼろなんて。やめておいた方がいいですよ。それ、人の肉ですよ。人の肉のそぼろですよ。あーっ!」
 結局、その女性は、三角おにぎり(肉そぼろ)とインスタントの春雨カップスープを買って、店をあとにしていった。
「……ますように。どうか、あの爪のきれいな女が不幸になりますように。神様、仏様、魔法少女リリカルなのは様、お願いです。はじめに手にとっておきながら、僕を裏切ったあの肉便器女の人生を、どうかズタズタにしてください。集まれ! 全国の変質者たち。レイプしたい子、この指とーまれ! いま参加してくれた人には、もれなく『ニンテンドーDSライト』をプレゼントするよ!」
 まあ、それはさておき、コンニャクは、気が狂っていた。8つに仕切られた電熱式のおでん鍋のなかで、熱いダシ汁に身をひたしながら、じっくりと狂気を温めていた。
 コンニャクは、自分のことを『がんもどき』だと思いこんでいた。そして、コンニャクであるにもかかわらず、自分の体内には『ぎんなん』が2つ3つほど詰まっているなどと強く思いこみ、周りのおでん種たちに対して、優越感を抱いていた。だが、言うまでもなく、コンニャクに『ぎんなん』が詰まっているなどという事実はない。
 はんぺんも、気が狂っていた。だし汁の表面にプカプカと浮かびながら、自分のことを『大根』だと思いこんでいた。なぜ、そう思い込みはじめたのかは定かではないが、『はんぺん』も『大根』も、ダシ汁を比較的多く吸収する性質が共通することから、なにか関連性があるのかもしれない。
 というわけで、電熱式のおでん鍋には、それぞれ8つのおでん種が納まっていて、その全員が発狂していた。
 『コンニャク』や『はんぺん』以外にも、ゆでたまご、牛すじ串、ちくわぶ、厚揚げ、餅入り巾着、しらたきなど、揃いも揃って、みんな仲良く気が狂っていた。そして、全員が、自分のことを自分以外のおでん種であると思い込んでいた。
 なぜ、おでん種たちが二重人格めいた症状をあらわしたのかは定かではないが、発狂の原因は明らかだった。ダシ汁が、狂っていたからである。
 電熱式のおでん鍋を満たしている『カツオと昆布の合わせダシ汁』は、コンビニエンスストア本部が運営する製造工場から出荷された時には、すでに発狂していた。その結果、狂気を帯びたダシ汁に接触した全てのおでん種の先天的な精神的欠陥を刺激し、精神病を誘発したのだった。
「おいっ、貴様! がんもどきは俺1人で十分だ。さっさと鍋から出ていけ!」
 と、自分のことを『がんもどき』だと思い込んでいるコンニャクが、本物のがんもどきに向けて言った。おでん界の宝石である『ぎんなん』を内包するのは、自分ひとりだけの特権なのだ思いこんでいるのである。
「な、何を言うのんですけろ。わ、わたすは、がんもどきでは、ありますまい。餅入り巾着ですねらりる」
 コンニャクに怒鳴りつけられた『がんもどき』が、わけもわからず反応した。ひどく言葉がなまっているのはさておき、がんもどきは自分のことを『餅入り巾着』だと思いこんでいるので、なぜ自分が怒鳴りつけられたのか、釈然としないまま困惑するしかなかった。
「ほんと馬鹿だなあ。あなたは、コンニャクではありませんか。無味無臭、原価10円のボッタクリおでん種が、なにを偉そうに。あははははは」
 なおも本物のがんもどきを怒鳴りつけているコンニャクに向かって、『ちくわぶ』が皮肉を言ってみせた。
「まあ、あなた方のような、せいぜい煮物にしか使えないような連中は、みにくい罵り合いを続けていればよろしい」
 そう鼻で笑うようにして言った『ちくわぶ』は、自分のことを『ゆでたまご』だと思いこんでいた。もちろん、気が狂っている。
「かくいう私は、今でこそ固ゆでになっちゃってますがねえ、まあ、それは私の偉大なる才能の一部分に過ぎないわけです。言っておきますけど、私とあなた方を一緒にされては困るのです。私がその気になれば、オムレツはもとより、目玉焼き、だし巻、チャーハンの具、卵かけご飯やチキンラーメンの具など、現代人の食生活に多大なる貢献ができるわけで……あ、そうだ、ケーキやプリンをはじめとした洋菓子の材料にも、私は欠かせない存在なわけでして、まあ、いわば、ある意味、人間たちの食生活を支配している存在とでも申しましょうか。つまり、神に最も近い食材と言っても――」
 自分のことを『ゆでたまご』だと思い込んでいる『ちくわぶ』の演説など、誰も聞いていなかったが、それに気づかず、ちくわぶは喋り続けていた。
「すいませーん。『ゆでたまご』と『がんもどき』をください。それぞれ1つずつ」
 突然、おでん種たちの頭上から声が聞こえたかと思うと、店員がお玉を持って、電熱式おでん鍋をのぞきこんだ。
「ゆでたまご、がんもどき、ですねー」
 注文内容を復唱しながら、店員がそれぞれのおでん種を、ドンブリ型の食器に盛り付けはじめる。
「あれ? なんで僕が?」
 素っ頓狂な声で言ったのは、自分のこと『しらたき』だと思いこんでいる、ゆでたまごだった。
「あれれ? ちょっつ、わたすは餅入り巾着ですのにる」
 店員は、客の注文どおりに『ゆでたまご』と『がんもどき』をおでん鍋から取り出したのだが、気が狂っているおでん種の2人は、わけがわからず、されるがままになっていた。
「おかしいですねぇ。なぜ、がんもどきの彼は、自分のことを『餅入り巾着』などと言い張っているのでしょうか……」
 自分のことを『ゆでたまご』だと思いこんでいる『ちくわぶ』の言葉をきっかけにして、おでん種たちは、急に不安な気持ちに襲われはじめた。はたして自分たちは、本当に自分で思っている種類のおでん種なのか、と。
「うわぁぁぁぁぁ!」
 とつぜん叫び声をあげたのは『厚揚げ』だった。厚揚げは、ダシ汁の表面をのぞきこんで、煮崩れそうになるほどに、全身を震わせていた。
「うわぁぁぁぁ! 知らない奴だ! 知らない奴がダシ汁に映ってる!」
 厚揚げが驚くのも当然のことで、この厚揚げ自身は、今のいままで自分のことを『牛すじ串』だと思いこんでいたのだ。
「ぐゎぁぁぁぁ」
「あひゃぁぁぁ」
「おぎゃぁぁぁ」
 厚揚げのさらなる発狂をきっかけにして、他のおでん種が「自分を自分として認識できなくなる状態」すなわち、ゲシュタルト崩壊の一症状を引き起こすまでに、さほど時間はかからなかった。さらなる狂気の伝染に一役かったのは、いうまでもなく、ダシ汁だった。
「ゆでたまご、バンザーイ!」
「牛すじ串、バンザーイ」
「しらたき、バンザーイ!」
「厚揚げ、バンザーイ!」
「コンニャク、バンザーイ!」
「餅入り巾着、バンザーイ!」
「はんぺん、バンザーイ!」
「ちくわぶ、バンザーイ!」
 もともと発狂していたうえに、さらなる発狂を重ねたためか、8種類のおでん種たちは、絶叫しながら自らの舌を噛み切り、電熱式おでん鍋の中身は、あっという間に、どす黒い血の色で染められていった。














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