自分の寿命を命として与えることができる少女がいた。
『死にたくないの? じゃあ私の命を分けてあげるね』
彼女はいつもそう言って様々な人に自分の命(人よりも遥かに長い寿命)を分け与えていった。
与えた分だけ彼女は死に近づいた。
彼女がなぜそんなことをしているのかを知るものは、彼女だけだった。
かつて街だったそこは何者かの手により、焼け野原と化していた。焼け落ちた家々。そこら中に転がる無数の死体。その多くは肉を焼きつくされ、白骨化していた。
そんな惨状を全く気にした風もなく、その中を歩く者がいた。
少女である。年齢は十五歳くらいか。
夜の闇よりも黒い髪を腰の辺りまで伸ばしていて、目鼻立ちは整っていた。身に纏っているのは純白のローブ。肌の色はそれよりも白い。小柄な身体に不釣り合いな大きさの鞄を両手で大事そうに抱えていた。そして少女は裸足で、それには傷痕がいくつもあった。
少女が地面に転がった人の骨を踏んだ。パキッと音を立てて骨が折れた。
骨に、少量の血が付着していた。足の裏を切ってしまったのだろう。鞄が邪魔で足元が見えていないらしい。しかし少女は気にせず黙々と歩む。
それから歩き続けることしばらく。
何度も何度も骨や廃材で足の裏を切ったために少女の歩いた跡には真っ赤な血の足跡がくっきりと付いていくようになった。
一体、少女はどこへ向かっているのだろうか。
やがて、周囲の荒廃をよそに一軒だけ壁が少々焼け焦げた程度の損傷しかない、大きな屋敷があった。
少女は奇跡的に残っていたその屋敷の前に立ち、小声で
「強い死の匂いがする……」
と呟き、口元に微かに笑みを浮かべた。
少女は扉を体で押すようにして開くと、屋敷に入っていった。
屋敷の中は外見とは裏腹に酷い有様だった。入ってまず目につくのは天井から落ちた、見るも無残に砕けたシャンデリアだった。床には大きな穴が一つ二つ開いており、壁のいたるところに亀裂がはしり、何箇所かは黒焦げになってしまっていた。
少女は床に飛び散った硝子片を気にもしないで裸足でその上を歩く。
もはや少女の足首から下は、骨と硝子片によってズタズタになって真っ赤に染まりきり、一歩ごとに小さな血溜まりができるほどになっていた。
それにも関わらず少女は無表情に二階へと続く階段を目指す。
赤い絨毯に赤黒い血の跡を残しながら。
そんな状態になってまで少女が求めているものとは一体、なんだろうか……。
屋敷の二階奥にある書斎。そこで一人の男性が壁に背を預けていた。
今にも息を引き取りそうなその男性は、黒いシミの上に座っている。シミ――右の脇腹から大量に流れた、彼の血。
敷かれた絨毯が吸いきれないほどの量だ。
それは、彼の命があと少しで尽きることを示していた。
彼は何事かを呟いていた。その声は掠れてしまっていたために言った本人ですら聞き取れないような呟きだった。
しかし――
誰にも届かないはずのそれを聞いた者がいた。
「ふうん。なら、もう少し生きてみる?」
男は誰かの気配を眼前に感じた。
彼は、その“誰か”を見ようとした。
霞む視界の中で、その姿だけはなぜか鮮明だった。
純白のローブを着た色白の少女。小柄な身体に不釣り合いな大きさの鞄を両手で大事そうに抱えていた。裸足で外を歩いたのか、足首から先は血に塗れて痛々しかった。
「あなたの生きたいという願いの強さに応じた分だけ、私は命を与えることができる。それがどんな願いであっても」
男の耳は既に聞こえなくなっていたが、彼女の言葉は確かに聞こえた。
彼は願った。
強く。強く。
「……うん。なかなか、いいね。さぁ、受け取って――」
彼女は鞄を開いて広げた。
そこから眩い光りが放たれた。光りは彼を優しく包み込み、やがて消滅した。少女と共に。
彼の体は元に戻り、表情は生気に満ちあふれていた。彼はしばし歓喜の涙を流していた……。
「これで、また一歩……」
いつの間にか屋敷の前に移動した少女は満足そうに言った。
「また、死の匂いがする」
少女は、死の匂いをも運ぶ風に、導かれるようにして歩き始めた。
傷だらけの足で。
彼女は命が必要な誰かを求めて再び旅立つ。
彼女の旅は続くのだろう。
不思議な鞄に詰め込んだ、自分の寿命が尽きるまで。
いつまでも、いつまでも――
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