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58 お仕置きには屈しません

「ふぇぇ……もう嫌です……なんでこんな勉強ばっかりしてなきゃいけないんですか……こんなの人間の生活じゃないですよ……うぅ……ぐすっ」


 食堂でエミリアに睨まれたローラたちは、寮に引きこもり、朝からずっと宿題と格闘していた。

 夏休みの宿題は本来、一ヶ月かけて片付けることを想定して出されている。

 しかしローラたちは宿題の存在そのものを忘れており、今まで全く手をつけていなかった。

 期限まであと一週間もない。

 死ぬ気でやらないと間に合わない。

 だというのに、ローラは初日で悲鳴を上げた。


「ローラさん、頑張ってくださいな! 分からないところは教えてさし上げますから!」


 かくいうシャーロットは、宿題をスラスラと解いていた。

 なにせ彼女は魔法使いの名門ガザード家の娘だ。

 入学する前から魔法の知識が豊富であり、この程度の宿題は容易いらしい。


「ありがとうございますシャーロットさん……けれど、私はもう限界です……」


「ああ、ローラさん、眠ってはいけませんわ。ここで眠ったら死にますわ!」


「宿題が間に合わなかったからって死にはしませんよぅ……」


「いけませんわ、いけませんわ」


 ベッドの上に伸びたローラの頬を、シャーロットがぺちぺち叩いてくる。

 しかしローラには、立ち上がる余力がない。

 こんなに連続して勉強したのは人生初だった。

 剣を振り回し続けるほうがよほど楽である。


「私も疲れた。無理はよくない。気分転換にお風呂に行こう」


 アンナはノートを閉じ、すくっと立ち上がる。

 その提案はローラにとって救いの声に聞こえた。


「行きましょう行きましょう。お風呂に入ってからぐっすり眠りましょう」


「眠ってはいけませんわ! けれど、休憩が必要なのも確かのようですわね」


 ローラたちは大浴場に行って汗を流す。

 そして着ぐるみパジャマに着替え、また宿題を向き合った。


「早く人間らしい生活に戻りたいです……」


「今の私たちは動物。人間らしい生活は無理」


 アンナは真顔で言う。


「動物の着ぐるみパジャマを着ているだけで、中身は人間です……それに動物はなおのこと勉強なんてしないじゃないですか……」


「ローラさん。お口を動かさず、手を動かしなさい!」


「……シャーロットさんが厳しいです。嫌いになってしまいそうです」


「なっ……しかしここで宿題をやらないとエミリア先生に叱られてしまいますわ。わたくし、心を鬼にしてローラさんに宿題をさせますわ!」


「続きは明日でいいじゃないですか。ほら、ハクはもう寝てますよ……」


 白い神獣はベッドの上で丸くなり、一足先に夢の世界に旅立っていた。

 その寝顔がとても幸せそうなので、ローラは仲間に加わりたい衝動にかられる。


「今日のノルマを終わらせないと、明日、もっと大変なことになりますわ! 決して眠らせません!」


「シャーロットさんが何と言おうと、もう眠気の限界です……」


 時計の針は夜の十一時を指している。

 シャーロットやアンナは平気かも知れないが、九歳であるローラからすると、とても遅い時間帯だ。

 これ以上の勉強続行は物理的に不可能なのである。


「いけませんわ、眠るというのであればお仕置きですわ! ほら、耳にふー」


「はにゃぁ!?」


 耳に息を吹きかけられたローラは、悲鳴を上げて飛び跳ねた。

 いざ戦闘となればほとんど無敵のローラだが、普段はなぜか弱点が多い。

 具体的には、耳に息を吹きかけられると力が抜けてしまう。あと、首筋と背中と腋の下と脇腹と太股と足の裏をくすぐられると抵抗できなくなる。

 つまり全身が弱いのだ。


「ほら、アンナさんもローラさんの耳にふーしてくださいな。わたくしは右から攻めるので、アンナさんは左をお願いしますわ」


「了解した」


 それから十数分。

 ローラは耳だけでなく、全身の弱点を攻撃されまくった。

 もはやローラの睡眠を妨害し宿題をやらせるという当初の目的は忘却の彼方で、シャーロットもアンナも明らかに楽しんでいた。


「ダメです、そこはダメです……あっ、ひゃん……許してください、ちゃんと宿題をやるので許してください……」


「ふふふ、信用できませんわ。もう少しお仕置きしないと、きっとローラさんは宿題をやりませんわ」


「私もそう思う。ベットに移動して、徹底的にお仕置きすべき」


「その通りですわ、その通りですわぁぁ!」


 それからローラは更にお仕置きされ、ふと気が付くと朝だった。

 外でスズメがチュンチュン鳴いている。

 朝チュンである。


「しゅ、宿題が全然進んでいませんわ!」


 目を覚ましたシャーロットが絶望で顔を引きつらせた。


「これは酷い。ローラが可愛い声で私たちを誘惑したせい。改めてお仕置きが必要かもしれない」


「無限ループになるのでやめてください!」


 ローラはまた襲われそうになるが、しかしそのとき、ハクが目を覚まし「ぴー」と迷惑そうに鳴いた。

 安眠を妨害されたことに抗議しているような声だった。


「ほら、ハクが言っていますよ。真面目に宿題をしたほうがいいって。だから私の耳に息を吹きかけたり、背中に指で文字を書いたりしている場合ではありません! これ以上宿題をサボるつもりなら、私、容赦しませんよ!」


「昨日と立場が逆転していますわ、なぜですのっ!?」


「ローラが怒りのオーラを出している……怖い」


 というわけでローラたちは、顔を洗ってから宿題に取りかかった。

 ローラが真剣に宿題をやる気になったのは、お仕置きされたくない一心ゆえだ。

 つまり耳にふーするのも、太股や足の裏をくすぐるのも、効果があったのだ。それも絶大な効果である。

 しかしシャーロットもアンナも、そのことに気付いている様子はない。

 ローラとしても、あんなアホみたいなお仕置きに屈して宿題をやる気になったと認めるのは嫌なので、口を閉ざして黙々と宿題を進めるのであった。

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