黒雲がたれこめていた。肌寒い。何かが起こりそうな雰囲気。たけしは、会社の帰り道、自販機でコーヒーを買った。その時、雨が降ってきた。「やべ」たけしはあわててコーヒーを取り出し口から取り出すとフタを開けずにそのままカバンにつっこみ走り出した。あたりは田舎なのでなかなか雨宿りできる場所がない。すると、後ろから車のクラクションが。振り向けば、見覚えのある車。母ちゃんだ。母ちゃんの車はたけしの横に止まった。「乗ってけ。たけし」「あ、ありがと。母ちゃん」たけしはあわてて車に飛び込んだ。車は発車した。母ちゃんはハンドルを握りながら煙草をふかしている。「よくオレがこの時間にここ走ってるのわかったね」「たまたまや」「ところで母ちゃん。珍しいね。今からどっか行くの?」「おい。たけし。頭ふせろ!」バキューン。弾が後ろから飛び出しフロントガラスを直撃した。「ひ、ひい!」頭を下げるのがもうちょっと遅かったら、たけしの後頭部に弾丸は直撃していた。母ちゃんは、片手でハンドルを握り、窓を開け煙草の吸殻を外に放り投げた。母ちゃんの運転技術は大したものだ。ピストルの弾丸が飛んできても揺らぎない。しかも雨なのに。「くそ。あいつら、まだ追いかけてきやがる」「ど、どないしたんや。母ちゃん。だ、誰に追われとるんや」「警察とヤクザ坊主や」後ろを見れば確かにパトカー。パトカーの後ろに黒塗りのベンツが後を追いかける。おそらくヤクザ坊主のヤツだろう。雨が激しく車のボディを叩きつける。「な、なんで!」オレは泣き出しそうだった。早く家に帰って風呂に入ってメシを食いたいというのに何ということに遭遇してしもうたんだろう。母ちゃんはオレが聞きもしないのに顛末を語り始めた。何でも、母ちゃんが波止場でヤクザと麻薬の取り引きをしている時、予定より二億高い金額をヤクザが請求してきたので腹が立ち麻薬を奪い逃走。途中、車でヤクザの親分をはね殺した。腹を立てた子分どもが警察に通報。そんなわけでこういう展開となってるのだそうだ。警察に通報するヤクザなんて間抜けだが、単なる田舎の主婦がなぜ麻薬の取り引きをしていたのか。謎が謎を呼ぶ。しかし、今はそんなことを言うてる場合じゃない。ヤクザ坊主と警察が次々と拳銃を繰り出してくるので、いくら母ちゃんのドライブ・テクがすごいからって、このままではやばい。また、後ろから車内に弾が飛び込んで、オレの頬をかすった。血がたら〜と垂れた。「もうやだよぅ! 早くお家に帰りたいよぅ!」「覚悟決めろ、たけし!」母ちゃんは叫ぶと、ボタンを押した。すると、車の両脇からウィーンと羽根が飛び出し、車体が浮いた。徐々に上に上がっていき、ジェット機さながら飛んでいった。これでひと安心。と思いきや、ミラーを見りゃ、ヤクザ坊主のベンツもパトカーも羽根を出して飛んでいた。「な、なんというしつこさ!」「ちっ」母ちゃんは舌打ちした。前方から鳩の大群が攻めてきた。(了) |