表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/270

84 悪は許しません

 王都のどこからでも見えるような大火事だったので、夜中にもかかわらず衛兵がやってきた。

 とはいえ、鎮火したあとに来ても、事情聴取くらいしか衛兵の仕事はない。


 教会の人たちは、火事の原因に心当たりはないと答える。

 火の不始末など絶対にしていない。

 そもそも炎はブドウ畑で燃え広がったのだ。

 そんなところに火種などあるはずもない。

 しかも炎は驚くほどの勢いで、一気に教会の周りを焼き尽くしたという。

 まるで油がまいてあったかのように。

 実際、ローラが火事を見つけたとき、いきなり大きな炎が窓から見えたのだ。


「誰かが火を付けた可能性が高いわけか……仮に放火だったとして、犯人に心当たりは?」


 衛兵にそう質問された神父とベラは、チンピラたちのことを話した。

 どう考えても彼らに出せるような金額じゃないのに、債権を買い集めたこと。

 それを使って、教会からの立ち退きを迫ってきたこと。

 借金を返したら、その日のうちに火事が起きたこと。


「なるほど、怪しいな……分かりました。そのチンピラたちのことを調べてみましょう。とにかく、全員が無事でよかった」


 衛兵は帰っていく。

 火が消えたことで、野次馬たちもとっくに飽きて解散していた。

 ローラたちは、外壁が黒く焦げた教会の前で立ち尽くした。


 教会が石造りだったおかげで、あれだけの炎でも中は無事だった。

 もっとも、ローラたちが来るのがもう少し遅れたら、火が中まで回っていたかもしれない。

 なんにせよ、一瞬にして炎で囲まれ、逃げ出すことも消火することもできないというのは、想像するだけで恐ろしい。

 早めに消火できて本当によかった。


「ふぅ……なにはともあれ、命が助かっただけでもよかったわ。本当に死ぬかと思ったもの……皆、駆けつけてくれてありがとう。一日に二度も助けられちゃったわね」


 ベラは気丈に笑ってみせるが、その声は少し震えていた。

 しかし抱きついてくる子供たちの手前、しっかりした姿を見せなければいけないのだろう。


「いえ、もっと早く火を消せていたら、ブドウ畑も助かったかもしれないのに……ごめんなさい」


「ローラちゃん。そこは謝るところじゃないわよ。それにブドウ畑は本当に一瞬で燃えちゃったの。たとえローラちゃんが教会にいたとしても間に合わなかったわ」


「そうですか……でも、まさかこんなことになるなんて……」


 ローラは彼女らに何と声をかけてよいか分からなかった。

 命こそ助かったが、ブドウ畑がなくなった以上、今年のワイン造りは不可能。

 食いぶちを稼ぐ手段を失ってしまったのだ。


「なぁに。五体満足ですから、何とかなるでしょう。ブドウは一から植え直して頑張ります。明日からの食べ物は、私が信者の皆さんに頭を下げて回って、寄付してもらいましょう。みっともないですが、子供たちを飢えさせるわけにはいきませんからね」


 神父は冷静な口調で語った。

 冴えない印象の人だが、一番の年長者だけあり、とても落ち着いている。

 伊達に歳は取っていないらしい。

 急に頼りがいのある人に見えてきた。


「神父様。私がモンスターを狩って稼ぐから、大丈夫」


「アンナさん。そんなことをする必要はありませんわ。お金なら、このシャーロット・ガザードにお任せを!」


「でも、シャーロットからは既に沢山借りてるから……これ以上迷惑かけたくない」


「迷惑なんてとんでもありませんわ! むしろ、このまま見過ごせと言われる方が迷惑! せめてワイン畑が復活するまでは支援させていただきますわ!」


「私も学食から食材をコッソリ持ってくるであります。ちょっとくらいならバレないであります」


 頼りになる人たちだ。

 これならワインの収入がなくても、孤児院はやっていける。

 あとは放火した犯人を捕まえねばならないが、それは衛兵がやってくれるはず。

 とりあえず今日のところは安心して寝てもいいだろう。

 ローラは我が事のように安堵した。

 が、ふと大切なことを思い出す。


「そうだ! ニワトリさんたちはどうなったんです!?」


「ぴぃ!」


 ニワトリと聞いて、ローラの腕の中でうつらうつらとしていたハクも顔を上げた。


「あれだけの火事だったから、ニワトリ小屋はもう……」


 ベラはうつむいて呟く。


「そんな! だってあんなに美味しい卵を産んでくれたのに!」


 ローラは自分の目で確かめるため、ニワトリ小屋まで走って行った。

 卵を拾い集めたのは、今朝の話だ。

 あのときは立派なニワトリ小屋が確かにあった。

 しかし、同じ場所に行っても、黒焦げになった木片が転がっているだけだった。


「そ、そんな……」


「ぴー!」


 ハクはローラの腕から飛び降り、ニワトリ小屋の残骸の上に立つ。

 そして木片を退かす。

 その下から、ニワトリが出てきた。

 もちろん、動かない。

 焦げ臭い匂いがする。


「ぴぃ……」


 ハクはニワトリの死体を前に泣いていた。

 かつてオイセ村で親の死を前にしたときのように、涙を流した。


 それを見てローラは拳を握りしめる。

 こんなに頭にきたのは、生まれて初めてかもしれない。

 絶対に犯人を見つけてやる。


「ハク。行きましょう。ニワトリさんたちのためにも、泣いている場合じゃありません。悪党は、倒さないと!」


        △


 一方、その頃。

 正義感とは無関係に、怒りで燃えている大人が二人いた。

 彼女らは密かに教会ワインのファンであった。

 毎年十一月中旬ごろに出荷される教会ヌーヴォーはかかさず買っているし、何年かしてから出回る熟成したワインも大好きだ。

 しかし、その教会のワイン畑が火事で燃えてしまった。

 聞けば、放火らしい。

 どこの誰が、何のために。

 如何なる理由であろうと、如何なる相手であろうと、決して許してはならない。

 邪悪なる犯人に鉄槌を下すのだ。


 今、ファルレオン王国最大の権力者と、最強の魔法使いが立ち上がる。

 すなわち、女王と大賢者である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 昨日から読み進めてるけど面白いです。いつもならその時点での最新まで読んでからなのですが、どうしても書きたくなったので。 ワインの材料潰して好きな人達いたら出てきそうと思ってたら考えれる限り最…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ