第廿一話 あまえる
彼女は目を背けたまま、何も答えなかった。
彼女の中心にふれた俺の指には、何も応えるものがなかった。
彼女は乾いていた。俺を拒絶していた。
「…ごめん」
俺はそう呟いてた。
彼女は、まだ恐れの残る顔を、こちらに向けた。
「勇者、様…?」
「…いや、ごめん、冗談。うそ、大げさ、紛らわしい」
俺は笑顔を作って見せた。
「返す。すぐ返す。実はこんな所に隠してありました」
メアリーは何が起こっているのか分かりかねた顔でこちらを見ている。
「…勇者様、そんな声を出すと、レイチェルさんが起きてしまいます」
「おっとっと。ちょっと待ってね」
小声でおどけて見せた。
俺は窓の側に忍び足で寄ると、上半身を大きく外に出し、寝起きリポーターみたいな声で言った。
「ただ今、上空、1万メートル。もうしばらく、お待ちください」
「?」
彼女は上体を起こして、布団を抱えてぺたんとベッドに座っている。
なかなか落ちてこない。
「やべー、高く上げすぎちゃった」
「勇者様、しーっ」
「実は、もう、あの絵は、ありません。消しましたあいてっ!」
ようやく落ちてきたケータイ電話の角に頭をぶつける。
もたもたとお手玉して、キャッチ。
「ほい、この通り」
俺は、ソイツを彼女に投げてよこした。
彼女は以前俺が操作した様子を見よう見まねでさわってみたが、例の絵は、どこにもみつけられなかった。
「子供の遊びに、付き合わせてゴメン。メアリーさんが一緒の旅だと、ちょっとは楽しいかなって、思っただけです。最初から、冗談です。ごめんなさい」
「勇者様」
「振り回して、ごめんなさい。もう、それ、返したから。おうちに帰れますね」
「勇者様」
「ここからだと、結構遠いですね。本当にごめんなさい」
「勇者様」
何故、彼女がそう言ったのか、一瞬理解できなかった。
「なぜ、泣いておられるのですか?」
「はい?」
何故か、自分の頬を伝わるものがあった。気付かなかった。
「あれ?どうしてだろ。そうだよ。メアリーさんに、嫌われちゃったからだよ。自業自得だね。反省、反省」
「勇者様」
「?」
「こちらにいらして」
言われるまま、彼女の元に向かう。
その手に導かれるまま、俺は彼女の膝に頭を置いた。
「勇者様。あなたは、魔王を強敵だとおっしゃいました。命をかけることは、子供の遊びではありません」
やさしく、俺の頭を撫でながら。
しばらくずっと、そうしてた。
「私などでよろしかったら、いつでも、甘えてください。我慢しなくて、いいんですよ」
「メアリーさん…」
「ごめんなさい…」
なぜ謝るのか、わからなかった。
「…ごめんなさいを言うのは、私の方です。本当に、ごめんなさい。勇者様、あなたが背負っているものを、少しもわかってあげられなかった。そんな小さな自分が、恥ずかしいです」
抱きしめられた。
さらさらした肌が、ふかふかした柔らかさが、心地よかった。
肩に食い込んだ彼女の爪が、少し痛かった。
「ごめんなさい。ごめんなさい…」
ずっとそうしていたかった。
「メアリーさん、ちょっと、痛い」
「あ、ごめんなさい」
爪の痕がついた俺の肩に、そっと口づけした。
「こっちこそ、子供で、ごめんなさい」
気恥ずかしくなった。
「たくさん、甘えてしまいそうです」
彼女はにっこりと微笑むと、戸惑っている俺の唇を奪った。
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