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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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霧の中の恐怖

86話


 軍船が霧の中に突入した瞬間、風の音が止まった。
「なんだこりゃ、こんなもん海じゃねえぜ」
 ガーシュが不思議がるのもわかる。海面も鏡のように凪いでいて、海というよりは湖のようだ。
「ヴァイトさん、魚がいます。浅瀬の魚です」
 人魚たちが軍船の周囲に寄り添うようにして、そう報告してくれた。
 霧の中は視界が悪く、思うように見通せない。


 だがここに島蛸野郎がいるのなら、ヤツが擬態している岩礁があるはずだ。
 うっかり乗り上げたらおしまいなので、人魚たちに警戒を頼む。
「水中の様子を逐一教えてくれ! 岩礁はないか?」
「手分けして探していますけど、この辺りは普通に深いですね……」
 どうやら島蛸は霧の範囲よりはずっと小さいらしい。


 霧は思ったより深く、隣の軍船の姿もぼやけて見える。これはかなりの確率で奇襲を受けそうだ。
 俺は中世レベルの艦隊戦にはまるで詳しくないが、近代の艦隊戦なら多少はわかる。
 ここは艦載機を飛ばして敵を捕捉するべきだ。
「人馬隊出撃、散開して索敵を開始しろ。索敵中は絶対に立ち止まるな。海中への警戒のため、人魚を随伴させろ」
「わかった! ボクたちに任せて!」
 フィルニールが巨大な両手槍を担いで、にこっと笑った。
 無茶だけはしないでくれよ……。


 人馬隊の精鋭二百人は五隻の軍船から続々と水面に降り立ち、フィルニールの前で整列した。
 フィルニール自身も巨大な両手槍を手にして、兵を激励する。
「索敵を開始するよ! 交戦は厳禁、報告と隠密を優先してね! 足下は人魚さんたちが見張ってくれるから、心配しないで!」
 人馬兵たちはうなずき、無言で弓や槍を高々と掲げる。隠密行動中の彼らの返事だ。
 人馬兵たちは左右に散開し、軽快な足取りで霧の中に消えていく。


 索敵はほんの数分のことだっただろうが、残された俺たちはじりじりしながら待っていた。
 相手は「魔の海」だ。人馬兵に被害が出てないといいんだが。
 すると霧の中から、人馬兵たちが戻ってくる。
 先頭のフィルニールが旗艦の手前まで戻ってきて、慌てたように叫んだ。
「大変、船がいるよ! 帆がある船!」
「なんだって!? 岩礁は!?」
「そっちはまだ見つかってないんだ! 探してる最中!」
 どういうことだ。


 とにかく、その船は何かの手がかりだ。
 もしかすると敵の正体は島蛸以外かもしれないし、ここは確認が必要だろう。
 ただし、用心深くだ。
「人馬隊をいったん引き上げさせろ! 予定通り、デコイを出す!」
 ここからはラシィの出番だ。
「ラシィ、帆船の幻影を頼む」
「は、はい!」
 緊張した面もちのラシィが、精神集中を始めた。
「我は目と、耳と、鼻と、指を惑わす者なり。我が思念よ形を成せ、思い描くがままに」
 両手を虚空に差し伸べ、見えない何かに触れようとするように指を動かすラシィ。


 やがてゆっくりと、前方の海面に船が姿を現した。最初はぼやけながら、ピントが合うように次第にはっきりと姿を現す。
 三本マストの立派な帆船だ。ベルーザの港でよく見かける、ごくありふれたタイプだ。ちゃんと乗組員も再現されている。とても幻影とは思えない。
 マストに描かれている紋章がファンシーな絵柄で違和感バリバリだが、この際大目に見よう。
「ありゃ何だ?」
「オオカミさんです」
 オオカミさんか。
 うん。
 犬かと思った。


 一方、船の幻影を見たガーシュが、感心したようにうなる。
「こりゃ大したもんだ……船乗りの俺が見ても、どこにも変なところはないぜ。完璧だ」
「完璧なのは水上部分だけじゃないぞ。水面下の部分も、完璧に再現してる……はずだ」
 そのためにラシィは何日も海に潜って、船の底を眺めて暮らしていたのだ。
 しまいには「夢に船底が出てくるんです……。みんなから聖女様聖女様って崇拝されながら、船底に鎖でくくりつけられて、ヴァイトさんがそれを見てゲラゲラ笑うんです……。ちゃんと助けてくれますけど」と言ってた。
 ラシィの中では、俺はどういう位置づけなんだろう。
 今度聞いておこう。


 ラシィが作った幻影の帆船は、ゆっくりと船団に先行して進んでいく。ちょうど、追い風を失って慣性だけで航行しているときの速度だ。
「よく観察してるな、ラシィ」
 俺が褒めると、ラシィは指先で幻影を操りながら照れくさそうに笑った。
「観察力と想像力が、幻影術師の絶対条件ですから。よく知らないものや、うまく想像できないものは作れません」
 なるほどな。
 案外こいつ、画家とか彫刻家に向いてるのかもしれない。


 後はこの幻影の帆船にタコ野郎が食いつけば、こちらは損害を受けずに攻撃を開始できる。
 タコは視覚で獲物を追う。幻影の完成度が高ければ、うまく騙せるはずだ。
 そんなことを考えながら周囲を警戒していると、見張りが叫んだ。
「前方に船影!」
 人馬隊の報告にあったヤツか。
「船影を報告しろ! どこの船だ!」
 ガーシュが叫ぶと、見張りの兵士がすぐさま叫び返した。
「あ、ありゃ……エラーニャ商会の虹貝号ですぜ!」
「なんだと、何ヶ月も前に行方不明になったヤツじゃねえか!」
 どうやら一波乱ありそうだ。


 ラシィの幻影以外に、霧の中にぼんやり浮かぶ船が一隻。ごく普通の船だ。マストが一本傾いているので航行は難しそうだが、それ以外は問題なく浮かんでいる。
 だがもちろん、こいつには最大級の警戒が必要だ。
「て、提督! すぐに救助に向かいましょう! こんなとこにいちゃ、あいつらが殺されちまう!」
 ベルーザ兵たちがうろたえているが、俺は首を横に振った。
 島蛸のテリトリーにずっといた船が、無事なはずはない。
「もう手遅れだ。不用意に近づくな」
 それにさっきからじんわりとだが、邪な魔力を感じる。
 間違いなく、何かが近くにいる。


「ラシィ、あの船に幻影を近づけろ。救助に来たように見せかけるんだ」
 俺の命令に応じて、ラシィが幻影を慎重に操作する。
 ラシィの帆船は、あくまでも慣性だけで航行している様子を忠実に再現している。ゆっくりと船は「虹貝号」に接近し……。


 次の瞬間、海中から出現したタコの触手が幻影に絡みついた。
 マストより太い、巨大な触手だ。ぬめる皮膚には無数の吸盤。
 そいつは音もなくぬるりとしなり、船の幻影に巻き付く。
 もちろん巻き付けるはずはないのだが、触感まで再現された幻影だ。何度もつかもうと、触手は執拗にぬるぬるうねっている。
「ひっ!? うわあぁ!」
 タコを見慣れていないラシィが、そのグロテスクさに思わず悲鳴をあげる。
 彼女の精神がこれ以上乱れると、幻影が消えてしまう。


 俺はラシィの肩を支え、叱咤激励した。
「しっかりしろ、タコってのは元々ああいう生き物だ。見た目は気持ち悪いが、でかいだけの海産物だ」
「でも、でもあれっ……」
「俺を信じろ! 幻影を維持するんだ。お前の力なら、みんなを守れる!」
 俺が説得すると、半分パニック状態だったラシィがハッと正気に返る。
「は、はい! がんばります!」
「お前のことは俺が守る。安心して術に集中してくれ」


 怯えていたのはラシィだけではない。人間の船乗りも、魔族の戦士たちも、恐怖は隠せない様子だ。
 ここで怯んだら負けだ。俺は即座に攻撃命令を下す。
「人馬隊発進! 人魚と協力してヤツの本体、岩礁を探せ! すぐ近くにあるはずだ! それと信号弾用意、武装商船に突入命令!」
 すぐさま夜間用の信号弾が打ち上げられ、霧の中でぼやけた光を放つ。
 武装商船に伝わったかどうかわからないが、この光を目印に突入してくるはずだ。
 念のために、人馬隊から数人を伝令として走らせよう。


 幻影の船を襲う触手は、三本に増えていた。執念深く幻影の船を狙っているせいで、人馬隊は無事だ。
 タコ野郎の触手は海中にまだ五本あるはずだ。そいつが人馬隊を襲う可能性がある。
 だが今は船を攻撃されるのが一番まずい。


 それにしても、あのベルーザの商船は何なんだ?
 触手は全て、幻影の船を執拗に攻撃している。一方、あっちの商船はまるで攻撃を受けていない。それにまるで、俺たちがあの商船に近づくのを待っていたようだ。
 そう思ったとき、俺はひとつの可能性に気づいた。
「待機してる人魚たちは、ちょっとあの船の下を見てきてくれ! ただし近づき過ぎるな!」
 その直後、俺の予想が正しかったことがわかった。


 あの船の船底には、大穴が空いていた。島蛸の餌食になったようだ。
 もちろん普通なら沈んでしまうが、船底に巨大なタコの触手が貼りつき、船体を支えていたらしい。
 島蛸のヤツ、食べ終わった後の船を浮かべておけば新しい船が寄ってくると学んだようだ。
 タコ知恵使いやがって。


 触手のうち四本まで所在がわかったので、俺はカタパルトの用意をしながら武装商船の突入を待つことにする。
 やがて武装商船が次々に突入してきた。
 無風で潮のないこの海域では、帆船はもう逃げられない。もし討伐を断念して撤退するときには、乗員を軍船に乗せてやることになる。
 少しずつ、事態は引き返せない方向に進んでいく。
 さすがの俺も緊張してきた。


 メレーネ先輩のメモでは、島蛸の触手は船を持ち上げていた。だがヤツの触手の動きを見る限り、そこまでの力はなさそうに思える。
 ただ人間サイズの獲物を絡め取るのには、ちょうど良さそうな太さだ。あれに引き込まれたら、助かる方法はない。


 そのとき、霧の中から人馬隊が戻ってきた。
 先頭を走るフィルニールが、大声で叫んだ。
「センパイ、岩礁を見つけたよ! この奥!」
「よくやった、フィルニール!」
「でも気をつけて! 触手が何本も岩礁を守ってる! 二人やられた!」
「仇は討ってやる! 人馬隊はいったん後退しろ!」
 蛸にとって、触手は泳ぐための器官でもある。触手の間の膜を使うからだ。
 全部の足を戦闘に使っている限り、こいつはどこにも逃げられない。


「軍船は帆船を曳航しろ! 竜火工兵隊、カタパルト射撃用意! 初弾装填!」
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