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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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魔王の一撃

87話


 軍船は帆船を曳航しながら、触手の横をすり抜けるように進んでいく。岩礁が霧のせいで目視できないので、もう少し近づく必要があった。
 しかしタコ野郎に帆船の残骸を疑似餌に使うだけの知能があるなら、そろそろ幻影の船に飽きているはずだ。
 今度はこちらが襲われるかもしれない。


 岩礁のサイズは、人魚たちが測定してくれた。彼女たちは海中で歌い、音の反響で周囲を探知することができる。優秀なソナー手だ。
「ヴァイトさん、これぐらいです」
 彼女たちが輪になって、おおまかな大きさを教えてくれる。
「でかいな……」
 テニスコート二面分ぐらいあるじゃないか。


「ラシィ、幻影はあといくつぐらい展開できる?」
「出すだけなら十個でも二十個でもいけますけど、ちゃんと動かせるのは一度にひとつだけです。かかりっきりになりますから」
 申し訳なさそうにラシィが答える。さすがにこれ以上囮を増やすのは無理のようだ。
「よし、船の幻影はもうほったらかしでいい。次の準備をしてくれ」
「はい」


 触手がこのへんに四本もいる以上、本体はすぐそこだ。
 案の定、すぐに霧の中に岩礁が見えた。ひときわ霧が濃い場所なので、間近に近づかないと見えなかった。
 これは人魚と人馬兵がいなかったら、座礁していたかもしれないな。
 だがこれで、このタコ野郎の全貌はつかめた。
 岩礁の水上部分は六畳ほど。残りは海中に潜っているようだ。


 頭の中でタコの姿をイメージし、見えている足と岩礁の部分を元に、海面下の状態を想像する。
 タコなら前世の水族館と鮮魚コーナーでさんざん見たから、イメージはなんとかなる。
 よし、あのへんだな。
 俺は竜火工兵隊にカタパルトの発射を命じる。
「目標、岩礁手前の海面! 初弾発射!」
 ただちに竜人たちが命令を復唱し、慣れた手つきでカタパルトを操作する。
「目標、岩礁手前の海面! 初弾発射します!」


 怯えがちな船員たちを叱咤していたガーシュが、それを見て期待するような声をあげた。
「おお、そいつが魔王軍の秘密兵器か!」
「まあ、そうだ」
 カタパルトに装填された樽が、勢いよく発射されていく。
 放物線を描いて、樽は海面に狙い通りドボンと着水した。
 そしてぷかぷか浮かんでいる。
 それだけだ。


 ガーシュはポカンとそれを眺めていたが、慌てて俺に食ってかかる。
「お、おい! 何も起きてねえぞ!」
「落ち着いてくれ。今のは観測射撃だ」
 こっちの弾は一発しかない。変な場所に投げ込んだら、それで終わってしまう。
 こいつが最大限の効果を発揮してくれれば、戦いは一気に楽になるんだ。
 だから慎重にしないと。


「次弾装填!『雷塩銀』発射用意!」
 竜人たちの間に、微かな緊張感が走る。
 だが、ただちにクルツェ技官が復唱した。
「了解、『雷塩銀』発射用意!」
 カタパルトに搭載されたのは、さっきと同じ大きさの樽だ。
 ガーシュがそれを見て、好奇心を抑えきれない様子で俺に訊く。
「そいつか?」
「ああ、こいつだ」
 割とシャレにならない代物なので、俺も正直不安ではある。


 クルツェ技官が樽を運んできて、慎重にカタパルトにセットする。
 さっきからタコの触手がそこらじゅうで暴れているが、ここで焦ったら大惨事が待っている。
「人馬兵と人魚は、母艦後方に退避しろ! 船体を盾にするんだ!」
 友軍の退避を確認して、俺は命じた。
「『雷塩銀』発射!」


 カタパルトのアームが激しい音を立ててうなり、樽を投擲する。
 そして樽は狙い通りの海面に着水し、ぷかりと浮かんだ。
「おい、さっきと同じじゃねえか!」
 ガーシュが叫ぶが、今はそれどころではない。
「ラシィ!」
「わかりました!」
 訓練通りに、ラシィが樽に幻術をかける。
 たちまち、樽は海面でもがく人間に変化した。
 ていうかあれ、ラシィそっくりだな。もがいてる様子も、水泳の練習を始めたころの彼女によく似ている。
「もしかしてあれ、お前じゃないか?」
「はい、動きのイメージがしやすかったので……」
 それはいいんだが、あれ島蛸に喰われるんだぞ?


 幻影の船をいじるのにいい加減飽きていたらしい島蛸は、目の前に落ちてきた間抜けな小娘を見逃さなかった。
 すぐに偽ラシィがタコの触手にぐるぐる巻きにされ、海中に引きずり込まれる。
 幻影だとわかっていても、なかなかにショッキングな光景だな……。
「おい、何が始まるんだ?」
 ガーシュが心配そうにしているが、実をいうと俺も心配なので返事はしづらい。
 だがここは魔王軍の責任者として、堂々としていよう。
「予定通りだ」


 次の瞬間、海中で大爆発が起きた。
 水柱が立ち、雨のように海水が降ってくる。海中で黄色い光が幾度も明滅し、海面が沸騰した。
 うねっていた全ての触手が、驚いたように引っ込む。ベルーザ商船の残骸が海中に投げ出された。
「よし!」
 うまくいったので、思わず叫んでしまった。
 ぽかんとしているガーシュに、俺は説明責任を果たしておく。
「あれは水に触れると爆発を起こす、魔王軍の秘密兵器だ」
「なんだそりゃ……すげえな」
「しかも、触れた水は猛毒になって生き物の体を溶かす」
「悪魔かてめえら」
「魔王軍だ」
 一応、建前としてはヒール軍団ですので。


 俺が島蛸に喰わせたのは、金属ナトリウムを厳重に梱包した樽だ。
 高校のとき、化学部員の友人が金属ナトリウムの爆発動画を見せてくれたことがある。金属ナトリウムの大きな容器を水中に投棄すると、大爆発が起きていた。
 あの爆発力とその後の水質汚染は、水棲の魔物には強力なダメージを与えられる。そう思ったのだ。
 ただ、化学的に不安定な物質で空気中の水分にも反応してしまうから、普段は灯油の中に貯蔵するとも聞いた。
 もちろんこちらの世界にも、天然には存在していないはずだ。


 あれを作ったのは先王様と師匠だ。
 先王様は、自分の科学知識がこちらの世界でも通用するのか、いろいろ実験していたらしい。先王様のノートに、それが記されていた。
 ただやはり、こちらの世界では物質の構成要素が少し違うようで、予想と違う結果になることが多かったらしい。
 だからあれが本当に金属ナトリウムなのか、俺も断言はできない。性質はほぼ同じなので、まあ金属ナトリウムだったんだろう。
 期待していた結果が得られたから、あれがなんでもいいんだ。


 俺はそれでよかったのだが、クルツェ技官は隣で溜息をついている。
「先王様の遺産をあんなことに使って……。ヴァイト殿はどうしてそう、何でも爆発させたがるのですか?」
「軍人だから、かな……」
 技官たちの視線がなんとなく気になるが、これで戦いを有利に進められるので、大目に見てもらおう。
 クルツェ技官が思い出したように告げる。
「結果的に兵器として有効だったようで何よりですが、黄色の竜玉がしばらく作りづらくなりますので、それだけは御了承ください」
「わかった。すまないな」
 花火の黄色は、ナトリウム化合物で作るからだ。
 食塩をコンロの火に落としてしまったときに火の色が黄色く変わる、アレである。
「クルツェ殿、塩で代用できないか?」
「塩は湿気を吸いますからね」
 だからごめんってば。


 化学式が間違ってないか、もう一度確認しておこう。
 ええと、ナトリウムがNaで、水がH2Oだろ?
 それがくっついてできるのが、強アルカリ性の水酸化ナトリウムだよな? ということはNaOHで、Hが一個余って……ああそうか、発生する気体は水素か。
 なるほど、爆発する訳だ。
 爆発する原理まであんまり深く考えてなかったが、今やっとわかった。
 化学って面白い。


 島蛸のヤツは今、口の中が焼けただれる苦痛に悶絶しているのだろう。
 全ての触手がうねり、水面をメチャクチャに叩いている。ベルーザ商船の残骸が触手の一撃を受けて、マストが根元から折れた。
 予想以上の暴れっぷりだ。
「触手に巻き込まれるぞ、不用意に近づくな! それにあいつの周りの海水は猛毒だぞ!」
 一気に畳みかけたいが、ヤツがもう少し弱るまでは近づけないな。
 島蛸は身に帯びた魔力で、周囲の風と潮を停めてしまう。意識的に魔法を使っている訳ではなく、身に備わった能力で勝手にそうなってしまうのだ。
 だから潮の流れに乗って逃げることも、水酸化ナトリウム水溶液を海流で洗い流すこともできない。
 強アルカリ性の溶液にまみれて、どんどん体表が溶けているはずだ。
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