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ラプラスの魔女 2

作者: 葛城 炯

 1/2の確率

 1/2の博打

「誰だ? オマエは? オレに何をしろと?」


 問うオレにその少女は無表情のまま問い返した。


『アナタには2つの選択肢がある。自分が滅びるか、地球を滅ぼすか。1/2の確率に揺れる狭間の選択肢が……どれを選ぶ?』


 ココは月。

 月のクレバスの底。

 白い砂が堆積している広大な谷底。

 空気のない場所で少女は宇宙服も着けずにオレを見ていた。





 数時間前。

 月の鉱脈探しに基地を出た。

 基地と言ってもオレと同じ『山師』同士で造ったというか、政府から払い下げられた観測基地の1つを『山師』同士で金を出し合って手に入れて整備したモノだ。

 新しいラグランジェ・ステーションが出来たとか、数週間後に月をスイングバイするとか、その時に深宇宙探査センサーを使って何十年か振りに月面を走査するとか、そのデータを使って鉱石探しに役立ちそうだとか浮かれている元科学者崩れの仲間を置いて前から怪しいと睨んでいた場所に独りで出た。


 何の鉱石を探していたか?

 決まっているだろ。


 重水素をたっぷりと吸着させた金属鉱石。

 出来るだけ細かく砕けて、出来るだけ長く太陽風に晒されている金属質の『砂』には重水素がたっぷりと含まれている。

 普通の水素なんざ、そこらのどうでも良い石にもついているけどな。


 もしくはレアメタル。

 クレーターには落下した小惑星か彗星のコアの破片が散らばっている。

 稀にダイヤなんぞが見つかることもある。兎に角、金になりそうな鉱石、鉱脈を探しに出たのさ。


 簡単な分析機材を積んだ月面車で出かけ、あるクレーターの斜面下で分析を開始しようとした矢先に……足元が崩落した。


 レゴリスだらけの月面。

 元々あった亀裂をクレーターが出来た時に降り積もったレゴリスが隠していた。

 それを踏み抜いただけ。極ありふれた間抜けな話だ。




 気づいたらクレバスの下。

 横には壊れた月面車。月の重力が優しい御陰で積んでいた装置は壊れていない。ただ、車には優しくない程度には強かった。

 オレが助かったのは……月面車に積んでいた鉱石を入れるタンクがクッションになった所為だろう。周りに密閉タンクが1ダースほど転がっている。潰れたのが数個足元に転がっていたさ。


 しかしだ……通信機は壊れているのか、電波が届かないのか雑音しか鳴らさない。

 宇宙服が破けなかったのが不幸中の幸いなのか、幸いなる不幸なのか。


 見上げてみれば……遙か上に絶壁の端。

 遙か彼方の漆黒の空間に浮かぶ地球。


 巫山戯たシチュエーションだ。

 オレは皆がのうのうと暮らす星が見えるのに、向こうからはコッチが見えない。


 仲間が探しに来る?

 有り得ないね。

 月の鉱脈を捜す『山師』同士。

 1人帰ってこないとしても基地の「酸素と水の分け前が増えた」と思う程度さ。


 それでも何処かに出口か登れる緩斜面はないかと捜そうとした矢先に……

 ……目の前に少女が現れた。


 少女と言っても……人形だろう。

 月面で宇宙服も着けずに、そしてマスクすら付けずにただ佇んでコッチを見ている。

 姿形は……アンティーク・アンドロイドとして名高いゴチック・ドールの初期型。IV型とか誰かから聞いた気がするタイプだ。

 これでも山師。

 金になりそうな情報だったら、取り敢えず記憶している。


「おい人形。出口は何処だ? 知っているんだったら教えろっ!」

『出口はない。ココは月のクレバスの下。そして私は……人形、アンドロイドではない』


 無表情に……動いているのかどうかさえ怪しい口から出る言葉。

 言葉? 空気がない月面で?


「アンドロイドじゃない? だったらオマエは何だ? どうしてココにいる?」

『私はラプラス。アナタの星ではラプラスの魔女と呼ばれる存在。アナタの運命を伝えに来た』


 相手の声が頭に響く。テレパシーというヤツか? 無線か?

 いや。そんなコトよりオレの運命?


「どういうコトだ?」

『アナタには2つの選択肢がある。1つはこのままココで自分が滅びるのを待つ。この場合、約1年後にアナタの身体は発見され、この鉱脈にアナタの名前が付けられる。そして地球人類は空間跳躍技術を手に入れ、銀河へと旅立つことになる』


 どういうコトだ?


「この鉱石? ただの砂じゃないのか?」

『この砂は……』

 少女は砂を拾いさらさらと下に零す。

『一見して……酸化チタニウムと分析される。だが、実体は……ディモノクォーターニウム・トリセドニウム化合体』


 何だ? それは? 聞いたこともない物質名だ。


『水素が……いえ、陽子が虚数次元振動を起こして結合した物質。モノクオーターニウムは3つの虚数次元で結合した水素。性質としては酸素と同じ。質量は……重水素と同じ。そしてトリセドニウムは15もの虚数次元で結合した三重水素。性質としてはチタニウムと同じ。質量は……虚数次元振動幅の影響で窒素と同じに計測される』


『約半年後、別な場所の地下で酸化チタニウムの「砂漠」が発見される。質と量から人類はそちらを率先して開発する。その後でコチラが発見されても誰も振り向かない。……在る科学者を除いて』


『その科学者はココの砂を分析し、月の実験室で研究を重ね本当の性質に気づく。そして長き研究の果てに人類は虚数次元振動制御技術の初歩に気づき……空間跳躍技術を手に入れる。それが……』


 少女はコチラを見つめゆっくりと言った。

『……アナタがココで滅亡した時の未来』


「巫山戯るなっ! オレにココで死ねと言うのかっ!」

 オレは怒鳴った。そうだろ? 誰でも怒鳴る。


『アナタがココからの脱出に成功した時……地球人類は別の運命を辿る』

「どんな運命だ?」

『全人類の滅亡』

「なにぃ?」

『ココの鉱石が採掘され……地球に送られて分析される。高エネルギー放射光分析施設によって……』


 そりゃそうだろう。性質として二酸化チタニウムと同じでも質量が半分以下に軽いんじゃどんな科学者だって嬉々となって分析するだろう。


『結果として……ディモノクォーターニウム・トリセドニウム化合体は爆発する。高エネルギー放射光により総ての虚数次元振動が増幅された結果として……核融合爆発を起こす。高エネルギー放射光分析装置を、いえ、施設総てを破壊して……』


 ……え? この鉱石はそんなにヤバイ代物なのか?


『誰もその爆発がこの鉱石の性質だとは思わない。人類は……それをテロリストによる核爆弾攻撃と分析する。運悪く……』


 運悪く?


『分析しようとしていた時に施設を訪れていた某国の大統領と夫人が亡くなるという事態により……冷静な判断が失われ、全世界規模の紛争、核戦争へと発展していくこととなる』


 ……つまり?


『……結果としてココの鉱石をテロリスト達が手に入れ、全世界の要人達への『贈り物』とする。テロリスト達は冷静。自分達が仕掛けていないのは明白なのだから。『爆発』の原因がココの鉱石と気づき、そして『起爆方法』を発見する。それだけの違い』



 つまりだ。


 オレがココで朽ち果てれば、この鉱石の性質に気づくのが科学者。

 そして人類は銀河への切符を手に入れる。


 オレがココから脱出すれば、この鉱石の性質に気づくのがテロリスト。

 そして人類は……滅亡する。


『性質の発見者の違いが世界の運命の分岐点となる。それだけ』


 長い沈黙の闇にオレは沈んだ。


 それでも喘ぐように……思いついたことを口にした。

「オレがそれを……この鉱石の性質を教えたら? そうだ。科学者がテロリスト達より先にこの鉱石の性質に気づけば……」

『有り得ない。アナタがココを出るということは、あの崖を登るというコト。月の重力が地球の1/6とはいえ、運動としてはキツい。登る時に携帯できる酸素は少ない。結果としてアナタは低酸素症にかかり、言動が顧みられることはない。私のコトを話しても誰も信用したりはしない』


 そうか。

 そうだな。

 月面で宇宙服も着けずにいた少女に教えられたといっても……誰も信用しないだろう。

 オレが分析し、性質を見つけたと言ったとしても……山師のいうコトなぞ耳を貸したりはしない。自分達で分析しようとするだけだ。


 低酸素症にかかってもかからなくても……

 結果は同じ。



 オレは……どうすればいい?


 絞り出すように問う。

「他に選択肢はないのか?」


『さぁ? アナタにあるのは……見てのとおり』


 手をひらりとあげて少女は絶望を告げた。


『アナタは空気も水もない場所に独りでいる。ココから脱出するか、それともココに留まるか。存在する総ての選択肢がココにある。それだけが現実』



 見渡す。まるで巨大な井戸の底。

 いや? 墓場の底か? 神と悪魔の罠の箱か?


 見上げる。遙か彼方に浮かぶ地球。

 その地球の運命が……誰にも気づかれないオレの手の中にある。



『じゃ……私はそろそろ御邪魔させて貰う』

 少女の姿が霞む。

 姿が消える前に……オレは怒鳴った。

「見つける。見つけてみせるっ! 他の選択肢をオレは必ず……」

『見つけられることを……祈っている』



 少女は消え、オレは独りとなった。



 考えた。

 時間だけはある。


 水は?

 我慢すればいい。


 この服は完全密閉。水は外に出ない。壊れた月面車に積んでいた分析装置の中には清浄循環装置、簡単なフィルターもある。

 『味』を我慢さえすればいい。それだけだ。


 空気は?

 無い。


 いや、正確に言えば『限り』がある。

 予備のカートリッジを含めて、低酸素症のリスクをギリギリまで考えても3日ぐらいだろう。



 それでもオレは……

 ……生き残るために出来るだけ、出来る範囲内で藻掻き足掻くコトにした。




 そして……総ての藻掻きと足搔きが上手く行くことだけを祈った。

 軽い低酸素症になり、マズイ水をチューブで飲みながら……祈り続けた。

 何時間も……何日も……時間の感覚が無くなるまで……

 漆黒の闇に浮かぶ地球を見上げながら……祈った。

 遠離る意識の中で……祈り続けた。










「ニュースです。昨年、発見された月の鉱石が全く新しい物理学を人類にもたらすこととなりました。発見された鉱石は発見者の名を……」

 若い科学者がTVのスィッチをオフにした。









 そして、TV横のベッドにいるオレに話しかけた。


「参りましたよ。アナタには。確かに発見したアナタには命名権がある。でも何も『ラプラス』なんて名前に改名しなくても良いでしょうに?」

「ふん。オレがオレ自身の名前を何にしようとオレの勝手だ」

「まぁ……そうですけどね」

 科学者は淹れたての珈琲……じゃない温めたての珈琲パックを差し出した。

 暖かさが心をくすぐる。

「それにしても……何故です? 発見されてから半年もの間、『採掘禁止だ。この鉱石は総てオレのモノだ。退院するまで誰にも採掘は認めない。分析も解析もオレが認めた相手にしか許可しない』って頑張ったのは? 御陰様で私がゆっくり解析できるようになりましたけど?」

 科学者は不思議そうにオレを見る。


 確率と未来の女神様だか魔女様に教わったと言ったところで冗談と笑い飛ばすだろう。


「ひょっとして……信号弾代わりに壊した月面車と分析機材のローンの請求審査でも終わるのを待っていたんですか? 救難時のため無償というコトになりましたけど」



 確かに……オレは月面車を分析装置諸共、全て破壊した。

 アノ場所に落ちてから数週間後に通るであろうラグランジェ・ステーションが月面走査する時間まで待ってだ。

 案の定、月面走査していた連中はオレの居場所を見つけた。

 そりゃそうだろう?

 月面の亀裂から水蒸気が噴き出したらすぐに見つける。

 もっとも……裏側を走査していたら見つからない。

 確率は1/2。

 オレは神が振るうサイコロによる博打に勝った。それだけだ。

 それでも……救助に来るまでは4日ほどかかったがね。



 何をして生き延びたのか?

 あの時オレがしたのは……分析装置でディモノクォーターニウム・トリセドニウムを熱分解した。それだけ。


 熱分解する時に『爆発しないでくれ』とだけは真剣に祈ったね。


 モノクォーターニウムは元々は水素だが性質は酸素と同じ。

 それで呼吸は数週間ほど保つことが出来た。

 本物の水素は月の砂には吸着されている。勿論、ディモノクォーターニウム・トリセドニウムにも吸着していた。

 ディモノクォーターニウムと水素を反応させて『水』を造った。

 人間、水だけ在れば1ヶ月は生き延びられる。骨と皮だけになるけどな。

 サバイバルの基礎知識がオレを救った。

 それだけだ。


 そうそう。造った『水』が重水と違って身体に吸収されることも祈った。

 これはダメ元だったな。


 兎に角、造った『水』を密閉タンクに出来るだけ溜めて……月面車のエンジンを破壊して水蒸気に換えた。

 流石にこれはタイマーを造ってオレは物陰に隠れた。

 いや、決行の数日前から隠れていた。

 『仕掛け』を作り上げた頃には、疲労困憊。

 ラグランジェ・ステーションが通る頃には指一本も動かせないほどに衰弱するのは目に見えていたからな。



「それにしても……随分と変わった容姿になってしまいましたね。いまなら『宇宙人』役で映画デビューできますよ?」


 訳のワカラン物質の『水』と『酸素』を摂った御陰で……髪はプラチナ色というかチタン色に染められてしまったが。

 まぁ、重金属摂取障害にならなかっただけでも拾いモノだろう。

 いや? なってしまったのは『軽金属(?)摂取傷害』か?


「そうだな。『ラプラスの魔人』としてスクリーン・デビューでもしてみるか」

「御自身で脚本、監督、主演、そしてスポンサーでの映画を数本作れますよ。政府が新鉱石『ラプラス』を高値で買い取ってくれるそうです。御陰で私も栄誉と『おこぼれ』に預かれそうですよ。アナタが私を新鉱石の管理者として任命してくれた御陰ですね」


 そうか。大金が懐に入ってくるのか。


「だったら……デビューは後だ」

「何に使うんです?」


 オレは笑った。

「決まっているだろ? 深宇宙探検だ。空間跳躍の出来る飛びっ切りの宇宙船を仕立ててやるさ」

「はははは。それは良いですね。でも数年は待って下さいよ。理論は出来ても技術として実現するのには時間がかかりますから」

 では、また来ます。と言い残して若い科学者は部屋を出て行った。



 オレはベッドに転がって感謝した。

 窓の向こうに浮かぶ地球。いや、地球を今見ている現実というヤツに。




 総ての未来と……いまある現実に。


 感謝した。


 

 読んで頂いてありがとうございます。

 キャラは「101人の瑠璃」の中から1人使ってます。

 トンデモな物質名は、元々は「アコライト・ソフィア」の杖の材質として考えていたモノです。

 さらにトンデモな性質についてはミクシィの中で書いている小説で設定したモノです。


 では、また次作で……

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― 新着の感想 ―
[一言] 難しい話は鬼門なため、かなり身構えて読んでしまいました。 今回はなんとなく分かりましたよ(汗 それにしても、いきなり自分の命と人類の未来を天秤にかけられる主人公にしたら、まさにふざけるな状態…
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