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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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魔の海を割る一撃

89話


 俺はベルーザ兵に命令を下す。
「やれ!」
「がってんでさあ!」
 次の瞬間、俺の体は上空に打ち上げられていた。エレベーターで上に持ち上げられる感覚よりだいぶ激しい。体の中がフワフワする。
 空気抵抗を小さくするため、俺は手足を体の前で交差させた構えで飛ぶ。
「うっひょおおおおおぅ!」
 猛烈な加速と風圧に目がくらむが、人狼の俺には爽快感しかない。絶好調だ。
 さて、最高高度に到達する前に呪文を使わないとな。


 水上歩行の術は強化魔法のひとつだが、その極意は浮力の操作を修得するところにある。他にもいろいろな技術が必要だが、浮力が最優先だ。
 そこでまず、魔術師は自分の体重を増減させる術を覚える。肉体への負担が大きく、単体ではあまり使い道がない呪文だ。
 しかしカタパルトで空を飛んでいく魔術師が、体重を限界まで……具体的には数百キロぐらいまで増やしたらどうなるか?
 きっといい弾になるだろう。
 本人が潰れなければ。


 俺は空中で他の魔法を発動させ、硬質化と筋力強化、それに攻撃力強化の魔法を使った。
 これで俺は衝撃に耐えられるし、関節や皮膚が衝撃を分散させてしまうこともない。突きや蹴りの威力は跳ね上がる。
 着地地点の微調整は、空中で姿勢制御することで対応できる。
 後は着弾の瞬間、体重を限界まで重くするだけだ。


 弾道は最高高度に達し、俺は島蛸の脳天めがけて急降下していく。
 人馬兵たちが俺に気づいたらしく、フィルニールもこっちを見上げていた。
「そこどけえええ!」
 俺は叫びながら、間合いを見計らって体重を限界まで増やす。最大出力は数秒しか持続できない。
 修行時代に一度だけ実験したので、この攻撃に威力があることは確認済みだ。
 フィルニールが叫んでいるのが、一瞬だけ聞こえる。
「センパイ!? なにしてるの!?」
 なにって、ただの物理学(物理)だ。


「うおりゃああああ!」
 俺は着弾の瞬間を捉え、ありったけの力で島蛸の殻を蹴る。
 圧倒的なスピードとウェイト、そして人狼のパワー。全ての破壊力が、魔法で強化された鋭い鉤爪の一点に集中する。
 これで砕けないものなんかない。
 人馬族がてこずった分厚い殻が、あっけなく粉々に砕け散る。魔法で強化された人狼の肉体には、まるで卵の殻のように脆く感じられた。


 破片と破壊音。俺の五感が一瞬だけホワイトアウトする。
 俺は腰の辺りまで岩礁にめり込み、下のぶよぶよとした地面に立つ。魔法で強化しまくったので、足腰は無事だ。どっちかというと首が若干痛いが、まあ大丈夫あろう。
 このぶよぶよしているのが、島蛸の胴体らしい。
 こいつがこんな分厚い殻で守ろうとしていた弱点だ。
 では遠慮なく破壊させてもらおう。
「くたばりやがれ!」
 人狼の鉤爪が刺身包丁のように、島蛸の表皮を切り裂いた。


 俺が攻撃を始めると、島蛸が狂ったように暴れ始めた。まだこんな力が残っていたのか。
 頭上からフィルニールの声が聞こえてくる。
「また無茶苦茶してる……っと、センパイに続くよ! 攻撃開始!」
「おおおお!」
「ヴァイト様に助太刀しろ!」


 そこから先はもう、狂乱のタコ殴りパーティだった。
 のたうち回る島蛸に、人馬兵たちが突撃する。
 一度割れた殻は脆くなっていて、彼らの蹄で次々に亀裂が入っていった。みるみるうちに殻が割れ、穿たれた穴は拡大していく。
 そして徐々に、島蛸の胴体が露わになった。
 分厚い殻を失ったタコなど、勇猛な人馬兵の前では肉塊も同然だ。
「祖霊よ加護を!」
「仲間の仇だ!」
「このタコ野郎が!」
 口々に叫びながら、俺と人馬兵たちはタコをタコ殴りにする。


 そのうちに、人狼隊の八人も合流してきた。氷の上を走ってきたらしい。
 真っ先にガーニー兄弟が駆けつけてきて、俺を押しのけるようにして鉤爪で島蛸を刻み始めた。
「おいヴァイト、助太刀するぜ!」
「俺たちに任せろ!」
 気持ちはありがたいが、島蛸の上は人馬兵だらけで狭いからむしろ邪魔だ。
「うるせえ、今いいとこなんだよ! そっちの隅っこで潮干狩りでもしてろ!」
「兄ちゃん、潮干狩りってなんだ!?」
「知らねえよ! そこどけニーベルト!」
 そこにモンザも駆けつけてきた。
「隊長ってば、またファーンに怒られるよ?」
「絶対言うなよ! ほら、ここ殴れるぞ」
「あは、じゃあ黙ってる!」
 俺たちは押し合いへし合いしながら、島蛸を仲良く殴ったり蹴ったりする。


 とばっちりをくらったのは艦隊のほうだ。
 氷漬けになって頭をカチ割られている島蛸は、残った触手を狂ったように振り回す。
 そのうちに氷の薄いところが割れて、触手が暴れ始めた。
「フィルニール! あっち頼む!」
「えーっ!?」
 俺の横で楽しそうに島蛸をぶん殴っていたフィルニールが不満そうな顔をするが、これは命令だ。
「その槍なら触手を切断できるだろ、早く行け!」
 フィルニールは巨大な槍を担ぐと、近くにいた部下たちに号令を下す。
「しょうがないなあ、わかった! 一番隊、ついてきて! 触手をやっつけるよ!」
 フィルニールと共に旗艦に乗っていた四十人ほどが、触手を始末するために氷上を駆けていく。


 狂乱のタコ殴りパーティが終わったのは、それからおそらく数十分後のことだった。
 ベルーザの海賊と人魚たちから「魔の海」と恐れられた怪物は、ぷかりと海面に浮かんでいた。
 辺りは青い体液と黒い墨でドロドロに濁り、割れた氷が漂っている。異臭も漂って、なかなかにグロい光景だ。
 やがてゆっくりとそれらが流れ始めた。潮の流れが徐々に戻りつつあるらしい。
 俺たちの頬を、涼しい潮風が撫でていく。異臭が流れて、俺たちはちょっとだけさわやかな空気を吸い込む。
 どうやら島蛸の影響が消えつつあるようだ。


「終わったようだな。勝ちどきをあげろ!」
 俺が号令すると、人狼と人馬たちが充実した表情で大きくうなずいた。
「おおおおお!」
「魔王様に勝利を!」
「そして祖霊に感謝を!」
 ガーニー兄弟とモンザも、やれやれといった様子で笑っている。
「ははっ、どうってことねえな!」
「やっぱ人狼が最強だよ、兄ちゃん!」
「最強はいいけど、帰ってお風呂入りたいかなあ。うわードロドロだよ……」
 みんな気楽なもんだ。


 島蛸の体はすっかり浮力を失って、半分以上が海面下に沈んでいる。岩礁に擬態していた殻は、浮袋にもなっていたようだ。殻が割れて、徐々に沈んできた。
 この海域の水はいろいろと汚染されているので、あまり触れたくない。
「人馬隊は周囲を警戒だ。こいつの肉をあさりに鮫が来るかもしれん。人狼隊は撤収しろ」
 俺は水上歩行の魔法を全員にかけて、人馬隊と共に旗艦に戻る。
 艦隊のほうでもみんながバンダナや帽子を振り回して、大騒ぎしていた。歓声が聞こえてくる。
 俺たちは勝ったんだ。
 あらためて実感が湧いてきた。
 クルツェ技官が何やら言いたげな顔で船上からこっちを見ている気がするが、気づいていないふりをする。


 さあ、例によって後片づけが大変だ。準備は楽しいが、片づけは面倒なだけだな。
「竜火工兵隊、周囲の海水を採取! 検査後、解毒剤を適量散布しろ!」
 事故に備えて中和剤は用意してきたので、気休めにこれを撒いて帰る。もういらないしな。
 師匠が作った氷は自然に溶けるだろうから、氷のほうは別にいいだろう。
「ベルーザ海兵は船の修理だ! その間に犬人隊は撤収作業を開始しろ! ついでに縄でも矢でも拾えるゴミは拾っておけ!」
 犬人にとってゴミ拾いは娯楽だ。氷の上をつるつる滑りながら、みんな楽しそうに残骸を回収している。


「水質検査と解毒作業を完了しました」
 クルツェ技官配下の竜人が、俺のところに紫色の布きれを何枚か持ってきた。リトマス試験紙みたいなものらしい。
 説明によると、どうやらだいぶ中和できたようだ。完全に元通りにできるはずもないので、これでよしとするしかないだろう。
 むしろ島蛸の体液のほうが問題だな。こいつ墨まで吐いてるし。
 イカスミなら嬉しかったんだけど、タコスミは別に美味くないらしいんだよなあ。


「ところでヴァイト様、『魔の海』の死骸はどうなさいますか?」
 ああ、そういえばこれ、結構邪魔だな。
 念のために師匠に分解してもらうのがいいだろうか。ほっといても魚の餌になりそうだが。
「処理はまだ検討中だが、提案があれば聞きたい」
 すると竜人の下級技官は困ったように声をひそめた。
「実はベルーザ太守殿が、可能なら持ち帰りたいと申しているのですが……」
「正気か」
 どうするつもりだ。まさか食うのか。
 すると技官がますます声をひそめて答えた。
「ベルーザ市民に戦いの結果を示したい、とのことでして」
「なるほどな」


 そういうことならいいだろう。太守として民衆に戦果を誇示することも重要だ。魔王軍としても宣伝になる。
 氷漬けにして浮かべれば、曳航するのも保存するのも簡単だろう。
「ではゴモヴィロア様にお伝えして、島蛸の死骸を氷漬けにしていただけ。曳航して持ち帰る」
「ははっ」
 しかし冷凍保存してテイクアウトするなら、帰還後に全部捨ててしまうのも少々もったいない話だな。
 あの足の先なんかずっと水面上に出ていたせいか、あんまり溶けずに原型を留めているし……。
 ふむ。
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