挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

9/415

宗教会議(前編)

9話


 魔王の間を退出して、俺はようやく生きた心地が戻ってきた。
「死ぬかと思いましたよ、師匠」
「案外小心者じゃの」
 師匠はおかしそうに笑いながら、俺の肩に乗っかっている。
「魔王様は威圧的な言動をなさるが、その実とてもお優しい方じゃ。大した落ち度もないのに処罰されたりはせぬ」
「そういうのは、できたら先に言っておいて欲しかったんですけど……」
 俺がふてくされると、肩の上の師匠が俺の頭をポンポンと叩いた。
「それぐらい承知しておると思っておったわ。未熟者め」
「未熟者で申し訳ありません……」


 そんな会話をしながら中庭を歩いていると、霧の中から獣鬼が現れた。第二師団の副官、ドッグだ。
 俺はわずかに身構える。
「またやる気か?」
 しかしヤツは首を振った。
「悔しいが、今回は俺様の負けだ」
 そう言ってドッグは俺たちに道を譲った。
 魔族の世界では、強者こそが正義。この掟に従わない者に命はない。
「案外素直なんだな」
 俺は警戒しながらドッグの横を通り過ぎたが、ヤツは全く敵意を示さなかった。
 その代わり、こんなことを言ってきた。
「次はブッ倒してやる」
「まだやる気かよ」
 俺は呆れたが、強者は誰の挑戦でも受けるのが掟だ。
「いいだろう、また今度な」
「おう」
 獣鬼は不気味な面を歪めて、笑ってみせた。


 城の外に出た俺に、師匠が声をかける。
「油断するでないぞ。あやつも獣鬼としては異色の傑物じゃ」
「戦術を多少は理解しているようですしね」
 俺がうなずくと、師匠はさらにこう言った。
「それにあやつ、鍛錬の意義を理解してよく鍛えておる。あの身のこなし、そこらの獣鬼とは訳が違う。巨体にありがちな隙が少ない」
「あれでですか?」
「ま、人狼には通じぬであろうがの」
 愉快そうに笑った師匠は、俺の頭をポンポンと叩いた。
「あやつも獣鬼としては歴史に名を残す天才であろうが、おぬしほどではあるまい。おぬしはわしの弟子じゃからのう」
 師匠はそう言って、俺の肩から降りた。


「さて、わしは軍務があるゆえ、ここでお別れじゃ」
「骸骨兵の指揮、どうするんです?」
「おぬしの命令を聞くようにしておいたゆえ、適当に使うがよい。何かあればすぐ駆けつけるでの」
「そうですか……」
 師匠がいないと心細いし、また少し寂しくもあるが、師匠は魔王軍の最高幹部だ。仕方ない。
「ではリューンハイトの統治と防衛、しっかりと務めてきます」
「うむ、ミラルディア軍の動向には気をつけての。それと人心を侮らぬことじゃ」
「はい」
 師匠は俺に笑顔で手を振ると、呪文を唱えた。


 俺は再び、リューンハイトに戻ってきた。太守の館、俺の部屋だ。
 留守中、大丈夫だったのかが気がかりだ。
 留守にしていたのは、ほんの一時間足らずだろう。しかし時計がない世界なので、よくわからない。
「お、届いてる」
 部屋の隅に大量の銀貨袋が積み上げてあるのを見て、俺は魔王の手際の良さに改めて驚く。誰かが魔法で送ってくれたようだ。
 今日にでも支払いが必要な案件が多数ある。これはありがたい。
「よし、急いで片づけちまうか」
 俺は人間の姿に戻ると、執務を再開した。


 俺は地図を取り出して、今後のことを考える。
 ミラルディアは十七の都市国家が集まった都市同盟国家だ。元老院が大きな力を持っているが、寄り合い所帯であることに代わりはない。
 現在、魔王軍はミラルディア攻略に全力を注いでいる。第二師団はミラルディア北部、第三師団は南部を攻略中だ。
 既に我々は、北部の三都市と南部の二都市を制圧している。


「第二師団が躍進してるな……」
 ちなみに第二師団のドッグが落としたのは実際には都市ではなく、ただの鉱山街だ。ここにはカウントされていない。
 こういった都市以外の重要な拠点も、第二師団は積極的に攻略している。第二師団の方が派手に暴れている感がある。
 まあ、あいつら殺して壊すだけだからな。それでいいなら俺たちだって同じことができる。


 さてここで問題になってくるのが、ミラルディア同盟軍の動きだ。
 同盟軍の仕事は治安維持と、都市の防衛だ。平時の規模は小さめだし、都市の奪還は未経験のはずだ。
 それに自分の街を留守にはできない。各都市から少しずつ兵力を出すことになるだろう。すぐ動かせるのは数千が限度だ。
 となると、北部と南部に同時に軍を送ってくることはないだろう。
「どっちかといえば、北部だよな?」
 北部は第二師団が猛威をふるっている。被害も占領も無視した無茶苦茶な進軍をしているせいで、第二師団は北部の要衝シュベルムまで陥落させている。
 あそこにはミラルディアが誇る精鋭の重騎兵二千騎と三千の歩兵がいたはずだが、よく陥落させられたな。どんな光景だったのか、ちょっと想像したくない。


 ミラルディア軍が北部に派遣されるとすれば、こっちは当分安泰だ。
 ……いや一応、こっちの兵力も確認しておくか。
 まず、俺の率いる精鋭の人狼隊が五十六人。精鋭中の精鋭だが、数が少なすぎる。
 犬人隊が二百。小さくて弱いので、戦力としては人狼隊以下だ。
 ただありがたいことに、師匠が貸してくれた骸骨槍隊二千がいる。こいつらは強い。矢は効かないし統率も完璧だ。恐怖に怯えることもない。
 二千二百五十ほどの戦力だが、飯代は二百五十人分でいい。骸骨兵は食事も睡眠も不要だからな。
 実にありがたい。


「何ニヤニヤしてるの、ヴァイトくん?」
 いきなり声をかけられて、俺は慌てて顔を上げた。ファーンお姉ちゃんだ。
「え、あっ? ど、どうしたファーン?」
「あのさー、ちょっと困ったことがあって。ほら、輝陽教の処遇」
「あいつらか」
 ミラルディアには幾つかの宗教があるが、最大の派閥が輝陽教だ。
 協調と博愛を重んじる教義で、意地の悪い解釈をすれば全体主義的だ。博愛主義者の割に、異教徒に対して冷淡なところがある。


 ファーンお姉ちゃんはポニーテールのしっぽをもてあそびながら、溜息をついた。
「この街の輝陽教の神官がさ、信仰の自由を求めてんのよ。礼拝と巡礼義務をなんとかしろって」
「うーむ」
 俺は腕組みをしてしまった。
 礼拝はまあいいだろう。礼拝の集会で妙なことを企む連中が出てくるかもしれないが、そういう連中は禁止したところで無駄だ。
 しかし巡礼の義務は、ちょっと容認しにくい。


 輝陽教には近隣の聖地への巡礼義務があり、その聖地が複数ある。俺がさっき慌てて取り寄せた資料によると、二年に一度はどこかに巡礼する計算だ。
「人口三千のリューンハイトの、だいたい四割が輝陽教徒だから、千二百人だろ?」
「その半分の六百人が、今年どこかへ巡礼に出る義務がある訳ね」
 ファーンお姉ちゃんも困ったような顔をしている。そりゃそうだ。
 俺は首を撫でながら考え込んだ。
「どさくさに紛れて逃げ出す連中が、百人単位で出そうだなあ」
「巡礼のふりをして、ここに潜入してくる連中もいるでしょうしね」
「あ、そっちもあるか」


 俺が悩んでいると、ファーンお姉ちゃんが俺の顔をのぞき込んでくる。
「禁止するしかないよね?」
「そうだが、信仰にうかつに制限をかけるとまずい」
 俺は立ち上がる。前世で嫌というほど学んだ、血まみれの歴史を思い出していた。
「リューンハイトの宗教指導者を全員集めてくれるよう、太守に頼んでくる」
「全員?」
 ファーンお姉ちゃんが目を丸くしたので、俺は力強くうなずいた。
「輝陽教、静月教、それに土着信仰も全部だ」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ