携帯で長い文章を打つ時、一番楽な姿勢を考えてみました。
寝転がると腕が疲れて、起き上がると腰が痛くなって…
結果として撃沈しました。
第二十九輪:魔法訓練
「そらよ!!」
ヒュッ!
まるでリアル猪のように突進してきたアリューゼは、直哉を両断するように、棒を真上から振り下ろした。
前に出した右足を、地面が陥没するくらい力強く踏み込んでいる。
「うわっと!」
直哉はそれを右側――アリューゼから見ると左側に回避する。
すると、アリューゼは右足を軸にして反時計回りに半回転し、右足が前にある状態の半身から、左足が前にある状態の半身になった。その回転により生じた遠心力を棒に乗せて、正面を水平に薙ぎ払う。
「うぉぉらぁぁアア!!」
アリューゼが棒を振り抜こうとした瞬間に、ウィズは警鐘を鳴らした。
このように警鐘を鳴らされたのは、思い返すと久しぶりだった。
『っ?!こりゃまずいぞ、意地でも避けろ!!』
《小説に描けないような内容(脳みそバーン)だけはごめんだ!》
直哉はしゃがんでそれをやり過ごす。しゃがんだ瞬間、頭上を鎌鼬が飛んでいったような錯覚に襲われた。アリューゼの振った棒が見えなくなり、風圧と音しか感じなかったからだ。
「「「「うわぁ…」」」」
「殺してーのか!」
「今だけはな!」
周りの呟きと直哉の叫びなどお構い無しに、アリューゼは右足を前に踏み込みながら、頭上で棒をぶん回し、それを右上から左下に振り下ろす。
直哉はそれをバックステップで回避した。攻撃対象を失った棒は、そのまま――
ズドンッ!
「「「「………」」」」
《こいつ、同じ人間かよ…フランケンもびっくりの怪力だな…首取れんじゃねーか?》
『実はそうだったりして』
――まるでソフトクリームに針を突き刺すように、すんなりと地面に突き刺さった。いくら土だからとは言えど、毎日の訓練で踏み均している地面だ、その硬度を知らない騎士はいないだろう。
周りは沈黙し、直哉は驚きを表現する。
それを瞬時に抜き取り、バックステップした直哉目掛けて突き出した。
フッ!
「のわぁ!!」
今までは"空間"だった攻撃が、今度は"点"になったのだ。距離も思うように掴めず、かなり回避しにくい攻撃だ。
直哉は咄嗟にジャンプし、足の下に伸びる棒を、自分の握る棒で右側に弾いた。鈍い音が訓練所に響き渡るが、それを気にする余裕のある者はいない。
直哉が着地すると同時に、アリューゼは弾かれた棒の勢いを殺さないように回転し、そのまま直哉の足元を薙ぎ払う。
地面を切り裂きながら、棒は直哉に向けて近付いていく。
「とぅあ!」
直哉はそれをバク宙で回避する。棒を鉄棒のように握り、逆上がりのように跳んだ。自分の武器による二次災害を防ぐためだ。
周りがざわめいたりするが、そんなの気にしてたら、間違いなく天国逝きだ。
着地した直哉は後ろに跳び、アリューゼと距離を置いた。
向かい合った二人は、荒い呼吸をしながらも、お互いを称え合う。
「ふー…なかなかやるじゃねーか、ナオヤ」
「はぁ、はぁ…アリューゼさん、ただのサボり魔じゃなかったんだ…」
「サボり魔は、余計だっ!」
「嘘じゃねーだろ」
「言ってくれるじゃねーか、お前も立派なサボり魔だろーが」
「俺のは有休だ」
「ずりーぞ!俺にも休みくれよ!!」
「サボってたから無し~(はぁt」
…後半は貶し合い(?)になってしまったが。
必死になったアリューゼは、必死に直哉に食って掛かる。
「んなっ、お前、何をぬかす――」
だが、その必死な訴えは直哉に遮られてしまう。
しかも、数万倍で返されると言うおまけ付きで。
「シエルー、聞いたー?」
「うん、聞いたー!」
「なっ!やめ――」
「アリューゼさん休暇いらないってさー!凄いね、偉いね、騎士の鑑だ!」
「アリューゼさんの"意思"は、ちゃあんと伝えてあげますね!」
「それじゃあシエル、忘れないうちに行っておいで」
「はぁ~い!」
可愛い返事とは裏腹に小悪魔スマイルを浮かべたシエルは、とたとたと訓練所から出ていった。
直哉も同じような笑顔を浮かべていて、それをアリューゼに向けている。ニヤニヤとしたその顔は、強い殺意を抱かせてくれるモノだった。
「おいてめえ!俺の貴重な休暇に何しやがる!」
「えぇ~?"訓練熱心"なアリューゼさんのためだよ?これで毎日修行出来るね~?」
「余計なお世話だバカヤロー!」
アリューゼは手に持つ棒を構え直し、再び直哉に向かってリアル猪ダッシュをする。棒を振り上げて高くジャンプし、馬鹿力に落下する速度と重力を上乗せし、直哉に向けて全力で振り下ろした。
「ぶちまけろぉぉぉぉ!」
それは間違いなく今日最高の一撃で、喰らったら即死だ。アリューゼもそう言っているから、(多分)間違いないだろう。
だが、直哉は避けなかった。両手で掴んだ棒を頭上に翳し、アリューゼの渾身の一撃を受け止めようとする。その光景を見ていた周りは、最初は無謀なだけだと思っていたようだ。
だが、直哉の左目の六芒星が緑色に輝き、直哉の握る棒もぼんやりと輝き始めると、そんな考えも薄れていった。
期待やら不安やら…様々な感情を向ける周りの人々の前で、二人の男(正確には武器)は激突した。
バキッ!!
鈍い音がして、直哉の少し後ろに折れた棒が突き刺さった。アリューゼの棒が折れたのだ。
「うわー…腕がビリビリする」
直哉がその場に座り込む。頬には赤い線が数本あり、そこからは赤い液体が溢れていて、両手には半分に折れた棒を握っている。アリューゼの攻撃を防いだ時、直哉の棒も折れていたのだ。
「まさか今のを防がれるとはな…思いもしなかった」
アリューゼもその場に座り込んだ。ドカッと豪快に、如何にも男らしく。
右手には折れた棒を握ったままだ。
「防がなかったらどうするつもりだったんだよ」
「寸止めなんて出来る訳がねーしなぁ…」
「今考えるなよ!」
「ハハッ、お前なら何とかしてくれると思ったよ」
「気楽だなー」
楽しげに語る二人を見た周りは、張り詰めた空気を溶かすかのように笑い出した。
それにつられて、二人も笑い出す。
少しすると、シエルが笑顔で訓練所に入ってきた。
「あ、終わったんだー…って、ナオヤ!」
「おーシエル。どした?」
笑顔を一変し、不安そうな顔になったシエル。迷わず直哉の元へ駆け寄った。
「頬っぺた!」
「頬っぺた?」
言われた場所を触ってみると、ぬるっとした液体が手に付着した。頬っぺたから手を離すと、手が赤く染まっていた。同時に、チリチリしたと痛みを感じ始めた。
「あたっ!何だこりゃ…」
「さぁ、何だろう?」
アリューゼが二人から目を逸らす。先程の激突により折られたアリューゼの棒――直哉の背後に突き刺さったモノではなく、アリューゼが今も握ったままの棒は、直哉の頬をしっかりと掠めていたのだ。
それをシエルに知られたら…そう考えての行動だったのだが、反って逆効果だった。
ご丁寧に相槌まで打ってしまい、藪蛇だ。
シエルがアリューゼに詰め寄った。
「どーして目を逸らすんですかー?」
「え、いや、その――」
「どーしてですかーぁ?」
「こ、これには理由が――」
「どんな理由でーすかー??」
「ちょ、ちょっと、目が痛くて――」
「まぁ大変、大丈夫ですかぁ?」
シエルがアリューゼを無理矢理振り向かせた。この華奢な身体のどこにそんな力があるのだろうと言う程、それは驚愕であった。
アリューゼが慌てながら、その視界に捉えたものは――
「どこが痛いんでしたっけ…目?…いや、頭でしたか?」
――恐ろしいまでの笑顔を浮かべるシエルだ。
アリューゼは座っていて、シエルが立ち上がっているのもあるが、得体の知れぬ威圧感が、シエルを大きく見せていた。
周り――最早野次馬――の視線が、好奇心と恐怖が入り交じったモノになった。
「いや、目――」
「え?この空っぽな頭じゃないんですか?」
アリューゼの頭を叩くシエル。コンコンと言う音が、アリューゼの頭の中を縦横無尽に駆け巡る。
アリューゼは戦慄からか、ぴくりともしない。否、出来ない。
シエルがアリューゼの頭を両手で掴み、前後に揺さぶり始めた。
「どうなんですか?目じゃなくて、この頭が痛いんじゃないんですか?えぇ?」
もちろん"頭が痛い"と言うのは、頭痛と言う意味ではない。
戦くアリューゼを見てか、シエルはご満悦と言った表情を浮かべる。だが、その歪んだ頬は、野次馬に恐怖心しか植え付けなかった。
そんな中、震える声でアリューゼが言った。
「し、しかし、俺が何を…」
シエルの揺さぶり攻撃が止まった。ほっとしたのか、アリューゼはシエルを見上げる。
シエルはびっくりしたような顔をしながら、アリューゼを見つめ返していた。
――右手の人差し指を、アリューゼの握る棒へ向けながら。
ゆっくりと視線を落とすアリューゼ。折れた棒を視界に入れた時、表情は凍り付いた。
棒の先に、しっかりと血が付着していたのだ。
「こ、これは――」
「貴方に発言権はありませんよ、アリューゼさん…」
いつの間にか、シエルは泣きそうな表情になっている。
目に涙をいっぱい浮かべて、悲しそうな眼差しをアリューゼに向けながら、シエルはか細い声で呟いた。
「…嘘つき」
「………」
アリューゼは真っ白に燃え尽きた。嘘をついて、頑張った甲斐無くバレる・シエルを泣かせる・何故か直哉に負けた気分になる、と言う覆らない三つの事実を前に、思考回路がフリーズしたようだ。
野次馬達も何故かフリーズしたようで、直立不動の彫刻と化している。
シエルがアリューゼの首根っこを掴み、重そうに引きずっていく。二人が訓練所から消えて、ようやく凍結した時間が動き始めた。
慌てて各自の訓練に戻る野次馬もとい騎士達。そんな中、直哉だけは呆然と座り込んでいた。
《………》
『………』
《…シエル、強えー…》
『…あの泣き真似にゃ逆らえないだろうな…』
《コラーシュさんも、間違いなく丸め込まれたな…》
『アリューゼが可愛そうな気がしてきたぜ…』
脳内に浮かぶイメージは…涙目を擦る(心の中では笑顔な)シエルに、ニコニコしながら様子を眺めるフィーナ、氷漬けにされたアリューゼ、そして…シエルを慰めながらアリューゼを睨み付けるコラーシュ。
直哉とウィズの二人は、心の中でアリューゼに合掌する。
《ご愁傷さま…》
『元気でやれよ…』
合掌を済ませた直哉は、その場で立ち上がり、隅っこで訓練する騎士達の元へ向かった。
騎士達は直哉に気付いていない。なので、名前を呼ばれた騎士――赤い髪をふわふわと揺らしながら、必死に火属性魔術を教える、ちょっと慌て気味な人――は、期待に反しない驚きっぷりを披露した。
「セフィ――」
「あわわわわわわぁぁぁぁ!ひゃっひゃいっ、ひゃいいいいぃっ!!」
直哉が話し掛けたのはセフィアだ。気の強そうなイメージを抱かせる赤い髪、目は同じく赤いのだが、どこか優しさを含んでいる。赤いローブを身に纏い、目の前で慌てふためいている。
そんなセフィアを落ち着かせようとする。
「ひぅぅぅぅぅっ!!」
「お、落ち着け、落ち着くんだセフィア。周りの目が痛いぞ」
「ひ?」
周りを見渡すと、他の騎士達の視線が集まっていた。もちろん、セフィアの部下達の視線も。こんな大声で喚いているのに、集まらないほうが不思議である。
だが、集まってると認識してしまったセフィアは
「ひ…ひっ……」
「おちつ――」
「ひゃうううん!」
「おい、落ち着け、深呼吸だ!」
「やだぁぁぁ、みにゃいでぇぇぇ!」
顔を真っ赤にして両手で隠し、頭をぶんぶんと振りながら錯乱してしまった。
つまり、超が付くほどの逆効果だったのだ。
このままでは埒が明かず、変な誤解まで招くハメになってしまう。事実、「あーあ、泣かせちゃった」や「頑張れよ」、「二股…」等々、心外な内容の囁きが聞こえているのだ。
仕方無しに、セフィアと部下の騎士達全員を訓練所から引っ張り出した。セフィアだけにしなかったのは、盛大な誤解に拍車が掛かってしまうのを防ぐためだ。
部下の騎士達はニヤニヤしたりしていたのだが、直哉が雷を生成した瞬間に沈黙した。
本日の訓練に参加していた、セフィア率いる騎士達は、ざっと十人程だ。全員が同時に訓練するのではなく、各々日時をずらして訓練すると言った形態を採用しているのだ。それでも、十人程で王宮を移動すると言うのは、どうしても目立ってしまう。セフィアの慌てようが悪化するのを心配した直哉は、中庭に行く事にした。
すぐに中庭に到着し、一行は休憩を取る事にした。お喋りしたりたり寝転がったり、各々リラックスしているようだ。
セフィアも例外ではなく、先程とは比較出来ない程落ち着いている。なので、直哉は本題を切り出す事にした。
「んでさ、セフィア」
「ひゃっ、ひゃい!」
周りのリラックスモードが一変し、二人の動向を窺う"観察"モードになる。
それを意識しないようにして、話を続けた。
「いつだか忘れたけどさ、俺は火属性魔術が上手に扱えないって話したよな?」
「そっ、そう言えば…」
セフィアが直哉に「マテリアライズ」を伝授してもらおうと押し掛けた時、直哉はそのように言っている。
「だからさ、俺も訓練に混ぜてもらおうと思ったんよ…だけど、あんなに慌てられちまったから連れ出したんだ」
「ほぁー…あっ、ごご、ごめんなさいっ!」
自分に非がある事に気付いたセフィアは、ぺこぺこと頭を下げ始めた。
慌ててそれを止めさせ、謝るなと釘を刺しておいた。
「でさ!差し支えが無けりゃ、俺も一緒していいかな?」
「はひぃっ、だだっ大歓迎でひゅっ!」
何とか許可を取れた直哉は、喜びと共に疑問を抱く。
「ところでさ、セフィア」
「ひゃっ、ひゃい?」
「…顔赤いぞ?熱でもあんの?」
「え……?あ、そのそのその…」
「「「「「………」」」」」
再び慌て始めたセフィアを見て、首を傾げる直哉。そんな直哉を見て、沈黙しか紡げなくなった十人+一匹。
『『『『『(鈍感・バカ)だ……』』』』』
そんな内心など知らず、直哉もどうしたものかと慌て出す。
二人が落ち着いたのは、中庭に着いてから一時間は経ってからであった。
中庭で落ち着いた一行は、来た道を戻り始り、訓練所に辿り着いた。他の騎士達も集中していて、先程のように視線は送られなかった。定位置に着いた一行は、早速訓練に取り掛かる。と言っても、セフィアは直哉に教えるので精一杯なため、部下の騎士達には各自訓練をさせている。
「まっ、まず…小さめの"火"を、あっ、頭に思い浮かべてくだひゃいっ」
セフィアは直哉に言った。うーん、と唸りながら、必死にイメージを浮かべる直哉。
「なんだろ…」
少し悩むと、直哉の頭の豆電球がぴこーんと灯る。
「うん、イメージ浮かんだ」
直哉がイメージしたのはライターだ。直哉は煙草は吸わないが、それは何かあった時に便利な事を知っている。元の世界では携帯していたりもした。
なので、いちばん身近なモノと言えばこれだ。
それを確認したセフィアは、にっこりと微笑んだ。シエルのような人懐こい笑顔だ。
「それをイメージしながら、す、少しだけ魔力を練ってください」
「うぃー」
直哉は集中を開始した。とは言っても、ほんの少しの集中で十分なので、すぐに集中を解除する。
セフィアは直哉の纏う魔力量を見て、これなら安全だろうと頷いた。
「そしたら、人差し指を出して、その指先にまっ、魔力を集めてくだひゃいっ!」
言われた通りに左手の人差し指を出し、集中を開始。身体中に纏う魔力を指先に集めた。
余りにもスムーズに出来たので、誰よりも直哉がびっくりしたようだ。
《…俺、いつの間に、こんなに魔力を扱えるようになったんだ》
『知らぬ間だろうな。っつーか、そんな風に意識した事すら無いだろ』
《言われてみれば、確かに…》
『ナオヤは無意識だろーが、雷球を作った時もそうだ。魔力を手の平に集めて、あの球形を作ってたんだぜ?』
《え、マジ?》
『マジマジ、大マジ』
ウィズによると、雷球を形成する事の難易度は、なかなか高いほうらしい。
初めて魔術を行使した時、それを作り上げ、さらに刃雷に変形させているのだ。直哉の魔力の扱いは、最早神レベルらしい。
直哉が指先に魔力を集めたのを確認すると、セフィアは次の指示を出す。
「そしたら、指を出したまま、頭の中で、火を灯すいっ、イメージをしてみて、ください」
「うむ、分かった」
人差し指を目の前に持ってきて固定し、目を閉じた。自分の心の中のライターを点火するためだ。
ジュッと金属が擦れる音と共に、ガスを燃料に火があがった。
「わわっ、成功ですー!」
セフィアの声が聞こえたので、目を開いてみた。
すると――
「うおっ!すげー!」
――人差し指の先から、鮮やかなオレンジ色の火が出ているのだ。大きさ・色・形は、ライターのそれと同じくらいだ。触っても熱くないが、明かりとしても利用出来そうだ。
それを見たセフィアは、驚きの声をあげる。
「すっ、すすごいでーすぅー!ナオヤさん、火属性魔術が苦手なのに、こんなにスムーズにでっ、出来ちゃうなんて!!」
「元から使える筈だったんだからさ、そんな凄くもないよ」
それでもセフィアは囃し立てるので、直哉は溜め息をつくと共に、止めるのを諦める事にした。
だが、質問をする事によって、セフィアの囃し立てを中断する事が出来た。
「でもさ、これ、何で熱くないの?」
「ナオヤさんすご…あっ、えとえとえと…」
「取り敢えず落ち着け、深呼吸だ」
「はひっ!」
すーはーと深呼吸するセフィアは、とても可愛らしい。騎士達も訓練の手を休め、セフィアに見入っていたりもするくらいだ。
《この世界の人…普通にヤバいだろ…》
『何がどうヤバいんだよ』
《人間を構成する原子から何から、とにかく格好良かったり可愛かったりしすぎ》
『確かにな…』
《俺も格好良くなりてぇー!》
『………』
《何?その沈黙》
『別に――』
「――だからでひゅっ」
「えっ?…すまん、もっかい頼むわ」
「あ、はい…」
直哉を上目遣いで見上げながら、セフィアは拗ねたようにもじもじとする。同時に、手を休める騎士が増えた。
「えとですね、基本的に、自分の発動した魔術は平気なんです」
「と言うと?」
「いっ、一般的に、自分は自分のマナに耐性が、あるのだとさっ、されていて――」
――マナとは、人間だけに宿る体内魔力の事だ。人間が生まれる時に、その肉体には属性が宿るが、マナはその属性と同じ属性を持つとされている(生まれた時に火属性を宿した人がいたとしたら、その人のマナは火属性を帯びたモノになる)。
また、同じ属性が宿った人が二人いたとしても、その二人のマナが完全一致する事はない。
つまり、一言にマナと言っても、それは人間で言う指紋のように、同じモノは無いと言う事だ。
もちろん、限りなく近いマナは存在するが。
そして、自分自身のマナに耐性を持つのも当然の事だ。仮にそれが有害なら、人間は生きる事すら叶わなくなってしまうからである。
エレメント(自然魔力)も同様の理由で、人間には無害である。
自然のエレメントと自分のマナを合成し、純粋な魔力にしたとしても、無害なのは変わらず、科学薬品のように危険物になる事は無い。
――自分にだけは、だが。
余談だが、服も身体の一部として捉えられるらしく、自分の魔力を使って自分を火だるまにしたとしても、燃える事は無い。仮に燃えるとしたら、この世界の布の相場がとんでもない事になってしまっていただろう。
「――なるほどなー…、自分の発動した魔術に対して自分は無敵って訳か」
「はひっ、そゆことれしゅっ」
そこまで聞いて、直哉に疑問が生じる。エアレイド王国の魔物騒動を思い出しながら、直哉はセフィアに尋ねた。
「…あれ?相手の魔術を防御魔術で跳ね返した時、それは相手にダメージを与えてたみたいだったが…」
「ふぁー、防御魔術まで使えちゃうんですかぁ!」
セフィアから驚きの声があがる。苦笑いしつつ、直哉は続けた。
「少し前の魔物騒動の時、その魔物が光線を撃ってきたから、これで跳ね返したんだ」
指先の炎を消し、変わりに薄緑の手のひらサイズの防御壁を展開した。
あの時、魔物――レギオンから伸びる触手の破壊光線を、これでしっかりと跳ね返した記憶がある。それは本体を直撃し、触手を消し去ってくれたのだ。
すると、セフィアは可愛らしい目をまん丸にした。
「ほぁぁ…凄い、魔力が安定して、とても質が良いですー…」
予想以上に好評価だ。戦乙女に拾われた魔術師たちの魔術は伊達じゃなかったようだ。
そんな事を考えていると、セフィアがはっとする。
「あわわっ、そ、そうでしたっ、えとえと…こっ、この防御魔術には、ナオヤさんのマナが使われてまっ、まひゅね?」
「あぁ、正真正銘俺の魔力だ」
「それで、相手の魔術を跳ね返すと、相手のまっ、魔術に、ナオヤさんのマナが混ざるんでひゅっ」
「!なるほど、それなら相手に有害になるのも納得だ」
説明すると、次のようになる。
相手のマナがαで、直哉のマナがβ、エレメントをkとする。この時点で、先に述べた理由によりα≠βだ。
相手の魔術は相手がエレメントとマナを消費して発動するので、それはkαと表現出来る。直哉の防御壁も同じようにkβとなる。そして、相手の魔術が直哉の防御壁に激突する時、それらのマナは混ざってkαβとなる。つまり、直哉と相手の双方に有害なモノに変わったのだ。
そして、跳ね返した魔術が相手に直撃すると、そのままダメージが入り、防御壁は直哉に影響を及ぼさないので、直哉には無害と言う事だ。
説明を聞き終えた直哉は、魔術に対する好奇心が沸き上がっているのを自覚する。
《やっべぇ、物理なんかより全然楽しいぞ!》
『流石ファンタジー世界だな、天晴れだ』
《何故か腹立つが同意》
『まぁ落ち着けよブラザー』
《ウゼェ!》
防御壁を消しながら、脳内でウィズと言い争う直哉。だが、表情は明るい。
それをどう取ったのか、セフィアも笑顔になった。
それからしばらく、直哉はセフィアに火属性魔術を教わった。最初はライター程の炎しか出せなかったが、
「てい!」
「「「「「おぉー」」」」」
「すごー…」
今では直径1m程の球形の炎も生み出せるようになった。
周りはその炎の規模に、セフィアは上達の早さに驚く。
そんな最中、訓練所のドアが開く。シエルが満天スマイルで入ってきたのだ。
騎士達は固まり、シエルはキョロキョロと周りを見渡す。直哉を視界に捉えると、とことこと歩み寄って来た。
「わっ、すごいね、ナオヤ」
「あぁ、今教えてもらってたんだけど、自分でもびっくりだ」
めらめらと燃え盛る球体を前に、シエルは驚きを露にした。直哉もそれに応えている。
直哉の頬っぺたが切れたままなのを見たシエルは、直哉の頬っぺたに手を翳す
懐かしの感覚…優しい温もりと暖かい光が頬を覆い、直哉は目を細めた。
「あぁー…気持ちーな、これ」
「ふふっ」
周りの視線は二人に釘付けだ。「見せ付けてくれるなぁ!」や「青春ねー…」、「キャーキャー!」、「羨ましいな!お似合いだぜ!」等々、様々な呟きが聞こえる。
シエルによる治癒が完了したらしい。チリチリとした痛みもなく、固まった血を剥がすと、その下は綺麗な肌になっていた。
「サンキューシエル、もう痛くないよ」
お返しと言わんばかりに、シエルの頭を撫でてやった。恥ずかしそうにしながらも、シエルは目を細める。
周りから羨望の眼差しを感じるが、最終奥義「気にしたら負け」を発動した直哉。効果は今一つだったが、それも気にしたら負け。
不意に炎を消すと、直哉はセフィアに向かい合う。
「セフィア先生、どうもありがとうございます。お陰さまで、ここまで上達出来ましたよ」
「ふぇっ?!あっあぁぁぁっ、ありがとうごじゃまひたぁぁ!」
急に話を振られたセフィアは、あの可愛らしい慌てっぷりを披露した。直哉とシエルは顔を見合せ、苦笑いをするのであった。
そして、ふと疑問が生じた。
「治癒魔術ってどうなってんの?魔力を相手に注ぎ込むとしたら、逆効果じゃねーのか?」
その質問にはシエルが答えた。セフィアはあわあわと慌てているので、回答は無理だ、とシエルは踏んだのだ。
「えとね、治癒魔術は、直接魔力を送り込んでる訳じゃないの」
「え?どゆこっちゃ」
頭上に疑問符を浮かべる直哉に、シエルは分かりやすく答えた。
「魔力を練り上げたら、それを治癒効果のある霧に変換するの。だけど、触っても濡れないから…空気みたいなモノかな?」「ほー」
「それを傷口に宛がうと、ゆっくりと治るのですっ」
説明を終えたシエルは胸を張って見せた。可愛らしい外見とは裏腹に、ふっくらとした膨らみが……おぉっと、また煩悩が。
頭を左右にぶるぶると振り、煩悩を飛ばす。
「治癒魔術すげー!」
「でしょでしょ?」
撫でてと言わんばかりに、シエルは直哉に笑顔を向けた。それに微笑みとなでなでで応えた直哉の正面から、シエルはぎゅっと抱き着いた。
唐突だったので、少しバランスを崩した直哉。後ろによろめき、尻餅をついた。
「うぉ!…あたた」
「あははー!」
楽しそうに笑うシエルを見ると、怒る気など微塵も沸かなかった。
――本当は、煩悩に抵抗するので精一杯だったのだが、それは言わないお約束である。
直哉はシエルを抱きながら立ち上がり、一人で立たせた。頬っぺたを膨らませたので、すかさず人差し指で押した。
「ふしゅー」
「わはははは!」
それを見た直哉が笑い出した。すると、周りまで笑い出した。
うがーっと叫ぶシエルを弄っていると、
ゴゴゴゴゴゴ……
「「「「「?!」」」」」
「あ、ナオヤ、お腹すいた?」
「そーいや、昼飯まだだったな」
直哉のお腹が空腹警報を発した。周りは何事かと身構えたが、シエルにとって慣れたモノである。
「じゃあ、"晩ご飯"食べに行こ?」
「あぁ…って、もうそんな時間?」
「そだよ?」
「時間経つのが早く感じるな」
まだお昼ちょい過ぎだと思っていた直哉は、その差に驚いたようだ。
だが、お腹が悲鳴を鳴り止ませないので、そこで思考を停止する。そして、シエルと一緒に食堂に向かう事にした。
直哉は再びセフィアに向かい合い、お礼の言葉を投げ掛けた。
「今日はありがとさん、また今度教わってもいいかな?」
「はっ、はいっ!」
びっくりしながらも、セフィアは返事した。
それを聞いた直哉は、笑顔で訓練所を後にした。もちろん、シエルも一緒だ。
二人が出ていった後も、セフィアはぼーっと立ち尽くしている。
かすかに頬が紅潮していた。
それを見たセフィアの部下の騎士達は、面白そうな玩具を見つけた子供のように、嬉しそうににやけるのであった。
呆然と立ち尽くすセフィアの脇を、部下の一人がつついた。
つん
「ひゃぁっ!」
セフィアは飛び上がってびっくりしている。
そんなセフィアの背後から、別の部下が脇をつつく。
つつん
「ひゃぅっ!」
部下達が笑い出した。セフィアは顔を真っ赤にしながら、部下達を涙目で睨んだ。
尤も、睨んでるようには見えず、逆に可愛らしく見えてしまうのだが。
「うー!何するでひゅかー!」
必死の抵抗のつもりだが、そんな風に見える訳がない。
部下は笑いを堪えきれず、数人が噴き出している。そんな中、一人が宣誓のように言った。
「セフィア様、私達は貴女の恋路を応援します」
「はぇ?」
首を傾げるセフィアを見つめたのは、部下達だけでは無かったのであった。
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