160 古代文明のゴーレムです
「えーっと、この辺だったと思うんだけど……ああ、あれね」
大賢者が見つめる先にあるのは、木に囲まれた小さな泉だった。
まさか水浴びでもしていこうというのか――とローラが思っていると、本当に泉に向かって突っ込んで行くではないか。
「にょわぁっ」とか「うぎゃぁっ」とか、色々な悲鳴があがった。
しかし、絨毯は水に濡れることはなかった。
方向転換をしたのではない。
風の結界により水が弾かれ、濡れないまま泉の中に侵入したのだ。
「ふぇぇ……もう、学長先生。こうするならあらかじめ言ってくださいよ。びっくりするじゃないですか」
「あら、ごめんなさい。でもスリルがあって楽しいでしょ?」
「無意味なスリルは求めていません!」
ローラが叫ぶと、他の皆も「そうだそうだ」という顔で頷く。
ハクすら一緒に頷いていた。
「皆、若いのに淡泊ねぇ。それより誰か、明かりを出してくれてもいいんじゃなーい?」
「では、わたくしにお任せですわ」
シャーロットは手のひらから、光の玉を出した。それが泉の中を照らし出す。
透明度の高い水なので、底までよく見える。
魚は一匹もいなかった。
そして水底には何と、大きな穴が空いているではないか。
「水中洞窟という奴ですか?」
「そうよー。ここから潜ると一層に行けるの。地図に載っていない場所だから、ほとんど手つかずよ」
「穴場ですね! 学長先生と一緒でよかったです!」
「穴場を教えてくれるのは嬉しいけど……本来は共有すべき情報なのよね……」
「私が最初に見つけたんだから、少しくらい独占したっていいでしょ」
その少しというのが五十年になってしまうあたり、大賢者の時間感覚が常人と違うことを物語っている。
エミリアとしてもツッコむのが疲れてきたようで、軽くため息を吐くだけで済ませた。
「ちなみに、ここ以外の入り口って、どんなのがあるんですかー?」
「えっとね。小さい建物があちこちにあるんだけど、そこから階段で降りていったり。あと、地上にも洞窟があって、そこからも一層にいけるわ。水中洞窟も探せばもっとあるかもね」
そう説明しながら大賢者は絨毯を水中洞窟に潜らせた。
下に、上に、右に、左に、とグネグネ進んでいく。
ほどなくして、水が途切れた。
絨毯が上昇して行った先は、明らかに人工的に作られた通路だった。
「これが地下一層ですか?」
「そうよ。なかなか異質な感じがするでしょう?」
「ど、どうやったら、このように均一な壁を作ることができるのでしょう……」
「触るとツルツルしている。丁寧に磨いたのかな?」
シャーロットとアンナは、通路の壁に触れ、その質感に驚いていた。
なにせ、さっきのサイコロ状の物体と同じく、つなぎ目が全くないのだ。
色はやや青みがかった灰色。
ローラたち五人が横に並んでも余裕があるほど広い。
こんなものを地下に作ってしまう技術とはどんなものなのか……想像もつかない。
いや、壁の質感がどうという以前に、クリアな視界が不気味だ。
なにせ、ここには窓がない。
地下なのだから当然だが、にも関わらず、明るい。
シャーロットが手のひらから出している光の玉だけでは、こう奥までは照らせないだろう。
学園の廊下よりも長い通路の向こう側まで、ハッキリと見えている。
その理由は簡単。
床や壁そのものが、淡く発光しているからだ。
「どういう仕組みで光ってるのかしら? 魔法? でも魔力はどこから……」
「エミリア。それはここで考えても無駄よ。なにせ世界を移動する島なんですから。古代文明の技術力は私でも理解不能。あとでゆっくりと想像の翼を広げなさい。今はまず、遺跡の冒険を楽しみましょ」
「同感です、学長先生。私は早くこの先に進みたくてウズウズしています。あまり長く待たされると、一人で走って行っちゃいますよ!」
「ローラさんが行くなら、わたくしも行きますわ!」
「短剣、短剣はどこ」
「ぴ!」
生徒三人と神獣一匹は、これでもかとソワソワして見せる。
子供っぽいようだが、しかし未知の場所を前にして平静でいられるとしたら、それはむしろ冒険者失格だろう。
「大丈夫よ。私たちだって、早く先に進みたいんだから。ね、エミリア」
「当然です。教師になってからは控えていましたが……私も冒険者。未知に挑む気概は失っていません!」
エミリアは拳を握りしめた。
目に炎が灯っている。
そこにいるのは魔法学科一年の担任ではなく、Aランク冒険者エミリアであった。
「それで学長。ここは地図だとどこなんですか?」
「そうねぇ……水中洞窟がここでしょう? で、こんな感じでグネグネ曲がってきたから……」
大賢者とエミリアは、二枚の地図を見比べ、おおよその場所を予想する。
「地図を書くのはエミリアに任せるわ。あなた几帳面だから、そういうの得意でしょ」
「分かりました。特別得意ではありませんが、この中では私が適任だと思います」
エミリアは一同の顔を見回しながら頷いた。
何やら失礼なことを言われた気がしたローラであった。
「じゃ、取りあえずこっちにまっすぐ。ずーっと進んで、はい、一度ストップ。そこを曲がると……ゴーレムが待ち受けているわ」
ゴーレムというのは、泥とか石とか金属とかで作られた、動く人形のことだ。
『侵入者を排除せよ』とか『味方以外を全て倒せ』といった単純な命令しか実行できないが、逆に単純な作業ならすこぶる役に立つらしい。
魔力で動くので、定期的に魔法使いが魔力を注入してやらないと止まってしまうという難点がある。だが、衣食住を必要とする人間の労働者よりは管理に手間がかからないとも言える。
「古代文明のゴーレム……凄そうですね!」
「しかし、何千年も昔のものですわ。どうして魔力切れにならないのでしょうか?」
「きっと、とても小食」
ローラたち三人は、好奇心の赴くまま、通路を曲がろうとした。
が、大賢者に止められてしまう。
「待って。ゴーレムとはエミリアに戦ってもらうわ。パジャレンジャーの中の人たちは見学」
「「「えー」」」
と、不満を口にしてみるが、ここに来る前からエミリアに戦わせるという話をしていた。
予約済みなら仕方がない。
「……私たちは心が広いので、エミリア先生に譲って差し上げましょう」
「そんなに譲って欲しいわけじゃないんだけど……修行のつもりで頑張るわ!」
「ふぁいとよー」
大賢者の応援を背に受けて、エミリアは角を曲がった。
ローラたちもすぐ後ろを付いていく。
「あれが古代のゴーレムですか……強そうですね! エミリア先生、頑張ってください!」
待ち受けていたのは、黒い岩でできたゴーレムだった。
身長はエミリアの倍はある。
当然、腕も脚も太く、殴られただけで結構な衝撃になるだろう。
もちろん単純な物理的衝撃なら、エミリアほどの魔法使いは気にもとめない。
しかし黒いゴーレムは、不気味な魔力を放っていた。
確実に〝何か〟を仕掛けてくる。
「相手が巨体ならこっちも巨体よ!」
エミリアは氷の精霊を召喚し、ゴーレムに体当たりさせた。
二体の巨人が激突する。
お互いガッチリと組み合い、一歩も引かない……と思いきや、ゴーレムの頭突きにより、氷の精霊がひび割れた。
それでよろめいた氷の精霊に、ゴーレムは膝蹴りで追い打ちをかけ、完全に木っ端微塵にしてしまう。
ゴーレムは勢いそのままに、エミリアに向かって走ってきた。
「くっ――流石は古代文明!」
エミリアは防御結界を張り、振り下ろされた拳を受け止めた。
それはローラの目から見ても、十分に分厚い結界だった。
怪力で氷を砕けても、Aランクの魔法使いは砕けない――。
しかしゴーレムは怪力だけの存在ではなかった。
全身から不思議な魔力を放ち、エミリアの防御結界を削り始めたのだ。
「なっ、どんな仕掛けよ、これ!」
エミリアが驚くのも当然だ。
防御結界を貫くには、より大きな魔力をぶつけて破壊するのが常套手段。
また、より難易度が高いが、術式に干渉して結界を分解するという手もある。
ところがゴーレムが今やっているのは、そのどちらでもない。
触れたそばから問答無用で削り取っている。
まるで魔力そのものを無効化しているかのようだ。
エミリアはゴーレムの拳を防ぐために魔力を次々と放出するが、即座に分解されていくのでキリがない。蛇口の壊れた水道だ。このままではエミリアの魔力はあっという間に枯渇する。
「でも、私の前で動きを止めたのは下策ね!」
そう言ってエミリアはゴーレムの腹に手を添える。
同時にゴーレムの内部にて爆発系の攻撃魔法を発動。
閃光と轟音、突風が通路で荒れ狂う。
流石の古代文明も、内側からの攻撃には対策していなかったようで、ゴーレムはバラバラになり、破片となって飛び散った。
ローラ、シャーロット、大賢者は、その破片を防御結界で弾く。
アンナは手で払いのけた。