表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/726

ある朝の平穏


 暗闇の中、小さな手が俺に触れたのを感じた。


「アノス」


 聞き覚えのある少女の声だ。

 俺の体が軽く揺さぶられる。


「朝ごはん」


 そう言われ、目を開けた。

 俺を覗き込んでいる少女の顔がそこにあった。


 長く伸ばしたプラチナブロンドの髪、美しく蒼い瞳。

 ふわふわとした縦ロールが俺の鼻先をくすぐる。


 ミーシャだ。


「起きた?」


「ああ」


 すると、ミーシャは嬉しそうに笑った。


「おはよう」


 ベッドから体を起こし、俺は尋ねる。


「どうしてミーシャがいるんだ?」


 足元に魔法陣を描く。

 パジャマから、一瞬にして制服に着替えた。


「今日はお弁当の練習」


 なるほど。

 母さんが俺の弁当を作るときに、ついでに教えてもらうわけか。


「朝ごはんも作った」


「それは楽しみだな」


 そう言うと、ミーシャは少し驚いたように目をぱちぱちと瞬かせる。


「どうした?」


「食べる?」


「朝食の話か?」


 ミーシャはこくりとうなずく。

 それから自分を指さす。


「わたしの?」


「俺の分がないというわけではあるまい」


「アノスの分はお母さんが作った」


 そういうことか。


「それなら、そっちでいい」


「ん」


 いつものようにミーシャは淡々と返事をして、ドアを開ける。

 相変わらずの無表情だったが、心なしか気落ちしているように思えた。


「まあ、しかし、ミーシャが作った方と交換してくれるなら嬉しいぞ」


 彼女は俺の真意を探るようにじーっと目を見つめてくる。


「……いいの?」


「お前がいいならな」


 そう口にすると、ミーシャは少し考え、言った。


「アノスはお母さんの料理が好き」


「それはそうだが、お前の料理はたまにしか食べられない」


 ミーシャはほんの少し俯き加減になり、嬉しそうにはにかんだ。


「優しい」


「気まぐれだ」


 ミーシャはふるふると首を横に振った。


「アノスはわかった?」


「なんの話だ?」


「わたしの気持ち」


「少しがっかりしたことか?」


 指摘すると、ミーシャは僅かに目を伏せる。


「……恥ずかしい……」


「お前はよく俺を見ている」


 俺の心底を見抜くことにかけては、並ぶ者はいないかもしれぬ。


「だが、俺の魔眼とて、お前に負けるものではないぞ」


 そう言ってやると、ミーシャは僅かに目を丸くした後、ふふっと笑った。


「なにかおかしかったか?」


「当ててみて」


 なぜ笑ったのかを、ということだろう。


「楽しかったか?」


 ミーシャは微笑む。


「もっと見て」


 正解とも不正解とも口にせず、ミーシャはそんなことを言った。

 彼女はそのまま一階へ下りていく。俺も後に続き、リビングへやってきた。


 食卓に朝食の用意はできているが、二人分だけだ。


「父さんと母さんは?」


「お仕事」


 そういえば、父さんは金剛鉄の剣で世話になった工房での手伝いがまだ残っているのだったな。魔剣大会の影響もあり、一目置かれるようになったそうだ。是非、これからも手伝いに来て欲しいなどと誘われているようだが、今のところその気はないようだ。


「母さんは?」


「家まで鑑定しに来て欲しいお客さんがいるって。少し遠くの家」


 だから、早めに出たということだろう。


「アノスは魔剣大会で疲れてるから、起こさないでいくって言ってた」


 特に疲れなどはないのだが、父さんと母さんらしいな。


「じゃ、食べるか」


「ん」


 ミーシャと食卓につき、朝食を取る。

 いつも騒がしい父さんと母さんがいないので、珍しく静かな朝だった。


 後片付けをして、家を出る。

 俺たちは二人並び、魔王学院へ続く往来をのんびりと歩いていた。


 <転移ガトム>を使えばすぐなのだが、まだ時間は十分にある。

 急いだところでなにがあるわけでもないしな。


 朝の街並みを眺めながら、ゆるりと登校するのも、なかなか悪くはない。


「あれ……?」


 ちょうどばったり見知った顔に出くわした。

 サーシャである。彼女は俺たち二人を訝しげに見つめた。


「……なんでミーシャと二人で登校してるの?」


「朝会ったからな」


「あのね。会ったのはわかってるわ。説明が面倒臭いからって適当なこと言わないでくれる?」


「お弁当」


 ミーシャが言う。


「アノスのお母さんに教えてもらってた」


「そ。ふーん。そういえば、料理習ってるって言ってたわね。朝行くんだったら、教えてくれればいいのに」


 仲間外れにされた気にでもなったか、サーシャは若干不満そうだ。


「言った」


「え? いつ?」


「朝、出かけるとき」


 考え込むようにサーシャは俯く。

 まったく身に覚えがないといった様子である。


「起きたら、ミーシャはもういなかったけど……?」


 ミーシャはふるふると首を横に振った。


「それは二回目」


「嘘……? ほんとに……?」


 なるほど。二度寝か。


「ふむ。さてはサーシャ、お前朝が弱いな」


「別にそんなこと……」


 ミーシャに視線を向けると、彼女はこくこくとうなずく。


「すごく弱い」


「ちょ、ちょっとベッドから起き上がれなかったり、頭がぼーっとしてたり、記憶が曖昧になるだけだわっ」


 どう聞いても弱いではないか。


「なによ、その勝ち誇ったような目は」


「まあ、そう恥じることはない。朝が弱いからといって、支障はないだろう。それで人生が終わるわけでもないしな」


「ものすごく大事っぽく言うのやめてくれるかしら?」


 恥じることはないと言っているのに、わからぬ奴だな。


「もういいわ。さっさと行くわよ」


 サーシャが歩き出すと、すぐにミーシャはとことこと追いかけた。


「怒った?」


「なんでよ?」


「……一人で行ったから」


「そんなの気にしないわ。朝からわざわざ遠回りしてまでアノスの家に行ったって仕方がないもの」


 ミーシャは俯き、じっと考える。


「……もう行かない……」


「なんでそうなるのよ。気にしないって言ってるでしょ。ミーシャが行きたいんだったら、行けばいいわ」


 困ったように、ミーシャは黙り込む。

 くはは、と俺は笑った。


「な、なに笑ってるのよっ?」


「いやいや、お前は会ったときから嘘が多いな、サーシャ。俺の家に来たかったんなら、そう言えばいいだろう」


「べ……別に行きたかったなんて言ってないじゃない……」


 その語尾は弱々しく消える。


「朝が弱くて、どうせ来られないからと意地を張っているんだろう。しかし、心配するな。この俺の前では朝の弱さなどものの数に入らぬ」


「……えーと……なんか大げさに言ってるみたいだけど、どうするの?」


「俺が直々に起こしに行ってやろう」


「……え」


 サーシャは顔をかーっと真っ赤にした。

 

「二度寝が得意のようだが、サーシャ。俺はミーシャほど甘くはないぞ。俺の前で、寝かせると思うな」


 そう言いながら、サーシャの顔を覗いてやる。


「……あ……………」


「返事はどうした?」


 俺の目を見ていられず、サーシャは視線を斜め下に落とす。


「……………………はい……」


 か細い声でサーシャは返事をする。

 ふむ。朝起きられないのが、それほど恥ずかしいものか。


「これで次は一緒に来られるぞ」


 ミーシャに言うと、彼女は嬉しそうにうなずいた。


「……で、でも……なんだか、変な話よね。アノスの家に行くのに、アノスがわざわざ起こしに来るなんて……」


 ぶつぶつとサーシャは呟いている。


「やあ、おはよう」


 振り向けば、レイがそこにいた。


「おう」


 ミーシャとサーシャがそろって、「おはよう」と挨拶する。


「みんな、いつも一緒に登校してたんだっけ?」


「いや、今日はたまたまだ」


 レイが俺の隣に並ぶ。


「ところでさ、良い魔剣に心当たりはない?」


「ふむ。イニーティオの代わりか?」


「見事に折られちゃったからね。時間が経てば直りそうだけど、当分は別の物を使う必要がありそうだよ」


 毎度シーラに来てもらって、剣として使うわけにもいかぬだろうしな。

 さて、宝物庫にレイに相応しい魔剣があったか?


「あ、皆さーん、おはようございますっ!」


 遠くでミサが手を振り、こちらへ走ってくる。

 俺たちは彼女に挨拶した。


「珍しいですね、皆さんで一緒に登校してるのって」


「そうだね、偶然みたいだよ」


 レイが答える。


「そうなんですね。ふふふー、でも、なんだかいいですよね、こうやって一緒にのんびり登校できるのって。朝はいつも一人で、ちょっと寂しいんですよ」


「君は意外と寂しがり屋なんだ」


「あはは……内緒ですよ……?」


 二人はそんなやりとりを交わす。

 俺たちは平穏を満喫しながら、デルゾゲードへ歩いていった。


うむ、今回はなんてなにも起こらない話なんでしょうか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] この小説に限った話だと、朝食の内容は兎も角、アノスは周囲の様子とか行き交う人々とか全く眼中に無いだろうし、地の文が一人称という事を考えると描写がなくてもおかしくはないと思う
[良い点] 朝起きて学校までの日常回もよいですね。 [気になる点] 家の間取りや、町の様子。行きかう人など… これまでの話でも都市の描写が少ない。 少しでも道の様子も分かるとさらにイメージしやすいと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ