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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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ロッツォの白鮫

94話


 ベルーザの軍船五隻が港に近づくと、ロッツォ港に停泊していたガレー船が補助用の帆を張って出航してきた。四隻だ。いずれもロッツォの紋章を掲げている。
「ちっ、老いぼれのくせに相変わらず目のいいヤツだ」
 ガーシュが嬉しそうに毒づいて、艦隊に命令を下す。
「いいかてめえら! 今の俺たちゃ魔王軍の仲間だ! ロッツォ軍が相手だからって、構うこたねえ! 逆らうヤツはぶっ殺せ!」
「おいおい」
 俺は呆れたが、すぐにもっと呆れることが起きる。


 ロッツォの軍船はベルーザの軍船に近づいてくる。接舷して兵士を乗り込ませるのが、この世界の海戦だ。乗り移ってくる気か。
 そう思った矢先に、旗艦に怒鳴り声が聞こえてくる。
「ガーシュのクソガキかーっ!」
 潮風にも波の音にも負けない、ものすごいガラガラ声だった。
 ガーシュが負けずに叫び返す。
「うるせえクソジジイーッ!」
「あんだって聞こえねーぞ!」
「絶対聞こえてんだろ!」
 なんだこのコント。


 ロッツォ艦隊の旗艦に、小柄な爺さんがふんぞり返っている。白髪で頭は禿げているが、元気そのものだ。
「てめーっ! ベルーザの軍船割り当ては四隻じゃろうがーっ! なに勝手に一隻増やしとるんじゃバカタレーッ!」
「うるせーっ! もう北部のクソどものいうことなんざ聞かねえよ! ジジイも魔王軍に降伏しやがれ!」
「ふざけんな魔王軍がなんぼのもんじゃーっ!」
 怒鳴りあう太守同士。
 ベルーザの陸戦隊が、世紀末的な面構えでクロスボウを一斉に構える。
 一方、ロッツォのほうは荒くれ漁師みたいな連中が手に手に投げ槍を構えていた。銛打ちの要領でこちらを狙っている。


 なるほど、この荒くれっぷりだと「説得力」は確かに必要だな。
 俺は巻き添えをくらわないよう、ラシィたちを誘導してそそくさと物陰に引っ込む。
 太守たちは現在も絶賛怒鳴り合い中だ。
「このガキが! ちったあ落ち着いたかと思えば、またそんな訳のわからん連中とつきあっとるのか!」
「てめえこそ老いぼれて、元老院の金魚みてえになりやがって! ロッツォの白鮫の異名が泣くぜ!」
「ケツの青い若造がイキがってんじゃねえ、マストからぶら下げるぞ!」
「黙れジジイ、棺桶で寝てろ!」
 これは交渉じゃないだろ。


 俺は呆れたが、双方ともにクロスボウやジャベリンで殺し合いが始まる様子もなく、両艦隊はそのまま入港していく。
 やがてベルーザの軍船は港に停泊し、俺たちは降りるよう伝えられた。
 なんなんだ。


 俺とラシィ、パーカー、そして人狼隊は、ガーシュ一行と共に下船する。
 そしてロッツォの太守の館へと向かうことになった。
 ベルーザは「海賊の入り江」といった隠れ家的な魅力があったが、ロッツォは正統派の港街だ。街並みはベルーザと同じ地中海風だが、ずっと落ち着いていて治安も良さそうだ。ゆっくり観光したくなる。
 太守の館も立派なものだ。どうやら財政的にはかなり潤っているらしい。


 館の応接室に通された俺たちは、ロッツォ太守ペトーレと改めて対面することになる。
 まだ着席もしていないうちにペトーレは現れ、俺たち一行をじろじろと見た。一見すると俺たちは全員人間だから、誰が何者なのかは全くわからないだろう。
 するとペトーレは俺を見た瞬間、こう言った。
「わしがロッツォ太守のペトーレ・オリオ・フィカルツェだ。お前さんが魔王軍のお偉いさんじゃろ?」
 よくわかったな。
 ガーニー兄弟のほうが強そうだし、モンザのほうが落ち着いてるし、パーカーのほうが重役っぽさが出ているのに。


 俺は内心で軽く動揺しながらも、それは抑えて冷静に名乗り返す。
「俺は魔王様の副官、ヴァイトだ」
 するとペトーレは当然のような顔をしてうなずき返した。
「王の副官か。なるほど、こりゃ大物じゃ」
 ガーシュが横から口を挟む。
「よくわかったな、爺さん」
「周りの連中の視線や物腰を見とれば、誰が一番偉いかなんぞすぐにわかるわい。この男は見た目は落ち着いとるが、とびきりの大物じゃとな」
「へえ……すごい」
 モンザがぽつりと呟いた。珍しいな。
 だがペトーレは面白くもなさそうな顔をして、一同に着席を促す。
「ええから座れ。今なにか茶でも運ばせる」
 どうやらこの太守も、なかなかに手強そうだぞ。


 交渉は最初、ガーシュの説明から始まった。
「そんな訳でよ、魔王軍が『魔の海』を退治してくれたのさ。約束はきっちり守ってくれるし、こいつらが強いのもこの目で確かめた。信用できる相手だぜ」
 ガーシュは熱弁を振るってくれたが、ペトーレはまるで相手にしてくれない。
「はっ! 航路の安全も確保できん若造の話なんぞ、聞く耳もたんわい」
「航路の安全が確保できてねえのは、てめえもそうだろうが。ロッツォ軍でどうにかできたのかよ?」


 しかしペトーレはガーシュの反論にも動じない。
「航路の安全が脅かされて困るのは、ベルーザのほうじゃろうが。ロッツォは東方航路が主力じゃから、お前んとこなんかどっちでもええわい」
「ぐっ……」
 どうやらベルーザとロッツォでは、ベルーザのほうが依存度が高いらしい。
 それにしてもひどい言いぐさだ。
 親子(?)喧嘩に介入するようだが、ベルーザの同盟相手として少し口を挟んでおくか。


「ベルーザもロッツォも、ミラルディア南部の雄として重要な存在であると聞いている。そのベルーザが魔王軍と同盟を結ぶと言っているのだ。ロッツォとしても、検討していただけないか?」
 俺は相手が老人であることにも敬意を払い、やや丁寧に語りかける。
 しかしペトーレは不機嫌そうに腕組みをして、こう返した。
「検討だけならいくらでもしてやるがな、断ったときはどうするつもりじゃ」


 俺以外の魔族なら、即座に「攻め落とす」というだろう。俺も基本的にはそのつもりだ。
 だが脅迫で無理矢理従わせるのは、後々で災いの種になる。
 そう思って一瞬返答が遅れたのだが、ガーシュが即座に答えた。
「もちろん、ベルーザがロッツォを攻め落とすぜ。魔王軍に従わねえのなら、ロッツォは俺たちの敵だ」
 人がせっかく穏健な路線を歩もうとしてるのに、このおっさんはなんなんだ。


 案の定、ペトーレがぎろりとガーシュをにらむ。
「ほう、やるのか?」
 鋭い眼光だ。
 しかしガーシュはドスのきいた声で、こう返す。
「あったりめえだ。陸戦隊を五百人も連れてきて、手ぶらで帰る気はねえよ」
 おいおい、やめとけって。
 そう思う俺を完全に無視して、ペトーレが笑う。
「お前にわしが殺せるのか?」
 するとガーシュは静かに答えた。
「俺はベルーザの太守だ。ベルーザの未来のためなら、親父同然のてめえだってブッ殺す覚悟は決めてる。安心しろよ、俺がロッツォもちゃんと治めてやるぜ」


 話の成り行きに、人狼たちが静かに反応している。俺の命令ひとつで、いつでも変身してペトーレを攻撃できる体勢だ。
 ガーシュの手下たちも無言だったが、サーベルやナイフの鞘に手を置いていた。
 鉄帽に鉄鎧のロッツォ兵たちも黙ってはいない。足を踏み出して半身になり、軽く腰を落とす。
 一触即発の状態だ。


 それをペトーレの豪快な笑い声が吹き飛ばした。
「でかした! うわっはっはっは!」
「な、なんだ!?」
 ガーシュが目を白黒させ、手下たちも丸くしている。
 だがペトーレは立ち上がると、ガーシュの肩をバンバン叩いた。
「それでこそ太守だ! てめえ、立派に成長してるじゃねえか! これでグラスコの墓にも大いばりで報告できらぁ! てめえの息子が、やっと一人前になったってな!」
「お、おう」


 ペトーレは一人で勝手に大笑いして、それからいきなり涙ぐんだ。
「おめえが親父の跡目を継いで十七年……十八年か? なんとかわしの目が黒いうちに、一人前にしてやらなきゃならねえと心配してたがよ」
「そんな心配してたのかよ、爺さん!」
 呆れるガーシュに、ペトーレが吠える。
「あったりめえだ! ベルーザの黒鯨とロッツォの白鮫といやあ、元老院も黙る荒くれコンビよ。その黒鯨グラスコの息子が、こんなふやけた有様じゃあいけねえと思ってたが……」
 この海賊船長のどこらへんがふやけてるのか、詳しく教えてほしいものだ。


 ペトーレは鼻をすすって、しみじみと溜息をついた。
「太守ってのはいつだって、街のことを一番に考えてなきゃならねえ。そのためには身内と戦うような、非情な決断も必要だ。甘ったれのガーシュ坊やも、ようやく自分の足で歩けるようになったようだな」
「……まあな」
 ガーシュは照れくさいのか、あごひげをなでてそっぽを向いた。
 ペトーレは俺に向き直る。
「どうやら親友の息子が世話になったようだ。ちっとは面白そうじゃから、話ぐらいは聞いてやるわい。さあ好きなだけ話せ」
 なにからなにまで唐突な爺さんだな。
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