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小説禁止令(大嘘)
作:ごはんライス


 しばらく小説を書くのを休んでみようと思う。どうもうまくいかん。ほんとは書いてくうちにわかってくるといいのだが、どうも書くほどにわけがわからんくなってくる。まぁ別にわけがわからんくなってもいいのだが、どうも何というかうまくいかん。まず小説を書くのがまったくおもしろくない。これは致命傷と思う。確かに小説を書くというのは大変な作業だ。おもしろいことばかりではないだろう。しかし、つまらんこと大変なことも含めて根本的におもしろいという感覚がなければどうにも書く意味がない気がする。例えば、今僕が勤務してる塾。これはそうおもしろがってやらなくともよい。学力を提供するのが仕事だから、マジメな顔してやってもいいのである。そりゃおもしろい授業。それも大事だ。しかし、おもしろいだけでまったく学力が伸びないとなれば上司にどやされるだろう。オレはそれはそれでありと思うがいかんせん企業というのは利潤を生むのが目的の存在だ。学力が低下するような塾は利潤を生めない。よって、おもしろい授業はしなくてもよい。しかしながら、小説というのは、これはオレの個人的な意見だが、おもしろさを提供するのが仕事と考えている。もちろん、人生を説くとか文学で人間性を豊かにするとかそういうマジな小説観もある。当然、オレの中にもあるっちゃーある。しかしながら、それは第一義ではない。やはり、オレの小説に対する姿勢の第一義は、おもしろさを提供することである。となれば、書くのがおもしろくないというのはこれはもう書く意味自体がない。自分だけおもろがる作品は往々にして独善的な作品が多くスベることが多いが、しかし、見方を変えれば、自分もおもしろがらせることができんのに人をおもしろがらせることなんてできるわけがない。それに、休めば違う景色が見えるかもしれない。見えないかもしれないが、しかし少なくとも小説というものに対して今までとは違った見方ができるかもしれない。だから、ぜひとも休むべきだと思う。休むべきだとは思うが何かただ言い分けして怠けたいだけのような気がするのでやっぱり書き進めます。いい小説を書くために充電するためにいったん休む、だったらいいけどね。オレの場合、単に疲れたから休むってだけのような気がするのでそれはいかん。そりゃ疲れりゃ休むのは当たり前だが、オレの場合、一回休むと半年も一年も休んでしまうのでそれはよくない。だいたい疲れるほど書いてないので、まずは死ぬほど書きたいと思います。倒れるほど書いたという経験がまだない。まずは死ぬほど書こう。もしほんとに死んだとしてもそれは別にそれでよい。だいたいオレは生きるのを目的に生きてるわけではない。小説を書くために生きてるのだから、小説を書いてる途中で死ぬならそれは目的通りだから全然オッケーなのだ。しかし、死ぬほど書くというのは難しいね。死にたくないよ。生きたいよ。でも、死ぬほど書いたあとにビールを飲む。これがなんとも気持ちいい。また生きようという気がしてくる。それはまぁいいね。幸せだね。しかし、まぁそりゃビールもいいけど、でもやはり死ぬほど書くという行為の中に何か快感が内包されてる。死ぬほど書く、ということはそれは疲れることかもしれないけどそれだけ情熱をかたむけ一心不乱に集中してる状態だ。命を燃やしてる。それは何ともたまらんものがある。ダラダラ生きるのも幸せかもしれんが、命を削って生きるのもそれはそれで幸せね。だいたい小説を書いてる途中に自分の意識の中で何かが死ぬという感覚が生まれることがある。これは一作一作書くごとに感じる。これが快感の原因と思う。死ぬということは終わりということではない。生まれ変わるということだ。この生まれ変わるという感覚が何とも気持ちいい。これを求めてまた書いてしまうのだろう。難儀なもんだな。小説て。


あなたがいないと 死ぬほどさびしいと
言えるまでの 愛じゃないと
(奥田民生「ザ・スタンダード」より)














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